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第7章 平穏は遥か遠く

263話 明らかになる目的 其の2

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「まぁ無理も無いよ。法と秩序の代名詞が両方揃って機能してないなんて知れば驚きもするわね」

「第5|(区域)が守護者とヤタに占拠された話は知っておろう?」

「えぇ。でも、まさか?」

「理由もなく占拠した理由は中の情報を漏らさない為。不当逮捕に拘束から拷問まで何でもありじゃ。ホレ」

  憔悴する医者をクシナダが宥めた直後、イスルギが端末に記録した数枚のディスプレイを表示した。映し出された映像は、ヤタと守護者が協力して第5居住区域の市民に暴力を加える光景。当然そんな事実は何処も報道されておらず、また司法局も法的根拠皆無の占拠を正当であると後押しまでしている現状は常識を揺さぶり、亀裂を入れるには十二分だ。

「そんな、馬鹿な!?」

「口封じか、あるいは誰かと接触すればソイツを片っ端から殺すという恫喝も含んでいるかもしれんな」

 衝撃的な映像を前に、医者の男は否応なく現実を受け入れさせられた。椅子に深く体重を預けながらも、しかしその目は徐々に落ち着きを取り戻した男は大きく溜息を吐くと瞼を閉じた。祈るような所作は別れを告げる間もなく訪れた同僚への哀悼ではなく、無理やり気持ちを切り替える意図があるのだろう。

「まぁともかく、今はアンタの潔白の方が今は問題だぜ?」

 祈る時間は僅かも許されず、タガミが再び問題を蒸し返した。もしこの男が内通者であった場合、この場所が襲撃される可能性は高い。判断は早ければ早いほど良いと物語るタガミは僅かに涙を浮かべる医者を睨む。

「落ち着かんかい。ワシの人選に間違いはないわ」

 が、タガミの最もな指摘を自信満々のイスルギが遮った。しかし、言わんとする事を理解できないタガミは怪訝そうな表情を浮かべるばかり。

「ひょっとして、アレルギー?」

 一方、隣に立つクシナダは即断で結論へと辿り着いた。成程、ならば確かにこれ以上に潔白の証拠は無い。ナノマシンアレルギー。その名が示す通りナノマシンをトリガーとする免疫異常で、医療に始まり建築やら補修など生活に密着するあらゆる部分にナノマシンを使用する旗艦アマテラスで発症すれば命の危険さえある疾患だ。

「はい。幸いにも私は比較的軽度なので外出時に多少気を付ける程度で済んでますよ。ホラ」

 医者はポケットから空気中を飛散するナノマシンを吸着する専用の白いマスクを取り出すと同時に口元を軽くさすった。よく見れば、マスクを着けていたであろう痕跡がうっすらと残っている。

「ですので、まぁ自分で言うのもなんですがこんな面倒なヤツ味方に引き込みませんよ」

 当人が自嘲気味に語る通り、アレルギーがあるならば山県令子の支配下の心配は必要ない。何せ取り込んでしまったが最後、アレルギーで行動不能になってしまうのだ。更に半年という僅かな時間制限も重なる。幾ら有能であったとしても、こんな面倒な症状を持つ人間を引き込む利は無い。何時アレルギーで倒れたら最後、計画がズレるか、最悪は露見する可能性もあるのだから。
 
「良くなろうと思ったな」

「だからこそ、ですよ」

 タガミの最もな疑問に医者は理由を端的に語ると、眼鏡をポケットにしまい、横たわる守護者を睨み付けた。神経質そうな表情を和らげていた眼鏡を外した医者の目つきはさながら刃物の如く鋭い。少なくとも先ほどまで懸命に治療した医者の目ではない。

「悪かったよ、機嫌悪くしねぇでくれや」

「考え過ぎて損する事って状況だから、ネ?」

 唐突な変化にタガミは素直な謝罪し、クシナダもフォローを入れた。流石に気分を害したか、と考えたようだが……

「いや、彼女コノハナの事を思い出していまして。そういえばここ数ヵ月、急な眠気を理由に離席する事が多かったな、と。恐らくその時から情報提供していたのでしょうね。知りたい、ではダメでしょうね。知らなければならない。あの人が何を理由に裏切ったのか、この後何が起きるのか。知って、正しく自らの行先を決めなければ彼女の死が無駄になる」

 今だ鋭い視線を守護者に向ける男は己が語った決意には、コノハナへの複雑な感情が見え隠れする。敬意、羨望、あるいは好意もだろうか。しかし彼女は無残に殺され、やり場のない感情だけがポツンと男の中に取り残された。しかし、この男はその感情を糧に前へと進む決意を固めた。

「まぁ普通は驚くよ。まさかよりにもよってあの人が、ってね」

「無理はあるまい。しかし、相当長い期間潜伏させていた事になる。用意周到だな」

「えぇ、何時から裏切っていたのか分かりませんが、彼女は生まれも育ちもココです。仮に彼女の両親の代からこの時の為にずっと潜伏させていたと仮定するならば優に5、60年、更にその両親と遡れば100年単位で雌伏させていた事になります」

「いや、もっとだろうな。アラハバキのヤゴウが500年前に起きた天才科学者の襲撃事件のデータを持っていたって話を裁判で話してたからな」

「つまり最低でもそれ位は潜伏させてたって話になるんだけど、でもそんな事まで誰も予想出来ないよねぇ?まぁそれでもウチの神様アマテラスオオカミなら防げたでしょうけど」

「つーよりもその神が封印されたから行動を始めたんだろうな。我慢強いと褒めりゃいいのか、執念深いと呆れりゃいいのか」

「今は止そう。過ぎた過去だ。で、先生。大丈夫かい?」

「はい。様子を伺い、必要ならば処置を施してでも話して貰います」

 力強く語る医者はベッドの横に椅子を移動させ、端末を操作した。幾つもの画面が空中に浮かぶと、その全てにベッドに横たわる4人の状態が正しく描き出される。更に鋭く細い目には覚悟と、それ以上に真実を追求したいという信念を宿す。旗艦医師法への違反が露見すればサクヤからの追放に医師免許証の剝奪は確実。しかし、もうその程度では真相を知りたいと願う男を止めることは出来ず。

「と言う訳だ。洗いざらい吐いてもらうぞ」

 唯一の部外者であり、何も知らなければこのまま偽りの安寧に流されるままの人生を送るはずだった1人の男が見せた覚悟は、守護者が真実を語り始める合図でもある。ベッドに横たわる男は重い口調で、ゆっくりと問いかけた。"何から聞きたい?"と。

「先ずは目的だ」

 単純明快な質問にいち早く反応したのはタガミ。が、ベッドに横たわる守護者の顔は不意に崩れる。

「そうか……だがすまない。いきなりで悪いが俺達下っ端にココで何をするかと言う具体的な情報は教えられていない。知っていると言えば婚姻の儀までにあらゆる手段を使ってでも英雄2人を確保、抵抗する様なら殺せという命令があった位だ」

 淡々と、天井を見つめながら語る守護者に浮かぶ表情に偽りの色は無く、故に4人は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、特にタガミは露骨に舌打ちをする位に悔しがった。漸く答えが得られると思いきや知らないと言われれば致し方ない反応だ。

「ストレートね。最初からあの2人を亡き者にする為ね?」

「あぁ、そうだ……それも婚姻の儀までにという期限付きだ」

「やっぱりその日に何かあるのね?」

「さっきも言ったが、何も知らされていない」

「そうですか。では、あの、次の質問」

「ちょい待ち!!その前にお前、下っ端って言ったけどそりゃどういうことだよ!?」

 次の質問を逸る医者の腰を折り、タガミが強引に割り込んだ。下っ端。タガミが気に掛けた言葉は確かに有り得ない。守護者の語った一言には強烈な違和感が漂い、だから彼は次を遮ってまで強い口調で問い詰める。その様子に先程までの悔しさは微塵も無く、山積した疑問の氷解への期待が滲む。やはり、無理をしてでもこの連中を助けた意味はあった。

「え?何か変でしたか?」

「知っていても不思議じゃないか」

 守護者の思わせぶりな言葉にイスルギ、タガミ、クシナダの表情は一律で動揺を浮かべる。一方、部外者の医者は何に驚いているのかさっぱりわからないと言った様子で3人と守護者を顔を交互に見つめる。

「守護者って要はスサノヲと同じ。厳しい訓練を潜り抜けた心身ともに鍛えた精鋭しかなれないって位はまぁ知ってると思うが、だけど守護者って組織は直属の上司である姫を除けば立場は全員同じなんだよ。総代と総代補佐って役職は肥大化した組織を纏める為って言う便宜上の理由で、正式にはその2人も守護者だ」

「そうなんですか、私はてっきりどこも同じで上下関係があると思っていましたよ。アレ?となると……」

「ウム。ワシ等みたいに隊長とか副隊長とか一切無し。守護者は全員等しく守護者。年齢性別は勿論、何年守護者やってようがどれだけ強かろうが成果上げようが一切の区別がないんだなコレが」

「なら、確かに下っ端と言う表現はおかしいですね」

 他の実力組織とは似て非なる組織運営に医者は唸った。そう、確かに言葉通りならばこの守護者の語る"下っ端"は有り得ない。本来ならば存在しない、下級の守護者とでもいうべき存在が今の守護者に組み込まれている。

「俺達はつい最近は入った……より正確にはスカウトだな」

 ベッドに寝そべる男が守護者となった経緯を一言で纏めると、その言葉に4人全員が仲良く絶句した。ココまで見た中で幾度も見た守護者への違和感、レベルの低さ正体が暗闇の底から引き摺り出された。スカウト。つまり厳格な試験が形骸化している事実から判断すれば、人格の歪んだ守護者がいても何ら不思議ではない。
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