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第7章 平穏は遥か遠く

271話 平穏は短く、儚く

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 味の保証など保障出来ない非常食は、しかし今の境遇から判断すれば十分なご馳走足り得る。故に、粗末であれど調理する2人の様子は明るい。袋から取り出し、温め、あるいは焼き、皿に盛りつける様子はとても自然で、仲睦まじく、その瞬間だけを切り取れば仲の良い恋人、あるいは夫婦と言っても差し支えない程に微笑ましい。

 そんなこんなで数分後、ホテル内のスタッフルームの机には質素ながらも美しく盛りつけられた食事が並び、伊佐凪竜一は酒を肴に、クシナダはそんな彼を見ながら僅かな休息を堪能する。

『今から約1時間ほど前に発生した第64区域内のクロノレガリア大聖堂で起きた爆発事故に関する続報です。ディオスクロイ教の拠点として使用を許可されていた大聖堂ですが、実況見分を行っていた守護者より驚くべき情報が発表されました。先ず大聖堂内に居た信者及び司教を含む合計29名全員の死亡が確認されたとの事です』

 が、精神的な休息は訪れず。

「「全員?」」

 驚く2人の声が重なる。真実。そう、真実なのだが、しかし無情にも当事者達は大聖堂から逃げ去った後に起きた出来事を知らず。故に、壁際に映し出される巨大ディスプレイが流す報道が告げる真実に残り僅かな食事を異に流し込む手が止まる。視線はまるで縫い付けられたように報道番組から動かない、動かせない。

「予想通りだけど最悪ね」

『またその原因についても、当初は爆発事故との見方がされておりましたが後の調査にて戦闘による破壊行動の結果であると結論されたとの事です。守護者の見立てによりますと"単独、ないし少人数による破壊工作の結果であり、また辛うじてその姿を維持していた遺体からも同様の痕跡が検出された"との事です。更に驚くべき事に、付近の監視カメラの映像を確認したところ"あの"伊佐凪竜一の姿を確認したというのです』

「だとするなら」

 映像から流れる自分の名に、彼は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、続きを言いかけた口を固く閉ざした。確かに大聖堂に居た人間は皆殺しにされた。犯人は当然ながら伊佐凪竜一ではなく、リコリスの背後にいる何者かの指示を受けた黒雷が行った。しかし、真実を知る私も、知らぬ彼等も同じ結論を頭に描き出す。

『以上の情報を元に、守護者はこの痛ましい殺戮を行は伊佐凪竜一の仕業で間違いないと断定しました』

 間髪入れず犯人を決めつける声にクシナダの顔が臍を噛んだ。何をどうしようが結局はこうなると、無念に歪んだ表情が心中の怒りを語る。

『新興宗教であるディオスクロイ教は来るもの拒まずという姿勢を取っており、恐らく伊佐凪竜一は一旦その好意に甘えたものの、信者が怯え外部に情報を漏らそうとした為に逆上し皆殺しにしたのではないかと思われます。何という事でしょう、かつての英雄は今や旗艦アマテラスの治安を脅かす悪魔に成り下がってしまったのです。ですが皆様どうかお気を強く持ちましょう。今、この場には守護者の方々が居るのです。どうか彼等を、そして運命傅く幸運の姫君に祈りを捧げて下さい。そうすれば悪逆無道の英雄は必ずや正義の名の元に膝を折るでしょう……』

 どちらともなくディスプレイを落とした事で映像はそこで途切れた。情報収集、と言うよりは先程までの戦いがどう言った形で報道されているか気になった2人だったが、結果は予想通りに最悪だった。守護者の言い分を一方的に受け入れた恣意的な物言い、推測だけで犯人を断定する有り方がまかり通る現状は、ことここに至れば異常でもなんでもない。それが今の旗艦の有様だ。

 だが、改めてその事実を突きつけられた伊佐凪竜一もクシナダも、つい先ほどまでの笑顔も弾んだ会話も無かったかの様に沈み込んでいた。何も話せない、何を話せばよいか。いや、何を話しても何の解決にもならない。全ては守護者の望むままに進行する、圧倒的大多数を味方につけた守護者の優勢は覆せないという無慈悲な現実が改めて目の前に突き付けられたならば致し方ない話。

「皆殺し、か」

「事実とは違うんだけどなぁ。分かっちゃいたけど、でもこうも都合の悪い情報ばかり流されると気が滅入るわー」

 まるで心中に溜まった暗い感情を吐き出したクシナダは、机の端に残った最後の料理を平らげた。

「コッチは予想通りに美味しいんだけど、アッチも予想通りの状況ねぇ」

「あぁ、何をどうしても結局こうなったんだろうな」

 彼女の言葉に力なく相槌を打つ伊佐凪竜一も、言葉の終わりにグラスを傾け中の液体を胃に流し込んだ。予想通り、確かに2人共この程度は予想していただろう。リコリスと言う女がただ伊佐凪竜一を説得したいという理由だけでクロノレガリア大聖堂に引き込む筈がない。

 懐柔できるならそれで良し、出来なければ殺害する、それも不可能ならば教会を破壊した犯人に仕立て上げて更に追い詰める。今、3番目の策が発動した事で伊佐凪竜一の進退は一層極まった。いや、もう策でさえない。真実など幾らでも都合よく捏造し、捻じ曲げられるのだから罪状の有無など関係ない。彼等は真実を知っている、自分達が無罪だと知っているが、世論がその程度で味方する筈もなく。

「取りあえず、休める内に休みましょうか?」

「そうだな。これ以上起きてるとこの後に差し障る」

「そうね、じゃあ寝るまで傍に居てあげよか?」

「ハハ。そうしてくれるなら助かるよ」

「ありゃ、重症ね。まぁ仕方な……静かにッ!!」

 伊佐凪竜一の心中が思う以上に致命的である様子を察したクシナダは、彼の思わぬ返答に喜び交じりで驚いた。が、しかし次の瞬間には一気に険しい表情へと切り替えると、扉の向こうを睨み付けた。タダならない気配を感じ取った伊佐凪竜一も黙って彼女と同じ方向を睨み続け、やがて……

「音?」

 一言、呟いた。

「不味い!!」

 刹那、反射的に叫び、机を蹴り飛ばし、壁際へと一足飛びで飛び退する。クシナダがその全てをワンアクションで行うと、僅かに遅れて伊佐凪竜一も続く。

 直後、さながら豪雨の如き激しい音が耳をつんざく。壁には無数の小さな穴が穿たれ、2人が座っていた直線状に存在する全てが破砕された光景を見て漸く音の正体が銃声と気づいた。机とその上に乗った幾つもの皿やグラスは粉々に砕け、果実酒の入ったボトルは血の如く赤い液体を周囲に振りまきながら霧散、瞬く間に部屋の中央が伽藍洞になる。ほんの僅かでも反応が遅れていれば、と思考が鈍るような光景が広がる。

 が、その程度では終わらない。銃声の終わりと同時、力任せに扉を突き破る音と共に何かが雪崩れ込んで来た。平穏は短く、儚く、感情を切り替える時間も、身体を休める時間さえも与えてくれない。
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