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第8章 運命の時 呪いの儀式

299話 儀 其の2

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「ねぇ。そう言えば結局分かったんです?ホラ、大会が伸びに伸びた件」

 唐突にメギンが別の話題を振った。大会とは伊佐凪竜一がエクゼスレシアへと転移数した際にブラッドから参加を強制された武術大会の事だ。本戦への出場を果たしたはいいが有耶無耶の内に終了してしまった武術大会は、そう言えば延期を重ねた末にあの日に決まったとブラッドが語っていた。

「あぁ。優秀だからな。運営委員会の副委員長が犯人だった」

「ふーん。でもその反応、話は聞けなかったみたいね」

 結末を言い当てられたブラッドは盛大な溜息と共に隣に立つ兄妹を見つめた。確か名前は、ミスクとメルだったか。

「申し訳ありません。尋問中に脳を操るというナノマシンを暴走させられ、廃人状態です」

「それ以外の協力者も大半が副委員長が金で雇っただけで、真面な情報は引き出せませんでした」

「ですが、少なくとも旗艦が関わっていると考えて良い筈です。人の精神に作用するレベルのナノマシンは4ヶ月ほど前に旗艦内で使用されたモノしかありませんので」

「と、言う訳だ」

 兄妹が申し訳なさそうに説明するとブラッドが相槌をうち、そんな態度を見た兄妹は殊更に気落ちする。

「余り怒らないであげてね。じゃあ、次は私」

「君が?」

 メギンの思わぬ言葉にブラッド以下、エクゼスレシアの面々は目を丸くした。ほぼ行動を共にしていたメギン側に提供できる情報などあっただろうか、表情はそんな心情を物語る。

「まぁ、アナタ達は忙しかったでしょうし。で、本題だけど……静かだと思わない?」

 少々意地悪っぽい笑みを湛えたメギンの質問に、見落としていた何かを解したブラッドが軽く舌打ちをした。

「いないでしょ?」

 立て続けにメギンが問うと、ブラッドは"あぁ"と何かに納得したような仕草で周囲を見回す。

「え、まさか?」

「どうやらそう言う事らしい」

「全員、殺されてたわ。今朝方の事よ。ね?」

「はい。直に確認したので間違いありません」

 メギンの隣に立つDフォースの1人が断言すると、周囲を見回すブラッド達の視線が自然と大聖堂を警護する守護者へと集まる。その言葉に私も漸く気付いた。

 人権団体だ。連合の中心たる姫は、婚姻に関するある一点に限り法の外に置かれるという特徴がある。年齢だ。連合法が定める婚姻可能年齢のは男女共に18歳からだが、当代の姫はまだ16歳。本来ならば違法となるが、連合を維持する次代の姫を産むという理由で当代の姫に限り合法とされる現状を複数の人権団体が批判している。故に今日この場にもいて然るべきだが、現実には何処を探してもいない。

「報道されていたか?見た記憶が無いぞ」

 怒りを滲ませるブラッドの目が鋭く吊り上がった。旗艦に滞在する一団体が厳重な警戒の最中に皆殺しにされた、など本来は重大なニュース。なのにどの報道機関も完全に沈黙している。という事は……

「前向きに考えれば姫の気持ちを、ってところでしょうけど。だけどこうも色々と続くと、ね」

「繋がっていた訳か。だが、泡沫の人権団体を今日この日に潰す理由はなんだ?今までは行動監視と制限だと納得いくが」

 守護者達と人権団体の一部が繋がっていたと、ブラッドとメギンは結論した。そう考えれば不可解な現状に一応の説明はつく。人権団体の居場所を知っていたのは密かに通じていたから、排除したのは儀の邪魔だから。その仮定に旗艦の報道を意のままに動かせる組織という条件が加われば、守護者という犯人像が浮かび上がる。

「ともかく、予想通り何かが起こりそうだ。失態は気にするな。くれぐれも汚名返上なんてくだらん理由で足を掬われるなよ」

「「はいッ」」

 年齢相応に失敗を引き摺る若さを見せる兄妹をブラッドが激励すると、兄妹は仲良く破顔した。よほどこの男を信頼しているようだ。しかし、その顔色は相も変わらず険しい。視線もずっと大聖堂へと向かったままだ。自然と、メギンも同じ光景を見つめる。

 幾多の戦場を飛び回ったであろう小さな傷と皺が入り混じった男と、朗らかで人当たりのよさそうな女の鋭い視線の先には忙しなく指示を出すアイアースの姿。2人がその様子を無言で眺め始めると、釣られるように部下達の視線も同じ男へと吸い寄せられる。有能で、同時に部下を過分に思いやる男が時に厳しく、時に優しく部下に指示を飛ばす光景には何の違和感も無く、ありふれた景色にしか見えない。しかし2人はこの男を取り巻く状況に不穏な気配を感じている。

「どうかされましたか?」

「今のところ違和感は見られませんが?」

「いえ。随分と忙しそうだな、と」

「己の部下が姫と"幸運の星"に選ばれたなら張り切りもするだろうが……本当のところはどうかな」

 双方の部下が投げかけた質問対するメギンとブラッドの返答は何とも歯切れが悪い。

「やはり、今回は何かおかしいです」

「聖女のお話の通り、警備にしては異常な程の人数。加えてザルヴァートル財団の新総帥の件。慣例とは違う事が立て続けに起きていますが、やはりこの件と何か関係が?」

「さて、ね。本来ならば憶測で物事を語るべきではないのですけど」

「しかし現状はこの有様、嫌な予感が過るのも無理はない。事実、奴等の言動全部が胡散臭いときた。だが一番気になったのは……」

「花、だな」
「花、ね」

 ブラッドとメギンが同じ単語を重ねた。先程の歯切れの悪さとは違う、明瞭な回答に双方の部下達は動揺する。来賓の護衛は、その一部が儀を執り行う大聖堂内部を警護していた。故に彼等も姫とその伴侶が見せた違和感に気付いた。

 が、大半は気付かない。婚姻の儀に対する周囲の反応は一様で、誰もが大きなイベントの一つとしてか見ていない。ある者は儀の成功に自らの未来を重ね、ある者は人生の節目に立った2人の若者を応援し、また別のある者は婚姻の儀という一際大きな祭事に乗じて自らも騒ぎ立てる。

 これまで経験した幾多の出来事と同じく、何事もなく終わるだろうと考えており、その裏で蠢く何かに気付かない。それは旗艦アマテラスは言うに及ばず、地球を含む準同盟惑星も同盟惑星も同様で、何処も彼処も判を押した様に今回の儀を歓迎する様子が繰り返し報道されている。大海をうねる怒涛の様に押し寄せる情報の大波は人の意志を容易く押し流し、一色に染め上げる。

 今日は目出度い日なのだと、だから何も問題は起きないと。唯一懸念される問題も守護者が必ず解決するからと、だから今日と言う日を祝福しようと、まるで洗脳するかの様にその情報は無辜な人間に広がり浸透する。しかし、抗う人間も居る。情報の波に呑まれず現状を正しく見ようと必死で頭を巡らせる人間は僅かながら存在する。

「確かに、聞いた話とは全く違いましたね」

「しかし、一番の問題はこの後です。儀への参加は確かに我々の意志によるものですが、主星で行われる儀への参加を許さないのは来賓に対する態度ではありません。彼らは一体何を考えているのでしょう?」

「その時になれば自ずと分かるでしょう。問題は、ね。ブラッド、どう思います?」

「知ってそうな奴はいるのだがなぁ……リリスからの連絡は?」

「はい、まだありません。何度も連絡しているのですが、端末もベル|(※遠距離通信用に作り出された人工妖精)も応答なしです」

「そうか。となれば現状では堕ちた英雄か、姫か、あるいはアイアースか。何れにしても情報が少なすぎて絞り切れんな」

「ふぅん。ザルヴァートルは含めていないのね?」

「ハッ、少なくともフェルムにその気量も度胸も覚悟も無い」

「あぁ」 

 辛辣な評価に、数人が肯定の意を示した。大聖堂に集まったごく少数の来賓は、既にその大半が姿を消した後だった。旗艦側の来賓はカルナを除く魔導士を護衛に引き上げたのだが、その連中にくっつくように新総帥達も引き上げていた。護衛もつけず丸腰で出席したかと思えば、連合最高戦力の1つにくっつくように逃げ出す姿が連合経済圏の中心を担う財団新総帥の姿と問われるならば、誰もが否と回答するだろう。

「そうねぇ。セラフがいなかったのも気になったわ。もしかして、見限られたのかしら?」

「ハハ、あり得るな……ン?」

「議長、そろそろ」

「聖女メギン。これ以上は」

 まだ暫くは続くかに思えた流れを、部下達が阻止した。大聖堂を見れば英雄の襲撃を確信した守護者達の分厚い警備網が外に向け睨みを利かせているのだが、その視線が明らかにブラッドとメギンにまで向けられていると察したようだ。

「長居し過ぎましたね。皆様、くどいようですが油断はせぬよう。それから、警戒と準備を怠らぬよう全員に伝えて下さい」

「「ハッ!!」」

 大聖堂からのねめつけるような視線にメギンが一足先に大聖堂から引き上げると……

「俺達も戻るぞ。それから、全員に発破を掛けておけ。死にたくなければ頭と身体を最大限に稼働させろ。腑抜けたヤツは殴ってでも目を覚まさせろ、特にカイル」

「「承知しました、議長!!」」

「ですが、あの……彼、言っては何ですが寧ろ何か起こってほしいみたいな考えしてますから多分大丈夫じゃないかなーと」

「そうですね。まぁそれは置いておくとして、我々の敵は一体誰なのでしょうね?」

「あらゆる可能性を想定しろ。敵が誰であっても十全に戦える準備と覚悟をしておけ。俺は腑抜けと馬鹿を選んだつもりは無い。お前達の働きに期待させろ」

「「お任せください!!」」

 程なく、ブラッドも大聖堂を後にした。両者共に今日ここで何かが起こる事を察しているが、一方で何が起こるかというところまでは分かっていない。最もこの後に何が起こるかを知るのはそれを企んだ者だけなのだが。

 ※※※

 ブラッドが離れた直後、大聖堂に動きがあった。守護者達が一斉に空を見上げ始めた。視界の先に広がるは、偽りの平和を祝福する人工の青空。その青空に小さな波紋が広がった。晴天の向こうに浮かぶ波紋、赤い点は徐々に大きくなり、やがて鳥を模った機体、大雷の姿がはっきりと目に映った。何も知らぬレポーターは次の式への移行を興奮気に伝え始め、守護者達は襲撃に備え一層殺気立つ。 

 時を同じくして、大聖堂から主役達が姿を見せた。儀の終了までは一般市民への公開は控えられる為、大聖堂の出入り口は大きなヴェールで覆われているのだが、それでもその向こうには確かに連合の頂点が存在する。

 内部の様子は報道されていない為、大半の人間にしてみれば漸く確認出来る大きな動きとなる。加えて、未だ姿を出せぬ姫に代わりオレステスが報道カメラに微笑みを向けた。遠めから辛うじて映るオレステスの行動に誰もが仲睦まじく歩く新婚夫婦を想像した。必然、興奮と関心と興味は否応なく高まる。何の違和感など持たず、誰も疑問に思わない。

 しかし、私だけが知っている事実がある。仲睦まじい新婚夫婦同然の2人はその実、大聖堂内で会話すらしなかった事を。そんな、報道に向けた微笑みとは真逆の不自然極まりない様子に私は確信した。姫は、オレステスと守護者が命を狙っているという事実を知っている。

 この後の予定は非常に単純で、到着した大雷と共に姫一行は主星へと向かう事となる。つまり、ココで止めなければ儀の阻止は実質的に不可能。何せ英雄達は指名手配中で、当然転移など許可されないのだから。

 何も知らぬレポーターは呑気に報道を続け、守護者達は大聖堂に向かう大雷をジッと睨む。今、この瞬間が運命の分水嶺。運命を分ける大雷は遂に肉眼で捉えられる程の大きさとなり、そして……大聖堂へ降り立つことなく通り過ぎた。誰もが唖然とする中、アイアースが声を張り上げる。

「奴らだッ!!堕ちた英雄共が来たぞッ、総員戦闘準備!!何としても儀を成功させねば各方面のメンツ丸潰れだ、全員死ぬ気で止めろッ!!」

 その言葉に、守護者達は猛る。各々が武器を手に取り、数多の黒雷が臨戦態勢へと入る。

「オレステス、主星には黒雷で向かえ。いいか、後悔だけはするなよ」

「承知している」

 混乱と怒号が響く中、アイアースと短い言葉を交わしたオレステスは配備されていた黒雷へと向かった。その光景は、儀を阻止する英雄の蛮行は、ソレを見た者は等しく同じ感情を発露させた。怒りだ。その感情に囚われた大多数は付和雷同し、やがてこぞって英雄達を糾弾し始めた。

 その光景を見た私は、どうしてここまで愚かな程に真っ直ぐで純粋なのだろうと嘆きたくなった。且つて自分達を救った英雄がどうしてこんな蛮行を働いたのかと言う疑問を誰も持たない。

 誰も与えられる情報の真偽など調べないだろうし、ましてや自分で調査しようなど考えすらしない。世界は広く、自らが調べようと思っても限界があり、更には情報過多の時代において自らが探し当てた情報が正しいと証明する事は困難だ。だが、だからこそ知ろうとする姿勢が必要なのだ。

 人に叡智を与えるべく作られたネットワークと仮想世界は人をより混迷へと導いただけだった。まだ早すぎたと、私はそう結論した。だがもう遅い。人は一方的に与えられる情報を貪る事しか出来ない。多すぎる情報を正しく選別できず、またその知性も持たない。

 情報を喰らい過ぎ、情報過多という肥大化を起こした。コレが食事ならば人は手を止めるところだが、情報は形がなく、故に人は止められない。満腹になる事も無いから情報過多という現状が分からない。だから尚も情報を喰らう。コレは人なのだろうか、そんな疑問が頭を過った。

 好奇心。興味から始まった情報を得ると言う行為は、やがて集め続けないと不安になるという恐怖心を生み、恐怖心は攻撃的な感情へとその姿を変えた。誰もが気付かない、あるいは気付きながらもそれでも英雄を断罪する。それが正しいと信じているから、そうすれば繋がりが持てるから、誰も"真実が分からないならば声を上げない"と言う選択肢を取らない。より正確には取る者が少なすぎて大多数が発する声の前に掻き消されてしまう。

 旗艦の内外は英雄への憎悪に満ちている。幸せな2人の門出をぶち壊すようにしか見えないのだから当然なのだが、それでも少しばかり冷静になれば自らとは直接関係が無いのだから過剰に批判する理由も無い筈だ。誰もが制御不能な憎悪を口から放つ。それはどんな弾丸よりも鋭利に英雄たる2人に突き刺さり、その意志を挫くだろう。しかしそれでも尚、英雄は立ちはだかる。

『オリンピア大聖堂で待つ』

 空に、男の声が響いた。
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