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第8章 運命の時 呪いの儀式

311話 燃える戦場

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「さぁ、どうする?」

 そう、女は問うた。圧倒的な性能を誇る刃は縦横無尽な攻撃だけでなく、堅牢な盾としても機能する。攻防一体。進めば無数の刃に切り刻まれ、止まれば串刺し、かと言って逃げれば仕切り直し。2人の頭には各々の選択肢に紐づく結末が正しく浮かんでいるだろう。故に、足を止まめない。

 大通りの両端に舗装された歩道を走るルミナとカルナは三度視線を交わすと、互いが無言で頷く。端から選択肢は無いと、攻勢に出る。カルナはその場に急停止するやタナトスを睨み付けながら何かを呟き始めた。一方、反対側を走るルミナは更に速度を上げる。もはや高機動と呼べない程の非常識な速度を上げる彼女の後方には、カグツチの残光が舞い散る白い粒子を残す。

「何を考えても無駄……それに、遅いのよ」

 超兵器を手足の様に操る女の声色は、自らの優勢を疑わない。魔導とは詠唱と魔法陣|(彼の場合は彼の衣服や装飾、杖に刻まれている)を組み合わせる事で行使可能な戦闘技術。カグツチを魔法陣に流し込む事で魔力へと転換する。次に作り出した魔力に詠唱で指向性を与える事で空間ないし物体に干渉、性質を変容させるのが魔導の原理。つまり、転換と詠唱の二工程分だけ隙がある。だから見下しているのだ、詠唱を行使せねば魔導という技術を使えない魔導士を。

 その彼が得意とするのは炎や熱の属性。増幅した魔力の放出によりカルナの周辺温度が跳ねあがる様子を無数の計器が、熱せられた空気が冷えた空気と混ざり合う事で生じる陽炎を監視カメラが捉えた。

「紅蓮の神槍」

 詠唱の最後、カルナの呟いた言霊に周辺の魔力が一斉に反応、凄まじい業火が生まれるとタナトス目掛け一直線に突き進む。

「鎖の蛇」

 言霊通り炎の槍の様な直線的な攻撃は瞬く間にタナトスへと肉薄すると、次の言霊により今度は蛇の如くうねりながら、瞬きする間にタナトスの周囲を円形に取り囲んだ。超高熱の炎の壁に、タナトスは捕縛された。

「アラアラ……困ったわねぇ。でも、取りあえず1人目、ネ」

 が、動じない。中央に向け縮小する豪炎を目の当たりにしながらも、タナトスは無表情に刀を振り下ろした。

 次の瞬間、カルナの身体を無数の青い刃が貫いた。更に周囲を取り囲んだ真っ赤な炎の壁が一瞬にして青色に染め上げられたかと思えば、粒子状に分解、消滅した。カルナ渾身の一撃と思われた攻撃など神代三剣の前には児戯に等しかった。そんな、圧倒的な光景。

「チッ!!」

 不意に、タナトスが背後を向いた。平静を装う顔には僅かな動揺が浮かぶ。視界の先、青い粒子へと変換された炎が風に霧散する光景、その奥には両手持ちの巨大な銃を構えるルミナが立っていた。その銃口は桁違いのカグツチが鮮烈な輝きを発する。その光に、タナトスは反射的に動いた。射線上に無数の青い刃を重ね、即席の盾を作り出す。

 大きな炸裂音が、戦場を揺るがした。ルミナの銃から弾丸が放たれた。ありったけの力が込められた弾丸は真白く輝きながら、次の瞬間にはタナトスが展開した盾を粉砕する。

「残念、届かない」

 無情。弾丸は無数の盾に阻まれ、最後には光の粒子として霧散した。見れば、渾身の一撃を放ったルミナは疲弊しており、また出力に耐えきれなかったのか武器もバラバラに崩れ落ちた。急造品では彼女の出す力に耐えきる事が出来なかった。あれでも特兵研が次期主力兵器の試験評価の為に製造した試作品で、現行品よりも一回り以上性能と|(主にルミナと伊佐凪竜一の為に)堅牢性を高められた筈なのだが。

 タナトスの口の端が歪む。幾つかの部品が、バラバラと地面に吸い寄せられる。軽い音が幾つも重なる様はまるで悲鳴のように聞こえた。ルミナは虎の子の武器を失い、しかも致命傷どころか傷さえ負わせられなかった。

「どうして笑っているの?」

 しかし、なのに彼女もタナトスと同じに口の端を僅かに歪めていた。まるで散々に笑ったタナトスへの意趣返しの様に。余りにもらしくない彼女の微笑みに、タナトスは違和感を持つ。思考を巡らせ、行動の意味を探ろうと頭を動かす。

「こういう事、ですよ」

 直後、思考を遮る声と共に背後から何者かが強襲した。

「何ッ!?」

 タナトスが僅かに油断したその隙、背後から姿を現したのはカルナ。その手には超高熱の火球が握られている。あの高熱なら、触れれば一瞬で消し炭だ。対するタナトスは華奢な身体を素早く捻りながら、同時に青い刃を展開し直し防御と攻撃に割り振る。攻防一体の刃を駆使、身を守りつつ死角から刃を放つ。が……

「甘い」

 ルミナの声に続いて銃声が響く。カルナの死角から迫る刃は粉々に砕け散り、周囲に青い粒子を撒き散らした。ルミナの援護を受けたカルナの攻撃が、タナトスを捉える。

クロガネ

 静かに呟いた言霊と同時、真っ赤に燃える炎はドス黒く染まる。カルナは黒炎を持つ掌を真っ直ぐに突きだし、発射した。どれ程の熱量だったろうか、黒い炎は彼の手を離れた途端、扇状に広がりながら進行方向の全てを飲み込み、消滅させた。大通りに建つ建造物は丸々一つが消え去り、その周辺には黒く焼き焦げた、あるいは熔けた何かが散乱する。

 しかし、必殺の火力を込めた一撃はギリギリのところでタナトスに回避されていた。よく見れば、カルナの手に小さな青い刃が棘の様に突き刺さっている。言わずもがな、タナトスの仕業だ。あれのせいで僅かに攻撃が逸れたのは明白。

「幻影、陽炎か」

「ご名答。アナタが見ていたのは幻。しかし、不覚。その刃、大きさも自在に変えられるようで」

「今の今まで使わなかったと言う事は、切り札として取っておくつもりだったようだな」

「フフ……ご名答。ホントに忌々しいわね」

 青い刃を炎で消滅させたカルナが生存の種明かしをすると、タナトスも神代三剣の力の一端を暴露した。数も自在ならば、刃の大きさも自由自在。

「ソレはコッチの台詞ですよ」

 タナトスの太々しい態度に対し、カルナは手に刺さった青い小さな刀を抜きながら答える。受けた傷は小さい。が、その表情はに傷に対し過大な焦りが表出する。

 誤認させられていた。神代三剣のフツノミタマが生成できる刃には下限があると無意識に思いこまされていた。事実、今の今まで極小の刃を生成する事はなかった。あの女はその事実から思考を逸らす為に、敢えて本体と同じかそれよりも大きな刃で攻撃し続けた。が、現実はサイズに下限は無い。

 しかし、その切り札を切った。その事実が何を意味するかを理解出来ない2人ではない。今後は目に見えないサイズの刃にも気を払わねばならない。極小の刃で足を止められたが最後、本命の刃でズタズタに切り刻まれれたならば、肉片すら残らない。

 特にカルナの表情は殊更に苦悶に満ちる。この時点でフツノミタマに拮抗し得る可能性を秘めるのは、同じく神代三剣ハバキリを宿すルミナだけだが、カルナはその事実を知らず、また知っていたところで疑念は払拭できないだろう。

 また、タナトスが嘲笑う。旗艦アマテラスの英雄とアヴァロン最強の一角を相手に優勢を維持する余裕が、顔を歪める。極小の刃を生成するという事実は、2人に更なる負担を強いる。360度全方位からの攻撃に加え目に見えない攻撃まで回避しろと言われたならば、果たしてどれだけの人間が実行できるか。

「何が可笑しい?」

 ルミナが凄んだ。

「健気ねぇ。でも、勝てないと知っても立ちはだかるソレは愚かとか馬鹿って言うのよ?」

 しかし、笑みを絶やす事さえ叶わず。圧倒的な余裕が、嘲笑と侮蔑という形で表出する。

「言った筈です、恩義の為に戦うと。何と言われようがそう簡単に引き下がるつもりはありませんね」

「そう。でも、もう幻影に意味はないわよ。少しは賢い真似も出来るのねって褒めてあげたいのだけど、でもタネが割れてしまえばそれまで。一回限りの囮じゃあ次は避けられない。私、今とても楽しいのよ。だから何の力も無い奴が割り込まないで欲しいのよね」

ですか。僕には……寧ろ、苛立っている様に見えるのですけどね」

 悔し紛れか、それともあてずっぽうか、それとも戦いを通して心情の変化を察知したのか。何れにせよ、カルナの言はタナトスの核心を突いたらしい。瞬間、タナトスの顔から笑顔が消えた。図星を突かれたと、僅かに吊り上がる眉が雄弁に語る。

「やはり図星か」

 ルミナの同調する声に女の顔がまた変わる。ほんの僅かな変化だったが、私は見逃さなかった。タナトスの顔に、明確な苛立ちと怒りが滲み出した。
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