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第8章 運命の時 呪いの儀式

315話 知ってはならない真実

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 切り札を使う、そう宣言したタナトスの意を受けた改式の合図と共に苛烈な戦闘はピタリと止まった。未だ優勢の守護者側がまるで示し合わせた様に攻撃の手を止めるという突然の行動にスサノヲ達は動揺する。不気味な静寂を挟んで睨み合う両者の間を、温い風がそよいだ。

「一体どういうつもりだ!!」

「何が起きる?いえ、起こすつもりです?」

「手ェ止めてまで何するつもりだよ、オイ」

 無言、無表情で待つスサノヲ達とは対照的に不敵な笑みを浮かべる守護者達の態度に業を煮やしたタケルとガブリエル、タガミが揃って問い詰める。

「聞きたいか?なら教えてやろう、真実だよッ」

「ハァ?」

「我々にも色々と後ろ暗い事実がある様に、皆様方にもあるんですよ。ソレをこの場で暴露しようと言うのです」

「何だ、何の話だ?」

 返答はあった。が、思い当たる節がある筈もなく。最早こうなってはと、スサノヲ達は臍を嚙みながら守護者に歩調を合わせる。守護者達に不意打ちの気配は感じず、寧ろ隙だらけともいえる状態。とは言え、一方的に攻撃する訳にも行かない。何せ報道機関が遠方から戦闘の様子を連合中に逐次報道しているのだ。

 神魔戦役、山県令子の反乱。立て続けに発生した戦禍から未だ立ち直れないという状況に、情報操作という最悪が重なっているのがスサノヲ達の置かれた現状。旗艦中から敵と見做されてしまった状況で無抵抗の守護者達を殺傷すれば、ただでさえ悪化した民意が完全に反英雄一色に染まる。誰もがそれを即座に理解している。だから、何も出来ない。例えタナトスの思惑通りだとしても、だ。

「アレは……」

「オイ、どうなっている?奴は確かに自宅に戻ったんじゃないのか?」

「拉致か?だがどうして?もう何の価値も無い筈だ」

 睨み合う渦中、報道機関の一つの映像が強制的に切り替わった。それまで大聖堂前をリアルタイムで映していた映像が切り替わった。ディスプレイが映すのは暗所に浮かぶ一人の男。両手は後ろ手に縛られ、安物の椅子にぐったりと背を預ける男を見たスサノヲ達は困惑した。その男の事はよく知っているが、一方で映し出された理由が理解できない。誰かが口走った通り価値など無きに等しく、故に誘拐する意味がない。

「ヤハタ、か?」

 ルミナが男の名を呟いた。ヤハタ。且つてタナトスと共謀する形で旗艦を混乱に陥れた張本人だが、その実は二重スパイとしてタナトスから情報を引き出そうと画策していた。ルミナの助けになりたかったと、男は無謀の理由を語った。が、浅はかな行動はタナトスに看破されており、都合よく利用された。その後は語るまでもなく、旗艦は大打撃から未だ立ち直れないまま今へと至る。

『うぅ……』

 映像の向こうでヤハタが呻き声を上げた。意識を取り戻したようだが状況は最悪。顔を見れば傷だらけで、服を見れば血で汚れている。拷問だろう。

 そんな痛ましい様子は直ぐに遮られる。人影が、過った。影はゆっくりヤハタへと近づくと、いきなり顔面を殴りつけた。誰もが悟る。拷問、あるいは人質だと。

 しかし、暴行する男の姿はとてもタナトスの仲間には見えない。精気の無い顔つきをしているがごく普通の、何処にでもいる壮年の男にしか見えない。しかし、たった一か所だけ異常な点がある。男の目だ。目が、目だけが殺意と憎悪で爛々と輝いていた。

『ぐぅ……』

『オイ起きろッ!!』

『起きて……いるさ。ハハッ、ちょっと乱暴な起こし方グアッ!!』

『誰がそんな事を聞いた?オイ、素直に答える気になったか?』

『……アレか。だが何度言われようが真実はグッ!!』

 映像から、鈍い音が響いた。ヤハタが再び殴られた。後ろ手に縛られ椅子に固定されており、抵抗する事が出来ない彼は成すがまま、殴られ続ける。今まで幾度となく繰り返されてきた様子が映像を通し、嫌というほどに伝わる。

『例え、何度言われようが、僕は……真実しか言わない。僕の愚かな行動はタナトスに唆された一面もあるが、僕自身の意志で……断じて彼女の意志ではない』

『嘘をつけェッ!!ならどうしてお前の罪はそんなに軽いんだッ!!』

『それは……罪を認め、私財全てを補填に差し出した事、私の影響力等を総合的に判断した司法局が特例でグゥッ!!』

 鈍い音とくぐもった声が映像から流れた。ヤハタが再び殴り飛ばされた。激しい衝撃に椅子と共に横転した彼は床に這いつくばりながら、ゼェゼェと息を荒げている。口元からは血が零れ、目は虚ろで焦点が合っていない。

『嘘を言うなッ。お前があの女と共謀しているに決まっているッ!!あの事件で……あの事件で俺の家族は全員……今も入院中なんだぞ!!それなのに碌な補償は無い、俺は家族の看病と仕事で寝る暇も無い。それなのに……それなのにお前はァッ!!』

 男は、己が境遇を力の限り叫んだ。隠し切れない苦悶と憎悪に、鬼気迫る表情に、誰も、何も語れない。有無を言わせない、圧倒的な威圧感を感じる。

『全て、僕の罪だ。何度言われようが、どれだけ暴力を受けようが変わらない。確かに僕が叩いた財では到底補填に足りない事も知っている。だが、逃げない。そして……済まない。今更こんな事を言っても何のゴフッ!!』

『分かるかよォ!!間違い認めたら全部元に戻る訳じゃねぇんだぞッ!!お前が、お前があのルミナって女と共謀さえしなければァ!!』

『それは……誤解だ!!彼女もこの件で酷く傷ついた。僕が……僕が傷つけたんだ。全ては愚かな、僕一人の責任だ』

『黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ!!』

 男はそれ以上の会話を拒み、壊れた様に"黙れ"と、叫びながらヤハタの腹を蹴り上げた。壊れている。壊された。穏やかな生活を、ヤハタに、タナトスに踏みにじられ、壊れてしまった。

 男は何度も何度も蹴り上げる。ヤハタの身体はよく言えば均整がとれているが、悪く言えば華奢で細い。対する加害者は肉体労働でも従事していたのか、程よく鍛えられている。その太い脚が蹴り上げる度に、ヤハタの口から血が零れ落ち、床が朱く染まる。

「不味いですね。あのままでは彼……死んでしまう」

「人質かよッ。胸糞悪い真似しやがって!!」

「ウフフフッ、違うわよ。ホントは久那麗華の反乱を仕組んだのは貴女達だって言って欲しかったのよ。まさか彼、此処まで強情だとは思わなかったわ。でも意外と芯が強いのね、ほんの少しだけ見直したわ」

「お前はッ!!」

「あら不満?でも大丈夫。コッチはオマケ、ただの余興。次が本命よ」

 映像を見た反応は様々。激昂するルミナに、侮蔑するアックス。戦意を削ぐには十分な光景だが、現実は真逆で全員が怒りに燃える。どう考えても失敗。

 が、タナトスはその全てを嘲笑った。死へと向かうヤハタを余興だと。言葉通り、映像が切り替わる。生気のない目線のまま、動く気配を見せないヤハタの姿はブツリと消え、椅子に座る女が映し出された。タナトスの言を信じるならば、次が本命。

 彼女も同じく後ろ手に椅子に縛り付けられていたが、ヤハタとは違い拷問は受けていない様だった。しかし、その表情は今も頑丈に縛り付けられている為か生気がまるで感じられない。誘拐された、というだけでは説明がつかない程に真っ青だ。

 その光景にあぁ、と溜息が、諦めが零れ落ちた。もう、駄目だ。

『オイ、出番だ』

『うぅ……』

『知っている事を全部、素直に話せ。でないと……』

『わ、分かった。分かったから……頼むからもう……』

『じゃあ始めろ』

 映像の向こうに座らされていたのはニニギ。マガツヒの動向を監視する黒点観測部門の主幹である彼女がどうして連れ去られるのか、その結論に辿り着いている者は私を除けば恐らく誰も居ない。彼女は隣に立つタナトスの手下らしき女に銃床で殴られると、涙を浮かべながら真っ直ぐ映像を見つめた。表情には怯えや悔しさ恐怖など様々な感情がない交ぜに浮かんでいる。脅迫の末に連れ去られたのは明白だ。

 そんな彼女の蒼白な顔面には、明らかに脅迫とは違う種類の恐怖に支配されている。その顔と、誘拐されたのがニニギであるという事実に、タケルは苦悶を浮かべた。もしかしたら彼も……いや、辿り着いていたのか。

『わ……私は、旗艦アマテラスの黒点観測部門主幹、ニニギです。きょ、今日は、この放送を聞いている全員にある事実を秘匿していた事実を謝罪する為に此処に連れ……やってきました。あ、あの、ソレは……』

『あと何人?』

『ヒッ……分かって、分かってます。ソレ、ソレは過去の地球に散布されていたホムラと呼ばれる粒子、つまり、つまりハバキリの正体についてです。我々はずっと調査を続けて、ある仮説を導き出しました。それはとても信じ難く、受け入れがたい事実です、でしたが……ですが間違いなくそうであると断言できます。ソレは……ソレは……』

 ニニギは涙ぐみながらそこで言葉を止めた。言いたくない、言ってしまえば今現在の全てが崩れ落ちる。彼女はそれを知っているからこそ、今の今まで秘匿し続けた。英断、その筈だった。しかし、今その行為は彼女を精神的に追い詰める。

 パァン――

 子気味良い破裂音に、ニニギの顔面から一気に血の気が引いた。恐怖ではない。視線を外しあらぬ方を見つめるとワナワナと震え始める。その様子に何人かが気付いた。

 彼女は、自らと近しい人物を人質に取られた上で証言を強要されている。スサノヲ達は臍を噛み、セオとアレム、また遠くからこの様子を見ていたヤマヒコは怒りに震え、イスルギは冷静に何処かに指示を飛ばし始めた。一方、人質と言う正当とは言い難い真似を仕出かした守護者達の顔には下卑た笑みが貼り付く。この先の真実と比べれば、人質という手段など些事だと言っているようだ。

 その真実とは……

『次はない』

『あ、あぁ……あの、あの……ゴメンナサイ、ルミナ』

 彼女の目から溢れんばかりの涙が零れ落ちると同時、彼女はありったけの声と力を振り絞り叫んだ。

『ハバキリは……ハバキリの正体はマ……マガツヒ、マガツヒです……』

 ニニギがポツリと零した一言はハバキリの正体。怯えと諦観が入り混じった言葉は深く静かに人の意志に染みこんでいく。

 最悪の事実。人が知るにはまだ早すぎる真実が、とうとう白日の下に晒されてしまった。

 瞬間、旗艦アマテラスの全てが波打ったように静まり返った。知らずとも良かった。誰も苦しむでもなければ、寧ろ人の利益にすらなっていた筈だったのに。だが真実が知られてしまった。大聖堂前に居る視点は必然の如く一ヶ所に集まる。全知的生命体の敵、マガツヒの力を内包する女、且つて英雄と呼ばれたルミナを誰もが見つめる。

 ※※※

 淡々と、生気のない瞳のニニギは語り続ける。

『は、初めは信じられなかった。今まで、今まで誰一人としてマガツヒの捕縛に成功した試しが無かったから。でも500年前の、あの天才科学者は何をどうしてかそれを成し遂げ、そして……ハハ、し、信じられない事に力の抽出にまで成功した』

『それで?』

『マ、マガツヒの力は連合ならばほぼ全員が知る通り、しん、侵食されたら、もう安楽死以外に手は無い。圧倒的な侵食能力を既存の技術で除去する事が出来ないから、そして……そして無制限に増殖し人の意志を塗りつぶす』

『それから?』

『お、堕ちた英雄は……遠からず、あの、確定ではヒッ……ほぼ確実に、何時の日かマガツヒに汚染されてしまう。その内部に存在するハバキリの力が日に日に増せば、いつの日か臨界を超えて……ふたりとも、マガツヒになってしまう』

『つまり?』

『え、え、英雄は……何時の日か、我々連合と、人類と敵対する……完全なマガツヒとなってしまう、可能性も否定できない』

『だから?』

『マガツヒは敵……だから、敵は……倒さないと……殺さないと……』

 通信は不自然に途絶えた。誰もが何も言えず、ただ茫然と一人の女を見つめる。英雄、ルミナ。その英雄が持つ力の源泉は、不倶戴天の敵であると言う真実。それは終焉を告げる絶望の鐘の音色の様に世界に響き、人々の意志を闇へと突き落とすだろう。

 希望が反転し、絶望に変わる。
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