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第8章 運命の時 呪いの儀式

316話 強奪の真意

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 連合標準時刻 火の節89日 午前10:45

 オリンピア大聖堂正面。ルミナの、英雄の力の源泉がマガツヒであると暴露された同じ頃、銀河を挟んだ反対側にあるもう1つのオリンピア大聖堂に目を向けると人影とソレを見下ろす巨躯が映る。

「準備は?」

「問題ない」

「じゃあ、始めようかァ!!」

 遡ること2000年前、星を恐怖の底に突き落とした"魔王"を討伐した英雄ケラウロスとヘラを模った巨大な石造の前に1人と1機が相対する。今や堕ちた英雄と仇名される伊佐凪竜一と、半年前に起きた神魔戦役における地球側の主力、まだ一般人でしかなかった伊佐凪竜一と敵対していた山県大地。過去の決着をつける為、互いが己が生き様を貫く為、2人の男が異星にてその力を振るう。世を平定した英雄像の前で、その行為を否定する。

 ※※※

 連合標準時刻 火の節89日 午前10:34

 地球近傍に停泊する旗艦アマテラスからおおよそ10万光年離れた場所、中心から渦を巻く様に形成される銀河の反対側に位置するカガセオ連合の中心、主星フタゴミカボシで始まった戦いに私は微かな違和感を覚えた。彼は本当に望んでこの星に来たのだろうか。頭を過る微かな疑問は自然と身体を動かす。

『機体機能正常化、惑星フタゴミカボシ衛星軌道上への正常転移を確認。周囲10キロ範囲内にデブリ群、及び他機影無し』

 大雷に搭載されたカメラに録画された映像は、今より約10分ほど前に主星上空へと到着した頃を映し始めた。システムから聞こえる音声に反応した伊佐凪竜一とクシナダは機内モニターが映す眼下の光景を眺める。

 惑星フタゴミカボシ。旧惑星名ではオリンピアと呼ばれる、運命傅く幸運の姫君が住まう星。生い茂る木々が生み出す深い緑色の帯と海水の青の美しいコントラストに時折剥き出しの茶色が混ざるという、外観だけならば何の変哲もないありふれた惑星。

「ココが……」

「ねー、ステキでしょ?」

「あぁ、そうだね。出来ればもっとゆっくり見たかったんだけど」

「え?次は2人でゆっくり見ようだって?」

「相変わらず、だね」

 伊佐凪竜一の言葉を殊更都合よく捉えるクシナダが、姫が座る後部座席から酷くご満悦な様子で答えた。孤立無援の現状に反した余裕は伊佐凪竜一への信頼か、それとも気を紛らわせようとしているだけか。

「因みにねー、連合の各惑星共に惑星を構成する要素ってビックリする位に差異が無いんだよね。この星だと、大気組成は窒素78%、酸素20%、その他で残り2%。陸地と海洋面積の割合もぉ、確か一つだけやたらと海洋面積が大きいところがあるんだけど、でも基本は3:7から4:6の間位で、地殻に含まれる元素も同様で比率が多少違う位で連合のどの惑星もほぼ同じなんだってサ」

 "どことなく地球によく似ているな"と、驚くほど故郷と符合した眼下の惑星への感想を呟いた伊佐凪竜一にクシナダが反応した。連合の常識、奇妙な符号を知らない彼はクシナダの言葉にもう一度眼下を見下ろす。

「良く知ってるね?」

「知る人ぞ知る、ってヤツね」

「そっか……でも、なんか不思議だね?」

「だよねー、そう思うよねー?まるで誰かが意図したみたいにさ。でも、歴史上その違和感を指摘した人って確か、少なくとも500人以上はいたみたいなんだけど、だけどその全員が研究中断に追い込まてるんだよね。だから連合内じゃあ禁句に近いんだよねぇ、これがさぁ」

「理由は?」

「神様が許さなかったのね」

「姫?」

「違う違う、ウチの神様ね。連合の中枢たる神に睨まれては研究継続は叶わないどころか立場すら危うくなるって愚痴みたいな記録がワンサカ残ってるよ」

「そうなんだ、でもなんで?」

「んー、それがわっかんないんだよねぇ。神に上奏した研究者の言葉が記録に残ってるんだけどさ、全員が口を揃えて"全く神らしくなく、支離滅裂で合理性に欠ける"って言ってるんだよ」

「……やっぱり、考えても分からないな」

 他愛ない雑談に混じる不可解な神の行動。しかし彼に納得いく回答が浮かぶ筈もなく、やがて思考を諦めた伊佐凪竜一は大きな溜息をつくと、気分転換とばかりに再び外の景色を眺め始めた。この、青く美しい星の何処かで悲劇が起こる。半年前を遥かに超える惨劇の起点は姫の殺害で、もし許せば連鎖的に連合が崩壊する。

 暫し、会話が途切れた。が、その静寂は直ぐに搔き乱される。狭い操縦席一杯に警報が響くと同時、モニターの一部が赤色に点滅し始めた。

「これは?」

「追手が来たみたい、流石に早いわね。じゃあ逃げよっか」

「あぁ、碌な武装が無いんだっけ。無理もないけど」

「そうねー。人型への可変機能もあるけど儀の後に行われる凱旋位でしか使われないからね。じゃ、捕まってて。ナビ、操縦権限の移譲を要求。自動操縦から複座による手動へ、今すぐ!!」

『承認しました……権限移譲完了しました』

「じゃあ降下するよ……ってあ、アレ?」

 クシナダが手動操縦への切り替えをシステムに指示すると、機体が突然ガクンと大きく揺れた。突然の挙動に踏ん張る伊佐凪竜一に、バランスを崩したクシナダが覆いかぶさる。

『権限の再移譲を承認。当機は外部からの自動操縦に切り替わります』

「は?何それ。ナビ、再移譲要求!!」

『要求は却下されました。現在、当機の運航は最上位権限の要求のみ受け付けております』

 即断で要請を却下されたクシナダが伊佐凪竜一を背後から抱き締める様な姿勢のまま耳元でがなるが、しかし結果は変わらず。まるで予想通りと、そんな盛大な溜息が伊佐凪竜一の横顔を撫でた。

「なら良い、もう喋るな。ンもう!!」

「目的地は大聖堂、だよね?」

「でしょうね。ココまで来て観光に行きましょうなんて言い出したら敵さん泣いちゃうからね」

「あの時と同じ、か。でも、まぁ渡りに船だ。どうせ来るつもりだったんだし」

「ワタリニフネって何?」

「あー、えーと日本の諺で困っている時に運よく助けに恵まれるって意味だよ」

「成程ね。じゃあ最後まで責任もって助けて貰いましょうか」

 手動への指示を無視する形で継続される自動操縦と、操縦席で為すがままの2人に私は現状を察した。何者かに誘導されていた、と。そう考えれば、儀式で使用される最重要機体の強奪に成功した理由にも納得がいく。

 ※※※

 連合標準時刻 火の節89日 午前7:12

 更に遡ること3時間前。治外法権区内にある旗艦アマテラス艦船発着区域。その中でも最大規模、フタゴミカボシ専用として割り振られた第一発着場は、例えスサノヲであったとしても許可なく立ち入ることが出来ず、不法侵入すれば主星側の法により罰せられる。

 そんな、本来ならば近寄りさえしない重要区域に2人が転移してきたのは人工の朝日が顔を照らす頃。クシナダが所持する特製IDは旗艦内での無制限転移を可能とする為、不正侵入など雑作も無い。

 無論、本来の使用方法ではない。神がスサノヲに許可した超法規的措置の為に違法ではないとは言え、万が一ヤタガラス見つかれば伊佐凪竜一排除の大義名分を与えてしまう危険な行為。よって、大胆に侵入した2人は慎重に身を隠し、守護者達の様子をジッと窺っていた。

「変、よね?」

「あぁ……人影、何処にもないよね?」

「もしかして、誰も居ないとか?」

 それから約3時間後。出迎えて以降から貼り付く違和感に、何方ともなく声を上げた。転移以後から今の今まで状況は微動だにせず。伽藍洞の発着場は、まるで"どうぞご自由にお入り下さい"と言わんばかりに誰も、監視さえ存在せず、不気味な程に静まり返っていた。

 守護者専用艦"アルゴー"の一つに至っては煌々とした灯りが今も灯っており、先程まで誰かがいたか、あるいは今も誰かが居る様子を窺わせるが、しかし不審者の侵入に対し何らの行動すら見せない。不気味なまでに静まり返った発着場の光沢を放つ床を靴が叩く子気味良い音が不審者の存在を殊更に主張し続ける。が、それでも尚、誰一人として姿を見せない。

「まさか、ココの警備すら回してるの?」

「いや、それおかしいよね?」

「勿論、だってその間に細工し放題になるし。普通ならこんな事しない……」

 想定外の出迎えに何かを察したクシナダは言葉の途中で押し黙る。彼女が辿り着いた結論は余りにも有り得なく、その表情に驚きと混乱が浮かぶ。伊佐凪竜一も同じく。そのすぐ下に見える彼女の表情が硬く強張る様子から何かを察すると、その視線に気付いた彼女が伊佐凪竜一を見上げた。

「まさか……」

「有り得ないよ。だって、目的地喋ったのついさっきだよ?」

 語らずとも、双方の結論が重なる。敵は、2人がこの場に来る事を見越していた。自らの意志で訪れるか、それとも強引に呼び込むか、あるいはそれ以外の手立てか。手段は定かではないが、敵はこの場所への誘導を計画に含んでいた。当然、懐に招き入れるなど普通ならば考えない。

 ゴゥン――

 思考を遮る鈍い音が頭上から降り注ぐ。クシナダが静まり返った発着場に佇む鈍色の艦を見上げると、まるで到着を待っていたと言わんばかりに艦の入口の扉が開き始めていた。まるで中に入れと言わんばかりだ。

「俺達が来たのは偶然だけど、元よりこうさせるつもりだったって事かな?」

「でもどうやって……なんて考える必要ないか。結果的にこう決めた訳で、ソレが誰かさんの思惑通りだったと言う訳で。だけどこんな事して誰が得……」

 再び、クシナダの言葉が止まった。再び何かに気付いた彼女は、今度は眉を吊り上げながら小さく舌打ちをした。

「どうしたの?」

「ナギ君」

 クシナダは横に立つ伊佐凪竜一を見上げ……

「君の力に頼らせて」

 しおらしい、彼女らしくない口調と表情で助力を求めた。

「任せろ」

 全てを語らずとも言いたい事を理解した伊佐凪竜一は、一言そう呟くと彼女に率先してアルゴーの内部へと踏み込んだ。クシナダはその背を駆け足で追いかける。2人が大雷を奪うと言う一大事を成し得た理由は分かってみれば単純明快、敵の策だった。誰かが伊佐凪竜一にフタゴミカボシへと向かうよう望んだ結果だった。

「不気味な位に誰も居ないな」

「余程アレに乗って欲しいんでしょうね」

「……らしいね」

 恐らく、罠。しかし理由は不明。正体不明の存在の意図を汲み取れないまま2人は艦内の格納庫へと向かい、お目当ての物を見つけた。"どうぞ搭乗して下さい"と、そう言わんばかりに操縦席が開かれた大雷。2人は互いの顔を見合わせ、苦笑すると真白い機体の中へと無遠慮に乗り込む。

「そう言えば何回か乗った事が有るんだっけ。でも操縦方法とか知らないよね?」

「あぁ、全部ツクヨミ任せだった」

 操縦席は開け放たれていたが、しかし機体内部は真っ暗。起動しなければ目的は果たせない。"もう少し気を利かせなさいよ"と、クシナダは悪戦苦闘する。伊佐凪竜一が持つ小型のライトでは操縦席を十分に照らし切れていないようだ。

「基本は黒雷と同じなんだけど、でもコレを操縦するのって姫様とその伴侶様だけだから、寧ろ更に簡易化されてるんだよね」

「そうなんだ?」

「何せ儀式用の特別な機体だもの。操縦は基本的に伴侶となる男性が行う事になってるんだけど、それができずに無様晒すわけにはいかないでしょ?それに操縦系統は黒雷の大本となった筈だからぁ、脳波とか視線の動きとかに合わせて事前登録された幾つかの機体行動パターンを組み合わせる半自動操縦式とぉ、脳波感知を元にある程度の機体行動パターンを取りつつ細かい動作を手動で行う手動操縦式を組み合わせた複合方式になってるんじゃないかなー」

「ゴメン、何となく程度しかわからない」

「まぁ、仕方ないよ。私も知識としては知ってるけど、まさか実際に操縦する機会が巡って来るとは思わなかったから記憶頼りなんだよねぇ……おっ、動いたかな?」

 機体内部で彼方此方をいじくり回すクシナダの奮闘の甲斐あってか、大雷は無事に起動した。操縦席には様々な機器が発する光がそれまで真っ暗だった場所を眩く照らし出し、同時に機体が一度だけ揺れ動いた。機体に火が入る。電源を入れてから僅か数秒、たったそれだけで動力源にエネルギーが届き、発進の準備が整う。

「良しッ。じゃあ、お姫様が無事に式を終えるまでココで待ちましょ」

『全機器の正常な動作を確認。当機は外部からの自動操縦により運行されます。目的地……旗艦大聖堂前。発進準備に入ります。カウントダウンスタート……』

「ウン、ってはぁ?ちょ、なんで勝手に……ナビッ!!権限移譲、自動操縦から複座による手動に変更!!」

 操縦その他諸々を補佐するナビは、起動するや自動で目的地を設定するに止まらず、即座に発信準備の実行を始めた。幾ら何でも早すぎると、クシナダは焦りながらもカウントダウンを止めようとナビ目掛け声を張り上げる。が、止まらず。

『要求は却下されました。当機は外部からの自動操縦により運行されます……聞こえるか?』

「何ッ!!」

「誰よ、アンタ?」

 想定外は更に重なる。ナビを通し、誰かが語り掛けて来た。機械が発する生気のない声とは明らかに違う肉声は不気味な程に低く、暗く、悪意が籠っている。その声は少なくとも聞いた者にそう認識させる程度の不快感を与えた。

『貴様等を助けてやろうと言うのだ。案内する手間を省いてくれた優秀な頭脳に敬意を表してな。素直に受け取れ』

「この声!?」

「お前はッ!!」

『では良い旅を。コレが最後になるのだからな、伊佐凪竜一。それから端役の女』

「ちょっと、誰が端役だってェ!!」

 端役と見下され不貞腐れるクシナダ。しかし、憤慨する彼女を他所に機体は重力に逆い浮遊を始めた。ふわりと揺らめく様に浮かび上がった機体は、次の瞬間にはカタパルトを滑り、猛然と空へと飛び出し、発着場を抜け、居住区域とを隔てる通路を駆け抜けた先に見える出口の先に煌めく光の中、居住区域へと突き進んでいった。

 当初は儀を妨害する為だと思われていた大雷の強奪もまた、敵に仕組まれていた。そう考えれば傍と思い出した。そもそもクシナダの目的は伊佐凪竜一とルミナを合流させる事だった。更に、儀の妨害の為に主星に向かう必要も無い。幾つもの事実が、闇の中から敵の目的を浮かび上がらせる。
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