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アインワース大陸編
リブラ ~ 三男ジェット 其の4
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――助けてくれる?
――何を?何時?
――もし、私が困っていたら
――可能な限り善処します
――曖昧な言葉は嫌われるわよ?
――わかったよ。必ず助け……
※※※
「お前に何が分かるッ!!」
『な……ぐぉおお!!』
まるで頭の中を削り取られるような酷い不快感に思考が鈍る。だけどソレが幸いしたのか、無我夢中で放った攻撃が傭兵を捉えていたみたいだ。拳が捉えた鈍い衝撃にハッと意識を取り戻せば、何時の間にか人に戻った傭兵が橋の欄干にぶつかって動かない様子。そして、全員が一様に俺を見つめる姿。
表情は様々だった。オブシディアンとグランディは驚き半分喜び半分、パールとアメジストは純粋に喜んでいて、残り全員は純粋に驚いているといった感じだった。
『お前、大丈夫か?』
直ぐ近くから声が聞こえた。振り向けば何時の間にかルチルがいた。その表情は他全員とは違い酷く暗い、どうやら相当に心配していた様子だと分かる。多分、大丈夫だと伝えたが……
『そうなのか?左手、利き腕じゃないだろ?』
彼女は信用に値しないとばかりに俺の左腕をグッと握り締めた。
「痛い。」
『ホレ見ろ。人狼の全力を片手で受けようなんてのが先ず無茶なんだよ。』
ルチルはそう言うと左腕の治療を始めた。彼女の掌が触れる部分がムズムズしたかと思うと、徐々に痛みがぶり返してくる。
「いててッ。」
『感覚麻痺してたんだな。』
そうなのか。俺、何したんだ?
『無我夢中で覚えてないのか?アゾゼオの攻撃を左手一本で止めると同時に殴り返したんだぞ?』
アゾ?誰だっけ?
『あの傭兵。アゾゼオ=ナインフォート。この大陸の少数派独立種の実質トップ、大陸でも指折りの強者だぞ。』
あぁ、道理で強い筈だ。
『ム……』
背後からの呻き声に視線を向けると、その彼が意識を取り戻し立ち上がろうとしていた。
『オイ。偉そうな口を叩いておいてどういう事だ。お前は僕に雇われているんだぞ!!』
が、小太りの男がそのアゾゼオの前に立つと激しく叱責を始めた。恐らくそんな状況じゃないだろうに、アイツは本当に自分の事しか考えていないみたいだ。パールが結婚を嫌がり、グランディが密かに俺を応援する理由がよく分かる醜い一面……いや全面だろうなアレは。
『言い訳などしますまい。』
『そんな事はどうでも良いからさっさと立て!!』
アゾゼオは小太りの男の指示に対し愚直に立ち上がろうとするが、膝がふら付いて立ち上がれない。殆ど無意識に近くて実感が無いのだけど、どうやら俺の攻撃は相当効いているらしい。しかし、小太りの男はそんなことなどお構いなし。コイツ、ホントに腹立つな。
『オイ。いいかげっておわわわわッ。』
なのでちょっと膝を攻撃してやった。ほんの少しだけ、後ろから膝をチョンと足で小突くと男は面白い様に崩れ落ちた。
『き、貴様ッ。この僕を誰だと思っているんだ!!』
知らんよ。
『平民が!!僕はお前程度が雑に扱って良いような……』
『待ていッ。ソコで何を暴れている!!』
小太りの男が何かモゴモゴと文句を言っていると、なんか既視感のある台詞がまた聞こえた。だけど今度は男の声だ。流石にそう何度もエンジェラとは会わないよね。と、まぁ声の方向をじっと見ていると、やがて人波をかき分けるように2人の男が姿を見せた。市民はその片方に憧憬の視線と声を送る。が、誰?俺には誰が誰だかさっぱり分からない。
『『『ゲ!!』』』
『あらぁ。』
『おやまぁ。流石、こういう事態には良く首を突っ込んでくるねぇ』
トリオとアメジストにルチルはその人物に心当たりがあるような反応をした。と、いう事は……
『オイ、貴様。早く僕を助けないか!!』
俺達の前にやって来た2人に対し小太りの男は相変わらず無礼な物言いをするのだけど、当の本人達はその言葉を完全無視している。
『プレナイト。先ずは状況確認を。』
2人の内、明らかに年下の青年は遥か年上のオジサンに対し指示を出すと……
『ハイよ。しっかしクエストから戻ってからコッチ、休憩どころか怪我の治療もしてないんですよ俺ぁ。ってハイハイ睨まないでくださいよ。』
オジサンはそう言いながら包帯でぐるぐる巻きの左腕をブラブラさせながら露骨な不満を漏らすが、青年に睨まれると思いの他素直に周囲から状況を聞き出し始める。で、一方の青年はと言うと……
『師匠、大丈夫ですか!?』
そう叫ぶと未だ立ち上がれないアゾゼオの元に駆け寄った。知り合いなのか?
『ヤレヤレ、歳は取りたくないな。弟子に無様を晒してしまったよ。』
『師匠、そんなこと言わないでください。ソレにココまで派手にやられるなんて、どうせ汚い真似をされたに決まっています!!』
しかしこの青年。どうやら思い込んだら一直線なのか、どうも俺が何かをしたと勘違いしているらしい。コレ、ちょっと不味いよね。しかし、相変わらず誰か分からない……
『オイゴルァ!!ドイツもコイツも僕を無視するなァ!!』
全員が二人を注視する中、情けない怒号が聞こえた。もうお前そのまま転がって帰れよホントに。
『アナタは……確かピスケスのフェルスパス=エイシス殿では?』
『そうだよ。僕はピスケスの大貴族だぞ!!』
誰も気に掛けちゃあいないけどな。
『コレは失礼。』
青年はそう言うとアゾゼオから離れ、未だ地面でジタバタ醜態をさらすフェルスパスに手を差し伸べた。が、その行動に対し誰も何も言わない。多分、カレ相当にアレな人だと思うんだけど。青年の手を受け取り立ち上がったフェルスパスは服の泥を払いながらブツブツと何か呟いている。
『全く。ドイツもコイツも貴族たる僕に敬意すら払わないと来た。どうなってるんだココは!!』
『至らぬ点があれば謝罪します。しかし、貴族とは道のど真ん中で寝そべりながら喚くものではない筈。民の規範となるようもう少しご自身の言動を見直しては如何でしょう?』
フェルスパスの言動に青年は真正面からストレートに窘めた。ですよね。トリオも、アメジストとルチルも、何ならジルコンにアゾゼオ、周囲で様子を窺っていた市民達も全員が一様に頷いた。俺も頷いた。何だろう、またしても皆の心が1つになった感じがする。風が吹いてる、凄い一体感を感じる。
『何だとッ。貴様、一体誰だ!!この僕に向かってェ!!』
しかし正論とは時に人を傷つけるもので、当然フェルスパスは激しく怒る。
『ジェット=リブラ。まだ政治を知らぬ若輩者ですが、どうぞよろしくお願いいたします。フェルスパス殿。』
『フアアアアアァ……』
が、その素性を知らなかったフェルスパスは魚の様に口をパクパクさせたかと思えば泡を吹いて気絶した。もう暫くと言わず二度と起きなくていいぞ、お前。それはともかく、やっぱり予想は当たっていた。彼がアンダルサイト、スピネルに続くリブラ3兄弟の最期の1人。
『お前か。師匠に汚い手を使った悪漢は!!』
立ち上がり、俺を睨みつけたジェットは開口一番にそう叫ぶと拳を強く握り込んだ。いきなり臨戦態勢とるあたり、コイツ第一印象通り話が通じないなぁ。
『オイ待てジェット。彼はそんな事をしていないぞ。』
『しかし、ならば師匠をここまで打ち負かす人間がいるという話になります。そんな輩、世界中のどこを探せばいるというんです!?』
『だが真実だ。誓ってもいい。』
『ジルコン殿まで……』
『アタシも一応見てたけど、でもちゃあんと正々堂々戦ってたよ。』
『ルチル殿まで!!むぅ、しかし俄かに信じ難い……』
アゾゼオの言葉を聞いても尚信じないと渋るジェットにジルコンとルチルまでもが説得に回ったが、彼は余ほどに強情なのかそれでも俺の潔白を信じなかった。ホントに強情やね。
『あー。ジェット君ジェット君?ひょっとしたらアレだよ、入学と同時に君と同じランク1位になった正体不明のルーキーが彼なんじゃない?その証拠に同点2位の仲良しトリオと一緒だし。』
プレナイトと呼ばれたオジサンがジェットにそう口添えすると、彼は驚いたように俺を見た。
『あぁ。ああぁああ、君が兄様と姉様が認めたという伊佐凪竜一……なのか?成程、ならば君の実力に偽りは無いという事か。』
良かった。どうやら認めて貰えたみたいだ。と、するならばアンダルサイトと殴り合ったりクエストに出向いた意味もあったんだな。
『失礼をお許しいただきたい。』
ジェットはそう言うと俺に膝をつき謝罪した。お姉さんと同じ凄い意見の変わりっぷりだけど、それは間違いを素直に認められるという事。俺の前で未だに気絶している馬鹿アホ間抜け貴族とは違って、正しく好青年そのものだ。ちょっと暴走しがちだけど……
『アナタが姉上様の婚約者でもある伊佐凪竜一殿とはつゆ知らず。が……しかし、一体何をどうしてこんな目立つ場所で暴れていたんです?』
『ごめんなさいッ。私のせいです!!
ジェットの質問にどう説明すればよいやらと思案した矢先、元凶のパールが自分のせいだと素直に申し出た。まぁ、間違っていないしソレが一番うまく収まる。
『君はパール=ファウスト嬢?ファウスト家のご令嬢にピスケスの大貴族の息子……あー、なるほどなるほど。となれば師匠がいても不思議じゃないですね。』
『そういう事だ。後なぁ、前々から言っているのだが少しは人の話をゆっくり聞いた方が良いぞ?』
アゾゼオがそう窘めると、彼はそれまでの態度から考えられない位に大人しくなった。
『すみません。兄上から叱られるのですがどうにもこればかりは性分でして……つまり、パール殿はフェルスパス殿との結婚が嫌で、伊佐凪竜一殿が勝てば婚約を無効にするという約束をしたわけですか?』
『ハイ……』
『しかし無茶しますね。多分、ご両親は相当ご立腹だと思いますよ。何せ勝手に破談にしたんですから。良いんですか?』
ジェットは本気で呆れた表情でパールを見つめる。言われてみれば確かにそうだ。軽はずみで決めちゃったけど、コレ結構な問題だよね。パール本人からすれば万々歳な結末だけど、でも縁談を決めた両親側にしてみれば努力と面子を潰された訳だし……
『まぁ、伊佐凪竜一殿が第二夫人としてパール殿を娶る覚悟がおありならば特に問題は無いでしょうけど。』
『『なッ!!』』
アメジストとルチル、仲良く驚く。
『『ワハハハッ!!』』
ソコのオッサン達、他人事だと思って笑うな。つーかアゾゼオさん、もう立ち上がってるけど俺のダメージどうした?
『『式には呼んでください』』
『クェッ!!』
グランディにブルー、なんで君達仲良くサムズアップしてんの?おまけにブルーの頭に乗るコカトライズの雛も意味不明に喜んでるし。
『何が何だか……もう滅茶苦茶だよ。』
オブシディアン。そう言いたいのは俺もだよ。
『まぁ。あの平凡そうな男がエンジェラ様だけじゃなくてファウスト家のご令嬢も娶るそうですって?』
『嫌だわ。ケダモノじゃない?夜もケダモノなの?そうなの?そうなのね?』
市民の皆様は他人事だと思って好き勝手言いなさる。
『大丈夫よ。伊佐凪竜一。私は幸せになる自信があるわ。』
パールさん。違う、そうじゃない。問題はソコ違うから、そう言う問題じゃないよね?後、俺は?俺の幸せドコさ?
――何を?何時?
――もし、私が困っていたら
――可能な限り善処します
――曖昧な言葉は嫌われるわよ?
――わかったよ。必ず助け……
※※※
「お前に何が分かるッ!!」
『な……ぐぉおお!!』
まるで頭の中を削り取られるような酷い不快感に思考が鈍る。だけどソレが幸いしたのか、無我夢中で放った攻撃が傭兵を捉えていたみたいだ。拳が捉えた鈍い衝撃にハッと意識を取り戻せば、何時の間にか人に戻った傭兵が橋の欄干にぶつかって動かない様子。そして、全員が一様に俺を見つめる姿。
表情は様々だった。オブシディアンとグランディは驚き半分喜び半分、パールとアメジストは純粋に喜んでいて、残り全員は純粋に驚いているといった感じだった。
『お前、大丈夫か?』
直ぐ近くから声が聞こえた。振り向けば何時の間にかルチルがいた。その表情は他全員とは違い酷く暗い、どうやら相当に心配していた様子だと分かる。多分、大丈夫だと伝えたが……
『そうなのか?左手、利き腕じゃないだろ?』
彼女は信用に値しないとばかりに俺の左腕をグッと握り締めた。
「痛い。」
『ホレ見ろ。人狼の全力を片手で受けようなんてのが先ず無茶なんだよ。』
ルチルはそう言うと左腕の治療を始めた。彼女の掌が触れる部分がムズムズしたかと思うと、徐々に痛みがぶり返してくる。
「いててッ。」
『感覚麻痺してたんだな。』
そうなのか。俺、何したんだ?
『無我夢中で覚えてないのか?アゾゼオの攻撃を左手一本で止めると同時に殴り返したんだぞ?』
アゾ?誰だっけ?
『あの傭兵。アゾゼオ=ナインフォート。この大陸の少数派独立種の実質トップ、大陸でも指折りの強者だぞ。』
あぁ、道理で強い筈だ。
『ム……』
背後からの呻き声に視線を向けると、その彼が意識を取り戻し立ち上がろうとしていた。
『オイ。偉そうな口を叩いておいてどういう事だ。お前は僕に雇われているんだぞ!!』
が、小太りの男がそのアゾゼオの前に立つと激しく叱責を始めた。恐らくそんな状況じゃないだろうに、アイツは本当に自分の事しか考えていないみたいだ。パールが結婚を嫌がり、グランディが密かに俺を応援する理由がよく分かる醜い一面……いや全面だろうなアレは。
『言い訳などしますまい。』
『そんな事はどうでも良いからさっさと立て!!』
アゾゼオは小太りの男の指示に対し愚直に立ち上がろうとするが、膝がふら付いて立ち上がれない。殆ど無意識に近くて実感が無いのだけど、どうやら俺の攻撃は相当効いているらしい。しかし、小太りの男はそんなことなどお構いなし。コイツ、ホントに腹立つな。
『オイ。いいかげっておわわわわッ。』
なのでちょっと膝を攻撃してやった。ほんの少しだけ、後ろから膝をチョンと足で小突くと男は面白い様に崩れ落ちた。
『き、貴様ッ。この僕を誰だと思っているんだ!!』
知らんよ。
『平民が!!僕はお前程度が雑に扱って良いような……』
『待ていッ。ソコで何を暴れている!!』
小太りの男が何かモゴモゴと文句を言っていると、なんか既視感のある台詞がまた聞こえた。だけど今度は男の声だ。流石にそう何度もエンジェラとは会わないよね。と、まぁ声の方向をじっと見ていると、やがて人波をかき分けるように2人の男が姿を見せた。市民はその片方に憧憬の視線と声を送る。が、誰?俺には誰が誰だかさっぱり分からない。
『『『ゲ!!』』』
『あらぁ。』
『おやまぁ。流石、こういう事態には良く首を突っ込んでくるねぇ』
トリオとアメジストにルチルはその人物に心当たりがあるような反応をした。と、いう事は……
『オイ、貴様。早く僕を助けないか!!』
俺達の前にやって来た2人に対し小太りの男は相変わらず無礼な物言いをするのだけど、当の本人達はその言葉を完全無視している。
『プレナイト。先ずは状況確認を。』
2人の内、明らかに年下の青年は遥か年上のオジサンに対し指示を出すと……
『ハイよ。しっかしクエストから戻ってからコッチ、休憩どころか怪我の治療もしてないんですよ俺ぁ。ってハイハイ睨まないでくださいよ。』
オジサンはそう言いながら包帯でぐるぐる巻きの左腕をブラブラさせながら露骨な不満を漏らすが、青年に睨まれると思いの他素直に周囲から状況を聞き出し始める。で、一方の青年はと言うと……
『師匠、大丈夫ですか!?』
そう叫ぶと未だ立ち上がれないアゾゼオの元に駆け寄った。知り合いなのか?
『ヤレヤレ、歳は取りたくないな。弟子に無様を晒してしまったよ。』
『師匠、そんなこと言わないでください。ソレにココまで派手にやられるなんて、どうせ汚い真似をされたに決まっています!!』
しかしこの青年。どうやら思い込んだら一直線なのか、どうも俺が何かをしたと勘違いしているらしい。コレ、ちょっと不味いよね。しかし、相変わらず誰か分からない……
『オイゴルァ!!ドイツもコイツも僕を無視するなァ!!』
全員が二人を注視する中、情けない怒号が聞こえた。もうお前そのまま転がって帰れよホントに。
『アナタは……確かピスケスのフェルスパス=エイシス殿では?』
『そうだよ。僕はピスケスの大貴族だぞ!!』
誰も気に掛けちゃあいないけどな。
『コレは失礼。』
青年はそう言うとアゾゼオから離れ、未だ地面でジタバタ醜態をさらすフェルスパスに手を差し伸べた。が、その行動に対し誰も何も言わない。多分、カレ相当にアレな人だと思うんだけど。青年の手を受け取り立ち上がったフェルスパスは服の泥を払いながらブツブツと何か呟いている。
『全く。ドイツもコイツも貴族たる僕に敬意すら払わないと来た。どうなってるんだココは!!』
『至らぬ点があれば謝罪します。しかし、貴族とは道のど真ん中で寝そべりながら喚くものではない筈。民の規範となるようもう少しご自身の言動を見直しては如何でしょう?』
フェルスパスの言動に青年は真正面からストレートに窘めた。ですよね。トリオも、アメジストとルチルも、何ならジルコンにアゾゼオ、周囲で様子を窺っていた市民達も全員が一様に頷いた。俺も頷いた。何だろう、またしても皆の心が1つになった感じがする。風が吹いてる、凄い一体感を感じる。
『何だとッ。貴様、一体誰だ!!この僕に向かってェ!!』
しかし正論とは時に人を傷つけるもので、当然フェルスパスは激しく怒る。
『ジェット=リブラ。まだ政治を知らぬ若輩者ですが、どうぞよろしくお願いいたします。フェルスパス殿。』
『フアアアアアァ……』
が、その素性を知らなかったフェルスパスは魚の様に口をパクパクさせたかと思えば泡を吹いて気絶した。もう暫くと言わず二度と起きなくていいぞ、お前。それはともかく、やっぱり予想は当たっていた。彼がアンダルサイト、スピネルに続くリブラ3兄弟の最期の1人。
『お前か。師匠に汚い手を使った悪漢は!!』
立ち上がり、俺を睨みつけたジェットは開口一番にそう叫ぶと拳を強く握り込んだ。いきなり臨戦態勢とるあたり、コイツ第一印象通り話が通じないなぁ。
『オイ待てジェット。彼はそんな事をしていないぞ。』
『しかし、ならば師匠をここまで打ち負かす人間がいるという話になります。そんな輩、世界中のどこを探せばいるというんです!?』
『だが真実だ。誓ってもいい。』
『ジルコン殿まで……』
『アタシも一応見てたけど、でもちゃあんと正々堂々戦ってたよ。』
『ルチル殿まで!!むぅ、しかし俄かに信じ難い……』
アゾゼオの言葉を聞いても尚信じないと渋るジェットにジルコンとルチルまでもが説得に回ったが、彼は余ほどに強情なのかそれでも俺の潔白を信じなかった。ホントに強情やね。
『あー。ジェット君ジェット君?ひょっとしたらアレだよ、入学と同時に君と同じランク1位になった正体不明のルーキーが彼なんじゃない?その証拠に同点2位の仲良しトリオと一緒だし。』
プレナイトと呼ばれたオジサンがジェットにそう口添えすると、彼は驚いたように俺を見た。
『あぁ。ああぁああ、君が兄様と姉様が認めたという伊佐凪竜一……なのか?成程、ならば君の実力に偽りは無いという事か。』
良かった。どうやら認めて貰えたみたいだ。と、するならばアンダルサイトと殴り合ったりクエストに出向いた意味もあったんだな。
『失礼をお許しいただきたい。』
ジェットはそう言うと俺に膝をつき謝罪した。お姉さんと同じ凄い意見の変わりっぷりだけど、それは間違いを素直に認められるという事。俺の前で未だに気絶している馬鹿アホ間抜け貴族とは違って、正しく好青年そのものだ。ちょっと暴走しがちだけど……
『アナタが姉上様の婚約者でもある伊佐凪竜一殿とはつゆ知らず。が……しかし、一体何をどうしてこんな目立つ場所で暴れていたんです?』
『ごめんなさいッ。私のせいです!!
ジェットの質問にどう説明すればよいやらと思案した矢先、元凶のパールが自分のせいだと素直に申し出た。まぁ、間違っていないしソレが一番うまく収まる。
『君はパール=ファウスト嬢?ファウスト家のご令嬢にピスケスの大貴族の息子……あー、なるほどなるほど。となれば師匠がいても不思議じゃないですね。』
『そういう事だ。後なぁ、前々から言っているのだが少しは人の話をゆっくり聞いた方が良いぞ?』
アゾゼオがそう窘めると、彼はそれまでの態度から考えられない位に大人しくなった。
『すみません。兄上から叱られるのですがどうにもこればかりは性分でして……つまり、パール殿はフェルスパス殿との結婚が嫌で、伊佐凪竜一殿が勝てば婚約を無効にするという約束をしたわけですか?』
『ハイ……』
『しかし無茶しますね。多分、ご両親は相当ご立腹だと思いますよ。何せ勝手に破談にしたんですから。良いんですか?』
ジェットは本気で呆れた表情でパールを見つめる。言われてみれば確かにそうだ。軽はずみで決めちゃったけど、コレ結構な問題だよね。パール本人からすれば万々歳な結末だけど、でも縁談を決めた両親側にしてみれば努力と面子を潰された訳だし……
『まぁ、伊佐凪竜一殿が第二夫人としてパール殿を娶る覚悟がおありならば特に問題は無いでしょうけど。』
『『なッ!!』』
アメジストとルチル、仲良く驚く。
『『ワハハハッ!!』』
ソコのオッサン達、他人事だと思って笑うな。つーかアゾゼオさん、もう立ち上がってるけど俺のダメージどうした?
『『式には呼んでください』』
『クェッ!!』
グランディにブルー、なんで君達仲良くサムズアップしてんの?おまけにブルーの頭に乗るコカトライズの雛も意味不明に喜んでるし。
『何が何だか……もう滅茶苦茶だよ。』
オブシディアン。そう言いたいのは俺もだよ。
『まぁ。あの平凡そうな男がエンジェラ様だけじゃなくてファウスト家のご令嬢も娶るそうですって?』
『嫌だわ。ケダモノじゃない?夜もケダモノなの?そうなの?そうなのね?』
市民の皆様は他人事だと思って好き勝手言いなさる。
『大丈夫よ。伊佐凪竜一。私は幸せになる自信があるわ。』
パールさん。違う、そうじゃない。問題はソコ違うから、そう言う問題じゃないよね?後、俺は?俺の幸せドコさ?
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