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アインワース大陸編

リブラ ~ 三男ジェット 其の3

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 ――リブラ帝国上位区画内 要人宿泊施設内

 ドタドタと階段を上がる足音は一直線に淀みなくこの部屋まで向かい、やがて……

『開けろッ。ココに居るのは分かってるんだぞ!!』

 男の怒号が聞こえた。声色からまだ年若い男のような印象を受けるその声にパールは露骨な不快感を露わにし、グランディは呆れたような表情を浮かべた。直後、"ドン"と扉が強引に破られ、程なく一団が入室してきた。小太りの男、壮年の男、そして……

『ジルコン?それに後ろの人は?』

 その中の1人はジルコンだった。

『あらあら、ではその方がお知り合いなんですねぇ?』

『君達か。あぁそうだよ。』

 ジルコンは俺達の顔を見るなりそれまでの冷たい表情を一気に崩し、トリオはその様子に膝から崩れ落ちた。俺やルチルはそうでもないが、どうやら彼の威圧を真面に受け止めてしまったらしい。

『ほぅ。つまりこの中に君が肩入れする伊佐凪竜一なる男がいるのか。』

『ウム。彼だよ。』

 ジルコンはそう言うと俺をジッと見つめた。

『今はソレよりもパールッ!!』

 だがそんなやり取りを遮る様に小太りの男が叫んだ。

『どういうつもりだ?婚約を破棄するなんて!!』

『どうもこうも無いでしょ?私は私の生きたいように生きるって言ってる!!』

『女が偉そうにッ!!』

『そうやって見下すな!!』

 男女の口論が始まれば俺達にはなにもできない。小太りの男はパールの婚約者、という事はつまり彼が噂のダメ人間か。

『男か?そうだな?この阿婆擦れが!!』

『ハァ?チッが……う、ん~。』

 おやおやぁ。またしても嫌な予感がしますねぇ。パールが小太りの男の追及に対し言葉を止めると何かを考えだし、何かを良からぬことをひらめいたという笑みと共にジッと俺を見つめた。

 あぁ、見える見える。頭に電球マークが浮かんでいるのが見える。だけどソレは止めろ、巻き込むな。お願いします。背中の視線が痛いんです……

『いるわよッ!!』

 その言葉にオブシディアンとグランディは頭を抱え、背中側にいるルチルとアメジストの態度が露骨に悪化した。もう勘弁してよ。

『カレが私の恋人よ!!』

 そう言うとパールは俺の元に近づき無遠慮に腕を絡めた。目を見れば"お願い"と、そう懇願している様に見える。君、なんでそんなに行き当たりばったりな人生送ってるの?

『ほぅ。』

 ジルコンの知り合いは値踏みする様に俺を睨み……

『ワハハ。相変わらず女性絡みのトラブルが絶えないなぁ君は。』

 当のジルコンは俺を見てまた笑ってる。笑っている場合か、っていやもう笑えよ。いっそその方がマシだ。

『若い方が良いのね?そうなのね?』

『ナ~ギくぅん。どういう事か説明しなよ?』

 君達もちょっと黙ってて。今、俺の人生の一大事なんだから。

『何だとッ。誰だお前は、そもそも平民程度が僕達に口出し……』

 そう力んでいた小太りの男だが、部屋にいたルチルとアメジストを見るとドンドンと語気が小さくなっていった。視線はボンヤリとし始め、やがてただジッと見つめるばかりとなる。

『そ、そう言う訳ならば仕方が無いッ。だがその代わり後ろのエルフ達を紹介しろ!!いや、彼女達を俺の婚約者とする!!』

 全員がその言葉に呆れた。コイツ、どうやら(姿を変えているアメジストはともかく)ルチルを知らないらしい。貴族なのに。

『坊ちゃん。とりあえず今日のところは潔く引くべきですぞ。』

 ジルコンと知り合いなら当然だろう、傭兵の方はルチルを知っているらしく小太りの男の暴挙を制止した。

『何ッ!!親父から雇われた傭兵風情が意見する気か?』

 が、ガン無視したよコイツ。

『勿論、無視しても構いません。しかし、アナタが無下に扱おうとしている赤毛のお嬢様はルチル=クォーツですぞ。皇帝陛下と強力なコネクションを持つ四凶の一角にそのような態度を取っても良いのですか?下手をすれば坊ちゃんどころか御父上にまで良くない影響が出ますぞ?』

『げッ……』

 小太りの男は漸く事態に気づいたようだ。

『な、ならその横のエルフだ!!』

 コイツ諦めねぇな。

『坊ちゃん!!』

 壮年の傭兵は語気を強めた。殺意や敵意は欠片も滲ませていないが、しかしその目と言葉は小太りの男を強く牽制している。

『な、何だよ?』

『隣のお嬢様がルチル=クォーツのお知り合いでないとどうしてお思いで?彼女に何かあれば当然ルチル=クォーツを介して皇帝陛下のお耳に入るでしょう。その時、坊ちゃんはどのようにご説明なさるおつもりで?皇帝陛下は寛大なお方ではありますが、礼を失する相手には容赦しませんよ?』

『むぐぐ、ならどうすればいいのさ!!』

 小太りの男の懇願染みた情けない台詞に傭兵は押し黙った。伸び始めた髭をなぞりながら暫し考え込んだのち、彼は俺とパールを睨みつけた。

『青年。今から君に決闘を申し込む。君に男気があるならば見事守り切って見せよ。まさか断らんよな?コチラには誉れ高きファウスト家のご息女を奪った馬の骨を討伐するという大義名分があるのだからな。』

『ドンと来なさいよ!!』

 なんで君が俺の代わりに回答するのさ。後君さぁ、俺の人生がどうなろうが全く気に掛けないよね?ねぇ、俺見て?俺の人生のこと、少しで良いから考えよ?ネ?

『パールお嬢様。申し上げづらいのですがアナタには聞いておりません。青年、どうする?断るか、それとも受け入れるか?言っておくが、君がジルコンと懇意にしているからと言って私は油断も加減もせんぞ。』

『オイ、ちょっと僕を無視して話を進めるなって。ドイツもコイツも僕を誰だと思ってるんだ!!』

 前半には同感です……後半は知るか。とにかく、コイツの言い分はともかく俺が負ければただでさえ少ない協力者の1人を失う羽目になる。それに、アメジストやルチルも巻き込まれそうだ……こっちは無視したら怖いからなぁ。

「分かった。」

 俺の言葉に傭兵はニヤリと口の端を歪めた。一方、背後からは恨めしそうな視線と呟き。もうホントごめん、ちょっと黙っててくんねぇかなぁ。

『良し。ジルコン、止めるなよ?』

『止めやしないさ。しかしナギ君、相変わらず面倒ごとに巻き込まれやすい体質……いや、運命のようだね。』

「ホントに勘弁してほしいですよ。だけど、受けた以上は全力尽くします。」

『結構。』

 俺の返答に傭兵は満足そうな笑みを浮かべた。その一瞬だけを見れば人の好さそうなおじさんなんだけどなぁ。

『何が結構だ!!っておいコラ、全員して僕を無視するなァ!!』

 もはや全員、誰一人としてあの男を気に掛けない。パールは元よりルチルもアメジストでさえも毛嫌いしているかの如くさっさと部屋から出て行ってしまった。

『アイツ、だいたいあんな感じなんすよ。だからピスケス中から嫌われてまして、他の都市まで嫁探しに来てるんすよ。』

 俺と一緒に最後まで部屋に残ったグランディがそっと耳打ちしきた。そうか、君ピスケス出身なのか。なら苦労したんだねぇ。

『分かってくれますか?実はウチ、ピスケスじゃそこそこの生まれなんで嫌でも関わらなきゃならなかったンすよ。で、あの性格なんでいっつも嫌な目に……だから絶対に勝ってくださいよ!!』

 分かってるけど、もうパールの事情も俺の気持ちも完全に無視してるよね君?それにしても、恐らく雇用する側される側の関係である傭兵かにすら嫌われているあの男は確かにいろんな意味で厄介だ。恐らく俺が勝っても難癖付けてきそうな気配があるし、下手すればアメジストとルチルに延々とつき纏ってきそうな気さえする。本当に頭が痛い……

 ※※※

 ――テミス広場

 橋の中央に位置する鉄製の門とは違い、その両端は大きく開けている。朝昼夜時になると様々な店が軒を連ねるその場所は市民が一番よく知る場所であり、また人通りも多い。昼時は店が立ち並びそうでない時間は子供達が良く遊ぶ場所として利用されている。だから……非常に目立つ。決闘にしたってなんでこんな場所選ぶんですかね?ホラ、瞬く間に人だかりができちゃったじゃないか……

『さて、覚悟は良いかね?』

 一方、そんなことなど全く気にも留めない傭兵はそう言うと執事の様なスーツの上着を脱いだ。最初に見た時通り、見た目だけならばその辺の一般人と何ら変わらないごく普通のに身体をしている。少なくとも隣に立つ超大柄なジルコンみたいな分かりやすく強い見た目ではない。が……シャツの上からうっすらと分かる程度の筋肉しか見えない細身の身体の奥には途轍もない生命力が漲っている様に感じる。ソレに何より睨みつけられるだけで意識が遠のきそうな殺気、コレが酷く鋭くて厄介だ。

 実際、オブシディアン達は軽く委縮しているようで早々に俺の背後からジルコンの隣へと移動してしまった。ソコ、小太りの男も一緒にいるけど良いの?

『ルールは先にギブアップした方の負け。では青年……行くぞ!!』

 そう言うや傭兵は俺の視界から姿を消した。早い!!と、驚く間もなかった。咄嗟にガードした腕はあっさり弾き飛ばされ、次の瞬間には俺は思い切り吹き飛んでいた。

「グっ!!」

 背中の衝撃に肺の空気が全部押し出され、口からみっともない声と共に吐き出された。

『呆けている場合か!!』

 直後、ドスンと言う大きな振動が身体を貫いた。傭兵の蹴りが俺のみぞおちに直撃、今度は胃の中身を全部ブチまけそうになる。飯前で良かった。

『ジルコンが期待した逸材はこの程度か?』

『ちょ、ちょっと不味いって!!』

『如何に伊佐凪竜一が強かろうとも、やっぱり最強の傭兵と名高いアゾゼオ相手では分が悪いですよ!!』

 どうやら俺の相手は相当以上に強いらしい。ちょっと不味いな。

『よぉーしいいぞぉ。そのままぶっ飛ばせェ。』

 小太りの男は俺の事などお構いなしだ。まあ仕方ないけど。だが言われっぱなしでは腹も立つ。

『流石にこの程度では沈まんか?だがその程度では何も守れんぞッ!!』

 傭兵は止めとばかりに思い切り足を振り上げた。踵落とし。そう気づいた瞬間にドカンッ、という大きな音が直ぐ傍から聞こえた。間一髪、反射的に身体が動いたから助かったが、ほんの少し前まで俺がへたり込んでいた場所を見れば石畳が粉々に砕け散っていた。ゾッとした。あの細身の何処にそんな力があるんだ?

『逃げてばかりでは勝てんぞッ!!』

 驚く間も考える暇もない。傭兵の攻撃は間断なく続く。地面に当たればドカンッと言う大きな音と振動、景観目的の木に当たればメキッという嫌な音を出しながら激しく揺れ動く。確かに逃げてばかりじゃ勝てないが……一方で態勢を整える暇すらない。周囲からの歓声、仲間の声援、小太りの厭味ったらしい声、いくつもの雑音に混じりドカンッ、ドカンッと地面を揺らす音と衝撃が何度も響く。

『どうした?その程度かッ!!』

 強烈な踵落としと拳を交わす度に地面が抉れる音と衝撃が身体を通り過ぎる。

『考えるなッ。感覚を、本能を、直感を研ぎ澄ませ!!コレが実戦ならばとうに食い殺されているぞッ!!』

 考えるな、考えるな、考え……ええい、もうヤケクソだ。

『ゴフッ。』

『おおッ!!』

『漸く一撃!!』

 酷く無様だけど、確かに言葉通り考えないで我武者羅にはなった頭突きはクリーンヒット。顎を揺らされた男は不意打ちに近い一撃を受けヨロヨロと2.3歩後退した。が、この程度の不意打ちなんか何の意味も無い。事実、彼は顎を軽くなでると次の瞬間にはもう態勢を立て直していた。周囲からどっちに向けているのか分からない歓声が上がる。

『だけど、立て直すのが早いッ。あれじゃあ!!』

『ちょっとぉ、頑張ってよ!!私、アンなのと結婚は絶対嫌よ!!』

『アンなのって、お前ぇぇ!!』

 外野がうるさい。

『良い一撃だったぞ。動きを見れば相当に長く何処かで訓練を受けたと分かる。だから無意識のうちに型通りに動こうとするが、それだけでは実戦を潜り抜けることは出来ん。』

 それに引き換え、コッチはまるで授業みたいだ。この人、本当に戦うのが目的だったのか?

『オイいい加減にしろッ。僕の人生が掛かってるんだぞ!!』

『ハハ、まぁそう言う訳だから後は実戦で掴んで見せろ。では……本気で行くぞ!!』

 今まで本気じゃなかった?と、驚くが、ソレはよく似た別の感情に塗り替えられていく。傭兵の姿がドンドン変わり始めた。細身の身体がドンドン太く分厚くなり、腕もシャツの上からでも隆起しているのが分かるほど太くなり、露出している肌がドンドンと黒い毛で覆われ、顔の形が変わり、最終的には人と狼の中間のような姿に変わった。印象的には映画で見た狼人間が近い。

 周囲からどよめきと共に怯えや拒否感に似た声が上がり始める。こいつ等……

人狼ワーウルフ。見たことはあるかね?』

「いや。」

『そうか、ならば気を付けたまえ。こうなってしまうと興奮状態になってしまってね、言動がいささか粗暴になってしまうのだよッ!!』

 そう説明した直後、形容しがたい強い衝撃、続いて浮遊感に襲われた。思い切り殴られ吹き飛んでいるようだ。背中から悲鳴が折り重なって聞こえる。

『どうした!!』

「どうもこうも!!」

 瞬時に態勢を立て直し、飛び掛かった。ヤケクソは好きじゃないけど、型とかセオリーとかそんなことを考える余裕をくれる相手じゃない。行動しながら、直感で次の攻撃を捌く。ほんの少しだけ、少しだけだけどオブシディアン達と一緒に行動した経験が役に立った……様な気がする。

『ほう。呑み込みは良い様だな。』

 相変わらずレクチャーは続くみたいだ。これ、手加減してるのか?それとも本気か?

『動きが鈍いぞ!!』

 が、言葉の合間に挟まる衝撃に体の芯まで揺さぶられる。ドンッ、ドンッという身体の芯まで響く音と振動に貫かれる度にガードする腕が軋む。

『それでは何も守れんぞ!!お前自身も、お前が守りたい者も、その願いも、何一つ叶わない!!』

 叶わない……かなわない……カナワナイ……何故だろう?その言葉は俺の中に深く沈み込み、言い知れない感情を思い起こさせた。何か、心と頭がザワザワする。
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