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旅暮らし
その2 それはいつもの気紛れ
しおりを挟む振り上げた刃の重さに少しばかり強めの力を乗せて、そのまま真っ直ぐに振り下ろす。
土よりも粒の大きな砂や石ころと草木の根を多分に含んだ灰色の大地に深く食い込んだ刃先が、特有の複雑な手応えを返してくることに微苦笑を浮かべ、少しずつ後ろに下がりながら位置をずらして続けて五度。 掘り返すのではなく、あくまで刃の下にあるもの全てを断ち切るつもりで鍬を突き立てる。
六度目に振り上げた鍬を一振り目と同じ位置に殊更深く突き入れてその場を一気に掘り返すと、水気が含まれていくらか濃い色をした目の粗い土が顔を出した。
五度突き立てて六度目で掘り返したら半歩下がる。 それらを一つの動作として繰り返し繰り返し、後ろへ後ろへと進んで行く。
根切りと荒起こしを一時に行う荒業であるため、恐ろしく体力を消費することもあって出来るだけ控えているのだが、今回は時間をそれほど取れないので仕方が無いと割り切って、振り上げた鍬を振り下ろす。
「むっ」
今度の手応えは随分と硬くて大きめだ。
鍬の刃が半ばにすら達することなく止まってしまったその場所に右手を突き入れて原因を引き摺り出すと、わざわざ確認するまでもなく後ろに放ってやる。
遠くで山と積まれた石塊たちに、鈍い音を立てて新顔が加わった。
ついでに出てきた木切れは一先ず脇に仮置いて、只管に鍬を振るっていく。
冬の気配や先触れが、もう目に見えるところにまで迫っている秋の終わり。
昼食を終えてから休む事無く動き続けたお陰で熱を持った身体には心地好く感じられる冷たい風の吹く荒地の真ん中で、俺は本能の赴くままに鍬を振るっていた。
雲ひとつ無い空が青々と広がる視界の先には、それなりに整理の為された濃い土色をした農地が広がっているが、それらはある地点までですっぱりと途切れてしまっており、そこから幾分距離のあるこの場所は、未だ荒地としか言い様のない、土と言うよりも砂利。 そして石ころが多すぎる乾いた土地でしかなかった。
如何に片田舎の一言で全てが表現できてしまいそうな長閑な農村と言えど、流石に突然やって来た身元も不確かな余所者に村の近くの農地を任せるほど日和った考えを持つ者は居なかったようで、俺に任されたこの土地は、村の外れの外れも外れ。 明らかに荒地、もしくは荒野と言って差し支えの無い、「将来の為に確保だけはしておいたんだけど、結局使う機会も無いままここまで来ちゃって、今更手を出すには荒れすぎてて手間がかかりそうだし、これはちょっとどうしたもんかな~」と言った風情の、放置されて久しい寂れ廃れて荒れ果てた土地だった。
掘り返してみると、少々目は粗いがそれなりに湿った土の層が顔を出すのが救いではあったが、この土地をまともな畑として仕上げるとなると、まだまだ道のりは長そうである。
しかし、これは楽しい。
鍬を振り上げ振り下ろし、大地を掘り返した分だけ畑は広がるのだ。
減ることは無い。 繰り返した分だけ広がり、そして増えていく感覚は、心が躍るとでも言うのだろうか? 実に楽しくて仕方が無い。
しばらくこうしてマトモに鍬を振るう機会に恵まれていなかったから余計にそう思う部分もあるのだろうが、作物が育っていく様を日々眺めながら過ごすのと同じくらいに、こっちはこっちで趣があって好い。
「フゥ…… そろそろちょっと休憩入れますかねっと!」
この地を任されてから三日目にして畑一枚の半分程度まで鍬を入れ終えた俺は、汗の浮いた額を手の甲で拭ってから、放り投げて積まれた石塊と刈り取った草木で出来た小山の傍らに鎮座する平たい岩に腰を掛けた。
人一人が座って寛ぎながらついでに弁当を広げるのに丁度良い広さと高さのあるこの岩は、ここ三日ばかりの間に俺の昼の食卓兼休憩所としてすっかりと馴染みつつある愛い奴だ。
本当に、よくぞこの場所に転がっていてくれたものだと惜しみない賞賛を贈ろうと思う。 ありがとう岩。 これからもよろしく頼むぞ岩。
『一体なにをやっているのよ、貴方は……』
おや、女神様。
良いタイミングなので俺の新しい相棒を紹介しようじゃないですか。
さあ、篤ととご覧くださいな! 我が新たなる相棒! 岩の雄姿をっ!!
『ええ。 まあ、岩よね』
はい。 まあ、岩ですね。
『平らで座りやすそうな岩ね……』
平らで座りやすい岩ですね……
『私にどうしろと言うのかしら?』
いえ、特にコレと言っては求めてはいないんですが……
『そう……』
そうです……
「ふ~~~……」
さて、そろそろ仕事に戻るとしますか。
『寂しいのかも知れないけど、もう少しの辛抱なんだから我慢しなさいな』
いや、俺は十分楽しめてますし、こうして新たな相棒まで得ることが出来てるので満足してますよ? 我慢も何も、不満も悩み事も今のところ特に無かったりするんですが……
『ベルフェちゃんと離れて寂しがってるかと思ってたのだけれど…… 貴方って本当にそっちの方ではつまらない男ねー』
さもそれが当然かのように貶さないで頂けますかね?
そんな風に噂好きの近所のおばさんみたいなことばっかり言ってると友達減りますよ?
『ヘルっ!? ほほっほ本当に減るっ…… のかし、ら?』
うん……?
前々から思ってたんですが、女神様ってひょっとして友だ
『あっ!! 来たわよ! ほらっ! 早く準備なさい!! 自然によ! 自然にっ!!』
おっと…… やっと来たんですか。
それじゃまあ、さっさと終わらせてベルフェさんと合流しますかね。
あの人、放っておくとなんだか碌でもないことに巻き込まれたり巻き起こしたりしてそうで怖いですし……
『う、うん。 まあ、しっかりやりなさいよ【村人H】』
一度持ち上げかけた尻を引き続き相棒の上に乗せたまま、女神様との会話を一旦終了して視線を少し遠くに放ってやると、村の方から幾人かの人間がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
先頭を歩いているのは村長の息子のモー…… なんだっけな? まあ、とにかくそのモーナントカって名前の十九歳になるとか言う青年だったと記憶しているが、彼に引き連れられている一団には見覚えが無い。
外套を羽織り、一見すると旅人といった風体をしてはいるが、誰もがその外套の下にはそれなりの防具を身に着けていて、明らかに荒事に慣れ親しんだ雰囲気を醸し出している。
要するに、それは冒険者の一団だった。
「やあ、レイナルさんこんにちわ! 一休みしてるところですか?」
「いや~、 昼飯食ってからずっと動きっ放しだったもんで草臥れちまいましてねー。 もう少ししたらまた始めようかってところですが…… おや? そちらはどうかしたんですね?」
爽やかな好青年なんて言葉がそのまま服を着て歩いているようなモーナントカ君は、邪気の無い笑顔でそう言いながらこちらに近づいてきた。
彼とは俺がこの村に来てからのほんの数日来の付き合いでしかないのだが、その短い付き合いの中ですら感じることの出来た、若くして才能も人望も持ち合わせている次代の担い手だという触れ込みにもなんら疑問を抱かせない立ち居振る舞いには、素直に感心させられている。 こんな青年がいるのであれば、コルという名のこの村も、きっと当分は安泰であることだろう。
あ…… そうそう。 このコル村に来るにあたって、また名前を変えていたんだった。 今の名前はレイナルレイナル…… よしよーし。
名前だけはベルフェさんと合流したら元に戻そうと思うが、ついでに赤茶に染めてみた髪の毛は、この村を出てからもこのままにしておこうかと思う。
女神様からのお遣い指令の度に一時的に色を変えることはあっても、ここ三十年ほどはずっと藁色で通していたから、ちょっとした気分転換ということで。
『ほんっ当に貴方は他人の名前だけじゃなくて自分の名前まで憶えないわね。 たまに不安になってくるわ』
ハハハ。 照れるじゃないですか女神様。 そんなに褒めないでくださいよ。
それなりに気にしてるんでやめてください。 ええ。 人の名前憶えられないとか最低ですよね……
『あ。 気にはしてたのね』
次期村長が尋ねて来たというのに座ったままと言うのは聊か問題がありそうなので、少々後ろ髪を引かれる思いではあったものの、ひんやりとした相棒の背中から下りて彼らを出迎える。
「はて? 私なんぞに何か御用ですかい? そっちの人らに関係あることですかね?」
「察しが良くて助かりますよ。 こちらの皆さんは旅の冒険者の方々なんですが、ちょっと話を聞かせてあげてもらえませんか? ほら、一昨日の晩に皆で飲んだ時に聞かせてくれた話があったじゃないですか。 あれをもう一度お願いしたいんですよ」
「ほほ~? 冒険者ですかい。 なるほど…… 私の話なんざそんなに面白いものでもないような気はしますが、まあ、減るもんじゃありませんし、話ぐらいならいくらでもしようじゃないですか」
「ありがとうございます。 助かりましたよ~」
ほんの少しだけ跋の悪そうな表情を浮かべていたモーナントカ君だったが、俺が快諾の返事をしてやると、若干ほっとしたような、まだいくらかあどけなさの残る笑顔で礼を言い、背後にぞろぞろと引き連れている冒険者たちを手招くのだった。
ベルフェさんに一旦の別行動を提言して━━思いのほか強硬に付いて来ようと食い下がろうとしたところを甜瓜三つで手を打った━━十日間の単独行動時間を得た俺は、一路、このコル村へとやって来た。
理由は勿論、女神様のお導きに付き合うためである。
因みに、相変わらずどういった匙加減でそうなっているのかはわからないのだが、今回の俺の立ち位置は【村人H】相当なのだそうな。
今回の作戦内容は、モーナントカ君に連れられて今し方ようやくやって来たこの冒険者たちに、とあるダンジョンに纏わる話を聞かせて差し上げるという、ただ聞いただけなら然したる苦労も必要無さそうなものだったのだが、これがどうも、仕込みに思いのほか手間が必要で、そのタイミングもかなり限定される難しいものであったらしく、今でこそ、あとはちょっとした話を聞かせてやるだけという比較的楽な段階へと辿りついてはいるが、ここまでの四日間はなかなかに骨の折れる、そして少しばかり緊張感のある日々だった。
『なんでだかこの冒険者たちって妙な流れに乗っちゃうことが多いみたいで、タイミングを合わせて上手く接触できるところがこの村くらいしか無かったのよね~。 面白い話には事欠かないから吟遊詩人あたりには喜ばれる人材かも知れないけれど、担当するにはちょっと疲れる子たちだわ』
はあ…… 女神様の苦労についてはサッパリ想像出来ないのでわからないですが、面倒臭い人たちなんだろうな~ってことだけはわかりました。
それはさておき、最後の仕上げ前のおさらいも兼ねて、この村にやってきてからの俺の行動をざっと挙げてみるとしましょうか。
一日目
通りかかった村の住人に村長に取り次いでもらい、
村に住まわせてもらえないか頼むべく村長含む村の顔役四名との面談を経て、
どうにかこうにか移住許可を得ることに成功。
その後、空き家の一つを宛がわれたので、
ご近所さんと顔役さんらに改めて挨拶をして回っているうちに日が暮れる。
食事は持っていたもので適当に済ませてから、
隙間風に凍えながら外套と毛布に包まって夜を過ごす。
女神様から村長の隠れた趣味だと聞かされたのでこっそりと
持参させていただいた、ちょっと高い銘柄の葡萄酒の効果は抜群だった。
『いつもながら貴方の人畜無害感って凄いわね。 葡萄酒の効果は確かにいくらかあったのかも知れないけれど、普通は適当な紹介状すら無しに突然やってきた流れ者を村に住まわせるだなんてありえないもの』
二日目
朝から昼を少し過ぎるくらいまでは村のしきたりや税などの話を
みっちりと聞かされて、そこから先は、
もう少し村人が増えたら開墾する予定だったという荒地に案内され、
たった一人で開墾を任されて放置された。
明らかに警戒されているような気がしないでもないが、
一先ず住まわせて貰えただけでも十分なので、開墾作業に精を出す。
女神様の用件を済ませるまでの期間を考えると
目標は畑一枚と言ったところなので、目算で広さを測ってから、
伸び放題だった周囲の草を一通り刈り取って一日を終える。
村から一番遠い場所であるだけあって、滅多に人もやって来ないから
余計な接触をせずに済みそうで好都合ではあった。
日が暮れる頃に村長の息子から声がかかり、
俺の紹介も兼ねて若い衆たちの酒盛りに参加。
目的の冒険者たちへの足がかりとするべく、
旅先で耳にしたという体で村長の息子他数名を相手に、
とある洞窟に関する小話の触りを聞かせておいた。
昼間視界の端でちょろちょろと俺を観察━━ひょっとしたら監視
なのかも知れない━━していたお子様や奥様方が少しだけ煩わしかった。
『ここでそれなりに村長の息子と仲良くなっておかないと、ダンジョンの話が冒険者たちのところまで上手く繋がらないのよ』
三日目
朝からずっと荒地の開墾作業に精を出す。
古い木の切り株が少々邪魔だったが、既にすっかり乾き切っていて
いくらか軽くなっていたから無理矢理引っこ抜いて放り投げたところ、
運悪くそれを何処かの子供に目撃されて少しだけ焦った。
こんな事で悪目立ちするのは宜しくない。
地味に地味に行こうと改めて心に誓って只管鍬を振るった。
夕暮れ時に一通り耕した部分のゴミ取りをしていると、
昨日とは別の若い衆から酒に誘われたので、酒場で軽く散財してから家に帰る。
酒場にはまたモーナントカ君もいたので、少し話をしていくらか打ち解ける。
『これで仕込みは完了ね。 貴方の馬鹿力を目にした所為であの子供の流れがちょっと変な方向に進んじゃったみたいだけれど、あれはあれで面白そうだから良いんじゃないかしら?』
四日目
女神様情報によると本日が目標の冒険者たちがやってくる日らしいので、
変な影響が出てしまわないように、特別なことはせず、
昨日に引き続き朝早くから黙々と荒地を耕しながら現在に至る。
『さて、最後の仕上げと行きましょう。 【村人H】として頑張るのよっ!』
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