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旅暮らし
その1 雨上がりの街道
しおりを挟む午前の間中降り続けていた雨が上がり、未だ暗い灰色を多く残した雲間からようやく陽の光が差すようになった昼下がりの事。
街道脇の休憩所で少し早めの昼食を摂りながら雨が上がるのを待っていた俺たちは、本降りだった頃に馬車馬を引き連れて転げるように駆け込んできた旅商人の若夫婦たちに別れを告げて、一足先に旅路へと戻ることにした。
雨のお陰で思いのほか足止めを食ってしまったので、ここで少しでも距離を稼いでおかないと、次の街への到着時間が少々可笑しなことになってしまいそうな気がするからだ。
決して仲睦まじい夫婦の空気にあてられて居た堪れなくなったからではない。 断じてない。
護衛として雇われていた冒険者の二人が口から砂糖でも吐きそうな顔でこちらに同情の視線を向けていたが、きちんと考えた上での行動だ。 後からやってきたのは夫婦たちのはずなのだが、なんとなく後ろめたいだとか邪魔しちゃ悪いだとか思った末の行動ではないのだと明言しておこう。
軽い雑談━━大半が商人夫婦の惚気話だった気がする━━を交えながら暫く一緒に休憩を取っていた夫婦たちに火の始末を任せて休憩所を出ると、草木と土の匂いを含んだ冷たい湿った風が外套の裾を捲って抜けていった。 どうやら、冬はそう遠くない内にやって来るらしい。
『あれは確実に貴方の作る果物よりも糖度が高いわねー』
ムムゥ…… それはちょっと悔しい気がする。 今から戻って邪魔してくれようか……
「なんだか初々しい夫婦さんでしたわね~」
「ですねぇ…… 幼馴染って話でしたが、奥さんはよくもまあ、旦那さんを七年も待ってられたもんですね。 結構な美人さんだったから、寄って来る男は山ほど居たんじゃないかと思うんですけどねぇ」
砕けて剥がれて磨り減った粗い石畳の続く街道は、基礎の水捌けがあまり良くないからなのか、茶色の水溜りと泥濘が数多に存在する、お世辞にも歩き易いとは言い難い状況ではあったが、先ほどの旅商人夫婦に始まり、天気に食べ物、時事問題に、果ては昔懐かしの定番冗句まで。 そんな毒にも薬にもならなそうな会話を交えながら一歩一歩足を進めていく。
『フォートアンダー公爵の必殺ギャグなんて四百年ぶりくらいに聞いたわ。 まだ憶えている人が居たなんてびっくりよ』
俺もあれには驚きました。 懐かしすぎて不覚にもちょっと吹いちゃったじゃないですか。
旅商人の夫婦も、今頃はとうに出立していることだろう。
どうせ向こうは馬車持ちだから、この程度の距離であれば直に追い抜かれることになるのだろうが、悔しくなんかない。 とっくの昔に馴れっこですからね! 悔しくなんてありませんよ!?
『え、ええ。 まあ、良いんじゃないかしら? 続きをどうぞ?』
俺とベルフェさんが本気で走ったら馬如きに後れを取ることなんてありえないわけですしね!
ほら、言ってる傍から抜かれましたけど欠片も悔しくなんてないですよこんちくしょう。
『……貴方は稼ごうと思えばそれなりにどうとでもなるのだから、馬車の一つぐらい買ってしまったら良いでしょうに。 そのほうがベルフェちゃんも楽で良いんじゃない?』
……かも知れません。 でも、こうして一緒に旅してる内は良いんですが、ベルフェさんと別れた後の事を考えると、どうにも手が出し辛くてですね……
俺一人だったら適当に走ったほうが早いですし、荷物なんかも少ないから何か載せて運ぶって訳でもないですからねぇ。
『貴方、持ち物少ないものねぇ…… なら、いらなくなったら売ってしまえば良いのではなくて?』
ん~…… それはなんとなく嫌なんですよねー。
『あぁ、そういえば…… 貴方って確かに持ち物は少ないけれど、物持ちが良いというか…… 一度手に入れたものはなかなか手放したがらないものね』
次第に離れて行く幌の中から奥さんと護衛の冒険者の一人が手を振っていたので、ベルフェさんと二人で手を振り返していると、やがて後ろの方から何頭もの馬の嘶きと蹄鉄が石畳を打つ音。 そして、それにも増してけたたましい馬車の車輪の音が聞こえはじめた。
念のため街道の端に寄りながら背後に首を回してみれば、全面を深い青で塗装された四頭立ての頑丈そうな箱馬車が、かなりの速度で突撃して来るのが見えた。
「なんか凄いの来ましたねぇ」
「ですわね。 あんなに急いでいるだなんて、何かあったのでしょうか?」
雨上がりの街道は未だ相当にぬかるんでいるし、轍には、さも当然の如く深い水溜りが待ち構えている。 このままあの箱馬車にあの速度で目の前を通過なんてされた日には、自分たちがどんな目に遭うのかなんて考えるまでも無いだろう。
「下がりましょう」
「異論ありませんわ」
一旦街道から出て、近くに一本だけぽつんと立っていた潅木に二人で身を寄せると、箱馬車はやはり一切速度を緩めることなく、ついさっきまで俺たちが歩いていた辺りに盛大な水飛沫と泥飛沫をばら撒きながら轟音と共に走り去っていった。
下生えの草露で膝下近くまで濡れてしまったが、あれをザバンと引っ被るよりは遥にマシと言うものだ。
「マナーがなってませんわね…… 四方にしっかりと紋章が入っていましたから何処かの貴族なのでしょうに、嘆かわしい」
「……まあ、さっきベルフェさんが言ったように何かあったのかも知れませんし」
「だったとしても、いくらでも遣り様はあるはずでしょう? なのにそれをしないというのは、ただの怠慢と他人への一方的な甘えでしかありませんわっ!」
ベルフェさん、こういうところはきっちりしてるからなぁ……
『あれは確かにちょっと酷かったわね。 理由は知ってるけど、それにしたってちょっと余裕が無さ過ぎだわ』
ああ、やっぱり何かあったんですか。 女神様が何も言わないってことは、それほど大事にはならないんでしょうけど…… この先、巻き込まれたりしませんよね?
『大丈夫じゃないかしらね。 あれは自分たちだけで十分解決できる問題だもの』
それは良かった。
尚もきゃんきゃんと吼え続けるベルフェさんを宥めるのに少しばかりの苦労を要したが、その後は特に何事も無く、脹脛ぐらいの丈の草と潅木が疎らに生えているだけの淋しげな街道脇を眺めながら取りとめの無い話をしたり、進路上をうろうろしていた野犬を追い払ったりしながら、日が暮れる前に次の休憩所まで辿り着くことが出来た。
午前の雨のせいでまだ少し湿った感のある枯れ枝を集めて火を焚いて暖を取りながら簡単な夕食を用意して、食後に先日早速行われた甜瓜祭りの為に作ったメロンの残りを饗してベルフェさんを小躍りさせ、夜を迎え、交代で眠りながら朝を待つ。
今のところ、俺たちの旅は極めて順調だ。
『ベルフェちゃん、ほんっとに飽きないわね。 そのうち体が緑色になったりメロンの香りがしだしたりするんじゃないかしら?』
ここのところ夜は結構冷えるんで、こんな感じで偶に肩寄せ合って寝たりしてますけど、なんだか既に甘い匂いはするような気が……
でもまあ、流石に緑色は可哀想だから、食べ過ぎないように俺の方でも気を付けてあげないといけないのかも知れませんかね。
『……そう、ね。 気をつけてあげて』
その後、二日半をかけてどうにか日暮れ前の丁度良い時間に次の街に到着した俺たちは、まずは宿を決めることにして散策を開始した。
目に付いた街の案内板に都合良く宿屋の集まっている区画が示されていたので向かってみると、早々に良い宿を見つけることが出来たため、それぞれに一部屋ずつを三泊分前払いで借りてから旅荷を解いて、改めて宿屋のロビーで落ち合ってから、今度は良さ気な飲み食い処を探すべく再び街へと繰り出した。
『貴方たち…… なんだか最近、妙に熟れてきたわね。 一連の動きがあんまりにもスムーズ過ぎて、ちょっと怖いくらいだわ』
フフフ…… 俺とベルフェさんの連携に最早隙なんてありませんよ!?
どんな敵でもかかってこい!って感じですかね。
『まさか貴方の口からそんな台詞が飛び出す日が来ようとは、夢にも思っていなかったわ。 いっそ、そのまま魔王でも倒してしまってくれないかしら?』
女神様…… 失礼ですが頭は大丈夫ですか?
『貴方! いつか泣かせてあげるから憶えてなさいな!?』
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