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不死者の天敵
その7 アンデッド・デストロイヤー
しおりを挟む「いや~…… これでも結構色んなところを見て廻ってるんですが、獣人族でも近獣種の虎の人は初めて見ました。 改めて見てみるとなかなかカッコイイものですね。 王者の風格! みたいなものが感じられる気がしますよ。 虎系は結構珍しい系譜だったりするんですかね?」
わざわざ商会の前まで見送りに出てくれたウルルトさんとの別れ際、俺はそんなことを考えつつ、ちょっとした好奇心に駆られて、ひとつの質問を投げかけてみることにした。
こうしていくらか慣れてみると、猫に似ているだけはあって顔には意外と愛嬌もある気がするし、たとえその下に秘められているのが鋼のような筋肉の塊でしかなかったとしても、柔らかそうに見える縞模様の入った鮮やかな橙色の毛皮の感触を確かめてみたいような気もする。
『やっぱり猫派なの?』
あの肉球の感触は確かに魅力的だけど、男の体に惹かれるだなんて…… いや、でもあの肉球が俺を惑わせるっ!!
『ちょっと落ち着きましょうか』
……はい。
「ナっはっは。 ガロさんは面白いことを仰いますナ。 小生は猫ですナ。 ちょっと体が大きいだけの縞猫の近獣種ですナ。 小生の家系は代々猫の家系ですし、両親とも猫でしたからナー」
「ちょっと大きいって…… いや、どう見ても虎系のき」
「猫ですナ」
「はいっ! 猫ですね。 猫。 ウルルトさんは猫っ!。 ええ。 大丈夫です。 憶えました。 どう見ても猫でしたありがとうございます!」
だからその威嚇してるみたいな顔はやめてくださいお願いします。 尻尾の毛まで膨らんじゃってますし超怖いんですそれ。
『少し係累を辿って見てみたのだけれど…… 本当に猫しかいないみたい。 突然変異、なのかしら?』
もう訳が解らない。
◆ ◆ ◆ ◆
「がっ…… ガロさんは、いつもこのような方法でお金を稼いでいらっしゃるのでしょうか?」
愉快で恐ろしい猫━━なのだろうか?━━の会頭さんに別れを告げてワルディア商会を後にしてから、この都市の宿屋街へと向かってしばらく歩いた頃、ここまで妙に静かだったベルフェさんの口から唐突にそんな質問を投げかけられた。
日も暮れ始めているので、そろそろ今日の宿を探さないといけないのだが、話しながらでも何ら問題はないので足は止めずに口を開く。
「んー…… そんなに頻繁にってわけじゃあないですが、たまにはこうして稼いでますかね」
「たまに、ですの?」
「ベルフェさんならある程度知ってるんじゃないかとは思いますが、俺は村とかで暮らしている間は普通に畑を耕して、作物を植えて、世話をして、収穫して…… と、他の人らと変わらない生活をしてますんで、収入も普通の農民と変わらないものになるんですよ」
「……確かに、そうでしたわね」
「ええ。 で、旅に出るときはその農民として稼いで貯えたお金を元手に出発するんですが、このご時世、農民はそれなりに頑張ってみてもやっぱり農民ですから、それほど大きいお金を貯えられるわけもなく…… 大体すぐに路銀が尽きちゃうんですよね」
「……ですわよね」
『貴方、お酒なんかでほいほい使っちゃうから、そもそも本当にほんの少~ししか貯まらないものねぇ』
ちょっと黙っていようか女神様。
「そうなると、俺は荒事なんて得意じゃないから冒険者のような稼ぎ方は出来るはずも無く…… 途中の街やなんかで日雇いの仕事を探しながら食い繋いだりするなんてことも時にはあったりしますが、それも確実に見つかるか?って言われたら違うでしょう?」
「はい」
「そうなると役に立つのが、この…… あ、ちょっと待ってくださいね?」
「はあ」
「これこれ。 この種たちな訳ですよ」
「これとこれは記憶にありませんが…… あっ! これは林檎ですわね。 それにこれはあのアンデス、でしたかしら? こちらは西瓜……? で、葡萄に、ひょっとして苺…… ですか? これも甘橙に似ていますがちょっと違うような…… そして南瓜に玉蜀黍まで? それにこれは……」
腰周りに下げた小鞄から種袋をいくつか取り出して、広げた左の掌に何種類かの種を出して見せると、ベルフェさんは興味深そうにそれを眺め始めた。
「どれも試行錯誤しながら色んなものと掛け合わせて作った自信作なんですよ。 こいつらを今日みたいな感じで育てて売れば、適当に路銀を調達するくらいならそれほど苦労せずにどうにかなるんですよね。 半分は趣味みたいなものでもあるんですが、数少ない俺の財産ってところですかね」
『半分どころか、貴方は本当にそればっかりだものねぇ』
好きでやってるのは確かですが、こうしてしっかり役に立ってるんだから良いじゃないですか。
「しかしまあ、それにしたって今回のは出来すぎですけどね。 冒険者組合の依頼なんて知らなかったのに、たまたま選んだ商会がたまたま珍しい果物を探していて、そしてたまたまあんな噂話を知っていて…… まさかあんなに都合の良い展開になるとは思いもしませんでしたよ。 流石に普通に売ったら金貨五十枚なんてことにはならなかったでしょうからねー」
『今回のは久しぶりに良い引きだったわー。 なるべく大きな商会で売ったら?って薦めたのは私だけれど、あの虎の会頭さん、あのまま今回の仕事が上手くいかなかった場合、坂道を転げ落ちるように次々と商売で失敗しちゃって、命までは取られないまでも、最悪夜逃げしないといけない未来までは見えてたのよねぇ…… あの商会を選ぶなんて、貴方、相当良い仕事をしたと思うわ』
ウルルトさんがそんな転落人生を!?
だっ、大丈夫なんですか? いや、そんな風に言うってことは、今はもう大丈夫なんです…… よね? あの肉球が失われるのは人類全てにとっての大きな損失なんですよ!?
『もう大丈夫よ。 でも貴方…… やっぱり猫派なのね。 残念だわ』
「でっ、ですわよねっ? まさかあの果物が三つで金貨五十枚にもなるだなんて…… 私、いくら美味しかったからとは言え、あれを今日だけで丸々一つ分も頂いてしまっておりますでしょう? それが一つで金貨十五枚などと言われてしまっては、危うく物の価値観がおかしなことになってしまいそうで……」
「あー…… はは。 それは確かに。 そうですね…… 普通に売れていた場合は精々一つが金貨二枚か、良ければ三枚ぐらいになれば御の字ってところでしたかねぇ」
「十分高いですわっ!?」
「いやいや。 これでも今まで通った街で流通してる物や農村で育ててる物をそれなりに分析してみて。 それで、この地域だったらどんな果物の価値を高く見積もってくれるのか? どんなものだったら多少高くても買おうと思ってくれるのか?をしっかり考えて作ってるんですよ? だからあれは、そのぐらいの値段だったら割とすんなり売れたと思うんですよね」
まあ、それでも果物一つに金貨二枚は高いと思われて当然だろうなぁ。
この辺だとゴロっとした大き目の黒パン一つが銅貨一枚。 酒場で飲む酒も一杯が大体そのぐらいで、果物は大抵がやはり銅貨一枚か、高くても五枚がいいところ。 もし今日ウルルトさんに出会わずに金貨二枚で何処かの商会に売っていたとしても、高いほうの果物が四百個も買えてしまう上に、十五枚なんて言ったらそれが三千個にもなるわけだから、驚くなと言うのも無理な話なんだろう。
宿の相場が夜朝付きの並宿一泊で銀貨一枚程度。
金貨一枚あったなら、贅沢をしなければ大人が普通に一月ぐらいは食べていけてしまうことを考えると、果物三つで金貨五十枚なんて言うのは、どう考えてみたところでマトモな値段じゃなかった。
ウルルトさんの事情を知らなかったなら、自分でも流石にどうかと思う金額であることは否定できない。
『ぼったくりもいいところねっ!』
人聞きが悪過ぎる!! 需要と供給ってものをちゃんと考えてくれませんかね!?
「はぇー…… ガロさんたら、私の知らない間にそんなことをしてらしたんですのね。 でも、そんな知識も手段も持ち合わせていらっしゃるのに、どうして普段は農村で農民の真似事なんてしていらっしゃいますの? ガロさんは望めばいくらでも裕福で安定した暮らしが出来るだけの力を持っておられますのに」
真似事違う。 俺の魂いつでも農民。 土いじりを愛し続けて五百年は伊達じゃないんですよ?
『私はなんでよりにもよって貴方みたいなのとしか話が出来なくなっちゃったのか…… 未だに謎で謎でしかたがないわ』
はっはっはっ。 そっくりそのままお返ししようじゃないか女神様。
「……知り合いにもよく言われるんですが、そればっかりは性分と言うか、好きでやってるんですよ。 俺はただ土いじりが、作物を育てるのが好きなんです。 それに、ベルフェさんはもう、俺がしていることに大体の察しは付いてるんですよね?」
「賢者様のお仕事…… ですのね? 世界の命運を握るような英雄英傑たちの人生にとっての節目となる時と場所に現れて、危険を知らせたり、知識を与えたり。 その人にとって極めて重要な助言をしてくださるという…… 私には一体どうすればそんなことが出来るのか想像もつきませんけれど、ガロさんの存在は世界にとって、とてもとても大切なものだと理解しておりますわっ」
おっと危ない。 ベルフェさんがちょっと賢者様持ち上げモードに入りかけている気がする。
ほらほら落ち着いて落ち着いて…… はい、どうどうどう~……
『難儀な娘よねぇ』
「それをやらないといけないってこともあって、俺は身軽でいないといけないんです。 裕福で安定した~…… っていうのは確かに魅力的かもしれませんが、でもそうした場合、どうやったって何処かに、そして何かに縛られることになっちゃって動きが鈍くなってしまう…… そんな気がするんですよね。 まあ、試した事があるわけじゃないから、実際にそうなってしまうかどうかは正直解らないんですけどね」
ついでに面倒事を避けるためって意味合いも相当大きかったりもしますが、この辺は変に突っ込まれても困るから黙ってたほうが良いんだろうなぁ。
『せめて少しくらいエルフの血が入ってるような顔だったら楽だったのにねぇ。 何処にでも居そうな顔だから大抵の場所で簡単に人に紛れることが出来る点については便利だと思うのだけれど、一所に長居できないって言うのは、やっぱりちょっと不便ではあるわよねー』
明らかに個性とかいうやつが欠如してるこの顔については自分でもそれなりに理解してるつもりですが、あんまり好き勝手言わないでいただけますかね? 言い返せる要素が無さ過ぎてちょっと泣けてきそうなんで。
「……なんとなくですけれど、わかるような気がします。 私の場合は、居場所のようなものを探してただ宛てもなく漂っているだけのような気もしますが、以前旅をした勇者の仲間や冒険者たちの中にガロさんと似たような気質の方々をいくらか見かけた記憶がありますの。 自由を好むのとはまた別の。 言葉にするのはとても難しいのですけれど……」
女神様のお陰でほんの少しの悲哀まで篭ってしまった苦笑を浮かべた俺の目をしっかりと見据えると、少しだけ哀しそうに見える顔でベルフェさんはそう言った。
「そっ、そう…… ですか」
相変わらずなベルフェさんの勘違いに助けられるようなかたちで、少々面倒臭そうな展開になりつつあったその話題は一先ず終了する運びとになったのだが、実は、今の会話をしている内に思い出してしまったことが一つある。
何故こんな重要なことを忘れてしまっていたのか甚だ疑問で甚だ遺憾でしかないのだが、それは、ベルフェさんの例の相談事。 友達作りに関して、今のところ何一つ進展していないし、打開策についても欠片すら考えていなかったってことだ。
『あぁ~~~っ!!』
ほら、女神様まで見事に忘れてた。
何か少しぐらい手助けになれるようなことを考え付ければ良いんだけども……
良い案なんてこれっぽっちも思いつかないんだけどどうしよう。 どうすれば良いんだろうか?
そうだ! こんな時こそ女神様お願いします。
『哀しいぐらいに何一つ思い浮かばないわ』
託宣の女神って、一体ドコのドナタ様の事でしたっけ?
そうしてお互いに暫く無言で歩いていた俺たちだったのだが、どうも先ほどからベルフェさんの挙動が怪しい。 なんだか頬のあたりに妙な視線を感じるのだ。
まさか昼間のベルフェさんじゃあるまいし、種が付いてたりするんじゃないだろうな?と思って袖で拭ってみたものの、特に何かが取れたり落ちたりしたような気配は無かった。
しかし、だとするとこれはなんだろう? ちらちらそわそわと横目で何かの機会を窺っているかのような……?
『これは……っ!』
こっ…… これは!? ……どうかしたんですかね? 女神様。
『なんとなく言ってみただけよ』
女神様はそんな風だから一向にありがたみも何も感じられないんだってことに気付くべきだと思うんですが……
『なんっ!? 親しみやすい女神様を目指してやってきた私の方針が…… まさかここまで来て間違っていたと言うの?』
親しみやすさにも限度ってものがあると思います。
女神様のそれは、なんて言うかもう、親しみやすいをとっくの昔に通り越して、付き合いの長い仕事仲間とか近所の物知りお姉さんみたいな感じになっちゃってるじゃないですか。
口では辛うじて女神様って呼んでますけど、女神様って俺の中ではもう完全にちょっと面倒臭い腐れ縁の友人みたいな位置付けですよ?
『なん…… ですって?』
「あっ、あのぅ…… ガロさん? 実は折り入ってご相談があるのですが…… あの、アンデス? と言うのは、また作っていただくわけには、参りませんでしょうか? そのー…… あまりに美味しかったもので、また食べたいかな~…… なんて。 代金は…… 頑張ります。 組合でお仕事をたくさん頑張りますので、それでどうにかまた作っていただく訳には~……」
「……そんなに気に入ってくれたんですか。 しかし、アンデスって言うのは勝手に何処かの王様だか貴族様だかがつけた名前らしいじゃないですか。 これ、元々の名前は甜瓜って言う筈なんですけどね。 勿論、不死者なんか昇天させるような効果なんて無いでしょうしし……」
いや、でもまさか本当に効果なんて…… 無い、ですよね?
『機会があったら試してみたら良いんじゃない?』
不死者なんかにわざわざ会いたいとは思えませんので、そんな機会は永遠に訪れないことを願います。
「メロン…… ですの? メロン。 メロン…… なんだかちょっと楽しい響きですのね。 メロンメロン。 口にしただけでなんとなく楽しくなってきますわ。 ん~~~…… メ~ロン、メロン~♪ メロメロ、メロン~♪」
「……」
ベルフェさんの挙動がこれまで見たことが無かったくらいに怪しかったものだから、ひょっとしたら俺が気付いていないだけで何か深刻な事態でも進行しているんじゃないか?と身構えていたと言うのに、箱を開けてみればこの有り様である。
上機嫌でその辺の子供が歌いそうな不思議歌まで口ずさみ始めた彼女を前に、俺は暫し言葉を失ってしまっていた。
『解ってた。 私解ってたわ。 この娘がこういう娘だって…… なんとなくだけど解ってた』
奇遇ですね女神様。 俺も最近ですけどベルフェさんが大体こんな感じの人だって解ってきたところです。
さっきまでの話って、どうにかしてまたメロンを食べたいっていう…… つまりこれの前振りだった可能性が恐ろしく高いんじゃないですかね?
それがちょっと思っていたのと違う方向に逸れちゃったお陰で上手く話を切り出すタイミングを失くしてしまって、それでこっちの様子をずっと窺ってたって言う……
少しでも真面目に考えた自分を殴りたい衝動を抑えきれるか自信が無いので、女神様、ちょっとばかり応援してもらって構いませんか?
『ふぁっ、ふぁいとー?』
「ハハハ。 種はまだまだ沢山あるから作るのは構いませんが、まあ、代金はー…… そうですね。 適当な晩御飯でも奢ってもらえればそれで十分ですよ? あと、解ってくれてるとは思いますけど、あれを人に見られるのは極力避けたいので、それなりに時間のあるときだけですからね?」
「いいい良いんですのっ!? あっ…… いえ、でも、そんな…… 最低でも金貨二枚なのでしょう?」
「ベルフェさんは、なんて言うか…… もう一緒に旅してる仲間みたいなものじゃないですか。 市場に流すなら確かに金貨二枚かも知れませんが、仲間内で食べるだけなら晩飯一回とか、酒を奢ってもらうとか、そんなので本当に十分なんですよ。 だから、食べたくなったら気軽に言ってくれて大丈夫ですよ?」
「ガロさん……っ」
なんだか酷く感動した様子で瞳を潤ませて立ち尽くしているベルフェさんを尻目に、俺は今夜の宿の物色を続けることにした。
夕暮れ時を通り過ぎて空も藍色に染まりつつあるので、いい加減、宿を決めないといけないところなのだが……
おっ? さっき通り過ぎた所も悪くなかったけど、あの辺なんかも良さそうな気がする。
『良いんじゃないかしら? 貴方にしては悪く無い趣味だと思うわよ』
「ベルフェさーん? 今夜はこの辺でどうですかねー? って、あれっ?」
「ガロさんこっち~! こちらですわ~! そこも良いですけれど、今日は私もガロさんもお財布が膨らんでいることですし、少しだけ贅沢をしてみませんか~? こちらの宿なんて如何です~?」
つい今しがたまでその辺で棒立ちしていたとばかり思っていたのに、気付けば一人で随分先の方まで行ってしまっていたベルフェさんが、普段なら入り口の前で足を止めることすらしそうにない立派な宿屋の前で、小さく飛び跳ねながらこちらを手招いていた。
そういえば、ベルフェさんも依頼の報酬貰って財布が潤ってるんでしたっけか。
俺はああいう含魔素材とか言われてる類の物の値段って全然わからないんだけど、あの金角牛のでっかい角なんかは、一体どれくらいで売れるものなんだろうか? 結構良い値段なのかな?
『含魔素材の値段はピンキリだけれど、金角牛のあれはただの含魔素材じゃなくて高濃度含魔素材に相当するものだから、左右合わせて金貨二十枚くらいってところじゃないかしらね。 依頼の報酬と合わせて金貨四十枚くらいは稼げたんじゃない?』
ベルフェさん十分稼いでるんじゃないか!
経済観念がしっかりしてるのは良いことだけど、逆にちょっとがっかりするわ!!
そんでもって今その残念さ加減に何故か妙な安心感を得た自分にがっかりしたわ!!
どうも最近、徐々にベルフェさんに毒されているような気がしてならない。
『気付いたときにはもう遅いって言うのが、そういうものの特徴だと思うのよ』
そら恐ろしい事を言ってくれますね、女神様は……
ベルフェさんご推薦のその宿は、重厚な石造りの外観をしていながらも要所には細かな装飾を忘れない、落ち着いた雰囲気のある品の良い宿に見える。
軒先に下げられた看板も年季が入っていて如何にも高級そうだが、きっとここは期待を裏切らない。
【黒の止まり木】 それは、そんな気配を漂わせる立派な宿だった。
「っはぁ~…… これは良さそうですね。 うん。 ちょっとぐらいなら贅沢してみましょうか」
「お夕飯も期待できそうですわねっ」
「この雰囲気なら外に探しに出なくても十分美味しい物が楽しめそうですねー」
足を踏み入れるまでもなく、外観からして徒ならぬ気配を漂わせていたのは理解していたつもりだったのだが、流石に一晩で銀貨八枚の宿は違っていた。
通された部屋は一泊するだけでは勿体無いぐらいの十分な広さがあり、窓枠から床に至るまでしっかりと清掃が行き届いていて塵の一つも見当たらない。
三階にあるために見晴らしも良く、聞いたところによるとなかなか人気のある部屋であるらしい。
ベルフェさんはすぐ隣の部屋を借りていたが、そちらも殆ど変わらない内装に見晴らしだったそうだ。
地元の名物だと言う銀牙豚の炙り焼きは赤身ですらとてつもなく柔らかく、口の中で蕩ける脂身も素晴らしく美味しかったし、篭にどっさりと盛られたパンも外はさっくり中はふわふわ。 小麦の風味豊かで仄甘く、何も付けずにそのままでも十分に食べられるぐらいに美味かった。
その上、料金に含まれているからと、決して安くない銘柄の酒までついてきたのだから驚きだ。
ベッドも程好い柔らかさでシーツも新品同様の綺麗で清潔なものだったし、湯屋は流石に共同だったが、お湯は使い放題で思う存分サッパリする事が出来たから、今夜はさぞかしぐっすりと眠ることが出来るに違いない。
この分なら明日の朝食にも期待が持てるだろう。
凄いな高級宿…… うっかり慣れちゃったりしないように気をつけないと、農村での生活に戻れなくなってしまいそうで恐ろしい。
『贅沢はたま~にするから良いものなのよー』
宿の外観からも感じられたような落ち着いた雰囲気の調度類でまとめられたロビーのソファで湯上りの気だるさを紛らわせていると、少ししてからベルフェさんもやって来た。
彼女もサッパリ出来たようで、如何にも手間がかかりそうな長くて量のある髪の水分を取りながら、ほっこりと緩んだ顔で俺の隣に腰を下ろす。
これもまたサービスであるのか、いつの間にやらテーブルに置かれていた冷たい水で喉を潤し、何をするでもなくのんびりと雑談を交わしながら明日の予定について少し話をして、やがてお互いに欠伸が出るようになってきたので、三階まで一緒に階段を歩いてから、おやすみを言って部屋へと戻った。
『冒険者とか、特に男女一緒の旅人って言うのは夜に関して結構大らかなことが多くて、その所為でその手のトラブルも多かったりするものなんだけど、貴方たちは…… なんて言うか、そういうところで変な風に相性が良いわよね? 淡々としてるって言うか、淡白って言うか、アッサリって言うか、枯れてるって言うか……』
ちょっと酷い言葉が入ってる気がするんですが、多分、俺もベルフェさんもいい歳だからじゃないですかね。
『う~ん……』
「まあ、そんなことはどうでもいいのでおやすみなさい女神様」
『あ、おやすみー』
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