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砦都ヴォラキスにて
その5 あと片付け
しおりを挟む「ベルフェさ~ん。 こっちは終わりましたけど、そっちはどうですかー?」
「はい。 こちらも今終わりましたわ~」
「じゃあ行きますよー」
「どうぞ~」
「せ~えの~~~で! そいっ!!」
「はいっ!」
純白百足の背の部分を覆っている鎧殻と腹側を覆う腹版との境目にある隙間の奥に短刀を押し当て、なぞる様に何度か滑らせていくと、不意に吸い込まれるように刃の通る箇所がある。
如何に並の剣や槍なんかでは傷を付けることすら難しいという理不尽極まりない危険生物である純白百足さんと言えども、只管に巨大であるというだけで思いのほか真っ当な生物であることには違いないらしく、わさわさと自由に動き回るその為にも、全身を余すことなく硬く分厚い鎧殻だけで覆い尽くしてしまうという訳にはいかないらしい。
つまり、身体の何処かしらには必ずそれなりの隙間や柔らかい部分が存在している訳だ。
それは例えば、数えることすら億劫な節足の関節部分であったり、体節と体節とを繋いでいる隙間の部分であったりで、今こうして俺が短刀を突き入れているのも、そんな純白百足の身体の中に於いて比較的柔らかいとされている部分で、只管に硬く頑強な背中側の鎧殻と、それに比べれば柔軟性がある代わりにやや脆くあるものの、それでもまだ人の振るう刃が簡単に通るほどではない腹側の腹板とを繋いでいる極小さな隙間にある、ナントカ言う膜にあたる部分である…… らしい。
ただし、純白百足が生きている内は、それらの部分も体内から発せられている魔力によって常に活性強化を受けている状態である為、俺が手にしている数打ちの短刀程度では傷の一つも付けることは出来ないそうなのだが、骸となってその魔力による強化を失ってしまっている今であれば、鎧殻こそは未だにベルフェさんの剣ですら容易くは斬ることが出来ないほどの強度を保っていても、この隙間の奥にある膜に関しては随分と脆くなっているらしく、一度刃が通ってしまえば、そこからは驚くほど簡単に、大した力を入れる必要すら無く、面白いように短刀が進んで行く。 正直、これはちょっと楽しいかもしれない。
ただ無造作に横たわっているだけだと言うのに、まるで白亜の壁の如く聳え立って視界を塞いでくれている純白百足の胴体は、その厚みだけでも俺の背の高さと同じか少し高いぐらいある。
こうして改めて見てみると浮かんでくるのは、たった二振りの剣だけを手に、よくもまあ、ベルフェさんはこんな物と相対することが出来たもんだなぁ。 という、呆れとも感心ともつかない漠然とした感想だった。
争い事からは回れ右して全速回避が信条の自分とは違い、切った張ったが日常茶飯事と言うか、寧ろそれで日々の糧を得るのが冒険者と言う職業だと言ってしまっても過言ではないとは言え、こんなものを相手に剣がどれほどの役に立つと言うのか…… 否、たった一人の人間がどれほどの役に立つのか甚だ疑問でしかなかったからだ。
だと言うのに、そんな俺の考えをあっさり軽~く飛び越えてしまっている存在が現実に居て、しかも、ここ最近は毎日同じ食卓で食事を摂ったり酒を呑んだり、挙句の果てには同じ家を借りて一緒に暮らしていると言うのだから、五百年も生きてきて尚、世界と言う奴は解らないことで満ちている。
と言うか、これまでは遠目に眺めることはあっても、これ程間近で見る機会が無かったから実感が薄かっただけで、改めて考えるまでも無く、ベルフェさんはとんでもなかった。
全く、一体何を如何やったら剣で純白百足の頭を細切れにしたりすることが出来るのか、これっぽっちも解りゃしない。
聞けば、顎牙だけでなく頭部そのものが純白百足の身体の中でも特に頑丈な部位だと言う話なのだから、訳がわからないにも程があった。
『貴方に才能があるかどうかは解らないけれど、それでもこれから真面目に五百年くらい剣を振っていれば、同じようなことが出来るようになると思うわよ?』
あ、剣にそこまでの興味は持てそうにないので結構です。 謹んでご遠慮申し上げます。
そんなとんでも冒険者のベルフェさんと二人して純白百足の背中によじ登り、向かい合いながら手にした短刀を大体真ん中の辺りから鎧殻の隙間に刺し入れて、胴体の左右に向かって切り進めながら降りて行く。
周囲をぐるりと切り終えたなら隙間に手を捻じ込んで、両側から声を掛け合いながら思い切り鎧殻を持ち上げる。
みちみちめりめりぶちぶちと、聞いているだけで背中や首筋のあたりがぞわぞわして仕方の無い音を立てながら胴体から引き剥がされた鎧殻を、街道脇の雪を適当に均して作業用に拓いた場所に裏返しにして転がしたら、裏側に残っている繊維やら肉片やら━━身体の内側まで漏れなく白いのだから吃驚だ━━を鉄箆でこそぎ落とし、ここで漸く出番が回ってきた橇へと運んで一工程が終了と相成ります次第。
俺が砦都から引っ張ってきたのは、少しばかり年季の入った様子で屋根も幌も付いていない、くすんだ青い色をした運搬用の平べったい木造の橇だった。
今朝方の記憶を掘り返してみると、元々、それなりの広さだけはある橇に申し訳程度に木枠が付いているだけと言う、お世辞にも立派とは言えない程度の物ではあったのだが、それでも今よりは、まだもう少し見栄えのする物であったように思える。
それがどうやら純白百足が暴れてくれている間に何度かぶつかられたり転がされたりしてしまったようで、荷物を積んで砦都まで引いて帰る分には問題無さそうであるものの、所々の塗装は剥げて素地が出てきてしまっているし、真新しい傷や凹み、皹割れなんかが随分と目立つ有様になってしまっていた。
冒険者組合の伝手で借りてきた橇だったんだけど、例えばほら、あそこに特にくっきりと出来ちゃってる丁度人間の頭ぐらいの大きさの凹みと言うか粉砕痕と言うかは大丈夫なんだろうか? 雪小鬼が潜んでいた幌橇みたいにバラバラにされてしまわなかっただけマシなのかも知れないが、修理費がちょっと酷いことになりそうで憂鬱極まりない。
『……あ。 それ貴方の頭の痕よ』
「えっ!?」
あ! あの時ガツンと来たアレか!
純白百足め…… 俺をわざわざ橇に叩き付けることで、こちらの財布にまで馬鹿にできない被害を与えてくれるとは、味な真似をしてくれる。
『いくら魔物だからと言ったって、蟲にそこまでの知能を求めるのは酷じゃないかしら? 貴方をぶつけるのに丁度良さそうな物が目に入ったから使ってみただけって言うのが無難なところでしょう』
まあ、本当のところはそんなもんなんでしょうけどね……
「ガロさん? どうかなさいましたの?」
「あ、なんでもないです。 ちょっと個人的に世界の真理の一端をうっかり紐解いてしまっただけなので、どうぞお気になさらず」
「いえそれ凄く気になりますわ! 如何にも賢者様と言った感じがしてカッコイイではありませんか! 是非ともお訊ねしたい…… あ、いえ。 でも、ガロさんがそう仰るのであれば訊ねるのは野暮と言うものですか…… とてもとても、とても残念ですけれど」
少しばかり恨めしそうな目で見られたけれど、「橇に頭を思い切りぶつけました」だなんて話したところで余計な心配をさせてしまうだけだろうから、ここは心持ち強気で撥ね退ける方向で行ってみよう。 よし俺強気! 超強気!
だからそんな風に科を作りながらちらちらっと上目遣いでこっちを見ないで! 気持ちが揺らいじゃうから!
『ベルフェちゃんって普段はそんな素振りなんて一切見せないのに、油断していると思い出したように自分の武器を使って来るわよねー』
ええもう全く忌々可愛らしいですよね! 偶に狡いなこの人!
なんて事を心の中で叫んでみたりしながら必死に目を合わせないようにしていると、やがてベルフェさんはほんの少しだけ肩を落とし、小さく一つ息を吐いてから諦めてくれた。
「まあ、ガロさんの行動に不可思議な部分が多いのはいつもの事ですし、これ以上は追求いたしませんわ。 それはそうと…… 出来れば日が落ちる前には終わらせてしまいたいので、もう少し解体の速度を上げようかと思うのですが大丈夫でしょうか?」
「ええ。 俺は大丈夫ですが、ベルフェさんこそ疲れてませんか?」
「私も問題ありませんわ」
「了解です。 晩飯はゆっくり食べたいですし、一丁気合入れて行きますかー」
「はい! ガンガン行きますわよ!」
ベルフェさんの何故だか矢鱈と元気の良い返事を聞きながら、かつて頭があった方を始点に純白百足の長大な全身を左から右へとゆっくり視線を巡らせて一通り目に収める。
とにかく足が沢山生えているから百足なんて名前が付いているだけあって、確かに奴らの足は相当に多いのだろうけれども、身体の大小に関わらず、本当に足が百本もある百足なんてのはなかなか居るもんじゃない。
しかし、それでも今回ベルフェさんが倒した純白百足の体節の数は三十八もあり、体節一つにつき足が二本付いてくるわけだから、それは実に七十六本なんて数になってしまう。 百には到底届かないまでも、決して馬鹿にできるような数ではなかった。
が、現在の問題は砦都まで持って帰らなければならない引き剥がした鎧殻一枚一枚の大きさと重さにあるのであって、この際、足の数が何十本、何百本あろうとも、そんなものは正直どうでも良いとしか言いようがない。
何しろ、体節の場所によって大小いくらかの違いはあるものの、不恰好ではあるが弓なりに反った四角くて分厚い白い板といった具合の鎧殻は、短い辺であっても俺が両腕を一杯まで広げて漸く届くか届かないかと言うぐらいで、長い辺に至っては更にその三割から五割増しと言う、人の一人や二人ぐらいであれば余裕で隠れることが出来てしまうような巨きさであるため、その巨きさに見合った重さと相まって、たったの一枚を剥がして運んで裏面の処理をするだけで、それはそれは結構な重労働になるのだから。
橇の上に積み上げられている鎧殻の数は、今のところたったの五枚。
ベルフェさんが言うには、尻尾の方から頭に向かって順番に剥いでいくと三分の一ぐらいまでは綺麗に重ねることが出来て橇の空間を節約できるらしいので、そちらの方からざくざくべりべりやっているのだが まだまだ先は長そうだった。
はてさて…… 日が暮れるまでに片付けることが出来るかどうか……
『ま、頑張りなさーい』
いや、だから前にも言った気がするんですが心を! そう言うのはもうちょっとココロを込めて言っていただけないものでしょうかね!?
『頑張りなさーい(はぁと♪)』
そういうのじゃなくて声に! 声にもっとココロを!
(はぁと♪)なんて付け足しただけで吃驚するぐらいの棒読みじゃないですかソレ!
『注文が多いわねぇ…… いいから頑張んなさい。 さあほら、ハリーハリー!』
面倒臭くなって投げた…… だと?
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