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砦都ヴォラキスにて
その8 そこが空き家でも親父は住まない
しおりを挟む「そこの貴方。 それを止める気はありませんか?」
「……へ? あ、俺? エルフのお姉さん、それは俺のこと言ってるワケ?」
「ええ。 非常に残念ながら貴方ですわ。 もう一度だけ言います。 今すぐにそれを止める気はありませんか?」
「は? ははっ、止めるって一体なんの事だよ? 俺、別に何もしてないよな? なあ、みんな? 俺はフツーに酒飲みながらテキトーに良さ気な依頼探してただけで、変なコトなんて何もしてなかったよな?」
「そうですか……」
「あっ、何? ひょっとして逆ナン? うちのパーティーに入れて欲しいってハナシ? だったら先ずその頭巾取ってちゃんと顔を見せるのが礼━━…… あえ? が? へ……? ぃギャアアアあああああああああああぁぁぁっ!!」
純白百足討伐に纏わる諸々の清算を済ませてから十日程経ったある日のこと。 俺とベルフェさんは、再び冒険者組合へとやって来ていた。
冒険者組合に用があったのはベルフェさんだけだったのだが、寒空の下で一人震えながらその用件が済むのを待っているというのは少々遠慮したいところだったので、普段であれば冒険者組合には出来るだけ足を踏み入れないようにしているものの、仕方なく、こうして一緒に建物に入り、丸テーブルがいくつも並んで酒場か食堂のようになっている広間で一番安い酒を一杯頼んでちびちびやって時間を潰していた。 というのが、つい先程までのこと。
用件を済ませたらしいベルフェさんが奥の方にある受付窓口からこちらへと向かってくるのが見えたので、立ち上がって声をかけようかと尻を半分まで浮かせたところ、何故だか彼女は急にその向きを変えて明後日の方向へ。
そして数あるテーブルの内の一つの前で停止すると、そこで飲み食いをしていた冒険者の一団の中の代表らしき男に二言三言と話しかけていたようだった。
ふと、いつもの頭巾の奥に垣間見えた表情が随分と剣呑としたものだった気がしたものだから、「おや? これはひょっとして何事かあったんだろうか?」なんて思っていた矢先のこの絶叫である。
剣に手をかける者。 杖を構えて魔術を紡ぐべく魔力を練り上げる者。 冷静に状況を見守る者。 慌てて冒険者組合の職員を呼びに行く者。 我関せずと一切態度を変えずに酒を飲む者。 只々おろおろと周囲に流される者。
十人十色とはよく言ったもので、様々な反応を見せながらも、悲鳴の主の居るテーブルを中心に円を描くように少しずつ間合いを詰めたり、逆に離れて行こうとしたりしている冒険者たちの隙間にどうにか滑り込んでベルフェさんのすぐ隣まで近付くと、そこにあったのは左目を押さえながら床でのたうち回っている黒髪の男の姿だった。
「……あああああああああァァァっ!! めえええェェェ!! 目がっ! 俺の目ッ!! 目がああああああぁぁぁッ!!」
耳が痛くなりそうなほどの悲鳴と大量の血液やら涙やら鼻水やら唾液やらを撒き散らしながらばったんばったんと床を転げ回る汎型人類らしき男と、それを詰まらなそうに見下ろす風精混在型人類の女性。
男の方は見覚えの無いその辺の冒険者といった風体なのだが、もう片方は改めて確認するまでも無く、冒険者、旅の同道者、そして俺の現在の同居人でもあるところのベルフェット・アムネリスさんその人であり、どう見ても、それは被害者と加害者の構図でしかなかった。
「んー…… え~~~っと。 これは…… んんん~~~?」
ぎゃあぎゃあばたばたと喧しい男と、黙したまま微動だにしないベルフェさん。
そんな対照的な両者の間にゆっくりと交互に何度か視線を漂わせてみるも、状況はさっぱり欠片も微塵も解らない。
これまでも行く先々の街や村で冒険者組合に顔を出す度に、ちょっかいをかけてきた相手を殴り飛ばしたり蹴り飛ばしたり投げ飛ばしたり先っちょを斬り飛ばしたり…… と、それはもう厄介事に事欠かなかったベルフェさんではあるのだが、この人…… 今度は一体何をやらかしてくれやがったのだろうか?
「あっ……! いえそのガロさん違うのです。 これは恐らくガロさんが思っているような事ではないのです。 ですからその…… そっ、そう! 大切な、とてもとても大切で必要なことなのですわ!」
「……はあ。 大切? 必要…… なんですか?」
「そうです。 きちんとした理由があるのです。 ですから…… そんな『ああまたやっちゃったな~、この人』といった風の目で見るのはお止め下さい。 悲しくなってしまいますわ」
申し訳程度の掃除はされていると言っても、「寝転べるほど綺麗か?」と訊かれたら首を傾げざるをえない泥と砂利と食べかすに事欠かない板張りの床の上で、尚も悲鳴やらよくわからない汁やらを垂れ流しながら転げ回る男を暫くじっと冷たい目で見下ろしていたベルフェさんだったのだが、なんとも言えない顔をして自分と男とを見ている俺の存在に気付いてしまったようで、途端に慌てた様子で現状についての弁明を始めようとするのだった。
「あっ! でもその前に少々お待ち下さい。 誰か! 誰かマスター・カイナスを! 此処は私が見ておきますので、職員に伝えて組合長と監査官を最低二人連れてきてください。 さあ、早く!!」
ベルフェさんはそう言うが早いか、刃を抜き放つことまではしなかったまでも、両の腰に下げている双剣の内の左の一振りを鞘ごと引き抜いて、目の前のテーブルに集まっていた床の男の仲間なのであろう男女の眼前へと鋭く突きつけていた。
しんと静まり返った冒険者組合の広間の中。
ベルフェさんと対峙しているのは男が一人に女が三人。
見れば、その内男女の二人は今にも剣を抜く構えに入っていたし、一人は身体を深く低く沈み込ませて突撃の半歩手前。
最後の一人も魔術で生み出したのであろう炎の塊を既に五つ、自らの頭上に漂わせていた。
一触即発どころか、ああやって機先を制さなかったならば、ベルフェさんは一気に畳み掛けるような攻撃に晒されていたに違いない。
果たしてそれが彼女に通用したかどうかは別の話とするにしても、物騒であることこの上ない。
あれ? そう言えばあの煩かった悲鳴がいつの間にか止んでるみたいなんだけど、如何したんだろうか? まさか死んではいないと思うが…… 気絶でもしたかな?
なんて思っていると、ゆらりと立ち上がる男の姿があった。
背は汎型人類の成人男性としては高くもなく低くも無くと言った感じで俺と同じくらい。 特にこれと言った特徴を見出せない、所謂中肉中背という奴である。
一見すると無造作に見えて、しかしなんとなく拘りがありそうに思える髪は黒で、殺意に満ち満ちて思い切り血走ってしまってはいるが、残っている右の目も黒かそれに近い色であるようだ。
恐らく二十に届くか届かないかと言ったところの、若者と言って良いぐらいの歳だと思うのだが、床でのた打ち回っているところと今こうして怒りやら殺意やらで小鬼もかくやとばかりの醜悪にで歪んでしまっている顔しか見ていないので、細かいところまでは解らない。 多分、三十には届いてないと思うのだけれど……
体に纏っているのは全体的に黒っぽい印象を受ける一揃えの服と、そちらの方面の知識は薄いからそれが良い物であるのかどうかは解らないが、魔物か何かの皮と薄い金属が主体になっているような要所のみを守る型の軽装の防具。
身形はともかく、冒険者と言う割には、正直、下手をすればその辺の町暮らしをしている平民よりも鍛えられていなさそうな身体つきをしているのだが、その男は左手で既に中身の失われてしまった左の眼窩を押さえながら、右手には緩く反りの入った細身の剣を抜いて構え、ゆらゆらふらふらと覚束ない足取りながらもベルフェさんに向かって斬りかかろうとしているようだった。
「目ぇぇぇ! 俺の目をよくもおおおォォォッ!! がかっ、返せ! 返せよォォォ!! 俺の目えええェェェッ!!」
「あぁ…… 再び使えるようになるかどうかは解りませんけれど、ご入用なのでしたらどうぞご自由に。 ですが、貴方はもう少しの間で構いませんので静かにしていていただけますか? 少々面倒臭いですので」
「なっ!? それおれっ? 俺の……ッ!? フザけっ! 面どぶきっ」
ついとずらされたベルフェさんの長靴の下から現れたのは、潰れて床に張り付いている白っぽくてべちゃっとした何か。
少しの間それに目を取られて動きを止めて、しかしやがて再び声を上げて動き出そうとした男は、何気ない自然な動作で振られたように見えたベルフェさんの剣━━の鞘━━に顎を打ち抜かれ、耳の辺りの高さまで振り上げていた剣を振り下ろすことも叶わないまま頽れて、今度は悲鳴を上げることも転げ回ることもなくそのまま沈黙した。
「うぬーん…… もう少し穏便にならないものなのか……」
「これでも十分に穏当な手段を取っているつもりなのですが……」
ちょっとした確認のためにと周囲を見回してみれば、「ああうんソウダネー」と言った意味合いを多分に含んだ生暖かい視線をいくつも感じる。 冒険者基準だと、これはまだ穏便な範疇と言うことなのだろうか? ベルフェさんが特殊なだけかと思っていたのだが、ひょっとしたら世間は俺が思っているよりも暴力的に出来ているのかもしれない。
なんだろう…… 急に旅暮らしが恐くなってきたなぁ。 何処ぞの片田舎で畑でも耕して暮らしたいと切に思う。
そんな具合でやれやれと溜息を吐きながら残っていた酒を舐めていると、何人かの職員を引き連れて組合長のカイナスさんがやってきた。
「アムネリス様! 一体如何されたと言うのですか!」
来てくれたこと自体には素直に感謝したい。
感謝したいが、だがしかし、開口一番が酷すぎる!
敬称敬称! 仮にも組合長やってる人が一介の冒険者相手印様とか付けちゃ駄目でしょうに。 ほら、その辺で聞き耳立ててる人らが変な感じでザワっとしちゃったじゃないか。 しっかりしてくれ組合長。
「えぇと…… なんでしたかしら? んー…… あー…… あっ、そうそう。 二十一番ですわ。 緊急特殊案件の二十一番です。 マスター・カイナス。 まずはそこの四人に武装解除の命令をお願いいたしますわ」
「にじゅう…… なん…… ですと? 特案の二十一? ぶっ…… 武器をっ! 剣を下げろ!! そこの四人だけじゃねえ全員だ!! とにかく全員持ってる物全部床かテーブルに置いて得物から手を放せ!! 今すぐっ! 今すぐだ!! 良いな!? 全員だ!! 置いたら絶対に触るんじゃねえぞ!! 解ったか!? 今すぐにだ手前らっ!!」
ベルフェさんの言葉を咀嚼して理解するまでに少しの時間を要して後、凄まじいとしか形容できない形相と剣幕で突如捲くし立て始めた組合長に、ほんの少しの間ではあるが広間にいた冒険者も職員も、ほぼ全員が呆けた表情を見せて固まっていたのだが、そこから先は酷くあっさりとしたものだった。
長剣、短剣、槍、斧、鈍器に、杖やら弓やら…… とまあ、出てくるわ出てくるわ。
普通に携帯している以外にも一体何処に隠し持っていたんだか解りはしないが、床にテーブルにと次々に並べられていく武器の数々は、この場にいる人数で割っても明らかに二や三では収まらない数で今尚どんどんと増え続けていた。
少しぐらいは反対や非難の声なんかが上がるかと思っていたのだが、驚くほどすんなりと事が運んでしまって拍子抜けの感すらある。
と言うか、むしろ冒険者たちは嬉々として武器を取り出して置いているような……
あ…… アレだ。 自分のを見せるのも他人のを見るのも楽しいんだ、この人ら。
「冒険者に限ったお話ではありませんが、荒事に関わる人間は予備や奥の手としての武器を一つや二つは常備しているものですわ。 私もいくつか持っておりますし」
「ああ…… なんかちょっと聞いたことありますね、そんな話」
「それに、ここで出されているのは、どうせまだ見せても良い物だけでしょう。 全員が全員とまでは言いませんけれど、出ている物に加えて更に二つ三つ程度は持っている方も少なくないでしょうね」
「おぉぅ…… そんなにですか」
おや? 向こうのテーブルに如何にも重そうな音を立てて置かれた矢鱈とゴツい鉄の塊は…… あれ? 手甲? ん? 手甲って武器なんだろうか? まあ良いや。 あとは…… うわ、なんだあの剣。 剣というにはあまりに大き…… え? 竜も殺せる? いやいやいやいや…… 冗談でもそんなこと言ってると竜に殺されますよ? あいつら洒落にならないらしいですから尻尾の先とかデコピンとかでパーン!ですわ。 吹っ飛んじゃいますよ? 首から上が言葉通りに。 おぉっと、そこの胸の谷間からスルっと鉄扇を出した猫っぽい獣人族の美人さん。 ちょっとそれ仕舞うところも見てみたいので、是非あとで声をかけて痛い痛い痛い痛い!! ベルフェさんちょっとベルフェさん!? 俺の首って多分そっちの方までは回るように出来てませんよ!? 余所見をするな? いや、余所見って言うかそもそもこれって俺に関係あることなんですかね? いいから見てろ? えぇぇぇ~!? でもこれだけ武器があったら色々と気になるじゃないですか。 ほら、あれなんかも絶対その辺じゃ売ってない奴ですって! 俺が知ってる盾ってあんな風に蟲の足みたいなの生えてませんしって動いてる!? 動いてますよ? あの変な盾…… いや、あれは本当に盾…… なのか? ほらほら…… んで、その紐がついた拳大のマカロンみたいなのは何ですか? よーよー? どう見ても武器じゃなさそうなんだけど…… あと、それは? その赤い玉っころと燭台みたいな形のが紐で繋がってる奴。 そうそれ! ケン、ダマ? ひょっとして素人だと思って舐めてませんか? 本気? 本気なの? ムムゥ…… 冒険者ってのは本当に訳が解りませんな!
一時は金属やら何やらといった硬い物同士が触れ合う音、擦れ合う音が充満して騒然としていた広間も、一通りの武器の提出が終わったことで静けさを取り戻した。
急に訪れてしまった静寂と周囲からの視線に耐え切れなくなったから、なんて理由かどうかは知らないが、ベルフェさんと対峙していた四人も、元は軽食を摂っている最中であったように見えるテーブルの上に、剣だの杖だのと各々の得物を置き始めた。
「……マスター・カイナス。 この男は【覗き屋】です。 警告に従いませんでしたので私の独断で片方をこの場で潰し、その後気絶させて無力化いたしましたが、あとはそちらで早急な対処を。 ただし、くれぐれも油断だけはなさらないように、お願いいたしますわ」
武器を手放した四人は、仲間が突然大怪我を負わされて打ち倒されたという事実がある訳だから仕方のないことなのだろうけれども、殺気と不信感こそ収めていないものの、組合長たちの纏っている徒ならぬ雰囲気から自分たちの側━━主に気絶している男に━━に何か問題があったようだと薄々理解しつつあるようで、先程よりは幾分落ち着きを取り戻し、話ぐらいは出来そうな雰囲気になっているように見える。 たとえあんなのだったとしても、組合長たちが出てきてくれた効果は大きかったと認めざるを得ない。
その様子を確認してから二振りの愛剣を傍らにあった椅子の上に並べて寝かせたベルフェさんは、組合長と、随伴してきた職員たちを手招いてそう言ったのだった。
「参ったな…… まさか俺の代でそんなもんに出くわしちまうとは。 今が冬じゃなけりゃあ王都までの翼蜥蜴が使えたんだが…… こいつはどう考えたってウチよりもデカい支部じゃないと対処仕切れない案件じゃねえか。 うむぅ……」
そう呟いてから大きな溜息を吐いたきり、腕組みをしたまま目も口も閉ざしてしまった組合長の次の一挙手一投足に傾注するべく広間中の意識と視線が集まったのを見計らって、俺はそそくさと冒険者組合を後にした。
いや、だって物凄く面倒なことになりそうな気配がするんだもの。
冒険者組合でのベルフェさんの不穏な遣り取りだけでも十分に「そう」なのだが、特に「今朝までは俺の言動にいちいち突っ込んだり茶々を入れたり、こっちが訊いてもいない妙な蘊蓄なんかを自慢げで楽しげに好き放題語ってくれていた女神様が、あれだけの騒ぎがあったってのに此処まで一言も口を出してきていない」と言う現状に、途轍もなく嫌な予感がするのだ。
だから、先ずはその騒動の中心となりそうな冒険者組合から出来得る限り迅速にこっそりと離れる。
この判断が間違っていないことを祈らずには居られない。
ただ、なんとなくあの女神様はご利益が薄いような気がしてならないから、差し当たっては出来ればそれ以外の…… あれは何て名前だったけな? ……あ、思い出した。 まるで実感は無いんだけれども、女神様によれば恐らく俺の上司だとか雇い主みたいなものにあたるらしいと言う大地の管理をしている神。 ギアスノーテ様とか言う神様にでも祈っておくとしよう。
どうか我が人生に平穏を……
そう言えば、この神様は男神なのか女神なのか…… どっちなんだろう?
◆ ◆ ◆ ◆
そのまま気分転換も兼ねて当初の予定通りに食料の買出しをしようかと、行き交う人の足で踏み固められた雪で覆われた街路を商店街へと向かって進んでいる途中。
ふと、背後から視線のようなものを感じて振り返ってみたところ、どうやら俺の後に続いて冒険者組合からちゃっかりととんずらしてきてしまったらしいベルフェさんと目が合ってしまった。
あの状況で騒ぎの張本人が何を如何やったら抜け出して来られるんだかさっぱり解らないが、まあ、その辺はベルフェさんのすることだから、きっと俺なんかが考えるだけ無駄なのだろう。
「俺はまだ良いとしても、流石に当事者が抜け出して来ちゃ不味いんじゃないですかね!?」
「ガロさんだけ逃げるだなんて狡いですわっ! 私も厄介事は極力遠慮させていただきたいですもの!」
「ええええっ!? そんな莫迦な!! てっきりベルフェさんは『ああ言うの』を好きでやっているものだとばかり思ってたのに!」
「違いますわっ! 私そんな物好きではありませんものっ!」
「うそん!?」
「心外です! ガロさんとは後でじっくりとお話をする必要がある気がいたしますわっ!!」
何故だか妙な焦燥感に駆られて次第に速くなっていく歩調にベルフェさんがしっかりと着いてくるどころか追い越そうとする勢いで横に並んでくるものだから、競い合うようなかたちでぐんぐんと速度が上がってしまい、気付いた頃には二人で街中を結構な勢いで激走していた。
どうやら近場に質の良い石切場があるようで、此処、砦都ヴォラキスにある建物は、その殆どが同じような黒っぽい色をした石造りのものばかりだった。
恐らく、この都市自体の決まりごとか何かで、あまり派手派手しい色使いを禁じていたりもしているような気がするのだが、冬の砦都の景観は白と黒。 実にわかり易くも寒々しい二つの色で概ね表すことが出来てしまう。
都市の北西にある貴族街や、平民の住む区画でも歓楽街などになれば多少話は変わるのだが、これが一般の家屋になってしまうと、色合いだけでなく、その外観すらも大差の無いものになってしまうため、その結果、どういう事になるのかと言うと……
俺たちのように外からやって来た人間は、その辺の角をほんの二~三回曲がっただけで「宿に帰れなくなる」だとか、「二度と街から出られなくなる」なんて噂を頻繁に耳するような街並みが出来上がってしまっていたのだった。
隣を走っている風精混在型人類の冒険者さんなんかは実際に未だ結構な頻度で迷子になっていたりするものの、俺は今のところ問題なく過ごすことができていたから楽観視していたのだが、今回は目的の商店街までの道のりにこれと言って目印になりそうな物の心当たりが無いものだから、風の速さで左右を流れて行く代わり映えのしない白黒の風景には、俺ですら何度か角を曲がり間違えたり通り過ぎてしまったりと、存外の苦戦を強いられている。
待ち合わせに遅れたり矢鱈と遅い時間に貸家に帰ってきて顔を真っ赤にしているベルフェさんをいつも笑っていたけれど、この街は思いのほか侮れないのかもしれない。
さて、それはそれとして次の角を左に曲がりたいのだが、調子に乗って速度を上げすぎてしまったお陰で、氷の一歩手前ぐらいにまで踏み固められた雪道の上とあっては今更のまともな停止は間に合いそうに無く、このままだと、いっそ真っ直ぐ突っ切った上でその先に待ち構えているだいぶ幅の広そうな水路を飛び越えることが出来るかどうか挑戦するか、態と転がって街路に爪でも立てて無理矢理止まるかの二択を迫られてしまいそうな予感。
真冬の水路にうっかり飛び込むなんて事だけは何が何でも回避したいが、かと言って転んで服を汚すのも出来れば遠慮したい。 さて、これは如何したものだろうか?
瞬き一つ程度の時間の中でそんな事を思案していると、同じような速度で少しだけ前を走っていたベルフェさんが、その角に立っていた街灯の支柱を利用して、さも当然の如く、くるりと回転するような素晴らしい旋回を披露してくれた。
「その手が!」
ベルフェさんに倣って街灯の支柱を引っ掴み、そのまま勢いにまかせて弾き出されるように角を曲がり切ることに無事成功したのだが、「この支柱で一旦止まってから普通に歩いても良かったなぁ」なんてことを考えながら小さく安堵の息を洩らした丁度その時、遠くで野太い悲鳴のようなものが上がった気がした。
あー…… ベルフェさんが逃げたのに気付いちゃったか~。
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