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はじまる前のお話
ぷろろごす
しおりを挟む今から三ヶ月ばかり前の日曜日。
金、土と残業で遅くなったから家族全員で晩の食卓を囲むのは三日ぶりだったあの時に、俺は家族に、自分ですらも、つい十日前に知ったばかりだった病の事を打ち明けた。
末期の癌だった。
余命は一ヶ月から最長で半年。
担当の医師ですら、まるで信じられないものを目にしているかのような表情で語った診断内容によれば、いっそ健康な部分なんて残っていないんじゃないか?と思えるほどに全身に転移してしまっている上に、いくつかの臓器に至っては、どう考えてもまともに機能はしていない筈だとかなんとか。
自覚症状などまるで無かったと言うのにそんな告知をされ、仕方無しに他所の病院で診てもらうこと三回。
担当医によって病名が一つ二つ増えたり減ったりはしたものの、誰からも「手の施しようがありません」「お力になれずすみません」「入院するよりもご家族との時間を大切にしてください」と頭を下げられる始末。
診断書を携えて二十五年間勤めた会社に退職願を出しに行ってみれば、社長に泣かれ部下に泣かれ、引継ぎやら何やらで半月ぐらいはかかるかと思っていたところを「三日でいいから! 大丈夫だから! モズ君はもう頑張らなくて良いから!」といった具合で送り出されて以降、家族とのんびりとした日々を送りながら今日に至る。
家族皆が俺と一緒にいられる時間を出来るだけ大切にしてくれているようで、子供たちが大きくなるにつれて少なくなりつつあったコミュニケーションを再び取れるようになって少しばかり嬉しい反面、同性であり、お互いの趣味に近しい部分があることもあって理解できる部分が多い息子の方はまだ良いものの、この年頃の娘に一体どんな話をしたものか?と悩むことも暫し。
五十手前の中年親父としましては、流石に高校生の娘さんが興味を持ちそうな話題に心当たりなんてありはしないのです。
それでも、この三ヶ月は一日一日が楽しくて暖かくて、自分の人生の中で間違いなく、掛け値なしに幸せだと言い切れる日々だった。
「ねえ、りゅーちゃん。 明日は日曜日よ。 家族で一緒にお出かけしましょうよ。 何処か行きたいところはなあい?」
「……どうしたんだ?可奈子。 お前がそんな風に俺を呼ぶのは、子供たちが産まれて以来ぐらいになるんじゃないか?」
「なんとなく…… そう、なんとなく呼んでみたくなったの。 ただそれだけよ…… で? りゅーちゃん。 何処か行きたいところはある?」
「そうだなぁ…… 何処か何処か…… 行きたいところかぁ…… 釣り…… は子供らが面白くないだろうから、映画を観に行って、その後に買い物でもして、最後に焼肉とかどうだろうか? 丁度、あの三部作の二作目が来てただろう?」
「あ、それは良いわね。 あの子達もアレは好きだった筈だし、焼肉も久しぶりだからきっと喜ぶわ。 でも…… 本当に良いの? りゅーちゃんの行きたいところなら何処でも良いのよ?」
「本当に続きが気になってたんだ。 だから、明日…… 明日は、映画を…… 観に、行こう」
「なら良いわ。 じゃあ、明日は焼肉に備えてお昼は軽めにして出かけましょう♪」
「そう…… だな。 ん…… あ、あぁ…… 悪い、可奈子…… ちょっと眠気が限界みたいで…… もう━━」
「ええ。 おやすみなさい、りゅーちゃん。 りゅー…… ちゃん? りゅーちゃん? あ…… あああぁぁぁ……」
秋も終わりの冬の始まり。
夜の冷え込みが日々強くなってきていたこともあって、毛布の上に一昨日追加した掛け布団の安心感のある重みと、同じ布団の中で身を寄せる妻の温もりを感じながら、瞼の重さに耐え切れなくなって目を閉じる。
何処までも何処までも落ちていくような感覚に身を任せながら、どんどんと遠ざかっていく自分を呼ぶ妻の声。
あの日から事此処に至るまで、自覚できるような体調の不良はひとつも無く、未だ自分が病に冒されている事に半信半疑であったために気付くのに暫く時間がかかってしまったが、どうやら自分は、今、この瞬間に死んだらしい。
家族に無様な姿を見せるようなことはせずに済んだから、痛みも苦しみも感じることなく死ねた事だけはありがたかったような気はするが、まだやりたいこと、やってみたいことは山ほどあったし、家族に大した物を遺してやることすら出来なかった。
子供二人を大学にやってしまえば、あとは妻が…… 可奈子が数年暮らせる程度にしか財産なんてものは残るまい。 保険が下りたとしても、どうせ雀の涙程度にしかならないだろう。
ここ四年ばかり、会社の定期健診の時期に出張が重なってしまい、ついつい面倒臭がって健診をサボってしまっていた事が悔やまれてならない。
しっかりと健診さえ受けていたのなら、この結末を避けることが出来ていた可能性は低くはなかった筈だ。
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可奈子、凛音、武…… 本当にありがとう。 そしてすまない。
ありがとう…… すまない……
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