お前んトコの親父さん、異世界で男の娘になったってよ。 ~もし妻と子供達に知られたら、俺はその場で舌を噛んで死ぬ~

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転生:幼年期編

その1 授乳と下の世話をされる中、ある種の悟りを開いた気がした。 しかし、出来る事なら来世は貝になりたい。

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 感じるのは耐え難い程の空腹感。
それは、いっそ飢餓感と言って差支えが無い程に凄まじく、出したくも無い泣き声を口から漏らさざるを得ないことに諦念を感じながら、酷く慌てたような忙しない拍子リズムを刻みながら廊下を駆けて近付いてくる足音の主を待つ。
見上げた先にある物は、天井から吊り下げられた輪から更に吊り下げられた赤や黄色の花だとか鳥だとかの形をした玩具らしきもの。 たしか、なんとかメリーとか言う名前の乳幼児用玩具だったような気がする。
ゆっくりと回転する玩具ソレをぼんやりと眺めていると、両開きの部屋のドアが乱暴に押し開かれ、転がり込むような勢いで一人の女性が現れた。

 ゆったりとしたクリーム色の肩出しワンピースのような服で身を包み、二の腕のあたりまであるふわふわした長い髪の色は淡い金。
身長の高低までは解らないが、それは、清楚でほっそりとした印象の菫色の瞳の美人さんだった。
「あららら~、ニアちゃん泣かないで~。 直ぐにお乳をあげますからね~」
そう言って徐に服の肩紐を外すと、彼女は露になった胸元へと俺を抱き上げた。
細身に見える割にその双丘━━具体的に言うとおっぱい━━が随分と立派に思えるのは、授乳期である為に一時的に大きくなっているからではないかと思われる。
まあ、ここは一旦考えるのは止めることにして、今は口元に押し当てられたその先端から、この空腹を癒すための栄養を一心不乱に吸い出すことだけに集中するとしよう。

「ふふ…… すごい飲みっぷり。 元気に育ってね~、ニ~アちゃん。 ふふ…… 可愛いなぁ…… うふふふ……」
「……けぷっ」
おっ! 昨日まではどうしても上手くいかなかったけれど、今日は上手くげっぷが出せた。
どうもごちそうさまでした今生の母上様。

「まあ! まあまあまあまあっ! すごいわ! えらいわ~♪ もう自分でげっぷが出来ちゃうなんて、これはもう天才なんじゃないかしらっ! ねえっ! あなたっ! あなた~~~っ!!」
「あばっ! あうっ!? ぇあぁぁぁぅ!?」
ちょっ! ちょっと待ってくださいお母さん! 首! 俺はまだ首が据わっていないのです! もげるっ! ほら、うっかり回っちゃいけない方にまで回ってしまいそうですよ!? お願いですから落ち着いてください! いやホントに頼むから!! というか、首とか以前にこのままだと吐く! 吐きますよ!?



 俺ことトドロキ竜磨タツマ享年四十八歳は、この現実を受け入れられるようになるまでにそれはそれは凄まじい葛藤やら諦めやらその他諸々があったものの、どうやら何処か外国の、割と裕福な家の子供として生まれ変わり…… 所謂転生とやらをしてしまったようで、自分が記憶している限り、この身体は未だ生後半月といったところ。
赤ん坊の首が座る時期は、ある程度個人差があるとしても早くて生後二ヶ月ぐらいだった筈なので、自分にとっても当分先の事になるのではないかと思われる。
そんな俺を頭上に掲げ、輝くような笑顔でくるりくるりと踊りながら家の中を駆けているのは、先程母乳を飲ませてくれた今生での自分の母親。
二十歳になったかならないかぐらいの若々しい容貌から察するに、恐らくこれが初産で、ひょっとしたら子育てに携わるのも初めてなのではないだろうか?
眼鏡をかけた黒髪の女性使用人メイドさんが今にも悲鳴を上げそうな顔でスカートをたくし上げながら慌てて後ろから追い駆けて来ていることに欠片も気づかない様子で家の中をずんずん進んで行く彼女は、長い廊下を駆け抜けた先の突き当たりにあった両開きの黒い扉を御伺ノックも無しにち破るような勢いで開いて中に押し入ると、頑丈そうな分厚い天板の乗った木製の執務机で仕事か何かの書類に目を通していた青年の鼻先に向かって華麗なターンを披露しながら俺を突き出したのだった。

「ねえ、聞いてあなたっ! うちのニアちゃんはすごいのよ! 自分でげっぷが出せたの! すごいと思わない!? 天才なんじゃないかしら! いえ、この可愛さはもう天使よね! あなたもそう思うでしょう!? ニアちゃんは天使っ! 天使よねっ!」
「あっ、あぁ…… 天使…… 天使か。 それについては欠片も異論が無いのだが、少し落ち着きなさいシエラ。 気のせいであって欲しいと願ってはいるのだが、君が私の目の前に突きつけている当の愛し子は、なにやら酷くぐったりとしていて、正直、死にかけているようにしか見えない。 まさかとは思うのだが、今のような調子で踊りながら振り回しながら此処まで来たのではあるまいね?」
「……え?」

 執務机で書類仕事をしていた青年は、言うまでも無くこの今生での我が母・アルシエラの夫であり、つまりは自動的に自分の父親ということになる。
髪の色は茶色に近い金色で、目の色は碧。 歳は恐らく二十代前半で、二十五には届いていないように思える。 袖や襟元に派手過ぎない程度にレースがあしらわれた白いシャツの上から袖なしのブラウンのジャケットのようなものを羽織り、下には少しゆったりとした黒のズボン。
彫りの深い顔立ちは日本人の感性で見ても相当な美男子イケメンで、ハリウッドあたりの人気の映画俳優にこんな感じの顔をした人が居たような気がする。
母は昼間の授乳ゴハンの際には必ずやって来る━━夜は乳母らしき人が母の代わりに飲ませてくれるのだが、彼女は母よりも少し塩味が強いような気がする━━し、少しばかりかまい過ぎなのではないか?と思えるほど頻繁に俺をかまいにやって来るので、いい加減に慣れることが出来たのだが、父に関しては、どうも極力子育てに関与しないようにしているような雰囲気があり、日に精々二、三度ばかり、本当に顔を見に来るだけで手を触れることすら無く、ましてや抱き上げてくれたりすることも無いため、まだ少々距離感のようなものを感じている。
ただ、その眼差しや態度からは暖かなものを感じられるので、赤ん坊への接し方が解らないだけのように思える。 ほんの少し子育てに慣れてくれさえすれば、きっと良い父親になってくれるのではないだろうか?



「奥さっ! はっ! ひっ! 奥様っ!! おっおおっお待っち下さい奥様っ!! そのように振り回してはおぼっ! えふげふっ! お坊ちゃまの首っ! 首がっ!!」
父の言葉で母アルシエラが石像のように動きを止めた丁度その時、その背後から漸く追い付いて来たらしい黒髪眼鏡の女性使用人メイドさんが駆け込んできた。

「申し訳っ…… はっ、はぁっ! 申し訳ありません旦那様っ。 奥様をっ、お止めすることがっ、出来ずっ! はっ、はひっ!」
「……いや、今後アルシエラの行動に一層気をつけてくれればそれで良い。 とりあえず、その…… 息子は…… リュクスニアは、大丈夫…… なのか? 先程からピクリとも動かないのだが……」

 今にも閉じる寸前ではあったのだが、辛うじてうっすらと開いていた俺の目に映った父の顔は不安気で、ぐったりとして動かない我が子から若干目を逸らしながらそう言ったあたりまでは憶えているのだが、その後の記憶がまるで無い。
そこからは恐らく母へのお説教タイムに突入していたのではないかと思われるのだが、次に気が付いた時には自分はいつもの四方を柵に囲まれた檻の様な乳児用寝台ベビーベッドの上に寝かされていて、見上げた先には、やはり例の玩具が変わらずゆるゆると回転していたのだった。
この玩具を用意してくれたのは両親か、はたまた祖父母あたりなのかは解りはしないが、とりあえず申し訳ないとだけ謝っておこう。 まともな赤ん坊の感性を具えていれば別なのかも知れないが、俺はコレを見ていても目が回るだけでなんら楽しくは無いんだ。 むしろ鬱陶しいとさえ思えてしまう。 いや、本当に可愛げの無い赤ん坊で申し訳ない。

 しかしまあ、部屋の様子を見るに、前回目を覚ました時の状況と変わらないようなので、どうやら流石に二度目の転生をする羽目になった訳では無さそうだ。 と、胸を撫で下ろしながら溜息を吐いていると、こみ上げて来るものがあった。

便意である。 しかもこれは大きい方だ。
OK。 大丈夫だ。 もう慣れたと言うか諦めた。 ドンと来い女性使用人メイドさん。
六日前に俺の股間を見て「可愛い~!」とか言う黄色い声を上げた事に関しては生涯許すつもりは無いが、俺が自力で用を足せるようになるまでは休戦協定を結んでやらないことも無い。



……よし。 覚悟は完了した。 思う存分泣き喚こう。



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