となりのあの子

りこ

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すべて君の手のひらの上

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 あれから陽太と俺はそういうことをする関係になった。
 陽太は家に親が居ようが関係なくそういうことをしてくるし、むしろバレたらいいとすら思っているような行動をとる。俺の声を出させようとする、とか。そこに親がいんのに触ってくるとか。
 やめろと何回言っても「俺は優希兄ちゃんが好きなのに」とじとりとした目で見てくるのだ。
 好きならすんなよ、こんなこと……となるべく優しく伝えたのだが陽太は「優希兄ちゃんが悪いんだ」という。
 いや、そりゃ俺が悪かったかもしんねえ、けどさあ。最初にあんな風に触らなければこんなことにならなかったのかもしれない。
 でも、いまこんなふうになってんのはさあ……と思ってしまうが結局ここまで許したのは俺だ。
 そうだな。こんな歪な関係になったのは俺のせいだな、と納得した。言いわけしたところでなんの意味もない。陽太を歪ませたのは、俺だ。
 
 
 
 俺は大学へ進学することになり、陽太と離れるなら今しかない。──そう思った。
 陽太のためにも、……俺のためにも。離れなければ。だってそうだろ。俺はもう尻で感じれるようになって、たぶんもうちんこだけではイけない。
 陽太は未来がある。イケメンで優しくて、スポーツも勉強もできて……すげえモテるんだ。
 俺なんかに執心する必要なんて、ねえ。
 俺から、あいつから解放されるいい機会だと、思った。
 だから、親にもどこの大学に行くかは知らせないでくれと頼んだし、俺もギリギリまで伝えなかった。
 出発は明日。夜家に来た陽太が俺を抱いたあと告げたのだ。
「明日、家出る。××県の大学に行くからさ……さよならだな陽太」と。
「……やっぱり。優希兄ちゃんはそうなんだ。そう……そうかあ。……わかった。元気でね」
 別れはひどくあっさりしていて、俺は拍子抜けしたのを覚えている。
 どこかで思っていたのだ、陽太は「行かないで」と引き留めてくれると。幼いころ家へ帰る俺に泣いて縋ったあの陽太を俺はどこかで期待していたのだと、そのとき気づいた。
 
 
 
 大学へ進学してからは実家に帰るのは盆と正月だけ。帰れば陽太にも会うけれど、にこりと笑って「久しぶり」と言われるだけで。
 あのとき見せていた執着心なんて一欠片も見せやしない。まるでなにもなかったかのように笑って俺を出迎えるのだ。
 家に泊まることもなければ、飯も食いにもこない。まるで俺に興味なんてないとでも言いたげに。
 
 
 大学二年目の夏、母親に言われた。
 〝陽太くん彼女できたみたいよ〟と。
 そう願っていただろ俺は。あいつが俺から解放されるように。そう、願っていたはずだ。
 俺だってもう、陽太と離れて解放されて彼女でも、彼氏、でもつくろうと思えばいくらでも作れるはずだ。なのに、俺はそんなことなにも考えられなかった。
 陽太は前へと進んでいる。俺だけ、あの夏の日からなにも進めていない。
「なんだよ、それ……」
 俺から出た言葉はそれだけだった。
 
 
 俺は陽太が、俺への執着を忘れるわけがないと心のどこかで思っていたのだ。
 離れてもいても、俺がどこで何をしていようがあいつが俺から離れるわけがないって。
 家を出ると言ったあの日も、拗ねているだけだと、そう思って。
 陽太に愛想をつかされたと信じたくなかった。
 結局俺だけがあいつを忘れられなくて、執心しているのは俺だけだったという現実を突きつけられ乾いた笑いが漏れる。
「俺のこと好きじゃなかったんかよ」
 なんて、ぜんぶが今更なのだろう。
 
 
 
 
 あれから、実家には忙しいからと帰るのはやめた。親に会えないのは心苦しいが陽太が大学へ進学したら……そのときには俺も忘れられるだろう。そう思っていた、けれど。
 陽太の大学進学先を聞かされた。そこは俺が住んでいる県からかなり離れたところで。
 そんなの当たり前、だろ。俺が嫌だとか、そうじゃなくても。俺を追いかけて大学を選ぶわけねえじゃん。そうわかっているのに。
「は、はは……ばか、みてえ」
 
 
 
 
 ♢
 
 
 
 
 
 陽太に会わなくなって、もう十年くらい。いや、顔を合わせることはあったけれど。
 去年、実家に帰ったときにたまたま陽太がいて少しだけ会話をした。
 仕事どうだ、とか。生活には慣れたか、とか。
 それに陽太はにこりと笑って「大丈夫。楽しくやってるよ」と答えた。
 うれしいことなのに。苦しんでいてほしいわけじゃ、なかった、のに。
 落胆した俺がいた。
 俺がいなくても、陽太は生きられて、何もなかった顔をして笑っていられるのだ。
 そうか、そうなのか。あれから俺は十年以上引きずって生きてきたけれど、陽太にはもう過去のこと。
 もう忘れてしまったのかもしれない。──いや、もう忘れたのだろう。
「はは、執着してんのは俺じゃねえか……」
 そう気づいたのは、三十歳の誕生日を迎える前日だった。
 ようやく、気づいたのか。ここに至るまでにどれだけの年月が経った。乾いた笑いしかでてこない。
 ビールを片手にそういえば誕生日だなと思い出した。
 明日で三十路か。童貞だったら魔法使いになれるんじゃなかったか。
 なんて、現実逃避のように思い出す。
 魔法使いになれたなら、あのときに戻って……陽太と何もない幼馴染に……いや、そもそも出会ったところからか?
 出会ったことも、
「……できるわけ、ねーだろッ」
 俺は、陽太と出会ったことも、陽太とああいう関係になってしまったことも後悔はしない。
 ……いや、陽太の性癖を歪めてしまったことや、あの小さい陽太にソウイウコトを教えてしまったことに関しては、多少の後悔はあるけれど。
 だけれど、出会わなければよかったとも、陽太の熱を知らなければよかったとも思わない。
 知ってしまったからいま苦しくてたまらないのもわかっているが。
 ……俺も前へ進まなければ。今だけは少し泣かせてくれ。
「……あ、魔法使いなっちまったな」
 ぽろりと落ちた雫とともに俺は三十歳の誕生日を迎えた。この歳になれば日付が変わると同時にメッセージを送ってくれる友人もいないため、静か部屋で涙を流しながらビールを呑むだけ。
 昔は、俺が一番に祝うからねと陽太がお祝いしてくれていたの、だけれど。俺が大学へ行ってからは朝一に届くようになった。
 そのメッセージも義務感から送られてきているようにしかかんじられず、ありがとうとしか俺も返事ができなくて。
 まあ、最初は色々聞いてたんだけどな。友達ができた、とか。どこかに遊びに行ったという話を聞けば聞くほど、俺がいなくても生きられんだなとか、そんなクソみてーな気持ちにしかなれなかった。
 そんなの当たり前なのに。
 俺だって陽太がいなくても、友達もいるし、休みの日は遊びにも行く。俺の世界も陽太の世界も──互いだけではない。
 そんなのしっている。わかってる。なのに、陽太には俺しかいないと信じてたのが、本当にクソで。
「……くそー、酔ってんのか酔ってんな……」
 自分の精神殺すようなことしか思い出せねえ。
 酔うと感情的になってしまうのどうにかしたい。……まあ、それも今日が最後。陽太のことで悲しむのは、もう終わりだ。
 明日は、つうか……今日。起きたら、結婚相談所か……出会いの場を探すか。
 性別は、よくわかんねえし。陽太だからだったのか、陽太で目覚めたのか。
 ……まあ、男でも女でもアレ以来は惹かれたことはないのだけれど。
 まあ、いいとりあえず起きてから考えよう。酔ってるしもうなんも考えらんねえよ。
 ビール、まだ冷蔵庫あったよな。
 冷蔵庫を開ければビールがあと三本はあることを確認した。
「はー今日はもう……朝まで呑むか」
 
 
 
 
 
 
 ──きにいちゃ……きて
 声が、する。俺を呼ぶ声。
 ゆうきにいちゃん、おきて。もうおひるだよ。
 …………ゆうき、にいちゃ、ん……?
「優希兄ちゃん!」
「……は」
 目を開ければ、綺麗な瞳が見えた。そしてそいつはにっこりと笑い言ったのだ。
「おはよう、優希兄ちゃん」
 と。
 
 
「…………あ、ゆめ、?」
 陽太がいるはずがない。だって、あいつはもう俺のことなんて、どうでも、よくて。
 ……魔法使いになったからか? 幻覚見る魔法でも使ったのか俺。
 魔法使いになるの嘘じゃなかったんだな……まじか…………。
「優希兄ちゃん。夢でも魔法でも、幻覚でもないよ。現実。起きて俺の顔ちゃんと見て」
 陽太(仮)は俺に強い口調でそう言う。言葉通り一応ちゃんと陽太(仮)を見ようと、体を起こせばすげえ痛い。なんでだ。と思ったが、ベッドにも入らずにリビングの床で寝落ちたのを思い出した。
「いっ、てえ……」
「もう。なんで床で寝るんだよ。誕生日だからって言っても、ハメ外しすぎ。というか、なんも食べてないだろ」
「…………おかんか」
「陽太だよ。優希兄ちゃんの、恋人の」
「………………ん?」
「迎えに来たんだ。魔法使いになった優希兄ちゃんを」
「…………は、」
「高校卒業して、大学も卒業して、会社も大企業入ったよ俺。仕事も慣れてさ、結構給料も貰えるようになったんだ」
「お、おう……?」
「だから、もういいよね」
「な、に……が」
「優希兄ちゃん貰っても。忘れられなかったでしょ。俺のこと」
 目の前の陽太(仮)はにっこりと、世界中の誰もが見惚れてしまうような笑みを見せて言うのだ。
「優希兄ちゃんが出て行ったあの日からずーっとこの日を待ってたんだ」
「よ、う……た……?」
「そうだよ。優希兄ちゃんの、陽太だよ」
 俺の頬を両手で優しく包み込んでキスをする。
「お帰り、優希兄ちゃん」
 抱きしめられて、俺も陽太……の背中へ腕を回した。触れられる……キスも、匂いも、陽太のままで。……いや、昔とは違う大人みてえな匂いするけど。
「…………本物かお前」
「当たり前。……あぁ鍵はおばさんに借りたよ。優希兄ちゃんの三十歳の誕生日俺が一番にお祝いしたいって言ったらすぐ渡してくれた」
 …………母さん。陽太がいくつになっても弱いんだな。
「……い、ままで、なんで」
「優希兄ちゃんに魔法をかけたんだ。俺のこと忘れられなくなるように。一生引きずるように。タイムリミットは優希兄ちゃんの三十歳の誕生日。……今日まで。節目だからさ、色々焦るでしょ?」
 俺の額、こめかみ、頬に口づけを落としながら陽太は幸せそうに語る。
 彼女もできたことはなくて、一度家に来た子はただの同級生で俺の親に見られるのが目的だったらしい。
 俺に伝えてくれると思った、から。
 そうすれば魔法はどんどん強くなっていく。
 俺がいなくても楽しく生きているよ、と言いたげなメッセージも全部そのためだったらしい。
 
 
 
「ずっと、スマホに入ってる昔の優希兄ちゃんしか見られなかった。やっと、やっと触れる…………ね、いいよね? いいって言って優希兄ちゃん……」
 スウェットの上から乳首をかりかりと引っ掻きながらまるで俺がいいと言うのを待っているかのようにいう陽太。
 ……いいと言わせる気しかねえくせに。ぜんぶ、ぜんぶわかってんだろ。
 今までのもそうならば。いまのこれだって。
「ばか陽太。俺だってお前に触れてえし触れられたかった。……昔みてえにしてくれよ、くそ……」
 噛み付くようなキスをされて床に押し倒されたが痛え! と俺が叫んだことで陽太が慌てだし、結局ヤらねえで終わった。なんでだよ。
 
 
 
 
 
「お前ってさあ……」
「なあに?」
「……わりと歪んでるよな」
「はは、それに気づいてないの優希兄ちゃんだけだったよ」
「え」
 俺の隣でかわいく笑う陽太は昔と変わらない。
 ちゅうとキスをし幸せそうな顔で陽太は愛を囁くように言う。
「優希兄ちゃんお誕生日おめでとう。これでもう本当に逃げられないね」
 逃げれねえのはお前もだろと思ったが、何も言わないで甘いキスを返した。
 
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