迷いの森の兵士

つなざきえいじ

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迷いの森の兵士

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この世の中で分からないことがあれば、迷いの森の魔女に聞くが良い。
魔女は何でも知っている。

しかし魔女に会うのは容易ではない。

何故なら迷いの森は、死の迷宮。
迷い込んだが最後、二度と生きては出られない。

運良く魔女に出会えた者。
魔女は1つだけ質問に答えてくれる。

でも、出会えた者の質問は、何時も同じ。

『どうすれば、迷いの森から出られますか?』

だから迷いの森へは、一人で行くな。
2つ質問しなければ、答えを持ち帰る事が出来ないのだから…。



とある南方の王国に恐ろしい疫病が蔓延しました。

元気に駆け回っていた男が、突然倒れ動けなくなる。
道端で会話を楽しんでいた主婦が、突然倒れ動けなくなる。

前兆無く発症するのです。

動けなくなった者に苦痛はありません。
数時間後、眠るように亡くなります。

感染力が強く、患者は増える一方。
医師達は、必死に治療方法を探しますが、全く見当もつかない状況。

王様は、最後の手段として、迷いの森の魔女を頼ることにしました。
病を発症していない数名の兵士が、魔女の館を目指します。


迷いの森へ入って、数日が過ぎました…。
この間に兵士達が、次々に病を発症。

「魔女の館へ着いたら必ず迎えに来るから…。」

慰めにもならない、守れない約束…。
残った兵士は、動けなくなった者を置いて、魔女の館を目指します。


さらに数日が過ぎ、とうとう動ける兵士が、1人になってしまいました。
兵士は、作戦が失敗に終わったと涙し、トボトボと当てもなく歩き続けます。

すると目の前に古ぼけた洋館が現れました。
魔女の館です。

兵士は、扉の前で悩みます。

(諦めて迷いの森から出る方法を教えてもらうか…。
治療法を聞いて、迷いの森からの脱出を試みるか…。)

しばらくすると…。

ギィィーーー…。

「人の家の玄関口に、つっ立ってんじゃないよ!
用があるんなら、とっとと入んな!!」

扉が開き、中からしゃがれ声が聞こえてきました。
兵士は、招かれるまま魔女の館に入ります。


家の中は、沢山の本で埋め尽くされていました。
その本の山の真ん中に大きな机があり、そこに真っ黒なローブに身を包んだ老婆がいました。

「用は、分かっているよ。
で、どっちにするんだい?
帰り道か?
治療法か?」

全てを知る魔女は、兵士の用件も知っていました。

しかし兵士は黙ったまま…。
今だ悩んでいます。

そんな兵士を見た魔女が、ニタリと微笑みました。

「お前は運が良い。
私も病気にかかっては堪らないと数日前に薬を作ったところさ。
2人分、残っている。
良かったら持っておゆき。」

そう言って机の上の2本の薬瓶を指差しました。
魔女の言葉に兵士の顔が輝きます。

「本当ですか!」

「ああ、その薬を飲めば、たちどころに病は治る。
ただ、王都に住む者は、発症していないだけで、全員感染している。
この一週間のうちに、全員発症するだろう。
その2人分の薬で、全ての人が救えるとは思えないがね。」

兵士は、薬があれば医師達が同じものを作れる筈だと思いました。
急いで王都へ戻ろうと、魔女に質問します。

「どうすれば、迷いの森から出られますか?」

魔女は、ニタリと微笑むと玄関口を指差します。
そこに黒猫が居ました。

「そいつについて行きな。」

魔女の言葉で、入口の扉が開き、黒猫が外へ出て行きました。
兵士は、机の上の薬瓶を手にすると、魔女に礼を言って黒猫の後を追います。


魔女の館まで何日も迷ったと言うのに、5分程で迷いの森を抜ける事が出来ました。
兵士は呆気にとられます…。
そんな兵士の足元に案内を終えた黒猫が近寄って来ました。
気付いた兵士と黒猫の目が合います…。

「おい、兵隊さん!
お別れに、一つ良い事を教えてやろう。」

突然、話し出した黒猫に兵士は驚きます。
そんな兵士を黒猫は、ニヤニヤと楽しそうに見つめます。

「その薬は、魔法で作った魔法薬だ。
つまり都の医師達が同じ物を作る事は不可能なんだよ。
医師達は、魔法を使えないからね。
さて、兵隊さん。
その2人分の薬…、貴方は誰に使うのかな?
ニャハハハハ…、ニャハハハハ……。」

黒猫は駆け出し、森に溶けるように姿を消しました。
兵士はショックで、その場に立ち尽くします…。


兵士は悩んでいました。

(全てを話し、王様に薬を渡す…?
王様は、薬をどうするだろう?
王様、王妃様、3人の王子。
もし3人の王子の耳にこの話が届いたら…。
気性が荒く、わがままな3人の事だ。
きっと薬の奪い合いになるだろう。

自分の家族に使う…?
妻と2人の娘。
娘に飲ませる?
娘は、まだ3歳と4歳。
この先、生きて行けるのだろうか?
いや、そもそも家族は無事で居るのだろうか…?)

兵士は考えをめぐらせますが、どうすれば良いのか答えが出ません。
いっそ薬を捨て、家へ帰り家族で最後の時を迎えようとも思いましたが、確実に2人助ける事が出来る薬を無駄には出来ません。

(ふっ…、魔女にどうするのが一番良いか聞いてみたいな…。)

兵士は、自嘲気味に笑います。


じっとしていても仕方が無いと、兵士は歩き始めました。
王都までは、半日程かかります。
それまでに、何らかの答えを出そうと思ったのです。

しばらくして、分かれ道にさしかかりました。

左へ行けば王都、右へ行けば国境…。
と、国境へ向う道端に倒れている人を見つけました。
駆け寄って声をかけます。

「大丈夫ですか?」

男は、兵士の声で目を開きます。

「俺から離れて…、俺は病気だ…。
病気がうつる…。」

「王都から来たんだね。
今、王都は…、王都は、どうなっている?」

兵士の問いに男が答えます。

「みんな病気を恐れて家の中にこもってる…。
街は無人だ…。
生きてるのか、死んでるのかも分かりゃしねえ…。

なあ、あんた!
頼みがある。
国境を越えた先の湖のほとりに小さな風車小屋がある…。
そこに俺の家族が住んでいる…。
俺が旅先で、亡くなったと伝えてくれ。
王都には、近寄るなと伝えてくれ。
頼む……。

いや!
駄目だ!!
あんたも感染してるかも知れねえ…。
チクショウ!!」

兵士は、薬瓶を1本取り出すと男に飲ませます。

「これを飲め。」

喉が渇いていた男は、言われるまま薬を飲みました。
しばらくすると、男が驚きの表情を見せます。

「何だ!? 治ったのか?」

男は病気が治って、呆気に取られています。

「良いか! 良く聞いてくれ。
王都に住む人間は、全員感染している。
これは、迷いの森の魔女の言葉だ。
だから、誰も王都に近付かないようにしてくれ。」

「今の薬で治るんじゃないのか?」

男は疑問を口にしました。

「王都には、数千人が住んでいる。
とてもじゃないが、人数分の薬を用意出来ないんだ。」

兵士の言葉に男は頷きます。

「分かった!!
誰も国境を越えないよう役人に伝える。」

「宜しく頼む!
急いで国境を封鎖してくれ!!」

男は、兵士に礼を言うと国境へ駆けていきました…。
兵士は、遠ざかって行く男の背中を見つめながら思います。

(目の前に、死にそうな人が居れば助ける。
当たり前の事だ…。
薬を惜しんで、助けないなんて事はありえない。
薬は、必要な時に…、必要としている人に使えば良いんだ!!)

兵士は、悩みから解放され、晴々とした顔を見せると、王都へ向って駆け出しました。


王都に戻った兵士は、王宮へ行きました。
帰りを待ちわびていた王様は、大喜びで兵士を迎えます。

「さっそくだが、報告を頼む。」

王様の言葉に兵士は、うなだれたまま答えます。

「はい…。
迷いの森の魔女の言葉を伝えます。
王都に住む者は、全員感染している。
この一週間のうちに、全員発症する。
この病に有効な治療方法は無い。
以上です。」

王様は、しばらくの間、ショックで言葉が出ませんでした…。

「もう一度、言ってくれ…。」

兵士は、顔を上げ強く答えます。

「王都に住む者は、全員感染していて、一週間のうちに、全員発症します。
この病に有効な治療方法は無いと魔女は答えました。
だからこの国は、滅びます!!」

嘘をついた兵士…。
本当の事を話すと王様は、再び迷いの森へ兵士を送るだろうと考えたのです。

一週間と言う短い期間…。
兵士は、魔女の館へ辿り着くのは無理だと考えました。
仮に辿り着いて答えを持ち帰れたとしても治療薬を作る時間は無いだろうと…。
だったら、残された時間、家族と過して欲しいと思ったのです。

「王様、今までお世話になりました。
私は家族の元へ帰り、最後の時を迎えたいと思います。」

兵士は、王様に一礼すると王宮を出て行きました。


家に戻った兵士を迎えたのは2人の娘でした。
娘達は、泣きながら兵士に抱きつきます。

「パパー、ママがおきてくれないの。」

「パパ、おなかすいたー。」

妻は昨夜、寝ている間に発症して、寝ている間に亡くなったようです。
兵士は、涙をこらえ、食事の準備をすると娘達と食事をとります。

「2人とも聞いて、ママは病気になっちゃったみたいなんだ。
だからパパがママを病院へ連れて行って来るね。
それまでの間、良い子で留守番できるかな?」

娘達は、

「いっちゃいやだ!」

「いっしょにいく!」

と、駄々をこねますが、最後は納得してくれました。

「ママ、はやくげんきになってね。」

「いいこにしてるから…。
はやく、かえってきてね。」

娘達が、お別れをします。
兵士は、妻を抱きかかえると家を出ました。


墓地は、真新しい墓で溢れていました。
墓穴を掘っても掘っても追いつかない状況。

兵士に気付いた墓守の男が、近付いてきました。

「埋葬するんなら自分で穴を掘ってくれ。
場所も少なくなって来たから、早い者勝ちだぞ。」

投げやりな態度の墓守。
兵士は、妻をかかえたまま墓地を離れます。


兵士は、小高い丘の上に行きました。

春には、桜が咲き乱れ、人々が集う…。
妻が大好きな場所です。

兵士は、一本の桜の木の側に穴を掘り、妻を埋葬しました…。


家に戻った兵士は、娘達に言いました。

ママは、入院した。
1週間会えない。

娘達は、嫌だ、お見舞いに行くと駄々をこねましたが、パパがずっと一緒にいるからと説得します。
娘達は、パパが家に居てくれるのならと渋々承知しました。


それからの数日、兵士は娘達と色々な場所へ出かけました。
もちろん妻が眠る小高い丘へも行きました。

娘達は、普段家に居ないパパと一緒に居ることが嬉しいらしく、時折ママがいない寂しさも見せましたが、おおむね楽しい日々を過す事が出来ました。


そして長女が5日後、次女が6日後、病を発症します…。
発症した時、長女は、

「ママといっしょのびょういんへいける。」

と喜んでいました。
次女は、

「わたしも、びょういんいくー!!」

と駄々をこねました。

翌日、発症した次女は、

「ママとおねえちゃんといっしょ。」

と喜んでいました。
兵士は、

「パパだけ、仲間外れになっちゃった。」

と涙をこらえおどけます。
次女は、

「すぐ、げんきになるからパパは、おるすばんしててね。」

と笑顔を見せます。

「じゃあ、病院へ行こうか…。」

兵士は、次女を抱きかかえると家を出ました。


ウトウトと眠そうな次女…。

「ちょっと寄り道するね。」

そう言って兵士は、妻と長女が眠る小高い丘へ行きました。


丘の上の桜は、ちょうど咲き始めたところ、この数日で満開となるでしょう。
兵士は、妻と長女が眠る桜に、もたれるように座ると次女を膝の上に寝かせます。

「パパ……。」

次女が、ゆっくりと目を開けました。

「…今度、みんなで、お花見に来ような…。」

次女は、笑顔で頷きます。
そして、再び目を閉じると…、その瞳が開かれる事は二度と有りませんでした…。


次女を埋葬した兵士は、桜の木の前で…、お墓の前で泣きました…。

ずっと、涙を見せられなかった…。
ずっと、涙を我慢していた…。

もう誰に遠慮することなく、泣くことが出来ます。
兵士は涙が枯れるまで、泣き続けました。


夜が明けました。
一晩中、丘にいた兵士は、街へ戻ります。

人気の無い街…。
死者の街…。
兵士だけが、生きている街…。

兵士は、迷いの森から王都へ戻る途中で、病を発症していたのです。
薬を飲んでいたのです。

家に戻った兵士は、食事を済ませると家の中を整理して、再び出かけて行きました。
兵士が、この家に戻って来る事は、二度と有りませんでした…。



国境が封鎖されて1年が経ちました。

王都から誰も人が来ないことで、病は収束していないと考えられ、封鎖が解かれる事は有りませんでした。
しかし、さすがに時間が掛かりすぎだと人々が騒ぎ始めます。

その時、一人の男が王都の様子を見てくると名乗り出ました。

小さな風車小屋に住んでいる…、兵士から薬を貰った男です。
自分は、薬を飲んでいるから感染しないと、名乗り出たのです。

役人達は、男に調査を依頼しました。
男は王都へ向います。


王都に着いた男は、人の気配が全くしない事に驚きました。

王宮を訪ねても…、数軒の家を訪ねても…。
どこにも誰も居ませんでした。
街を捨てたとしか思えません。

「おーい! 誰か居ないかーー!!」

返事は有りません。
男は、街外れの墓地へ行ってみることにしました。


墓地は、お墓で一杯でした。
見渡す限り全てお墓、とても数えきれません。

墓石も足らなくなったのでしょう。
大きな石が、墓石として並べられていました。

何処からともなく、桜の花びらが三枚、飛んできました。
男は、花びらに誘われるように小高い丘へ向います。


丘へ登ってみると、辺り一面、満開の桜。
その美しさに目を奪われます…。

(んっ!?)

あることに気付きました。
桜の木の下に規則正しく大きな石が、並べられているのです。

近付いてみると、どうやらお墓のようでした。

(墓地が一杯になったから、ここを墓地にしたのか…?
それにしても、この数は…。)

大きな石は、ざっと見ただけで、数百あります。
と、ひときわ大きな桜の木の下に倒れている人を見つけました。
男は、駆け寄り声をかけます。

「大丈夫ですか?
…えっ!?」

見覚えがありました。

やせ細り、ボサボサの髪とヒゲ、ボロボロの軍服…。
ですが、1年前に薬をくれた兵士に間違いありません。
命の恩人を見間違う訳がありません。

「兵隊さん!
大丈夫ですか?
俺です!
国境の道で、あなたに薬を頂いた者です!!
一体、何があったんですか!?」

男が身体を揺すると兵士が目を開きました。

「やあ…、久しぶりだね…。
無事で何よりだ…。」

兵士は、消え入りそうな声で返事をします。
そして、今日までの事を話し始めました。


薬が2瓶しか無かった事…。
自分も薬を飲んだ事…。
一週間後に街の人が全員亡くなった事…。
一人で、数千人を埋葬した事…。

話を聞き終えた男は泣いていました。

「…なんで…、そんな貴重な薬を…、俺なんかに…。」

「言ったろ…、人数分の薬は用意出来ないって…。
複製出来ない薬と知って、どうすべきか悩んでたんだ…。
で、あなたと出会って、私は救われた…。
ありがとう…。」

男は、首を横に振ります。

「ありがとうなんて…。
うっ…、うううっ…。」

男は、むせび泣きます。


しばらくして落ち着きを取り戻した男が尋ねます。

「あなたは、どうしてここに倒れてたんですか?
まさか病気…。」

兵士は、首を横に振ります。

「ずっとここに寝泊りしてるんだ。
で、これが最後の墓穴だと思ったら安心してね。
疲れが一気に襲って来て…、寝てしまったんだよ。」

血の気の引いた青白い顔…。
とても寝ていたとは思えません。

「兵隊さんは、休んでいてください。
俺が穴を掘ります!」

男は兵士を桜の木まで連れて行き、もたれる様に座らせるとスコップを取ります。
…スコップの柄は、血で黒く染まっていました。

「ここで良いですか?」

と、兵士に指示を仰ぎます。
兵士は、頷くと目を閉じました。


ザック、ザック、ザック…。

(固い地盤だ…。
こんなところに、これだけの墓を…。)

男は、掘るほどに兵士の苦労を感じていました。


穴を掘り終えた男は、兵士の下へ…。

「兵隊さん…。
お休み中、申し訳ありませんが、穴が掘れました。
ご遺体は、何処に有るんですか?
俺が運んで来るんで、場所を教えて下さい…。
兵隊さん…、兵隊さん…?」

声をかけ、身体を揺すっても、兵士は目覚めません。

兵士は、亡くなっていました…。
男は、最後の墓穴の意味を知り、涙が溢れてくるのでした。

「兵隊さん…、ご苦労様でした…。」

男は、泣きながら兵士を埋葬すると王都を後にします…。



国境へ戻った男は、役人に報告しました。

「こちらに誰も来ないのは、病の原因が特定されていないからです。
原因となる物が、他国へ流れる可能性を無くす為でした。

王様からの言葉を伝えます。
原因が判明したら王都から使者を送る。
それまで誰も王都に近付いてはならない。
国境の封鎖を解いてはならない。
以上です。」

話を聞いた役人は、納得したのか、大きく頷きました。

「ご苦労であった!」

男は、王都の方を見つめるとペコリとお辞儀をします。

(兵隊さん…。
ゆっくり、休んでください…。
ありがとう…。)

男は、嘘をつきました。

無人となった街…、兵士が眠る丘…。
誰も居ないと知れれば、盗人が金目の物を狙って街へ遣って来るでしょう。

男は、兵士の暮らした街を荒らされるのが嫌だったのです。
兵士を静かに眠らせてあげたかったのです。

男は、涙を浮かべ、家路につきます。


何処からか、桜の花びらが四枚、飛んできました。
花びらは、男の前でクルクルと渦を巻くと空高く舞い上がります。

(ありがとう…。)

花びらから兵士の声が、聞こえた気がしました……。
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