ひとまず一回ヤりましょう、公爵様3

木野 キノ子

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番外編2 依頼

3 百戦錬磨の猛者夫人たち

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私は人々の期待を、いい意味でも悪い意味でも裏切りまくった。
3ヵ月足らずという超短期間で、己の実力を見せつけた。

それは何も、社交界だけにとどまらず、商会関係、そして慈善事業に対しても。

「たいていの人が思ったでしょうね…私の頭の中は、いったいどうなっているのかと」

答えはエッチライフしか考えてないよん。

「もう少し詳しく言えば…手紙を隠した件、お茶会も舞踏会も話すら徹底拒否した件、
そして何より…悪評の扱いについて」

「一体どこまでがギリアム様の意志で、どこからが私の意志なのか…あるいは両方
なのか…その読みを外せば論外な行動をしてしまいますからね」

間違った前提の上に立てた理論が、虚構であるのと同じだ。

「そしてそれは、回数を重ねれば重ねるほど、己の首を絞める結果になるという事…
サーシャ夫人程の方に、わからないはずはない」

「サーシャ夫人は出来るだけ早く、私に会いたかったはずです。
ですが…こうと決めたギリアム様はこの世で一番堅固な鉄壁要塞。
その要塞を崩すためには…、膨大な時間が必要…」

「そんな折…王立騎士団関係の夫人&令嬢たちが、今回の催しを企画していると、
掴んだ。
概要を知れば知るほど、参加したくなったはずです。
参加できれば、サーシャ夫人が知りたがっていたことの、殆どを知ることができる」

「しかしサーシャ夫人は、王立騎士団関係者ではない。
対してイリヤ夫人は、娘が王立騎士団勤めの男爵と結婚しているから、今日この場に
いても、おかしくない」

補足だがカルグレド男爵は、代々ジェグダラ侯爵家の執事を務めている家柄だ。

「サーシャ夫人の興味や好奇心ももちろんあったと思いますが…何より夫の乗る船が
泥船にならない為に、咎めを覚悟で本日の会にいらしたのでしょう?」

サーシャ夫人は、慌てる様子など微塵もなく、発した一言が、

「咎め…とは?」

清らかな風のように吹き抜けた。

「当然ではありませんか?だって…」

「仮にもサーシャ夫人がたばかるのは…ファルメニウス公爵夫人ですよ?」

そう。
仲間内ではそう扱う…と言った以上、この場でも私の身分はファルメニウス公爵夫人だ。
この国の全貴族のトップに立つ公爵家の夫人に嘘をつく…その事実だけで最悪首を
飛ばされる。
嘘の内容が何であれ…ね。
そのぐらいこの世界は、序列最優先の格差社会だ。
もちろん男性の決闘同様、その事後処理の面倒くささから、情状酌量する場合が
殆どだけどね。

「私が現在国から与えられている、正式な身分は男爵令嬢です。
ですが皆さんは、私にファルメニウス公爵夫人としての地位についてくれと、自ら望みました」

「……」

「己自ら望んだことで…処罰だけは免れさせてくれだの、そこだけは爵位の順位を戻してくれだの
甘ったれたことを言う方は…この中には一人もいないとお見受けしておりますので」

さらに付け加える。

「ああ、これ…サーシャ夫人も含めて…という事です」

私がここまで言い終えると…サーシャ夫人は静かにベールを脱いだ。
その顔は…細面だが眉と眼がきりっと間直になっていることが、その芯の強さを象徴している
かのよう。
年相応の皺すら美しいと思えるくらい、その顔立ちは整っていた。
白髪の混じる金髪は、太陽を反射させ、美しいライトのように、本人に彩を添えていた。

「お初にお目にかかります…。
サーシャ・ジェグダラ侯爵夫人が、オルフィリア・ステンロイド男爵令嬢に、ご挨拶申し上げます」

お辞儀をする所作は、完成された礼儀をまざまざと見せつける。

「……頭を上げてください、サーシャ夫人。
あなたと色々、お話ししたいです」

私のその言葉を受けて、微動だにしなかったサーシャ夫人は、初めて体を動かした。

「わたくしを咎めないのですか?」

「まさか…。
あなたのような勇敢で、思慮深く、潔い方をこのような事で裁いたら…。
末代までの恥です」

そう言って私が笑うと、

「オルフィリア嬢にそう言っていただけると…嬉しゅうございます」

こそばいいな、ホント。

そして5人でテーブルを囲む。

「しかし思い切ったことを、なさいましたね」

サーシャ夫人に言えば、

「どんなことになっても、悔いはないと思える催しでしたから。
実際、得られたものは、何物にも代えがたいものばかりです」

普通の井戸端会議のノリで答えられた…。
命かかってたこと、わかってるはずなんだけど…やっぱ度胸あるわ。

「…アナタは怒っているかしら?ケイティ子爵夫人」

実はケイティ・ヴァンフェート子爵夫人の夫は、フィリアム商会の幹部の1人だ。
ただ現在、ケイティ夫人の甥っ子が、王立騎士団勤めなため、ここにいても
おかしい人ではない。
とはいえ名乗られた時、さすがにめっちゃ驚いた。
ギリアムの邪魔建てで、顔を合わすことができないでいたから。

「まさか…私がサーシャ夫人の立場でもそうすると思うし、やるならサーシャ夫人には
何も言わないわ」

サーシャ夫人とケイティ夫人は、フィリアム商会の幹部の妻という事で会い、
めっちゃ意気投合。
すっかり親友になったそうな。

だから知らせなかったんだ。

もし万が一、私が咎めをあたえた場合、ケイティ夫人が知っていれば、自分も半分
被ると言ったろうし。

「私にも発言することを、許可していただけますか、オルフィリア嬢…」

ん?クァーリア夫人?

……この人も、本当にすげぇな。
まだ関係性の浅い人間達の集まりでは、身分の高い人間に話しかける時は、必ず
発言の許可を得る。
礼儀作法の基礎の基礎だが、守れてない人間は意外と多い。
まあ、この人が守れているのは当たり前だけどね。
国全体のマナー講師を集めた中の、トップ3の一人はクァーリア夫人だって聞いた。

「はい、お話しください、クァーリア夫人」

するとクァーリア夫人は、少しやるせなさを顔ににじませ

「実は…フレイア伯爵夫人は私の教え子の一人なのです」

「え…そうだったのですか?
エマの師匠がクァーリア夫人ということは、聞いていたのですが…」

そうなんだよね…。
エマのお師匠さん…めっちゃ厳しかったって聞いた。

「ええ…私が指導したすべての人間の中で、フレイア伯爵夫人は一番優秀でした」

まじかー、そりゃみんなから一目置かれるわけだ。

「ああちなみに…二番目はエマですよ」

「あら、恐縮ですわ、師匠」

私の後ろにいるエマが、とってもいい笑顔になる。
でもなんか、晴れない顔しとるのよね、クァーリア夫人…。

「実は…王立騎士団の変革期とちょうど重なる時期に…私の親友がある事情から
激しく体調を崩してしまって…私は付き添いで王都を離れたのです。
社交界をそろそろ引退するか…考えていたこともあり、丁度良いと思って」

え…。

「療養地の気候が幸いあったことと、旦那さんの手厚い看護のかいもあり、何とか元気を
取り戻してくれて…だから私も一度王都に帰ることにしたのですが…気づけば2年という時が
過ぎていた」

マジか…。

「私がその間、王立騎士団に起こった様々な事情を聞いたのは…王都に戻って来たあとでした」

…偶然の一致とはいえ…。

「すぐにフレイア伯爵夫人に会いに行きました。
私にできることは、全て引き受けるつもりで!!
でも…」

やりきれなかったろうなぁ…。

「その時にはもう…あの子の体は…回復する力もないくらい…弱ってしまっていた…」

これで私が抱いていた、最大の謎が解けた。
レイチェルとディエリン夫人の1年前の件…この時異変に気付いて、使用人にカマをかけ、
迅速にデイビス卿に報告したのは、クァーリア夫人だって聞いた。
そして半分引退宣言した今でさえ、上位貴族からぜひ娘のマナー講師に…と、貢物たっぷりで
ひっきりなしに声をかけられているとも聞いた。

そんな人が王立騎士団側にいたにもかかわらず…。
なんでフレイア伯爵夫人にだけ、多大な負荷がかかっちまったんだろう…って。
決して体の弱い人じゃなかったとも聞いていたし。

クァーリア夫人はそれ以上言葉を発せないようで、うつむいたままだ。

「師匠が突然、社交界を引退する…としか言い残さずに、田舎へ引っ込んでしまったと
お聞きした時には耳を疑いましたが…」

代わりにエマが喋り出す。

「そう言った事情がおありになったのですね」

なるほどね。
確かに上位貴族の夫人が、亡くなりそうだなんて言ったら…魑魅魍魎レベルのハイエナが
わんさか寄ってきちまうからなぁ。
フレイア伯爵夫人だって、もう助からないってわかった後も、親しい人間以外には戒厳令を
敷いていたらしいし。

やっぱみんな…黙っちまったな…。
軽はずみな発言をしない人たちだからこそ…気休めなんて言うべきじゃないと思ってるんだろう
なあ…。

……あ~、引き受けてすぐ後悔することになるなんて、やっぱ引き受けんじゃなかったな~。
ママンの懸念は正しかったよぉ~、ママン、帰ったら親孝行するよぉ~。

でも…。
しょーがねーよ、引き受けちまったもんは!!

ヤるっきゃない!!
今の私は…ファルメニウス公爵夫人だ!!

「……私はフレイア伯爵夫人ではないし、お会いしたこともないので、本当の真意はわかりかねます」

唐突に話し出す。

「しかしもし…私がフレイア伯爵夫人と同じような状況になったら…」

「クァーリア夫人が…全幅の信頼がおける師匠が帰ってきて…自分にできることはすべてやると言って
くれた」

「これ以上はないくらい…心強いですよ」

「すべての憂いが晴れるわけではないでしょうが…だいぶ心が軽くなると思います」

すると俯いていたクァーリア夫人が、ばっと顔を上げ私を見る。
その眼には、涙の筋ができていた。

う…しくじったか…。
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