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第八章 冒険編 狂乱の王子ヴァルベルト

怒り

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 「おおー!そうでしたそうでした。危うく忘れる所でした!」



 「「「「?」」」」



 これからヴァルベルトとの死闘が始まろうとする中、エジタスが何を思い出したのか手を合わせて話始めた。



 「マオさん」



 「は、はい……」



 「言われた通り、大きな古時計を見つけて来ましたよ」



 そう言うとエジタスは、パチンと指を鳴らしてその場に大きな古時計を転移させた。



 「あ、あれは……まさか!!?」



 それに最も早く反応を示したのは、他ならぬヴァルベルトだった。



 「(どうしてあれがここにある!?いったいどうやって、見つけ出したんだ!?いや、そんな事を考えている場合では無い!今はあの古時計を守らなければ!!)」



 様々な思考が入り交じり、答えを導き出そうとするがその思考を捨てて、守るという一つの考えに切り替えた。



 「し、師匠……これは……!?」



 「さぁ、当初の目的通りこの古時計を破壊しちゃいましょう~」



 「させぬぞーーー!!!」



 その時、玉座にいたヴァルベルトが一瞬で真緒達のいる場所へと跳んで来た。



 「おわっと!?」



 「きゃあ!!」



 ヴァルベルトは古時計まで来ると、側で立っていた真緒とエジタスを遠くへと吹き飛ばした。



 「エルの命は我が守り抜いて見せる!!」



 そう言うとヴァルベルトは、腕を爪で切り裂く。すると血が止めどなく溢れ出し、その血は瞬く間に細長い槍へと姿を変えた。



 「“深紅の槍”」



 血で作り出されたその槍は、鉄や鋼よりも強固であった。



 「まさか、血で槍を作り出すだなんて……」



 「だが所詮は槍だ。休み無く攻め続ければ、必ず隙が生まれる筈……そこを狙うんだ!」



 「そう上手く行きますかね~?」



 エジタスの心配を他所に、フォルスは天井ギリギリまで飛び上がり、ヴァルベルトが守る古時計目掛けて弓矢を構える。



 「あんたには悪いが、その古時計は壊させて貰う!!スキル“ロックオン”」



 その瞬間、古時計にターゲットマーカーが表示された。



 「食らえ!!“三連弓”」



 フォルスの弓から三本の矢が、古時計目掛けて連続で放たれる。



 「…………フン!!!」



 しかし、ヴァルベルトが深紅の槍を一振りすると風が巻き起こり、フォルスが放った三本の矢はその風に吹き飛ばされてしまった。



 「な、何だと!!?」



 「たった一振りで……!!」



 「まぁ……そう上手くは行きませんよね~」



 「貴様達があの熊人を倒したのには、称賛を贈ろう。しかし、その程度の実力で我を倒せると思っているなら……笑止千万!!片腹痛し!!後悔させてやるぞ!!」



 深紅の槍を片手にマントを翻しながら佇むその姿は、とても美しく威厳に溢れ、まさに“王子”そのものだった。



 「…………俺が囮になる。その隙に攻撃を畳み掛けるんだ……」



 「そんな!それじゃあフォルスさんが危険です!」



 「俺の事なら心配するな。この通り、俺は空を飛んでいる。あいつの槍が当たる事は無い……」



 空を飛ぶフォルスは、得意気な顔を真緒に見せる。



 「…………分かりました……それで行きましょう……」



 「ありがとう……エジタスさんも、その作戦で頼むぜ」



 「仕方ないですね~」



 フォルスは作戦を実行に移す為、ヴァルベルトの近くまで飛んで行く。



 「凄いな!!まさか“三連弓”を一振りで防ぐなんてな!!だが、この距離からの射撃はどうかな!!?」



 フォルスは、ヴァルベルトの真上から古時計を狙って弓矢を構えた。



 「ちっ、目障りな奴だ…………」



 「…………今です!行きましょう師匠!!」



 「了解です!」



 真上を見上げるヴァルベルトに対して、真緒とエジタスの二人は隙が生まれたと思い、古時計へと駆け寄る。



 「まず貴様から始末してくれる!!“伸びろ”」



 「!!?」



 その瞬間、ヴァルベルトは飛んでいるフォルス目掛けて、深紅の槍を突き出した。すると、深紅の槍はまるで生きているかの様に勢い良く伸び始めた。



 「がぁ……はぁ……!!!」



 「フォルスさん!!」



 突然の出来事に反応が遅れた事と、槍だから届かないと安心し油断していたフォルスの翼を、深紅の槍が貫いた。



 「他人の心配より、自分の心配をした方がいいのでは無いか!?」



 「し、しまった!!」



 フォルスが傷を負ってしまった事により、気を取られた真緒。ヴァルベルトは槍とは違う持っていた剣で、近づいて来る真緒を切りつけた。



 「きゃあああ!!!」



 「分かったか!これが、貴様達と我の実力の差だ!!」



 「成る程~、さすがは元四天王というだけはありますね~」



 真緒とフォルスが傷つく中、エジタスが古時計の側まで来ていた。



 「師匠お願いします!!」



 「そうか……あの二人が囮で貴様こそが本命だったという訳か……」



 「そう言う事です。悪く思わないで下さいね~」



 「ああ、別に思わないさ……だって、我の予想通りだったからな」



 「へっ?」



 するとエジタスの足元にあったヴァルベルトの血液が、鋭く尖った針の様になりエジタスを突き刺した。



 「し、師匠!!!」



 「そ、そんな……エジタスさん」



 「我の“血魔法”はその名の通り、血液を操る魔法。我の血液、一滴一滴が凶器となるのだ」



 針はまるで剣山の様に隙間無く、エジタスを突き刺した…………と思っていたが、そこにエジタスの姿は無かった。



 「ふぅ~危ない危ない。危うく、串刺しになる所でした…………」



 「師匠!!無事だったんですね!!」



 「はい、転移を使わず近づいたのが幸いしました」



 エジタスは、血の針が刺さる直前に指を鳴らして、その場から少し離れた位置に転移していた。



 「ほぉ……中々やるな……だが、そちらの鳥人はもう飛べず、女の方も先程の攻撃でかなり疲労している様だな」



 「ぐっ…………!!」



 「師匠……ポーションは……?」



 「さっき、リーマさんに使ったのが最後の一本でした」



 「そう……ですか……」



 もう回復は出来ない。絶体絶命の状況が真緒達を襲う。



 「ふふふ……とうとう終わりの時が来た様だな……」



 「「「…………」」」



 不適に笑うヴァルベルト。絶望的な状況……もはや、真緒達に残された手段は無かった。







ザシュン!!!







 「「「「!!?」」」」



 その時、古時計の方から何かが切り裂かれる音が響き渡った。ヴァルベルトを含め、真緒達は音のした古時計に目線を送る。するとそこにいたのは…………。



 「リ、リ、リーマ!!!」



 「き、き、貴様ーー!!!」



 全身の骨が砕け、動く事の出来なかったリーマが、倒れながらも片手だけを古時計に向けて上げていた。



 「はぁ……はぁ……“ウインドカッター”…………油断大敵です……よ……」



 そのままリーマは、あまりの痛さに気絶してしまった。しかし、リーマの活躍により古時計には大きな切り込みが入っていた。



 「だ、駄目だ……待ってくれ……お願いだ……壊れないで……」



 ヴァルベルトは、震える手を伸ばしながら古時計を触ろうとすると、無情にも古時計は上下真っ二つに崩れ落ちた。



 「!!!」



 古時計の針は丁度12時を差しており、そして二度と動く事は無かった。



 「エ、エル!!!」



 ヴァルベルトは慌てて、玉座の隣に立っているエルに顔を向ける。



 「…………ヴァルベルトさささささささささささささささささささままままままままままままままままままま………………」



 「ああ…………嘘だ……嘘だ……こんな……こんな……」



 エルの髪は自然と次々抜け、体の肉はまるで止まっていた時間が進んでいくかの様に急激に腐り始め、異臭を発しながらドロドロと腐り落ち朽ちてしまった。残ったのは立つ事すら出来なくなった、肌色の何の顔も無いのっぺりとした人形だった。あまりの悲しさに、ヴァルベルトは膝をついてしまった。



 「これが……“肉人形”の正体か……」



 「うぅ、酷い匂い……」



 「何せ、一年近くの死肉がくっついていた訳ですからね~」



 真緒達が肉人形の突然の変化に驚いていると、今まで膝をついていたヴァルベルトが、ゆっくりと立ち上がった。



 「…………ら」



 「「「?」」」



 「貴様ら…………貴様ら……ゆ、ゆ、ゆ、ゆるさんぞーーーーー!!!!!」



 「「「!!!」」」



 突如、ヴァルベルトの体から赤黒いオーラが溢れ出した。それは怒り、感情の爆発が真緒達にかつて無い恐怖を感じさせる。



 「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!!貴様ら全員殺してやるーーー!!!!!」



 真緒達は、決して目覚めさせてはいけない化け物を目覚めさせてしまった。
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