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第二章 冒険編 不治の村

和解

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 「…………」



 『…………』



 「うぅ……気持ぢ悪いだぁ……」



 「ハナコさん……今だけは喋らず、黙っててくれませんか……ハナコさんの大きな声が頭に響きます……」



 「酒なんか飲んでないのに……二日酔いした様な気分……最悪だ……」



 エジタスが亡くなったという現実を知ったミルドラ。一時間近く泣き続けた後、その場に伏せて傷心していた。そんなミルドラの側に、真緒は何も言わず寄り添う。その少し離れた壁際ではハナコ、リーマ、フォルスの三人が顔を青くして各々肩を寄せ合いながら、体調を休めていた。



 「…………」



 『…………』



 真緒とミルドラ、二人の間に終始無言の気まずい雰囲気が流れる。



 「…………あの……」



 『…………?』



 そんな気まずい雰囲気の中、真緒はミルドラの手に触れながら喋り掛ける。



 「大丈夫ですか……?」



 『……うん、思う存分泣いたから少しスッキリしたよ……』



 「……すみません……」



 『どうして君が謝るの?』



 「だって……私があなたに現実を教えなければ、悲しい想いをしなくて済んだんですから……」



 真緒は罪悪感に苛まれていた。いくらエジタスの遺したロストマジックアイテムを回収する為とはいえ、エジタスが亡くなった現実を教えるのは、あまりにも残酷な行為だ。



 『……確かに……エジタスが亡くなった事を知った時は悲しかった……でも、何も知らずこのまま待ち続けて、老いて死んでしまうのは、もっと悲しい……だから君達には感謝しているんだ。ありがとう、教えてくれて……』



 「ミルドラ……」



 ミルドラの優しい言葉に、真緒の罪悪感は少し緩和された。



 『君の記憶に触れて分かった……君はエジタスの事が好きだったんだね』



 「えっ!!? え、えぇ、まぁ、そうなんですけど……そう改まって言われると凄く恥ずかしいと言うか何と言うか……」



 真緒は頬を真っ赤に染めて、しどろもどろになりながらも答える。



 『僕も好き』



 「えっ!!?」



 『エジタスの側にいると心が安らいで、とても安心する事が出来るんだ。僕はエジタスの事を家族だと思っているんだ』



 「あっ、あぁ……“そう言う”意味での好きですか……そうですよね……普通に考えて、そうですよね……ちょっとビックリしました……」



 『“そう言う”意味って?』



 「いえいえ、何でも!! 何でもありません!!」



 『そう……?』



 真緒の恋愛的感情とミルドラの家族的感情。疚しい想いと純粋無垢な想いの違いに、真緒は激しく動揺した。



 『それよりごめんね……君達にあんな酷い事をしてしまって……具合は大丈夫?』



 「はい、まだちょっとクラクラしますが、だいぶ落ち着いて来ました」



 『僕がもっと早く、現実を受け入れていれば、こんな事にはならなかったのに……』



 「気にしないで下さい。私達、柔な鍛え方はしていません。これ位の体調不良、少し休めば治りますよ」



 『そう言ってくれると、気が楽になるよ。ありがとう』



 「ところでミルドラ……強いですね。私達がここまで追い詰められたのは、久しぶりです」



 『うん、エジタスに鍛えて貰ったからね。一人前のドラゴンになる為、毎日頑張ったんだ。劇的に強くなったのは、エジタスがくれたこの“腕輪”のお陰だけどね』



 そう言いながらミルドラは、目線を自身の角に向ける。角に嵌められた黄金色の腕輪、その中央に付けられている赤いひし形の宝石が妖しく光輝いた。



 「ミルドラ……その腕輪って……」



 『エジタスがいなくなる前、僕に託してくれたんだ。この腕輪を全力で守れって……』



 「…………」



 『言われた通り、腕輪を守りながらエジタスの帰りを待ち続けた。すると丁度一年前、この腕輪が輝き始めたんだ。その時は何故って思ってたけど……今になって考えれば、あの時にエジタスは亡くなってしまったんだよね……』



 「…………」



 『そうとは露知らず、エジタスは必ず帰って来ると信じて待ち続けた。そしてある日、あの三人組がやって来た』



 「三人組……ショウさん達の事ですね」



 『この洞窟は、僕とエジタスが過ごした大切な家なんだ……石、鉱石、土に至るまで沢山の想い出が詰まっている……だから、それを傷付けた彼らが許せなかった。どうしようも無い怒りに駆られて、抑え切れ無くなった。その時だった……僕の抑え切れない怒りの感情が、エジタスから貰った腕輪に反応して、形として現れたんだ』



 「怒り……感情の起伏によって発動する仕組みなのかな……?」



 真緒が、エジタスの遺したロストマジックアイテムについて考察する中、ミルドラの話は続いていく。



 『初めての感覚だった。でも不思議と、その能力と使い方が分かった。腕輪を守る為、エジタスとの大切な家を守る為、僕は惜し気も無く腕輪の能力を使った……そのせいで、沢山の人が亡くなった……』



 「ミルドラ……」



 『僕は……決して許されない過ちを犯してしまった!!』



 罪の想いからか、ミルドラの爪が地面の土に強く食い込む。



 『今さら謝ったって遅いのは分かっている。だけどそれでも、謝らせて欲しい……本当にごめんなさい』



 ミルドラは寄り添う真緒の方に顔を向け、深々と頭を下げる。



 「…………」



 この時、真緒は更なる罪悪感に苛まれていた。それは何か…………。



 「謝るのは私の方です……私は……私は許されない過ちを犯してしまっているんです」



 『過ち……?』



 「ミルドラ……ごめんなさい……師匠を……エジタスを……あなたの大切な人の命を奪ったのは、私なんです……」



 『…………』



 真緒が犯した過ち。それはエジタスを殺してしまった事。エジタスが亡くなった事で、結果的に多くの人達が死ぬ事となった。その拭い切れない罪悪感が、真緒を苦しめていた。



 「私は、あなたに殺されても仕方の無い事をしてしまった……ごめんなさい……ごめんなさい……」



 『…………知ってたよ』



 「えっ!!?」



 『……君の記憶に触れた時、楽しい想い出と一緒に悲しい想い出が流れ込んで来た。大切な人を手に掛ける……辛過ぎるよ……僕だったら堪えられない……いくら世界を守る為とはいえ……絶対に出来ないよ』



 「怒って……いないんですか……?」



 『怒ってない……って言えば嘘になるけど……それでも君の気持ちは分からなくも無い……“平和”を取るか“幸せ”を取るか……僕には決められない……“マオ”、君の判断は間違っていなかったと思うよ』



 「あっ、名前……」



 その時、ミルドラが初めて真緒の事を“君”では無く、“マオ”と名前で呼んでくれた。



 『もしも……エジタスの計画が実現して再会出来たとしても、幸せを感じられないのなら、僕が待ち続けた意味が無くなってしまう……やっぱり再会するなら、幸せの方が良いからね……マオ、僕は君を許す』



 「……ありがとう……ございます……」



 胸がいっぱいだった。ミルドラの暖かく優しい言葉は、真緒を苦しめていた罪悪感から解き放ってくれた。



 『……それにしても、これからどうしよう……もうエジタスを待ち続ける必要も無い。罪を償いたいとは思っているけど、いったい何をしたら良いのか……』



 「…………あの……」



 『?』



 「もし……良かったら、私達と一緒に師匠の遺したロストマジックアイテム回収に行きませんか?」



 『えっ!!? 僕なんかが一緒に行って良いの……?』



 真緒によるまさかの提案に、ミルドラは驚きを隠せなかった。



 「はい!! これ程、頼もしい仲間は他にいません!!」



 『仲間……僕が……仲間……』



 「皆も良いよね!!?」



 真緒が傷心している三人に声を掛けると、三人は一斉に親指を立てて気持ち良く受け入れてくれた。



 「そう言う訳で、これからよろしくお願いしますね!!」



 『……ありがとう……ありがとう……こんな僕で良ければ、こちらこそよろしくお願いします……』



 そう言うとミルドラは、真緒に向かって再び深々と頭を下げた。



 『マオ……』



 「どうかしました?」



 『君に……この“腕輪”を受け取って欲しい』



 「えっ!!?」



 深々と頭を下げたミルドラは、腕輪が嵌まっている角を、真緒に差し出す。



 「で、でもその腕輪は……」



 『良いんだ!! エジタスも言っていた……“腕輪を渡しても良いと思える人物が現れたら、その人物に腕輪を渡すんだ……”って、その人物こそ君だよ……マオ』



 「……で、でも……」



 『お願いだ。これは僕の決意……新たなる門出への切っ掛けなんだ……』



 「…………分かりました。責任をもって、受け取らさせて頂きます」



 そう言うと真緒は、ミルドラの角から腕輪を取り外した。



 「これが……師匠の遺したロストマジックアイテム……」



 着用者がいなくなった腕輪は、眠りに着くかの様に光を失った。



 「ミルドラ……ありがとう……」



 『…………ミー』



 こうして真緒は一個目のロストマジックアイテムを手に入れ、ミルドラとも和解して仲間となり、ロストマジックアイテムを回収する旅を続けるのであった。



















 「……よし、充分休めた事だし、そろそろこの洞窟から出ようか……他の皆は大丈夫? 歩けそう?」



 体調が回復するまで、休んでいた真緒達。充分休めたと判断した真緒は、仲間達に歩けるかどうか確かめた。



 「あぁ……まだちょっとふらふらするが、歩行に問題は無い」



 「私も歩けますよ」



 「オラも大丈夫だぁ」



 「うん、大丈夫そうだね。それじゃあ行こうかミルドラ」



 「ミー、ミー」



 下ろしていた腰を上げ、ゆっくりと洞窟の入口に向かって歩き始める真緒達。



 「そうだ……洞窟を出たら、ショウさん達に説明しないと……」



 「……ミー」



 「大丈夫だよ。ちゃんと話し合えば、ショウさん達だって、きっと分かってくれる」



 事情を知れば大丈夫。そう考えながら、真緒達は洞窟の入口へと向かって行く。



 「……あっ、見えて来た。ミルドラにとって、久し振りの外になるね」



 「ミー、ミー!!」



 「嬉しい? 良かった……あっ、ほら、ショウさん達がいるよ!! おーい!!」



 真緒が洞窟の入口を指差すと、そこには逆光の関係で見えづらいが、身長の低さからショウ達が入口の前で待っていてくれるのが分かった。



 「わざわざ出迎えて下さってありがとうございま……す……?」



 真緒が大声を上げながら手を振るのに対して、ショウ達は何の反応も見せない。不思議に思いながらも、近付いていく。すると……。



 「ショ、ショウさん!!?」



 すると突然、ショウ達が血まみれの無惨な姿で倒れた。既にこと切れており、体からは生を感じられなかった。



 「い、いったい何が!!?」



 「誰がこんな酷い事を!!?」



 「いや~、いや~皆さんお疲れ様で~す~」



 「「「「「!!?」」」」」



 真緒達が、ショウ達の無惨な姿に困惑していると、ショウ達の倒れた方向から声が聞こえて来た。一同は、慌てて声のした方向に顔を向ける。



 「それで~早速で悪いんですけど~その腕輪を~こちらに~渡して頂けますでしょうか~?」



 そこには全身鎧に身を包み、剣や盾に不気味な笑みを浮かべている仮面が縦半分、もう片方には骸骨が描かれた紋章を携えた者達が洞窟の入口を取り囲んでいた。そして、そんな者達の最前列にはヘッラアーデ幹部の“フェスタス”が、不気味な笑みを浮かべて立っていた。
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