笑顔の絶えない世界 season2 ~道楽の道化師の遺産~

マーキ・ヘイト

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第二章 冒険編 不治の村

必ず帰って来る(後編)

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 「……さて、取り敢えずこの辺に作るとしましょうかね~」



 「ミー?」



 四度目となる景色の移り変わり。目の前には、目を見張る程の大きさをした土の壁があった。彼は掴んでいた僕の前足を離し、目の前にある土の壁を触り始めた。



 「う~ん、ここですかね~」



 すると彼は、何かに納得した様に頷き、土の壁と距離を取り始めた。



 「ミー?」



 「ほらほら、そこにいたら危ないですよ。もう少し離れて下さ~い」



 「ミー、ミー!!」



 彼は僕に対して、片手で追い払う様に指示をした。人間の言葉は、まだ上手く理解出来ないけれど……伝えたい事は何となく分かる。僕は彼の言う通り、土の壁から少し離れた。



 「……さて、やるか……」



 そう言うと彼は、被っていた仮面を取り外し、地面に落とした。そして次の瞬間、彼の右腕が何倍にも膨れ上がる。彼の右腕は、ミチミチという音を立てながら膨れ上がって行き、体の三倍近い大きさへと膨れ上がった。右腕に浮き出て来た赤黒い血管が非常に生々しく、作り物では無いと証明していた。



 「そ~れっと!!」



 体の三倍近く膨れ上がった右腕を、彼は何の苦も無く操り、目の前にある土の壁目掛けて殴り付けた。凄まじい衝撃が、壁全体に伝わって行く。



 「…………」



 「ミー、ミー?」



 彼は、壁に殴り付けた右腕を静かに引っ込める。すると壁には拳型の後が、ハッキリと残っていた。



 「よし……程好い固さだ。これなら、地盤沈下や落石の心配は無いだろう……さて、一気に行くとするか」



 満足のいく結果を得られた様だった。彼は左腕の方も膨れ上がらせ、右腕と同じ大きさにした。そして右腕、左腕と交互に何度も何度も、土の壁を殴り続けて行く。



 「よいしょっと、あらよっと、どっこいしょ!!」



 激しい爆音が周囲に鳴り響く中、彼は両拳で土の壁を掘り進める。僕は唖然としながら、見守る事しか出来なかった。







***







 彼が掘り進めて行く内に、辺りはすっかり暗くなり、青空があった場所には綺麗に輝く“点”の様な物が、一面に広がっていた。



 「ミー……」



 そんな光輝く綺麗な点に、見惚れていると、掘り進めた事で出来上がった穴の中から、彼の声が聞こえて来た。



 「……まぁ、こんな処か……おい!! 終わったぞ!! 入って来い!!」



 「ミー?」



 何となく、彼に呼ばれている様な気がした僕は、首を傾げながらも彼が掘り進めた穴の中へと入って行った。



 「さぁ、見るが良い。今日からここが、俺とお前が供に暮らす“家”だ!!」



 「……ミー!! ミー!!」



 するとそこには、幾つもの道が作られていた。先程まで何の変哲も無い土の壁だったのが、物の数時間で複雑な構造をした洞窟に変わっていた。



 「夜目の効くドラゴンなら問題無いが……流石に暗過ぎるな。近い内に、光を放つマジックアイテムを買いに行くとするか。それまでは我慢するしか無い」



 「ミー、ミー」



 「お前には、この腕輪を託すのに相応しい実力を付けて貰う。だからお前には…………あぁ、一々“お前”って言うのも面倒臭いな……まず先に名前を付ける事にするか……」



 「ミー?」



 「どんな名前にするべきか……」



 様変わりした洞窟に驚いていると、彼は僕の側へと近付いて来た。すると彼は僕の頭に手をそっと乗せると、突然何かを考え始めた。無言の時間が続き、僕が首を傾げて不思議がっていると、彼はゆっくりと口を開いた。



 「……ミーミー鳴くドラゴン……お前の名前は“ミルドラ”だ」



 「ミー?」



 「“ミルドラ”だ。ミ・ル・ド・ラ……安直だが、無駄に捻って変な名前になるよりは、ずっと良いだろう」



 「ミー……ミー!! ミー!!」



 「おぉ、気に入ったかミルドラ。それは良かった」



 ミルドラ。今まで“失敗作”としか呼ばれて来なかった自分の新しい名前。ずっと側にいたいと思っている彼から、名付けて貰った名前。僕はこの時の嬉しさを一生忘れないだろう。



 「そう言えば、自己紹介がまだだったな……俺は道楽の道……いや、“エジタス”だ」



 「ミー?」



 「エジタスだ。エ・ジ・タ・ス……確りと覚えておけよ」



 「ミー、ミー!!」



 エジタス。それが彼の名前!! 自分の名前だけでは無く、ずっと側にいたいと思っている人の名前も知る事が出来た僕は、あまりの嬉しさに彼に飛び付いた。



 「おおっと、嬉しいのか? 全く……動物的な思考だな……まぁ、それが長所なのかもしれないが……」



 エジタスは、飛び付いた僕を抱き締めて、優しく撫でてくれた。とても暖かいエジタスの手……僕はこの温もりを一生忘れない。



 「ミー……ミー……」



 エジタスに撫でられていると、何だかとても眠くなって来てしまった。僕は重たくなる目蓋が閉じない様、必死になって堪える。



 「ん? 眠くなって来たのか? なら今日は早く寝ると良い。明日から、本格的な稽古を開始する。ミルドラ、お前にはこの腕輪を託すのに相応しいドラゴンへと成長して貰う……それまで……確りと……体……休め……」



 寝ると良いというエジタスの言葉を聞いた途端、眠けが一気に襲い掛かって来た。薄れていく意識の中、エジタスが何か喋っているが、最後まで聞き取れず、僕は眠りに着いてしまった。







***







 「さぁ、今日も稽古を始めるぞ!!」



 「ミー!!」



 あれから数日が経った。エジタスは、僕が一人前のドラゴンになる為、稽古を付けてくれている。正直、エジタスとの稽古はとても楽しい。



 「いいかミルドラ。お前の舌は、他のドラゴンと比べてもかなり強力だ。これを生かさない手は無い。舌を伸ばした際、相手に避けられたとしても諦めず、舌の方向を曲げて追跡したり…………」



 今まで僕が気付けなかった事に対して、適切なアドバイスをくれたり……



 「お前の手足は、他のドラゴンと比べても弱々しく細長い。しかしそれは短所では無い。寧ろかなりの長所と言える。その細長い手足のリーチを使えば、離れた場所から攻撃する事が出来る」



 短所だと思っていた箇所が、長所に置き換わるなど、エジタスとの稽古はまだ見ぬ自分の発見の様で、とても楽しい。







***







 「今日の稽古はここまでだ。飯の準備をしてくる」



 「ミー!!」



 やった!! ご飯だ!! エジタスの作るご飯は、とても美味しいんだ。僕はある筈の無い尻尾を振りたい気分だった。すると洞窟内の壁から、何かが落ちて来た。



 「ミー?」



 キラキラと光輝くそれは、生まれて初めて見る物だった。僕は興味本意で、そのはじめて見る物体に近付いて、恐る恐る臭いを嗅ぐ。無臭。何も臭わない。続いてその物体を口へと運んだ。



 「待たせたな……今日の飯を持って来たぞ……って、何を食べてるんだ!?」



 「ミー? ミー!!」



 美味しい!! エジタスの作るご飯程では無いけれど、果実の様な甘味が口いっぱいに広がる。



 「ちょっと見せてくれるか?」



 「ミー?」



 「これは……“鉱石”か? とするとここは、未発見の炭鉱だったのか?」



 「ミー?」



 エジタスは、僕が食べていた物を見つめながら、ぶつぶつと独り言を喋り始めた。よく理解出来ない僕は、首を傾げる事しか出来ない。



 「しかし……まさか鉱石を食べるとはな……美味しかったのか?」



 「ミー!!」



 「そうか……ミルドラの非常食代わりに集めておくか……」



 それから何日かした後、彼は両手に数え切れない程の鉱石を抱えて来た。僕は嬉しくなって、鉱石に飛び付こうとしたけど、エジタスに止められてしまった。この鉱石は、いざという時の食料として取っておけって……残念という気持ちで一杯だけど、僕はエジタスの言う事を聞いて、なるべく食べない様に心掛けた。







***







 月日は巡り、僕はかなり大きくなった。やっぱり、ご飯をいっぱい食べたからかな。そんな事を考えながら、今日もエジタスに稽古を付けて貰う。



 「ミー!!」



 「おっと!?」



 まだまだエジタスには敵わないけど、エジタスのお陰でかなり強くなったと実感している。エジタスの動きにも付いて行ける様になったし、舌だって今じゃ自由自在に動かす事が出来る。それでもエジタスには、一発も当てられないんだけどね……。



 「ふぅ……今日の稽古はここまでにしよう……」



 「ミー」



 今日の分の稽古が終わり、僕は頑張った自分へのご褒美として、貯めてある鉱石を一つ頬張った。



 「ミー、ミー」



 「(……ミルドラも、かなり強くなった。流石にラクウン程では無いが、充分な力は付いたと思う……そろそろ“潮時”か……)」



 僕が鉱石を頬張るのに夢中になっていると、エジタスが側に歩み寄って来た。



 「ミルドラ……」



 「ミー?」



 「お前に託す物がある……」



 そう言うと彼は、僕の角に錆びた腕輪を付けた。



 「いいか、ミルドラ。お前にこの“腕輪”を託す……今は何の変哲も無い只の腕輪だが……いつの日か、そう……万が一俺の計画が失敗して亡くなった時、腕輪に秘められた本来の力が目覚める。そして世界中の奴等が腕輪を狙ってやって来るだろう。その時は、腕輪を全力で守れ……だが、もしその中に腕輪を渡しても良いと思える人物が現れたら、その人物に腕輪を渡すんだ……もしかしたら、その人物が俺の“もう一つの計画”を実行してくれるかもしれない……分かったな?」



 「ミー?」



 何となく伝えたい事は分かったけど、話が長過ぎて理解が追い付かなかった。要するに、この腕輪を全力で守れって事だよね? 任せて!!



 「ミー!!」



 「よし、分かったのなら良い……それとミルドラ……俺はもう二度と、ここには帰って来ない……」



 「ミー?」



 「俺にはやる事がある……俺はこの世界を……“笑顔の絶えない世界”にしなくてはならない……だからこれ以上、お前に構ってやる事は出来ない」



 「ミー、ミー」



 「ちゃんと理解しているのか? いや、恐らくしてないだろうな……今になって思えば、何故俺はお前に構っているんだろうな……お前の純粋無垢な心に惹かれ、ここまで育て……大事な“ロストマジックアイテム”まで渡した……まぁ、暇潰し程度にはなったのかな……」



 「ミー? ミー、ミー」



 するとエジタスは、洞窟の外へと歩き始めた。あれ? もう帰っちゃうの? 晩御飯がまだだよ?



 「それじゃあな、ミルドラ……」



 まぁ、エジタスも忙しい身だからね。一日位、晩御飯抜きでも僕は大丈夫だよ。またねエジタス。また明日も一緒に稽古しようね!!



 「ミー、ミー!!」



 「…………」



 今になって思えば、あの時のエジタスは何処か寂しそうな表情を浮かべていた。そんなエジタスの心情も読み取れず、僕は去って行くエジタスに前足を必死に上げて、送り出していた。







***







 「……ミー、ミー」



 静寂な洞窟内に、僕の鳴き声が空しく響き渡る。エジタスが去って行ってから、一日が経った。エジタス……今日は帰って来てくれないのかな……? でもしょうがないよね。エジタスだって忙しいんだ。一日位、帰って来れない時があるよ。そうだ……明日になれば、帰って来てくれる……そう信じながら、僕は静かに目を閉じた。







***







 「……ミー、ミー」



 あれから三日が経った。エジタスはまだ帰って来ない。どうしたんだろう……もしかして、何かトラブルに巻き込まれたのかもしれない!! 今すぐ助けに行かなくちゃ!!



 「…………!!」



 しかし僕はその歩みを止めた。エジタスが言っていた。ここは、僕とエジタスが供に暮らす“家”だって……その家を勝手に空ける訳にはいかない。大丈夫、エジタスならすぐに帰って来てくれる……だって、ここは僕とエジタスの家なんだから……そうだ……信じて待つんだ。エジタスは、必ず帰って来てくれる……きっと……。







***







 「…………」



 あれから一年が経った。エジタスはまだ帰って来ない。エジタス……何処に行っちゃったの? 僕、寂しいよ……お願いだよ……一人にしないで……。







***







 「…………」



 あれから何年経ったのだろうか。最近時間の感覚が失くなって来た。太陽の光が届かないこの洞窟内では、時間の定義が存在しない。だから、あれから何年経ったのか分からない……でも僕は、信じて待ち続けるんだ……エジタスは、必ず帰って来てくれる……絶対に……。







***







 「…………」



 何も感じない。暑さも冷たさも、感覚が無くなってしまったのか。そう言えば最近、エジタスに貰った“腕輪”が光輝いた。見て見ると、錆びていた筈の腕輪は金色に変化していた。真ん中に嵌められた赤い宝石が、とても綺麗だった。だけど、エジタスはまだ帰って来ない。エジタスに伝えたいな……エジタスがくれた腕輪、金色に輝いたんだよって……エジタス……早く帰って来てよ……。



 「よーし、今日もガンガン掘り進めて働くぞ!!」



 「!!?」



 声が聞こえる!? もしかしてエジタス!!? そう思った僕は、慌てて声のした方向に顔を向けた。だけど……。



 「その後は勿論、キンキンに冷えた酒だよな兄ちゃん?」



 「おっ、分かってるじゃないかタール。仕事終わりの酒が堪らないんだな、これが!!」



 「あぁ、もう今から待ちきれない!! 早く掘り進めて仕事を終わらせようぜ!!」



 「そうだな!! よし、昨日の続きから掘り進めて行くぞ、分かったか!?」



 「「おぉ!!!」」



 違った。エジタスじゃ無かった。全く見た事も無い。初めて見る生き物。三人組で、手には鋭い何かを持っていた。いったい何しに来たんだろうと思っていた矢先、三人組が持っていた鋭い何かが、洞窟内の壁を傷付けた。



        止めろ!!



 「…………グォオオ……」



 僕は唸り声を上げて、三人組を追い払おうとした。でも、久し振りに声を出すから、上手く声が出せない。三人組は、気にせず洞窟内の壁を傷付ける。



 止めろ!! ここは僕とエジタスの家だぞ!!



 「……グォオオオオ……」



 さっきよりは声が出た。それでも三人組は、手を休めずに壁を傷付ける。



 止めろって言ってるのが、聞こえないのか!!?



 「……グォオオオオオオ……」



 すると三人組は、壁を傷付けるのを止めてくれた。良いぞ、そのまま出てって貰おう。だってここは、僕とエジタスの家なんだから、帰って来る家が無くなったら、エジタスだって悲しいもんね。



 「……グォオオオオオオ」



 先程よりも、ハッキリとした唸り声を上げる事が出来た。これならあの三人組も、出てってくれるよね。そう思っていたら……。



      ヒュー、ガスッ!!



 僕の体に石が当たった。その時、それまで感じて来なかった感覚が思い起こされる。痛み。どうして……どうして……悪いのはあいつらなのに……人の家に勝手に侵入して来て……大切な家を壊している……許せない……許せない……許せない……許せない……!!



 絶対に許さない!! 許してやるもんかぁあああああ!!!



 「キシャラブラァアアアアア!!!」



 その時、僕の体から何かが溢れ出した。今まで感じた事の無い感情……それは“怒り”。大切な家に勝手に侵入され、あまつさえ傷つけられた。その怒りが、エジタスから貰った腕輪に強く反応する。すると僕の体から溢れ出る怒りは、深い霧状の物質に変化した。



 『おまえら“ばい菌”だ……僕の大切な家に不法侵入するばい菌だ……ばい菌は駆除しなければならない。この家に侵入する奴等は、皆駆除してやる!! エジタスは必ず帰って来る……それまでこの家は、僕が守って見せる!!』



 それから一年後、僕はエジタスが亡くなった現実を知る事となる。
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