笑顔の絶えない世界 season2 ~道楽の道化師の遺産~

マーキ・ヘイト

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第三章 冒険編 私の理想郷

現実の定義

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 「「「はぁ……はぁ……はぁ……」」」



 真緒に足止めを任せたハナコ、リーマ、フォルスの三人は部屋を飛び出し、二階の廊下を無我夢中で走っていた。



 「も、もう限界だぁ……」



 しかし、急な走りと立ち止まってはならないという普段よりも疲れる状況で、ハナコが早くも弱音を吐き、ペースが遅れ始める。



 「ハナコさん、簡単に諦めないで下さい」



 「今足を止めたら、追い付かれるぞ」



 そんなハナコに、二人が冷たくも冷静な言葉を投げ掛け、ペースを早める様に促す。



 「分がっでいるだぁ……だけどぉ……」



 頭では理解しているが、肝心の体が言う事をきかない。



 「……ほら、そうこうしている内にやって来たぞ」



 「えっ?」



 ハナコが振り返ると、廊下の奥から床を波の様に変化させたメユが、その波に乗りながら凄まじい勢いで追い掛けて来た。



 「逃がさないわよ!! 絶対に!!」



 怒りを剥き出しにするメユの表情は、正に鬼の形相とも言える程、恐ろしい物だった。



 「急げ!! 追い付かれるぞ!!」



 「「「はぁ……はぁ……はぁ……」」」



 三人は慌ててペースを上げ、何とか追い付かれない様にする。しかし、休まず足を動かしている三人とは違い、メユは乗り物に乗っているのと同じ。その差は徐々に縮まり始める。



 「おーほっほっほ!! 諦めなさい!! あなた達は所詮、私の理想郷という名の鳥籠に捕らわれた哀れな鳥なのよ!!」



 「……へっ!! 鳥籠に捕らわれた哀れな鳥ね……よく言うぜ!!」



 「……何ですって?」



 「鳥籠に捕らわれているのは……お前の方じゃないのかよ?」



 「!!!……黙れ!!」



 燃え盛る炎に余計な油を注いでしまったのか、メユは追い掛けるスピードを急激に速める。



 「ご、ごのままじゃ追い付がれるだぁ!!」



 「フォルスさん!!」



 「心配するな!! もうすぐ一階に続く階段だ!! そこを降りれば玄関は目の前だ!!」



 フォルスの言う通り、走り行く目線の先には館のエントランスホールが見えて来た。



 「よし!! 後はあの階段を降りるだけ……「えぇ、降りられればの話だけどね」……!!?」



 その時、今まで立ち止まらずに走っていた三人の足が初めて止まった。疲れたから止まったのでは無く、止まらなくてはならない理由が目の前に現れたからだ。



 「残念だけど、あなた達はここで終わりよ」



 「ソンジュ……」



 そこには、一階へと続く唯一の階段を塞ぐ様に、ソンジュが立っていた。



 「よくやったわソンジュ。さぁ、もう諦めなさい。今すぐ泣いて謝るなら、許してあげても良いわよ。そして快く理想郷の住人に加えてあげる」



 「悪いが……俺達にはやるべき事があるんだ。夢を見続けるのは良いが、お前らの様に夢ばかりに気を取られて、現実から目を反らす様な真似はしたくないんでね」



 「私達が、現実から目を反らしているですって?」



 「あぁ、そうだ。辛い現実から目を反らし、自分に都合の良い世界へと逃げ込む。これは立派な現実逃避だよ」



 「現実逃避……現実から目を反らしているのは、あなた達の方じゃ無いの?」



 「何だと!?」



 「どう言う意味ですか!?」



 「下をご覧なさい……」



 「「「…………!!!」」」



 ソンジュに言われた通り、三人が一階を見下ろすと、そこは大勢の街の住人達によって床が見えない程に、埋め尽くされていた。



 「し、しまった……こいつらの事をすっかり忘れていた……」



 「これじゃあ……下に降りられませんよ……」



 「ごごまで来だのに……」



 「分かったでしょ、最初からあなた達に勝ち目は無かったの。素直に理想郷の住人になりなさい。そうすれば、悩みなんて無くなるわ」



 「ソンジュの言う通りよ。この理想郷では何でも手に入る。食べ物、飲み物、武器、好みの男性から女性まで……ありとあらゆる物が手に入る。これの何処に不満があると言うの?」



 「「「…………」」」



 確かに、何でも手に入るこの世界に不満など無いのかもしれない。いっそこのまま本当に理想郷の住人になってしまえば、楽なのかもしれない。三人の中に迷いが生じる。



 「そもそも……あなた達が帰りたがっている現実って、本当に現実なのかしら?」



 「……どう言う意味だ?」



 「つまり、何を基準に現実と決めているのかって事よ。痛みを感じたら現実なの? 暑さや寒さを感じたら現実なの? あなた達が言っている現実とやらが本当に現実なのか、それを示す証拠はあるの?」



 「そ、それは……」



 そんなのある筈が無い。自分達が今いる世界が本当に現実なのか。そんな事を紐解こうとすれば、それは最早哲学の領域になってしまう。



 「でしょ? なら、私達がいるこの理想郷だって見方を変えれば、現実と言えなくも無いって事じゃない」



 「だ、だけど……私達にはやらなければいけない事が……」



 「それもさ、要は自分達の世界が現実だって思いたいが為の行動に過ぎない訳でしょ? 現実は辛いってよく言うけど、何故辛い必要があるの? 辛くなければ現実とは言えないから? じゃあ辛くない物事は現実じゃないって言うの? 現実の定義なんて物は存在しない。だからあなた達もそんな柵に捕らわれていないで、理想郷に来る方が良いわよ」



 「「「…………」」」



 メユの言葉を切っ掛けに、三人の思いは一つに固まった。何かを悟った様に、互いに目配せをし合い頷く。



 「心は決まった?」



 「あぁ……勿論……」



 「そう……それで? どうするの?」



 「折角のお誘いだが……断らせて貰うぜ」



 「……どういうつもり?」



 「お前は言ったな。そんな柵に捕らわれるなって……」



 「それが? 何だって言うの?」



 「お前にとっては柵かもしれないが、俺達にとっては掛け換えの無い大切な思い出なんだよ!!」



 「…………」



 「確かに……お前の言う通り、俺達のいる世界が現実なのかどうか、証明する事は出来ない。だが、現実であろうと無かろうと、そこには俺達が歩んで来た歴史や思い出がある!! 例え現実じゃ無いにしても、俺達は……これまでの楽しかった思い出、辛かった思い出……皆と供に歩んだ歴史を蔑ろにする事は出来ない!!」



 「現実か夢かは、他人が決める事じゃない。自分自身が考える事だと思います。そうじゃないと、永遠の水掛け論になってしまいますからね」



 「オラ達にはオラ達の世界がある。自分が現実だど思えば、ぞの世界は現実なんじゃないだがぁ?」



 「…………そう、残念だわ。ソンジュ!!」



 「分かっているわ!!」



 「「「!!!」」」



 その瞬間、メユとソンジュそれぞれが立っていた床が盛り上がり、巨大な口へと変形した。そこには鋭い牙が何本も生えていた。



 「あんた達みたいな堅物、私の理想郷には不必要よ!!」



 「ここであの世に送ってあげます!!」



 噛み合わせる度に“ガチガチ”という音が鳴り響く。三人の両脇からメユとソンジュが迫り来る。逃げ道は無し、絶対絶命である。



 「ハナコ、リーマ、準備は良いな?」



 「いつでも大丈夫です」



 「バッヂリだぁ」



 「よし……行くぞ!!」



 「「!!?」」



 するとその時、三人は目の前の手すりを乗り越え、一階へと勢い良く飛び降りた。



 「足を止めるな!! 足を前に出し続けるんだ!!」



 二階の手すりから飛び降りた三人は、一階にいる街の住人達の頭や肩を踏み台にして、玄関まで駆け寄る。



 「何をしているの!! 早くそいつらを捕まえなさい!!」



 「うぅ……あぁ……あがぁ……」



 メユの命令を受けて、街の住人達は一斉に三人を捕まえようとするが、床を埋め尽くす程いる為、身動きが取れなくなっていた。



 「頭を使いなさい!! 何人か外に出て、スペースを作るのよ!!」



 「あぅ……がぁ……」



 知性に乏しく足も遅い為、互いにぶつかり合いながら、ゆっくりと玄関の扉を開ける。三人が玄関の目の前に到達した直後に……。



 「わざわざ開けてくれてありがとうな!!」



 「馬鹿!! 今開けてどうするのよ!! 外に出ちゃうじゃない!! 早く閉めなさい!!」



 「あがぁ……うぐぅ……」



 メユに命令された通り、開けた扉を閉める。しかし動きがゆっくりとしている為、閉まる直前に三人は外へと脱出する。



 「そ、そんな……」



 「……してやられたわね。やっぱり複製した夢の絵本じゃ、知性まで与える事は出来ない……オリジナルが手元にあれば、状況は違っていたかもね」



 「…………」



 ソンジュが皮肉を口にした次の瞬間、メユに首を斬られた。斬られた首は、階段を転げ落ちる。



 「もういい……こうなったら手段は選んでいられない……この理想郷を壊してでも、あいつらを殺して見せる!!」



 そう言うとメユは、夢の絵本のページを撫でる。するとメユの骨格が変形し、異様な見た目の生物へと変貌し始めた。



 「アいツらを“裏庭”に行かセる訳にはいかナい……コれ以上、私の理想郷を荒らさセはしナい!!」
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