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彼女の質問 《竜之介》
しおりを挟む目が覚めた有栖は、僕の腕の中で天井を見上げたまま、澄んだ瞳から一筋の涙を流していた。
その瞳は何も映していないようだった。
「ありす、どうしたの?
怖い夢でも見たの?」
脅かさないようにゆっくりと聞く。
有栖は瞬きもせず、天井を見上げたまま、掠れた声で言う。
「ううん…なんでもない…
夢を見たかもしれないけど、忘れちゃった…」
「そっか……。じゃぁもう少し寝てなね。
夜明けまではまだ少しあるよ。
俺は隣で本を読んでいるからさ」
「んー……」
有栖はごしごしと目を擦ってからこちらに向き直った。
「もう大丈夫」
にっこりと笑った有栖の頬が濡れている。僕はそれを拭おうとして手を伸ばす。
すると有栖はその手を掴んで彼女特有のゆったりとした仕草で自分の頭に持っていく。そしてそのまま頭を撫でろというように猫のように僕の手のひらに押し付ける。
僕はそれに応えるべく、優しく髪をすくようにして撫でる。
まるでそれは自分のためではなく、僕を安心させるための行為のようでもあった。
うっとりとその感触を味わうようにして、ほうっと息をつき、穏やかな表情になった有栖を見てほっとすると同時に、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚を覚える。
有栖、君はどうしたらもっと安心して暮らせるの?
僕では力不足?
僕は、君を幸せにしたいのに。
***
「リュウ、最近よく本読んでるね」
有栖が僕の手元を覗き込みながら言う。
「うん……なんか気になっちゃってさ……」
眠る有栖を起こしたくなくて、寝顔を見ていたくて、じっと読書をしていると言ったら有栖はどんな顔をするだろうか。
本を読むのは楽しい。
好きな作家の小説を読んだり、友達から借りたミステリーやサスペンスを読んでみたり……純文学も悪くない。
けれど、最近読むのは脳や記憶に関するものばかりだ。
「へえ、どんなの読んでるの?」
有栖はごろんと身体をよじって、僕の持っている本の表紙をちらりと覗く。
そこには『記憶障害』の文字があった。
すると、彼女は少し困ったような顔をする。それは、不安そうな表情にも見えたし、切なげにも見えた。
「ただのフィクションだよ…」
と言葉を濁しながら、ブックカバーをかけなかった自分を呪った。
「ねえ…」
有栖が口を開く。
まだ頬には拭いきれなかった涙が光っている。ちいさな読書灯ひとつの部屋で、僕と彼女の顔はこれ以上ないというほど近い。
「パパとお兄ちゃんって似てる.…?」
「え?」
突然の質問にふいをつかれる。
彼女の瞳が僕の目を覗き込み探しものをしているように揺れている。
「ぜんぜん…
ぜんぜん似てないと思うよ」
予想していなかった問いに、つい躊躇ってしまった。
どうしてそんなことを聞くのだろう。
「そっか……よかった」
彼女はなぜか安心したように微笑んで、瞼を閉じてまた僕の胸に顔をうずめた。
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