《完結) エフ -- 夢見るありすと、ある兄弟の物--

夜の雨

文字の大きさ
15 / 81

回想◆チャチャ 《竜之介》

しおりを挟む
はじめの異変はチャチャだった。

温厚で家族が大好きなトイプードルのチャチャが、父に向かって吠えたり、少し怯えた様子を見せるようになったのだ。

父は、愛犬とうまくいっていないなんて認めたくないらしく、ちょっと疲れているのだろうとか、この頃は暑いから機嫌が悪いのかもしれないとか言っていた。
何も知らない僕もそうなのかなと思った。

けれど、そのうちに、チャチャは父にほとんど近づくことがなくなった。
なんだか、父を避けているような素振りさえ見せ始めた。いちばん父に懐いていたはずのチャチャが。

そしてあるとき決定的なことが起こった。

あれは僕たちが中学生になったばかりの夏休みだった。
父が中学生になっても泳げない有栖に、夏休みのうちにプールで練習しようと言い出したときだ。
有栖は頑なに断り、泳ぎなら友だちに教えてもらうからと突っぱねたのだ。
有栖、パパが教えてあげるからと食い下がる父に、いいっ!と拒否する有栖。
その頃から兄は有栖に激甘だったから、とめに入ろうとしたときだったと思う。

「いいから来なさい!」
声を荒げた父が有栖の手首をぐいっと引っ張っり有栖がバランスを崩す。
手首にこめらた力が強かったのか、
「いたっ」
と有栖が叫んだ瞬間。
チャチャがどこかからやってきて、父の掌に深々と噛みついたのだ。
父は驚きと痛みに跳ねるように飛び退き、咄嗟にチャチャを払い除けた。
きゃんっと高い声がして、チャチャが地面にたたきつけられた。
チャチャ!っと尻餅をついた有栖が、飛び跳ねるようにチャチャに駆け寄り抱き上げた。

「この犬…!」

確かに父はそう言った。噛まれた手で握り拳を作って振り翳し、有栖が抱きしめるチャチャに振り下ろそうとした。
有栖は目をつぶってチャチャを庇うようにしていたように見えた。
その握り拳が振り下ろされる直前、当時高校一年生だった兄が、その腕を止めた。
兄の顔に浮かんだ憤怒の表情に父は少し怯んだようだ。
兄は、無言で父の手を乱暴に放すと、つかつかと歩いていき、チャチャを抱き上げている有栖の手を掴むとそのまま2階に連れていった。
母がちょうど出先から帰ってきて、怪我をした父に気づき悲鳴をあげて駆け寄った。

なにもできなかったのは僕だけだった。
ただ、僕はその時の皆のそれぞれの表情を映しとるように見ていただけだった。

それから一週間ほどしただろうか。チャチャは行方不明になりその数日後、近くの公園で変わり果てた姿で見つかった。
野犬に襲われたとか、心無い人に痛ぶられたとか言われたけれど、おかしいのはなぜチャチャがひとりで外に出られたのかということだった。
父は残念そうにしながらも、ちょっとしたすきに、窓から出てしまったんだろうと言い、母も同意して、愛犬の姿を見て静かに泣いていた。
悲しみようが酷かったのが有栖だった。発狂したかのかと思われるほどに声をあげて泣きながら、チャチャの血や土で服がよごれるのも構わず、チャチャを抱きしめていた。

チャチャは、兄と僕とで庭に埋めた。
2人は黙ったままだった。
黙ったままだけど、兄は、父がチャチャを殺したんじゃないかと思っていることが、スコップで土を掘る手に込められたただならぬ力で感じていた。

そこから僕たちの家族は僕の目に見えておかしくなっていった。
あの日、チャチャを抱きしめて泣いていた有栖の水色のワンピース。
あれはあのあとどうなっただろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

放蕩な血

イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。 だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。 冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。 その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。 「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」 過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。 光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。 ⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

処理中です...