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回想◆チャチャ 《竜之介》
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はじめの異変はチャチャだった。
温厚で家族が大好きなトイプードルのチャチャが、父に向かって吠えたり、少し怯えた様子を見せるようになったのだ。
父は、愛犬とうまくいっていないなんて認めたくないらしく、ちょっと疲れているのだろうとか、この頃は暑いから機嫌が悪いのかもしれないとか言っていた。
何も知らない僕もそうなのかなと思った。
けれど、そのうちに、チャチャは父にほとんど近づくことがなくなった。
なんだか、父を避けているような素振りさえ見せ始めた。いちばん父に懐いていたはずのチャチャが。
そしてあるとき決定的なことが起こった。
あれは僕たちが中学生になったばかりの夏休みだった。
父が中学生になっても泳げない有栖に、夏休みのうちにプールで練習しようと言い出したときだ。
有栖は頑なに断り、泳ぎなら友だちに教えてもらうからと突っぱねたのだ。
有栖、パパが教えてあげるからと食い下がる父に、いいっ!と拒否する有栖。
その頃から兄は有栖に激甘だったから、とめに入ろうとしたときだったと思う。
「いいから来なさい!」
声を荒げた父が有栖の手首をぐいっと引っ張っり有栖がバランスを崩す。
手首にこめらた力が強かったのか、
「いたっ」
と有栖が叫んだ瞬間。
チャチャがどこかからやってきて、父の掌に深々と噛みついたのだ。
父は驚きと痛みに跳ねるように飛び退き、咄嗟にチャチャを払い除けた。
きゃんっと高い声がして、チャチャが地面にたたきつけられた。
チャチャ!っと尻餅をついた有栖が、飛び跳ねるようにチャチャに駆け寄り抱き上げた。
「この犬…!」
確かに父はそう言った。噛まれた手で握り拳を作って振り翳し、有栖が抱きしめるチャチャに振り下ろそうとした。
有栖は目をつぶってチャチャを庇うようにしていたように見えた。
その握り拳が振り下ろされる直前、当時高校一年生だった兄が、その腕を止めた。
兄の顔に浮かんだ憤怒の表情に父は少し怯んだようだ。
兄は、無言で父の手を乱暴に放すと、つかつかと歩いていき、チャチャを抱き上げている有栖の手を掴むとそのまま2階に連れていった。
母がちょうど出先から帰ってきて、怪我をした父に気づき悲鳴をあげて駆け寄った。
なにもできなかったのは僕だけだった。
ただ、僕はその時の皆のそれぞれの表情を映しとるように見ていただけだった。
それから一週間ほどしただろうか。チャチャは行方不明になりその数日後、近くの公園で変わり果てた姿で見つかった。
野犬に襲われたとか、心無い人に痛ぶられたとか言われたけれど、おかしいのはなぜチャチャがひとりで外に出られたのかということだった。
父は残念そうにしながらも、ちょっとしたすきに、窓から出てしまったんだろうと言い、母も同意して、愛犬の姿を見て静かに泣いていた。
悲しみようが酷かったのが有栖だった。発狂したかのかと思われるほどに声をあげて泣きながら、チャチャの血や土で服がよごれるのも構わず、チャチャを抱きしめていた。
チャチャは、兄と僕とで庭に埋めた。
2人は黙ったままだった。
黙ったままだけど、兄は、父がチャチャを殺したんじゃないかと思っていることが、スコップで土を掘る手に込められたただならぬ力で感じていた。
そこから僕たちの家族は僕の目に見えておかしくなっていった。
あの日、チャチャを抱きしめて泣いていた有栖の水色のワンピース。
あれはあのあとどうなっただろう。
温厚で家族が大好きなトイプードルのチャチャが、父に向かって吠えたり、少し怯えた様子を見せるようになったのだ。
父は、愛犬とうまくいっていないなんて認めたくないらしく、ちょっと疲れているのだろうとか、この頃は暑いから機嫌が悪いのかもしれないとか言っていた。
何も知らない僕もそうなのかなと思った。
けれど、そのうちに、チャチャは父にほとんど近づくことがなくなった。
なんだか、父を避けているような素振りさえ見せ始めた。いちばん父に懐いていたはずのチャチャが。
そしてあるとき決定的なことが起こった。
あれは僕たちが中学生になったばかりの夏休みだった。
父が中学生になっても泳げない有栖に、夏休みのうちにプールで練習しようと言い出したときだ。
有栖は頑なに断り、泳ぎなら友だちに教えてもらうからと突っぱねたのだ。
有栖、パパが教えてあげるからと食い下がる父に、いいっ!と拒否する有栖。
その頃から兄は有栖に激甘だったから、とめに入ろうとしたときだったと思う。
「いいから来なさい!」
声を荒げた父が有栖の手首をぐいっと引っ張っり有栖がバランスを崩す。
手首にこめらた力が強かったのか、
「いたっ」
と有栖が叫んだ瞬間。
チャチャがどこかからやってきて、父の掌に深々と噛みついたのだ。
父は驚きと痛みに跳ねるように飛び退き、咄嗟にチャチャを払い除けた。
きゃんっと高い声がして、チャチャが地面にたたきつけられた。
チャチャ!っと尻餅をついた有栖が、飛び跳ねるようにチャチャに駆け寄り抱き上げた。
「この犬…!」
確かに父はそう言った。噛まれた手で握り拳を作って振り翳し、有栖が抱きしめるチャチャに振り下ろそうとした。
有栖は目をつぶってチャチャを庇うようにしていたように見えた。
その握り拳が振り下ろされる直前、当時高校一年生だった兄が、その腕を止めた。
兄の顔に浮かんだ憤怒の表情に父は少し怯んだようだ。
兄は、無言で父の手を乱暴に放すと、つかつかと歩いていき、チャチャを抱き上げている有栖の手を掴むとそのまま2階に連れていった。
母がちょうど出先から帰ってきて、怪我をした父に気づき悲鳴をあげて駆け寄った。
なにもできなかったのは僕だけだった。
ただ、僕はその時の皆のそれぞれの表情を映しとるように見ていただけだった。
それから一週間ほどしただろうか。チャチャは行方不明になりその数日後、近くの公園で変わり果てた姿で見つかった。
野犬に襲われたとか、心無い人に痛ぶられたとか言われたけれど、おかしいのはなぜチャチャがひとりで外に出られたのかということだった。
父は残念そうにしながらも、ちょっとしたすきに、窓から出てしまったんだろうと言い、母も同意して、愛犬の姿を見て静かに泣いていた。
悲しみようが酷かったのが有栖だった。発狂したかのかと思われるほどに声をあげて泣きながら、チャチャの血や土で服がよごれるのも構わず、チャチャを抱きしめていた。
チャチャは、兄と僕とで庭に埋めた。
2人は黙ったままだった。
黙ったままだけど、兄は、父がチャチャを殺したんじゃないかと思っていることが、スコップで土を掘る手に込められたただならぬ力で感じていた。
そこから僕たちの家族は僕の目に見えておかしくなっていった。
あの日、チャチャを抱きしめて泣いていた有栖の水色のワンピース。
あれはあのあとどうなっただろう。
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