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回想◆ キスのおねだり 《海里》
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眠る有栖をずっと見ていた。
そっとやわらかな髪に触れてみる。
彼女が背負う傷の大きさを思うと、怒りで狂いそうになる。怒りとはもちろん自分への怒りだ。
本当はどんなに許しを請うでも許されるものではないと知っている。
なにくわぬ顔で彼女に微笑み、大丈夫だよと繰り返す自分がどんなに恥知らずか。
でもそれ以外なにができる?
俺は自分の恋心と劣情で、愛する人に深い傷を負わせてしまったのだ。
*
「お兄ちゃん、お兄ちゃんも有栖におやすみのキスをして?」
はじめて言われたのはいつだったか。
にこにこ近づいてきたちいさな妹に、父や母が彼女にするのを真似て頭のつむじにキスをした。
「おやすみ…」
幼い妹は満足そうに微笑んだ。
「ふふ、おやすみなさい、お兄ちゃん、大好き!」
有栖は母親と二人暮らしのころ、さみしい思いをしていたのだろう。甘えん坊なところがあって、それもかわいいところのひとつだった。
俺が。
俺がそんな彼女の性格を都合の良いように利用してしまったのだ。
「お兄ちゃん、おやすみのキスをして」
いつしか毎晩の儀式のようになったその行為。
日本の兄妹なら珍しいこともとっくに知っていた。
彼女が小学生の高学年になり、やがて中学生に入っても、その慣習をやめなかったのは、俺が彼女に触れたかったからだ。
つむじにしていたキスはいつからかおでこに、やがてほっぺや瞼にと要求された。
屈託のない彼女は漫画か映画の真似くらいの気持ちだったに違いない。
背伸びをしてキスをねだる彼女が愛しくて、ねだられたら拒否できなくて、俺は屈んでキスをした。
鼻腔をくすぐる甘い匂い。
唇に伝わる熱くてやわらかい彼女の肌の感覚。
頭の芯がしびれた。
ただ欲望のままに掻き抱いて、淡い紅色の形良い唇に口づけてしまいたくなるのを、俺は必死で我慢した。
父と母に気取られないように毎晩のように、でも家族としてのキス。
彼女は何も知らず俺に甘えていた。
有栖の唇に口づけしてしまいたい衝動を抑えられなくなると、バイトを入れたり彼女と夜のデートをして、わざと帰りの時間を遅らせたりもした。
彼女が寝静まってからそっと帰った。
そんな自分に罪悪感を感じつつも、俺が自制できなくなるのは時間の問題だった。
とうとう一度だけ。
有栖が求めるままに唇にキスをしたことがある。
*
「おにいちゃん、本当に好きな人同士は唇にするんでしょ?」
あれはたしか有栖が母にねだって甘いピンク色のナイトドレスを買ってもらった日。
それまで竜之介と色違いのパジャマだった有栖は、うれしそうに俺の部屋まで見せにやってきた。
肩のあたりでまだ乾きかけの栗色の髪が揺れていた。
ナイトドレスの襟は大きめに開き、わずかにふくらみかけた胸がパジャマの時より目立って見えた。
俺は彼女に気づかれないようにごくりと唾を飲んだ。
だめだと理性が言っている。
「ねえ、お兄ちゃん」
彼女が俺を呼ぶ。俺の好きな甘い響きのあるやわらかな声で。
「私、お兄ちゃんが大好き」
屈託なく微笑む彼女のその言葉で、俺の中で何かが弾けた。
気がついたら、俺は彼女の両肩に手を置き、唇を重ねていた。
柔らかい唇は優しく湿っていた。
そのまま有栖は無抵抗だった。
頭の芯がジンジンと痺れる。
そっと唇を離すと
「俺も有栖が好きだよ」
と苦しい衝動を抑えながら精一杯の真実を告白した。
彼女は無邪気で無垢な笑顔を俺に向けた。
それは、俺が初めてつむじにキスした時と同じ笑顔だった。
ああ、そうだ、有栖は何もわかっていないんだ。いつも家族や友達とキスをするのと同じようにしか思っていないのだ。
罪悪感が込み上げた。
俺は卑怯だ。
自分の欲望を満たすために、そして優しい兄を演じて自分を守るために、彼女の無垢な心を利用した。
自分は何をされたのか、どんな欲望を向けられているかも知らないまま、彼女は俺に唇を預けてしまった。
「好きな人同士は唇にするんでしょ?」
何も知らない無邪気な彼女の笑顔が頭にこびりついて離れない。
そっとやわらかな髪に触れてみる。
彼女が背負う傷の大きさを思うと、怒りで狂いそうになる。怒りとはもちろん自分への怒りだ。
本当はどんなに許しを請うでも許されるものではないと知っている。
なにくわぬ顔で彼女に微笑み、大丈夫だよと繰り返す自分がどんなに恥知らずか。
でもそれ以外なにができる?
俺は自分の恋心と劣情で、愛する人に深い傷を負わせてしまったのだ。
*
「お兄ちゃん、お兄ちゃんも有栖におやすみのキスをして?」
はじめて言われたのはいつだったか。
にこにこ近づいてきたちいさな妹に、父や母が彼女にするのを真似て頭のつむじにキスをした。
「おやすみ…」
幼い妹は満足そうに微笑んだ。
「ふふ、おやすみなさい、お兄ちゃん、大好き!」
有栖は母親と二人暮らしのころ、さみしい思いをしていたのだろう。甘えん坊なところがあって、それもかわいいところのひとつだった。
俺が。
俺がそんな彼女の性格を都合の良いように利用してしまったのだ。
「お兄ちゃん、おやすみのキスをして」
いつしか毎晩の儀式のようになったその行為。
日本の兄妹なら珍しいこともとっくに知っていた。
彼女が小学生の高学年になり、やがて中学生に入っても、その慣習をやめなかったのは、俺が彼女に触れたかったからだ。
つむじにしていたキスはいつからかおでこに、やがてほっぺや瞼にと要求された。
屈託のない彼女は漫画か映画の真似くらいの気持ちだったに違いない。
背伸びをしてキスをねだる彼女が愛しくて、ねだられたら拒否できなくて、俺は屈んでキスをした。
鼻腔をくすぐる甘い匂い。
唇に伝わる熱くてやわらかい彼女の肌の感覚。
頭の芯がしびれた。
ただ欲望のままに掻き抱いて、淡い紅色の形良い唇に口づけてしまいたくなるのを、俺は必死で我慢した。
父と母に気取られないように毎晩のように、でも家族としてのキス。
彼女は何も知らず俺に甘えていた。
有栖の唇に口づけしてしまいたい衝動を抑えられなくなると、バイトを入れたり彼女と夜のデートをして、わざと帰りの時間を遅らせたりもした。
彼女が寝静まってからそっと帰った。
そんな自分に罪悪感を感じつつも、俺が自制できなくなるのは時間の問題だった。
とうとう一度だけ。
有栖が求めるままに唇にキスをしたことがある。
*
「おにいちゃん、本当に好きな人同士は唇にするんでしょ?」
あれはたしか有栖が母にねだって甘いピンク色のナイトドレスを買ってもらった日。
それまで竜之介と色違いのパジャマだった有栖は、うれしそうに俺の部屋まで見せにやってきた。
肩のあたりでまだ乾きかけの栗色の髪が揺れていた。
ナイトドレスの襟は大きめに開き、わずかにふくらみかけた胸がパジャマの時より目立って見えた。
俺は彼女に気づかれないようにごくりと唾を飲んだ。
だめだと理性が言っている。
「ねえ、お兄ちゃん」
彼女が俺を呼ぶ。俺の好きな甘い響きのあるやわらかな声で。
「私、お兄ちゃんが大好き」
屈託なく微笑む彼女のその言葉で、俺の中で何かが弾けた。
気がついたら、俺は彼女の両肩に手を置き、唇を重ねていた。
柔らかい唇は優しく湿っていた。
そのまま有栖は無抵抗だった。
頭の芯がジンジンと痺れる。
そっと唇を離すと
「俺も有栖が好きだよ」
と苦しい衝動を抑えながら精一杯の真実を告白した。
彼女は無邪気で無垢な笑顔を俺に向けた。
それは、俺が初めてつむじにキスした時と同じ笑顔だった。
ああ、そうだ、有栖は何もわかっていないんだ。いつも家族や友達とキスをするのと同じようにしか思っていないのだ。
罪悪感が込み上げた。
俺は卑怯だ。
自分の欲望を満たすために、そして優しい兄を演じて自分を守るために、彼女の無垢な心を利用した。
自分は何をされたのか、どんな欲望を向けられているかも知らないまま、彼女は俺に唇を預けてしまった。
「好きな人同士は唇にするんでしょ?」
何も知らない無邪気な彼女の笑顔が頭にこびりついて離れない。
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