《完結) エフ -- 夢見るありすと、ある兄弟の物--

夜の雨

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回想◆不思議なお願い 《竜之介》

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その頃俺は部活で家に帰るのが遅く、兄もバイトやなんやで家にあまりいなかった。
あの頃兄貴はガールフレンドもいたんじゃないかな…よく家を空けていた。
母はちょうどフラワーアレンジメントの仕事が忙しい時期で父より夜遅く帰宅することも多かった。

俺が家に帰ると、有栖はリビングにはおらず大抵自室に篭っていた。
思春期に入りかけた俺は、日に日に可憐な花が咲くように成長していく血のつながらない同い年の姉を意識してしまい、少し距離をとろうとしていたような気がする。
小さい頃のように無邪気ではいられなかった。
だけど、今思えば、有栖は広い家にひとりになることも多く、さみしかったかもしれない。
それになにより有栖を1人にしなければあんなことも起きなかったのかも…。
俺はそれまでに数えきれないほど繰り返した後悔を、また繰り返すしかなかった。

部活で夜遅くに帰宅して、急いで宿題を片付けていると、ちいさくちいさく部屋をノックする音が聞こえることがあった。
「有栖…」
振り返ると、有栖が俯いて立っている。
「リュウ…あの…あのね…今晩、ここで寝てもいい…?」
恥ずかしそうに有栖が言う。
「ええ…っ…?な、なんで…」
当時、中学生男子の俺に、それ以外なんと言えるのか。
「どうしても…理由はお願いだから聞かないで…お願いだから…」
「ええ…?ひとりで眠れないの…?…母さんじゃだめなの…?」
照れからくる拒絶だったが、俺は自分のその拒絶のセリフをその後、後悔と共になんどもなんども一字一句違わず反芻することになる。

「ママじゃだめなの…ママは…パパと寝てるから……迷惑だよね…でも、…お願い…」
すがるような有栖の目に困惑しながらも根負けして、いいよと答えると、今度は
「ここで寝ること、パパとママには言わないで…お兄ちゃんにも言わないでほしい…お願い…お願いだから…」
と言う。

あのとき俺が気づいていたら…
彼女のその不思議なお願いのわけを。
悔やんでも悔やんでも、繰り返し悔やんでも時間は巻き戻らない。

有栖はたびたびそんなふうに俺の部屋に来たが、理由を尋ねても答えない有栖のその訳を、無知で鈍感だった俺はなにも気づいてあげられなかった。
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