《完結) エフ -- 夢見るありすと、ある兄弟の物--

記憶の扉 《竜之介》

有栖の記憶の扉が開き始めている……。

僕は喉がカラカラに乾いていることにはじめて気づき、冷蔵庫から冷えた水を取り出す。
兄がついていてくれるなら安心だ。
僕のほうが迂闊に変なことを口走ってしまいそうだ…。
一気に水を飲み干してペットボトルをクシャっと潰す。
有栖が、父と母のことをまだ思い出していないことには心底ほっとした。
でもそれほどまでに有栖の心は、あの凄惨な数々の出来事を記憶から消してしまいたいということなのだろう。
無理もない。あんな酷い記憶……あんな…
僕だってすべてを知っているわけではない。有栖だけがすべて…すべてを一人で抱えている…その抱えたものを必死て扉の向こうに閉じ込めているんだ。
でもどうする？
これから有栖に尋ねられたら。俺たちはまた嘘をつくのか…？
ギリギリと奥歯に力が入る。　

そしてそれよりもっと怖いのは、彼女がすべてを思い出してしまうこと。
彼女の酷い記憶に永久に鍵をしめて葬ってしまいたい。

彼女のすべてを守りたい。
無力な自分が悔しかった。