《完結) エフ -- 夢見るありすと、ある兄弟の物--

夜の雨

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嘘 《竜之介》

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兄貴が夕食の時間にいることは、ほとんどない。
夜の仕事(有栖には話してないみたいだけど、バーテンダーをしているらしい)を入れていない日も、大学の講義のあとは、家庭教師か塾講師のバイトをいれているため、帰ってくるのは深夜に近い。
だから夕食は僕たちだけで作ってふたりで食べて、ふたりで片付けて、お風呂をすませて、寝る支度をする。
僕はその日々のくりかえしの時間が尊いと感じるほどに好きだった。
けれど、有栖は学校で倒れたあの日から、記憶が少し戻ったあの日から、やはり少しだけぎこちないような気がした。

できるだけいつもどおりにしようとしているのは伝わってくるけれども、伸ばしかけた手をふとひっこめたり、ふざけで笑いながらも目の奥で僕との距離を計っているような気がした。
僕は全力でなにも変わらないふうに振る舞う。

1番彼女が戸惑う仕草をみせるのは眠るときだ。
有栖はひとりでは眠れない。その理由を彼女自身は忘れているけれど。

「有栖ー、そろそろ寝る準備できたならおいでよ」
僕はできるだけ何でもないことのように彼女を呼ぶ。
「う…うん…」
「大丈夫だって…!有栖は昔から甘ったれでさ、それは今に始まったことじゃないんだからさ、ほら…今は記憶が戻ったばかりで…なんていうか、まあ、ちょっと照れくさいとかあるかもしれないけど…俺たち、こんな小さい頃からいっしょに育ってるから、それこそいつもくっついてごろごろ転がって遊んだり、3人並んでお昼寝したりしてたんだよ?…今さら恥ずかしがらなくても大丈夫だから…双子の姉弟なんなんだから。じゃないと有栖、本当に睡眠不足になって倒れちゃうよ」
僕の部屋のドアの前でとまどうようにこちらを見ている有栖に、なんともないと言った感じで話しかける。
「ほら、風邪ひくよ?」
花冷えの夜、僕は毛布を有栖の肩からかけて、ガウンドレスのようにて包みこみ、自分のほうへ引き寄せた。
有栖の温もりが胸にあたる。
「大丈夫、大丈夫、甘えんぼの有栖もそのうちいつかは自然にひとりで眠れるようになるよ…それまでつきあってやるからさ」
そんな日は来なくてもいいんだけどね……僕のなかの悪魔が囁く。
ずっとこのまま、1人じゃ眠れない有栖のままでいればいい…
それじゃ有栖がいつまでもつらいだろ…と偽善ぶった僕が、もう1人の僕に言い返す。
それでも真実を知るよりずっといい…僕の胸で安心して眠ればいいんだ…だいたい、誰のせいで有栖がこうなったと思ってるんだ…有栖をかわいそうとか他人事みたいに憐れむ資格なんてないんだよ…僕は当事者だ。

「なんでかな…」
僕は有栖の声でハッとする。
「なんで私はひとりじゃ眠れなくなったのかな…昔は1人で…」
「それは有栖が甘えん坊で…」
僕がかぶせて言おうとするのを聞かずに有栖はぱっと顔をあげて続ける…
「ねえ、なんで私の部屋にはベッドがないの…?」
「え…」
ドキリとする。
「前はあったよね..私の部屋のクローゼットの隣の出窓のところに…私、あそこに目覚まし時計を置いていたの…」
有栖は必死に記憶を手繰り寄せようと瞳を瞬かせていたが、ビクッと身体を震わせて、こめかみを押さえる。頭が痛むようだ。
「ありす…!だめだよ、無理したら…また倒れちゃう」
僕はあわてて有栖をとめようとする。
「ベッドは…ベッドは捨てたんだよ…古くなったから…」
苦し紛れに言う。
「捨て…た…?」

僕が受ける罰だ。
大切な人に消えない傷を負わせた罪。
大切な人に嘘をつき続けなければいけない罰。

自分の気持ちを隠したままに。
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