《完結) エフ -- 夢見るありすと、ある兄弟の物--

夜の雨

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父からの電話 《有栖》

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わからないことばかりだった。

どうして優しかったパパが兄にあんなひどいことをしたのか。
兄も竜之介も、私に父には会わないで欲しいという。
そのために父に秘密で部屋を借りるほどに。
私が父に会うと、私がつらいことを思い出してしまうから。
父が私は家族にした「悲しいこと」を思い出してしまうから。

だけど、私は本当に思い出さなくていいの?
兄や竜之介にこんなに迷惑をかけて……

***

トゥルルルルル

その時、不意にテーブルの上の携帯電話が鳴った。
兄か、竜之介かな?と思い、とりあげると、往診に来てくれていた主治医からだった。
しばらく診察してもらっていないから心配してかけてくれたのかもしれない。
小さい頃から身体が弱かった私がずっとお世話になっている先生だ。
「もしもし…」
「やあ、有栖ちゃんかい?しばらく診察していないけど変わりはないかな?…今ね、久しぶりに立花さんが病院に寄ってくれていてね…有栖ちゃんたちの話をしていたところなんだよ。いやあ、懐かしい…」
よく知ってる先生の声がうれしそうに言う。
「父が…?」
私が聞き返すと先生が続ける。
「そしたら立花さんが、有栖ちゃんの電話番号を知らないというじゃないか…。まあ、思春期は親と距離を取りたい気持ちもわかるけどね…連絡先くらいは教えておかなきゃいけないよ。特に立花さんは海外に行ったり忙しい方だから、子供たちのことが気にかかるだろう?今、ここにいるから、少し変わるよ…」
先生は私がなにか言う前に、急に父を電話で呼び出してしまった。

ドキンと胸が激しく高鳴った。
兄も竜之介もまだ帰ってくるまでには時間があった。

「……有栖か…?」

私の心の整理がつかないうちに、電話口の向こうで懐かしい低い声がした。
「パ…パパ…」
自分の声が震えているのがわかる。
「有栖…やっと声が聞けた…。元気にしているのか?」
やっぱりパパだ…
低くてすべてを包み込むような声…。
私はなんとも言えない気持ちになって胸が熱くなる。

「パパ……私…」

言いたいことも聞きたいこともたくさんあった。
「有栖、今、ひとりだろ? ちょっと出てきてパパと話さないか…? もう何年も会ってないんだ。パパはたくさん話したいことがあるよ。もちろん、有栖の話もたくさん聞きたい…」
話し方も昔と変わらない優しい口ぶりで、懐かしさが込み上げる。
「で、でも兄やリュウが…」
私は兄がどうしても父に会ってほしくないと真剣な目で言っていたことを思い出しながら口ごもる。
そのためにこの部屋まで準備していたのだ。
「海里や竜之介に私がひどく嫌われていることは知っている……あることで誤解させてしまってね……誤解を解いて彼らに謝りたいんだ…実の息子に嫌われているというのはとても悲しいことだよ…有栖も仲直りをするのを手伝ってくれないか…?」
誤解……?
兄たちがこれほど父を警戒しているのは誤解のせい……?
「ねえパパ、どうして……あんなことをしたの……?」
私が聞くと、父は少し動揺した様子だった。
「……海里のことだね…? 海里に手を挙げてしまったことも彼に謝りたい…ちょっと誤解のことで口論になってしまってね…海里がカッとなって飛びかかってきて、思わず手が出てしまったよ…大人げなかったと反省している…」
私は戸惑った。
もし、本当にパパとお兄ちゃんたちが仲直りしてくれたら…
「パパ…パパは今も私たちと暮らしたい…?」
思い切って聞いてみる。
「もちろんだ…、家族と暮らしたくない父親がどこにいるんだ……」
父が一瞬の躊躇いもなく、即答してくれたことがうれしかった。
本当に兄たちは父のことを誤解しているとしたら?
もしパパと兄たちが仲直りしたら?
私たちまた一緒に暮らせる?

「それに…」
と、父は言葉を切った。
「有栖はこのままでいいのか?パパたちがこのままで。誤解したまま、離れ離れで。有栖は昔のことを忘れていると先生から聞いたよ。忘れたままでいいのかい? このまま海里たちの負担になりながら暮らしていていいのか?」
負担という言葉にドキリとする。
「パパは有栖に勇気をだして欲しい…
ふたりとパパとのパイプになって欲しいんだ……」
パパの声が苦しいほどに、胸に迫る。
ずっと私が思っていたことを父に指摘されて、言葉につまってしまった。

「パパは有栖のことも心配なんだ……学校も休んで、毎日部屋で一人、ふさぎ込んでいるんじゃないか?おうちに帰りたいんじゃないのか?パパに相談できることなら、なんでも聞く…今までさみしい思いをさせてすまなかったな…」
私はぐっと押し黙る。
聞いてみたいことがたくさんある。
兄のこと、私の忘れていること、そしてママのこと。
私が1番大切に思っていたママのこと。
ママの幸せが私の幸せ。
なのに今の私はママがどうしているのかすら知らない。

「パパ……私が会いにいくよ……」

***

私は覚悟を決めた。

兄と竜之介が甘く甘く私を寝かしつけてくれていたのは知っていた。
できることなら彼らの腕の中でずっと眠っていたかった。
でもずっとこのままではいられない。

だって私はこれからもずっと兄や竜之介と笑って生きていきたいから。庇われるものとしてじゃなく、本当に「いっしょ」に。

兄に電話しようとして手を止めた。
今は家庭教師の仕事中の時間だ。
手早く出かける準備を整えて、玄関先で竜之介に電話する。
ちょうど高校は授業が終わる時間だ。

「有栖?どうかした?」
電話口に竜之介の声。
私は靴を履きながら呼吸を整える。
「リュウ…今から私、パパに会ってくる…」
「ちょ、ちょっと待って…有栖、何を言ってるの?!」
電話口で慌てた声がする。
「さっきパパから電話あったの…パパが……お兄ちゃんと竜之介に誤解されてるから誤解を解きたいって…」
反対されるのはわかっていたから、一気に話す。
「有栖!ダメだ!」
竜之介が鋭く叫ぶ。
「とにかく俺がそっちにいくまで待って…!」
バダバタと竜之介が帰る支度をしている気配がする。
「大丈夫よ、この部屋のことは絶対教えない…。私が出かけていって少し話をするだけだから…」
「有栖、本当に待って!!親父は危険なんだ…有栖は忘れているけど…有栖は親父にっ…ッッ!」
言いかけて竜之介は電話口の向こうで口をつぐんで一瞬沈黙が走った。
「パパは…反省してるって言ってたよ…お兄ちゃんや竜之介と仲直りしたいって言ってた。誤解されているのはつらいって。私、私みんなで仲良く暮らしたい…!」
「ありすっ!」
ほとんど絶叫に近い声で竜之介が叫ぶ。
「リュウ、お願い……私、強くなりたいの…ずっとお兄ちゃんと竜之介のお荷物でいるのはいやなの……」
まだ竜之介は叫んでいたが、私はすぐに戻るから心配しないでと言って電話を切った。

早く会いにいかなきゃ。
家を出た私は、すぐタクシーに飛び乗った。
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