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回想◆ 真実 ママの最後の記憶 《有栖》 *血の描写有り

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母がキッチンでストンストンとゆっくり何かをを切っている。
夕飯を作っているのだろう。
私に背を向けて。

「ママ……」
呼びかけても黙ったまま、振り返ってくれない。そのまま包丁を動かし続ける。

不安になって隣にまわり込むと、私は息を飲んだ。
まな板の上には、なにも乗っていなかった。
けれども彼女は包丁を動かすのをやめない。

「…ママ……?」

母は手を止めない。
「有栖ちゃん……ママ、幸せになろうねって言ったよね?」
母は包丁から目を離さないまま言う。
「え……」
感情を感じさせない母の声にドキリとする。

「家族が欲しかったんじゃないの?…なのにどうして邪魔するの?…どうして壊すようなことするの……? 有栖。」
急に母がこちらに向き直る。
表情がない母の顔にゾクリとする。

「気持ち悪い…きょうだいや、親子で…あんなこと……あんた、気持ち悪い……」

頭を殴られたような衝撃を受けた。

ママ……
知っていたの?
知っていて……助けてくれなかったの…

「ママ……」
「あんたがいなかったら、あの人は今も私を愛してくれていたはずなのに…」
「.……!」
母は包丁を持ったままの手で私の両肩をがしっとつかんだ。
母の目が私を凝視している。

ーーー私がいなかったら……

「母さん!なにしてるんだ……!」
キッチンに入ってきた兄が大きな声をだす。
母がビクッとして包丁を放す。
カシャンと音がして、包丁は私の左足の真横に落ちた。

「父親も兄もたぶらかすなんて…あんた、あばずれよ…」
母は吐き捨てるように言った。


ーーー有栖ちゃん、
   私たち幸せになるのよ。
薔薇色の頬で私にそう笑った同じ唇が私を……

私はもうその時点で壊れていたのかもしれない。

母にすべてを知られていたショックと、それでも助けてもらえず見て見ぬふりをされていたこと、母のしあわせを私が壊してしまったということに、私は目の前が真っ暗になったような気がした。

そこからのことはあまりよく思い出せない。

その三日後、母は首をかき切って死んだ。
私のベッドで。

みつけたのは私。

ベッドに横たわる母を見て、私は何時間もその場で座り込んでいたらしい。やがて竜之介が帰ってきて、すぐに兄が帰ってきた。

ふたりが何か叫んだりしていた。私は部屋から引っ張り出された。
私の両手には乾いた血がたっぷりこびりついていた。

ーーー幸せになるのよ

母の声が聞こえてくる。

私がママをころしたの?
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