篠崎×安西(旧カルーアミルク)

gooneone(ごーわんわん)

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「嫌いなものはなんですか」
 先程からマイナスなことばかり聞いてしまっているだろうか。いや、趣味を間に挟んだから大丈夫だろう。だってこういうときに少しでも多く篠崎の情報を得ておかなければ。
 いつか捨てられる、そう思っているけれどそのいつかはなるべく遅い方がいい。でもできれば――できれば、そんな日が来なければいい。自分の努力で延長できるなら、少しでも遅くしたい。
「ないな」
「え、ないんですか?」
 人には嫌いなものがあるだろう。生き物とか食べ物とか、色々。それなのに篠崎はないと言い切ってしまう。
「ああ……そうだな、嘘は嫌いだ」
 簡潔過ぎたとでも思ったのだろうか。篠崎が付け足すように言った。
「嘘……」
「うん、だが諒くんは嘘を吐かないだろう」
 ごめんなさい、と思った。今のところ嘘は吐いていないけれどこれからきっと吐くことになる。もしくは〝言っていないだけだ、嘘ではない〟とか、自己弁護を含むような気持ちで何かを隠すかもしれない。だって嫌われたくない。捨てられたくない。だからそのために自分を隠してしまうだろう。
「素直な諒くんが好きだよ」
 嘘にだって種類がある。自分を守るための嘘か、相手を守るための嘘か。嘘の善し悪しを白黒はっきりつけることはできないけれど、篠崎は今「素直な」と形容した。きっと安西の気持ちはばれているのだろう。
「……わかりました」
 しっかりと心に留めておかなくては。篠崎は嘘が嫌い、素直な人が好き。
「……もう質問が浮かびません」
「そうだな、あとは日常でゆっくり知っていこう」
 篠崎はそう言って締めると安西の髪を優しく梳いた。
「……諒、嫌だったら嫌と言ってほしいんだが」
 篠崎の空気が少し変わる。何を言われるのだろう。恐怖に胸が痛む。
「……はい」
 ああ、何を言われるのだろう。さっきから素直に発言せず、隠し事をしているのがバレているのだろうか。それでも先を聞かずにはいられない。
「なんですか」
「キスがしたい」
「っ、ぁ、……」
 思ってもいない言葉だった。詰められるのではと思っていたのに、まさか逆のことを言われるとは。
 咄嗟のことに言葉が出ない。キス、なんて。したことがない。自分の人生プランの中にそんなものは含まれていなかった。いや、確かに篠崎と付き合うとなった時点でそのプランは変更されているのだろうけれど、篠崎があまりにも手を出してこないから。出さずにいてくれていたから油断していた。このままでいいのだと思っていた。このまま何もなく、平穏に、ただ二人の時間をゆったりと過ごしていくのだと。
「すまない、まだ早かったな」
 でも篠崎はしたいと思っていたということだ。そして「早かったな」と言うということは、今できなくてもいつかしようと思っているということだ。安西とキスを。でもキスをしたらその先がある。知識としてはもちろん知っている。それが恋人同士なら当然の行為であるということも。でも安西にそれはできない。同級生に撫でられた股間。ストーカーに抱きしめられ、匂いを嗅がれた感触。篠崎にあんな風にされる。篠崎に股間を撫でられる。性的に抱きしめられ、首筋の匂いを嗅がれる。考えただけでぞくりとした。でもまさかそれを口にすることはできない。
「や、違うんです……その、キスをしたらえっちになるんですよね」
「ん?」
「その、性行為に繋がるって言うか」
「ああ……そういうことか。そんなことはないよ。アメリカでは挨拶だしな。まずは額にキスがしたい」
「おでこ?」
 篠崎の声のトーンは穏やかなままだ。嘘を吐いているとか、取り繕っている様子はない。そのことに正直ほっとした。
「そう。そしたらおやすみやおはようのキスができるだろう」
「え、と……わ、わかりました」
 それくらいなら、きっと大丈夫だ。アメリカでは挨拶、家族同士でするもの。性感のキスではないのだ。大丈夫。
「いいのか?本当にするぞ?嫌なら今のうちだ」
「いい、です……してください」
「ありがとう」
 そうは言ったものの、やはり少し怖かった。緊張もある。だって篠崎の形の良い薄い唇が安西に触れるのだ。寝るときに抱きしめられることには慣れた。けれどそれは寝るときの習慣になりつつあるし、性的な触れ合いではない。
 篠崎が安西の前髪をかき上げた。額が露出する。ぎゅっと目を閉じた。額にシワが寄っているかもしれない。でも怖い。強張った額に何かが触れた。
「ありがとう」
「え?」
「ん?」
「終わりですか?」
「終わりだよ」
 キスが終わった?
「……違った」
「違った?」
「思ってたとの違いました」
 もっと、違うものを想像していた。どんなものかと考えるとよく分からないけれど、感触とか気持ちとか、もっと何かごちゃごちゃしたものだと思っていた。けれど目を瞑っている間に柔らかいものが触れただけだった。微塵の嫌悪感もなかった。
「嫌だった?」
「……嬉しかったです」
 篠崎にキスをしてもらえたことも、自分がそれを受け入れられたことも。もしかしたら自分が臆病なだけで、案外大丈夫なものなのかもしれない。
「そうか」
「あの、もう一回……」
 先ほどは身構えてしまっていたから分からなかっただけかもしれない。でももう怖くないと分かったから、きちんと篠崎の唇を感じてみたかった。
「ああ」
 安西の髪は柔らかくて、手を離されるとはらりと落ちてしまう。その前髪を篠崎がもう一度かき上げる。
 ふに、とまた柔らかいものが触れた。湧き上がるのはやはり喜びだった。嫌悪はない。額で受けただけだけれど、篠崎を受け入れることができた。それにその柔らかさが気持ちいいと思えた。――もしかして世の恋人たちはこの柔らかい感触が気持ち良くて沢山キスをするのかもしれない。
「……嬉しい、気持ちいい」
「そうか、よかった」
 至近距離で篠崎が微笑む。恥ずかしい。かっこよすぎて、こんな近くで自分の顔を見られていると思うと恥ずかしくて隠れてしまいたくなる。
 安西が嬉しいと思うように、篠崎も嬉しいと思ってくれているのかもしれない。顔が幸せそうだ。さっきまで一人で部屋に取り残され絶望的な気持ちでいっぱいだったはずなのに、今はこんなに幸せでたまらない。篠崎の言動一つで自分の感情はこんなにも簡単に左右されてしまう。
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