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しおりを挟む「他に苦手なものは?」
「……えと……それくらい……です」
本当は怒られることが苦手だ。それから置いていかれる、捨てられることも。だけどそれはみんな同じだから言わなくていいだろう。わざわざ言うことではない。
「そうか」
今度は安西の番だ。篠崎はまだ何か言いたげな様子ではあるけれど、今日は少し悲しいことを思い出し過ぎた。頭を切り替える。
「趣味はなんですか」
「趣味か。今まではずっと仕事だったな」
「仕事ですか」
「新しいことを始めるのが好きでな」
「日本にきた理由もそうだと言ってましたもんね」
「ああ、だから今までは新しいものを求めていろんなところへ行ったよ」
「……そうなんですね」
これからもどこかへ行ってしまうんだろうか。安西を置いて。
(行くよな、趣味だもんな)
――でも止める権利は自分にはない。
心に蓋をする。そしてにこりと笑って聞く。
「どこが一番よかったです?」
「日本だよ」
まさか日本と言われるとは思わなかった。世界にはいい場所が沢山あると聞く。日本人の安西に気を遣っているのだろうか。
「そうなんですか」
「愛しい子に出会えたから」
「そうですか」
「ああ、ちょっと鈍感なんだが」
「え?」
「諒のことに決まってるだろう」
「……好きな食べ物はなんですか」
だって、どう反応したらいいか分からない。泣き疲れて眠ってしまって、床からベッドに運んでもらったことにすら気付かない程眠っていて、そして起きたばかりなのだ。
「おいおい、まだ途中だよ、前までは仕事、今は諒くんを構うことが趣味だ」
「……好きな食べ物……」
強情な安西に、篠崎は笑った。
「次は俺が聞く番だろう」
「どうぞ……」
「好きな場所は」
「……篠崎の腕の中」
もっと他の、海とか、そういうところを言いたかったけれど思い浮かばなかった。だってどこにも行っていない。旅行と名前が付くものだって義務教育の修学旅行くらいだ。自分は旅行の楽しみ方すら知らないつまらない人間なのだと今頃になって気付く。
「どうして」
「安心するから……」
それは本当だ。篠崎の腕の中が一番安心できる。
「そうか」
篠崎は少し満足気だった。
「僕への苦情はありますか」
言ってしまってからストレート過ぎたかと後悔するがもう遅い。
「苦情?ないよ」
「うそだ」
つい強い口調になってしまう。
「希望ならあるが」
「なんですか?」
「もっと甘えてほしい」
「甘えてます」
こんなに、こんなに甘えている。篠崎は知らないだけだ。篠崎が帰ってこないだけで絶望的な気持ちになることを。それくらい依存してしまっていることを。けれどそれじゃだめなのだと〝自分を律しないと〟と考えながら生活している程篠崎に甘えてしまっていることを。
「甘えてないだろう」
でもまさかそんなこと――言えない。重いと思われる。面倒だと。
「……抱っこしてもらったり頭を撫でてもらったり」
「足りないな」
「……じゃあどうしたらいいですか」
「諒くんは俺にしてほしいことはないのか」
「十分してもらってます」
「ふむ…」
そういえば、そんな話昨日もしたなと気付く。二日連続で言うということはきっと篠崎の本音なのだろう。
「本当に甘えてもいいんですか」
「そうしてほしい。諒くんはどんな風に甘えたい?」
「……わかりません」
甘えたいと言う気持ちはある。けどどう甘えたらいいかがわからない。
「そうか」
「ごめんなさい」
「謝ることじゃない。少しずつ覚えていけばいい」
「甘えるのを?」
「そうだよ」
「わかりました」
これでもだいぶ篠崎に甘えることを教えてもらったというのに、これ以上――そんなことしたら、それこそ別れが辛くなる。永遠には続かない。いつか捨てられる。これ以上甘えることに慣れてしまったら、別れた後生きていけなくなってしまう。
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