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しおりを挟む二日目の夕方――
「……ん」
目が覚めた。のに目が開かない。起きたのに。
「諒」
篠崎の声がする。温かいのは篠崎の体温だ
「諒」
篠崎だ。確認したいのに、目が開かない。手の甲で擦ると手首を掴まれた。
「もっと腫れてしまうよ」
優しい声だ。安西の知る、いつもの篠崎。
「や……」
目を開けたくて、目を擦りたくてむずがる。
「可愛い」
「ゃ……」
可愛くない。これじゃぐずってる子供だ。
「どうして泣いてた?」
普段の穏やかさに、ほっとして本音が漏れる。
「……篠崎に捨てられたって」
「そうか。怖かったな、そんなことはないから大丈夫だよ」
「……置いてかないで」
「うん、これからはもっとちゃんと連絡するようにするよ」
篠崎が困ったように言う。
そういえば連絡先を交換した直後もほとんど連絡がなかった。国に帰ったのではと思ったほどだ。あの時はきっと安西が襲われて助けを求めなければそのまま縁が切れていただろう。
「しのざき、あんまり連絡しないひと?」
「あー……不精かもしれないな」
なんだ、そうだったのか。
「まだ知らないことばかりだな」
その言葉にゾクッとする。篠崎もそう思うのだ。連絡がないと不安になると知られて、面倒臭いと思われたのかもしれない。思っていたのと違うと。立場をわきまえる人間だと思っていたのにと。
「い、……嫌になりましたか」
「違うよ、そういう意味じゃない」
慌てたように言う。ならどういう意味だったのだろう。
「もっと俺のことを知ってくれるか」
もしかして篠崎も安西と同じように不安に思ってくれたのだろうか。安西に、思っていたのと違うと思われたのでは、と。
「……知りたい。知りたいです」
そしてもっと篠崎の好みになりたい。せめて嫌われないように。ストレスにならないように。捨てられてしまわないように。
「俺も諒くんのことを知りたいよ」
「……ほんと?」
安西に隠し事は何もない。親のことも施設育ちということも話した。そういえば仕事のことは話したっけ、と思うけれど、仕事を理由に嫌われることはないだろうとそれについては置いておくことにする。あと、篠崎に言っていないことはない。一人じゃ眠れないことも、ゆうくんに寝かしつけてもらっていたことも話した。
そうして見ると寂しい人生だ。特筆すべきことが何もないのだ。平凡な人生だと思っている人だってもう少し何かあるだろう。
「うん、本当」
篠崎は抱きしめてくれていた身体を少し離し、安西の前髪をかき上げて言った。
「質問しあおうか」
「……何でもいいんですか」
「いいよ」
優しい微笑み。やはり安西の知る篠崎だ。嬉しくなる。よかった、だって本当に怖かったのだ。
「に、苦手なものとかありますか」
まずは篠崎の嫌いなタイプにならないようになりたい。
「苦手なものか……押しの強い女性」
「………へぇ」
やはり言い寄られることが多いんだろうな、と心が暗くなる。でも少なくとも自分は押しの強いタイプではないから大丈夫だろう。
「気分を害したか」
「いえ、僕のことは気にせず教えてください」
篠崎に嫌われないための情報収集のようなものだから、安西に気を遣われてしまうと本音が聞けなくなってしまう。
次は俺の番だな、と篠崎が言う。
「諒くんの苦手なものは?」
「え、と……」
訊くことばかり意識していて訊かれることを全く予想していなかった。
苦手なもの。なんて言ったらいいのだろう。言葉にならない苦手なものならたくさんあるのに。
「ゆっくりでいいよ」
「や、その、沢山あって」
「全部教えてほしいな」
「ほんとに沢山……」
「うん、全部聞きたい」
「えと……お化け……」
「お化け?」
驚かれてしまった。やはり子供っぽすぎただろうか。けれど本当に苦手なのだ。
施設にいた頃、夏にみんなでテレビの怖い話を観た。幼かったから特に怖くてしかたがなかったのだけれど、当然怖くないよと抱きしめてくれる大人はいなくて、一緒に寝てくれるだろうと思っていたゆうくんをもっと小さい子に取られてしまって、一人じゃ寝れないせいもあって一晩中お化けに怯えながら朝を待ったのだ。それがどうしても忘れられずにいる。
でもそこまで言ったらいつまで子供の記憶を引きずっているのだと思われてしまうそうで、急いで言葉を続ける。
「……あと、雷」
これもまた思い出は子供の頃だ。施設に入る前の記憶。夏の夕方、急に降ってきたうるさい程の強い雨。そして雷。停電になった。けれどお母さんはいなくて、一人で震えていたのだ。小学校にも入学しておらず、幼稚園や保育園にも入れてもらっていなかった自分にはその光ってゴロゴロ鳴るものが雷というのだということを教えてくれる人もいなくて、ただ言い知れぬ恐怖に真っ暗な部屋で震えていた。今ではもう雷の原理だって分かっているし、室内にいれば安全だということも分かっている。ただ、どうしても雷が来ると〝一人だった〟という悲しくて寂しかった記憶に結びついてしまうのだ。だから雷は怖いのではなく、苦手だった。
「……そうか。お化けは見たことがあるのかな」
篠崎は優しく訊いてくれた。こういうとき、篠崎は本当に安西を子供として扱うように話す。
「ないですけど……ホラー映画とか」
「ああ、ジャパニーズホラーは確かに怖い」
篠崎が苦笑する。もしかして篠崎も苦手なのだろうか。――いや、きっと調子を合わせてくれただけだ。
「夏になるとテレビで心霊特集とかするんですけど、怖いです」
「だが観たい?」
少し考えて、頷いた。
「じゃあ今年は抱っこで観ようか」
「いいんですか?」
「もちろん」
嬉しい。それなら観れるし、何より――過去の悲しい記憶から今の優しい記憶に塗り替えることができる。
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