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可愛いなと思う。そして切ない。正直想像以上だった。これほどひどい環境で過ごしていたとは思っていなかった。それでも分かったのは食事をもらえていないこと、親がほとんど帰ってこないことくらいだ。
結局浴槽が怖かった理由は分からない。けれどきっと――生死の恐怖を味わったのだろう。
「まま……」
「諒……?」
寝言のようだ。
「ごめんなさい……」
諒はシーツをぎゅっと握っている。その手が震えている。
「諒、」
「まま、ごめ……なさ……かえって……きて……」
「諒!」
それ以上は聞いていられなかった。それに例え夢だとしても辛い思いはしてほしくなかった。身体を揺さぶり覚醒させる。
「あ……篠崎?」
「……諒?」
先ほどまでの舌足らずな呼び方ではない。まさか。
「篠崎?あれ、僕寝ちゃってました?」
「あ、ああ……」
戻ったのだ、という安堵と先程までの幼い諒の悪夢への焦りで思考が定まらない。
「すみません、あれ、僕……」
「ん?」
不安にさせないよう平然を装う。
ああ……でも、戻ったのだ。今目の前にいるのは辛くて怯えて震えている幼い諒ではない。少しだけでも過去を克服した諒だ。
「衣替えしてたんですよね」
「ああ……頭を打ったんだ。それで少し冒険をしてたかな」
「冒険?」
「あぁ」
子供の頃のことを話さないということはまだ知られたくないと言うことだろう。その一部を不可抗力とは言え知ってしまった。まだそのことを知らせるのは早いかもしれない。
「そうだ、諒くん、それより君の横にいるテディベア。君へのプレゼントだ」
「テディベア?」
諒が反対側を向く。
「え、あれ?」
「ん?」
「変な夢を見たんです。子供の頃の夢」
「ほう」
「まだ施設に行く前で、親と住んでいた頃なんですけど」
「うん」
「少しだけ男の人に世話をしてもらったような、そんなうっすらした記憶……?の夢なんです」
「ほう」
「母親の彼氏かお客さんだったのかな……すごく優しくしてくれて、抱っこしたり頭撫でてくれたりして」
「そうか」
「あと、痛いの痛いの飛んで行けをしてくれたんです。僕、初めてされた……」
「……どこか痛かったのか」
「確か……頭、かな」
「そうか」
諒は身体を起こすとテディを抱いた。その抱き方は子供の諒と全く同じ抱き方だった。
「オムライスを食べさせてもらって、お風呂にも入れてもらって夜も一緒に寝てもらって……そんな風に自分を見てもらったこと初めてで、とても嬉しかったんです」
「そうか」
「それで次の日、大きい熊のぬいぐるみを……これ、そっくりなんです」
そう言って諒は優しくテディの頭を撫でている。
「……篠崎みたいに優しい人でした。……でも多分、相手の家だったんですよね。僕の家じゃなかったから。でもお客さんや彼氏に家に呼んでもらうなんて他には覚えがなくて……この記憶も夢だったのかな……よくわかんないんですけど」
「そうか。……なぁ諒くん、たまには子供に戻る日を作ってみないか」
「え?」
「子供のように甘えて、ワガママを言って、ご飯が食べれなくなるほどにおやつを食べる日」
「篠崎どうしたんですか?」
「だめか」
「だめじゃないですけど……」
諒が戻ったのは良かった。けれどできればもう少し癒してあげたかった。諒はいいこなのだと教えてあげたかった。
「そういえば、どうして冷蔵庫にリンゴジュースが?」
普段諒がカクテルに使うのはオレンジかグレープフルーツだ。リンゴジュースを使っているところは見たことはなかった。
「あ……」
「アイスもあんなに好きだったんだな」
「……すみません、子供みたいですよね」
「そんなことないよ」
「子供の時に食べられなかった反動なのか、つい買ってしまうことがあって」
やはり、なんとなく想像はしていたがその通りだったようだ。しかしそれなら自分で買うなんて寂しいことはさせたくない。諒は子供の頃にただ飲みたかったわけではないはずだ。与えてほしかったはずなのだ。
「そうか、なら今度から俺が買ってこよう」
「え?」
「諒くんの中の子供を可愛がりたいんだ」
「僕の中の子供?」
「そう」
諒は不思議そうな顔をしていたけれど特に何かを言うことはなくただ静かにテディを撫でていた。
結局浴槽が怖かった理由は分からない。けれどきっと――生死の恐怖を味わったのだろう。
「まま……」
「諒……?」
寝言のようだ。
「ごめんなさい……」
諒はシーツをぎゅっと握っている。その手が震えている。
「諒、」
「まま、ごめ……なさ……かえって……きて……」
「諒!」
それ以上は聞いていられなかった。それに例え夢だとしても辛い思いはしてほしくなかった。身体を揺さぶり覚醒させる。
「あ……篠崎?」
「……諒?」
先ほどまでの舌足らずな呼び方ではない。まさか。
「篠崎?あれ、僕寝ちゃってました?」
「あ、ああ……」
戻ったのだ、という安堵と先程までの幼い諒の悪夢への焦りで思考が定まらない。
「すみません、あれ、僕……」
「ん?」
不安にさせないよう平然を装う。
ああ……でも、戻ったのだ。今目の前にいるのは辛くて怯えて震えている幼い諒ではない。少しだけでも過去を克服した諒だ。
「衣替えしてたんですよね」
「ああ……頭を打ったんだ。それで少し冒険をしてたかな」
「冒険?」
「あぁ」
子供の頃のことを話さないということはまだ知られたくないと言うことだろう。その一部を不可抗力とは言え知ってしまった。まだそのことを知らせるのは早いかもしれない。
「そうだ、諒くん、それより君の横にいるテディベア。君へのプレゼントだ」
「テディベア?」
諒が反対側を向く。
「え、あれ?」
「ん?」
「変な夢を見たんです。子供の頃の夢」
「ほう」
「まだ施設に行く前で、親と住んでいた頃なんですけど」
「うん」
「少しだけ男の人に世話をしてもらったような、そんなうっすらした記憶……?の夢なんです」
「ほう」
「母親の彼氏かお客さんだったのかな……すごく優しくしてくれて、抱っこしたり頭撫でてくれたりして」
「そうか」
「あと、痛いの痛いの飛んで行けをしてくれたんです。僕、初めてされた……」
「……どこか痛かったのか」
「確か……頭、かな」
「そうか」
諒は身体を起こすとテディを抱いた。その抱き方は子供の諒と全く同じ抱き方だった。
「オムライスを食べさせてもらって、お風呂にも入れてもらって夜も一緒に寝てもらって……そんな風に自分を見てもらったこと初めてで、とても嬉しかったんです」
「そうか」
「それで次の日、大きい熊のぬいぐるみを……これ、そっくりなんです」
そう言って諒は優しくテディの頭を撫でている。
「……篠崎みたいに優しい人でした。……でも多分、相手の家だったんですよね。僕の家じゃなかったから。でもお客さんや彼氏に家に呼んでもらうなんて他には覚えがなくて……この記憶も夢だったのかな……よくわかんないんですけど」
「そうか。……なぁ諒くん、たまには子供に戻る日を作ってみないか」
「え?」
「子供のように甘えて、ワガママを言って、ご飯が食べれなくなるほどにおやつを食べる日」
「篠崎どうしたんですか?」
「だめか」
「だめじゃないですけど……」
諒が戻ったのは良かった。けれどできればもう少し癒してあげたかった。諒はいいこなのだと教えてあげたかった。
「そういえば、どうして冷蔵庫にリンゴジュースが?」
普段諒がカクテルに使うのはオレンジかグレープフルーツだ。リンゴジュースを使っているところは見たことはなかった。
「あ……」
「アイスもあんなに好きだったんだな」
「……すみません、子供みたいですよね」
「そんなことないよ」
「子供の時に食べられなかった反動なのか、つい買ってしまうことがあって」
やはり、なんとなく想像はしていたがその通りだったようだ。しかしそれなら自分で買うなんて寂しいことはさせたくない。諒は子供の頃にただ飲みたかったわけではないはずだ。与えてほしかったはずなのだ。
「そうか、なら今度から俺が買ってこよう」
「え?」
「諒くんの中の子供を可愛がりたいんだ」
「僕の中の子供?」
「そう」
諒は不思議そうな顔をしていたけれど特に何かを言うことはなくただ静かにテディを撫でていた。
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