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第一章「あなたの妻です」

第八話「魔法使いレレパス、恐喝」

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 食事を終えると、フィンとクレイは、サンティとともに食堂を出た。
 ひんやりした長い廊下を歩き、門を抜ければもう外だ。
 なんだかさっきまでまで、別の世界にいたような気がする。

 フィンはサンティにまた頭を下げた。

「本当にありがとう、助かったよ」
「なにごとも神様の思し召しです」
「その上で、なんだが……」

 フィンは言いづらそうに尋ねた。

「今日は、何かクエストを受けたりはしないのか?」
「すみません。今日は神の定めた安息日ですので……」
「そうだよな、そうだった。すまなかった……じゃあ、また今度」

 フィンのぎこちない笑みに、サンティは目を細めた。

「ええ、またお会いしましょう」

 そんなふうに挨拶を交わして、フィンとクレイは教会を出た。


「今日こそ何かクエストをこなさないとマズいぞ……」

 もはや銀貨が尽きかけている。
 だがフィンひとりでは、ギルドに行ってもクエストが受けられない。
 ロンゴは昨日、憲兵隊に連れて行かれたから、探すとすればベイブかレレパスだ。

 正直なことを言えば、目も合わせたくない連中だった。
 しかし、日銭を得るためには彼らに頼らざるをえない。

 ベイブか、レレパスか、それとも両方か。
 どちらにせよ、こき使われるのに変わりはない。

「いるとすれば、“恋人の宿”の近辺だろう……行くか」

 フィンはため息をついて、歩き始めた。
 教会と“恋人の宿”は、まるで正反対の施設だ。
 しかし裏路地を通ればすぐに辿り着ける。

 その辺りを探せば――。

「フィンじゃん、なにやってんのさ」

 裏路地を出たところで、現れたのは魔法使いのレレパスだった。
 今日はベイブと一緒ではないらしい。

「………………」

 探していた相手ではあったが、やはり良い気分にはなれない。

「ていうか女連れ? めっちゃウケるんだけど。まだ女買う金残ってたんだ」

 ニヤニヤ笑いながら、レレパスはクレイを見た。
 クレイは不思議そうな顔をして視線を返す。
 レレパスは鼻で笑いながら、フィンを指さして言った。

「アンタさ。こんな情けない奴と一緒にいて恥ずかしくないの?」
「どうして恥ずかしいんですか? わたくしは旦那さまを誇りに思っています」

 レレパスは、あからさまにムッとした表情を見せた。
 フィンはひそかにため息をつく。
 こういうやりとりは、できるだけ早く終わらせて本題に入りたい。

「へえ、“盗っ人のフィン”のうわさ、まだ知らない奴がいたんだ」

 レレパスはそう言って、口の端をつり上げる。
 すると――ニコニコしていたクレイが、すっと真顔になった。

「あなたは、わたくしの旦那さまを“盗っ人”と仰るのですか?」

 一歩、前に進み出た。

「あなたも“摂理”わかってない人ですか?」

 クレイのルビー色の瞳は、真っ直ぐにレレパスを射貫いていた。
 非常にマズい。
 レレパスがロンゴのような目に遭うとなると、状況がさらに悪化する。

「すまない、こいつは街に来たばかりで、よくわかってないんだ」

 フィンはそう言って、クレイの頭をがしがしとでた。
 クレイは不思議そうな顔をして、素直に撫でられている。
 これ以上、話をややこしくしたくない。

「へえー、やっぱりそうか、だからお前の噂知らないわけだ。でさー」

 レレパスはいやしい笑みを浮かべた。
 この笑みが、いつもの“攻撃”の合図だった。

「実はさ、ちょっと小遣こづかい欲しいところなんだよね。昨日飲み過ぎちゃってさー」

 フィンがほとんど金を持っていないことを、レレパスは知っているはずだ。
 なのにそんなことを言ってくるのは、クレイの前でフィンに恥をかかせるためだろう。

「すまない、今日は見逃してもらえないか……」
「見逃すってなにがぁ? 小遣い欲しいって言ってるだけじゃん」

 そう言ってレレパスはケラケラと笑った。

「でも、ここで“誠意”見せてくれないと、もっとエグい噂流れるかもよー?」
「悪いけど、手持ちが……」

 今日の夕飯代すら、危ういところだ。

「あー、そうなんだ。“仲間”が困ってるのに、手助けもしないんだ」

 レレパスはフィンをせせら笑った。

「こういう男なんだよ、フィンって奴は。一緒にいる価値ないって、マジで」

 そう言って、杖でフィンの膝を小突く。

「ねえフィン。自分でもそう思うよねえ?」
「……そうかもしれないな」

 下手に言い返すと、なにをされるかわからない。
 今までよりももっと酷い噂を流されるかもしれないし、ベイブに報告されても厄介だ。

「ほら、自分でもこう言ってる男だよ。一緒にいたら不幸になるだけだって」
「え? わたくし、いま現在進行形で幸せですよ?」

 クレイがそう答えると、レレパスは眉間にシワを寄せた。

「いやさ、ここで銀貨の1枚も出せないような男、マジで価値あると思ってんの?」
「お金と旦那さまと、なにか関係があるのですか?」
「言い返さなくていい。すまないレレパス、本当に金がないんだ」

 フィンは頭を下げた。

「だっさ! マジでだせえ!」

 レレパスは腹を抱えて笑う。
 地面を見つめたまま、フィンは微動だにしなかった。

 悔しくないわけがない。
 しかし――いまは屈辱に耐えるしかない。

 生きていくためには、仕方のないことで――。


「なるほどっ!」


 そのときクレイがぽんと手を叩いた。

「このうるさいメスはお金が大好きなんですね!」

 そう言って、レレパスに向けて両手を広げる。

「お金を儲けるには、他人と協力する必要があると旦那さまは仰いました! わたくしは旦那さまの仰ったことをちゃんと覚えています! えらい!」
「は? えらい? なにこの子、イっちゃってんの? てかなにその手……」

 フィンが止める暇もなく、クレイは満面の笑みを浮かべ、元気いっぱいに言い放つ。


「では、おひとりで・・・・・協力しあってください!」


 クレイの両手が、紫色に輝いた。


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