上 下
18 / 36
第二章「さらばリーンベイル」

第十八話「嬉しくて恥ずかしい」

しおりを挟む
 フィンとクレイは鍛冶屋を目指していた。

 鍛冶屋は市場街を抜けた裏路地にあり、詰め所からだと少し遠回りになる。
 日も傾きかけて、他の店はそろそろ店じまいを始めようかという時分だ。

 しかし鍛冶屋はけっこう遅くまで店を開けている。
 仕事を終えた冒険者からの依頼が多いためだった。

 ふたりはひさしをくぐって、薄暗い店内に入った。

「いらっしゃい……い」

 店主はフィンを見るなり、けげんな顔をした。

「あの……なんのご用で?」
「矢じりを買いにきただけだ」

 それを聞くと、店主はほっと胸をなでおろす。
 フィンは棚のあちこちを指さして、矢じりをひとそろい買い求めた。

「……その」

 店主は少しおびえた様子で、ちらりとフィンを見た。

「俺は……善良な市民なんだ……だから……」

 どこか懇願こんがんするような調子があった。
 フィンはため息をつく。

「わかってるよ。また寄る」

 銀貨を払って商品を受け取り、フィンたちは外に出た。

「さっきの店員さん、なんか感じ悪くなかったですか? “摂理”わからせてきたほうがいいですか?」

 クレイは無邪気な顔で、そんなことを言う。

「いや、気にしなくていい。仕方ないさ」

 フィンはぎこちない笑みを浮かべた。

「あいつは、うわさ好きなんだ」
「でも、旦那さまの悪い噂は晴れたんでしょう?」
「それはそうなんだが……どう説明すればいいかな」

 フィンも、さっきから気がついている。
 “盗っ人のフィン”の名前が通っていたときよりも、街の人々は露骨にフィンを避けて通った。
 クレイは、くちびるの下に指を当てて、小首を傾げる。

「なんであんなふうに街の人は、旦那さまに怯えてるんです?」

 フィンは周囲に聞かれないよう小声で言った。

仕返し・・・をされると思ってるんだよ。だから怖がってる」
「旦那さまは、仕返しするんですか?」
「まさか」

 そう答えて、フィンは思わずこぼれた笑みを隠した。

「でも、俺がどう思ってるかなんて、本当のところは問題じゃないんだ。連中にとっては」

 フィンは言った。

「自分が唾を吐いた相手が、“ドブイタチ”を壊滅させた。あいつと下手に関わった連中はみんな死んだか捕まった。それだけで、怖いのさ。次は自分の番かもしれないってね」
「愚かですね、それなら最初から酷いことをしなければいいのに!」

 クレイは、ぷーっと頬を膨らませた。

「相手を強者と認めたなら、頭を下げて恭順の意思を示すべきです!」
「そうもいかないのが、人間だ。まあ、じきになれる」
「人間の群れって、非合理的ですね」



 宿屋に着くと、待っていたのは筋骨隆々の女主人、マーガレットの熱烈な出迎えだ。

「お帰り! フィンにクレイ!」

 さっそくフィンは、マーガレットに背中をバンバン叩かれた。
 このままだと、背中の皮膚だけが分厚くなるかもしれない。

「あんた聞いたよ! “冒険者殺し”を捕まえたそうじゃないか!!」

 そう言って、マーガレットはニカッと笑った。

「街の連中はどう言うか知らないけどね、武勇伝は大事にしな! ここぞというときに出すんだよ!」
「俺はそんなガラじゃないですよ、マーガレットさん」

 そう言って、フィンは麻袋を取り出した。

「宿賃、ずいぶん溜めてすみませんでした。この分は、礼金も兼ねて」

 フィンは、銀貨をカウンターに並べる。
 マーガレットはため息をついた。

「そういう律儀りちぎなところが、あんたのいいところさね。でも、悪いけど礼金は受け取れないね。宿賃はきっちり耳をそろえて! それ以上は失礼ってもんだよ」
「はあ、すみません」

 マーガレットはフィンの“礼金”返すと、残りの銀貨を金庫にしまう。
 それから帳簿を何枚もめくって、チェックをつけていった。

「夕飯ができたら呼びに行くからね!」
「……はい、楽しみにしています」

 フィンは麻袋に銀貨を戻して、自分の部屋へ帰った。
 荷物を降ろすと、借してもらっている納屋に向かう。

 納屋のランプに火をともすと、フィンは奥から枝の束を持ってきて、イスに座った。

「なにをするんです?」

 クレイは作業台のかたわらにあるイスに腰掛けて尋ねた。

「仕事道具を作るのさ」

 フィンはナイフを取り出して、枝を削り始めた。
 ナイフを何度か走らせていくと、枝は次第に、まっすぐな矢柄シャフトに仕上がっていく。
 クレイは興味深そうに、フィンの仕事を眺めていた。

「これが旦那さまの“しごとどうぐ”ですか」
「ああ、狩人だからな」

 フッと木屑を吹いて、フィンは答えた。

「矢がないと仕事にならない」

 矢じりを袋からひとつ取り出して、穴の大きさを確かめる。
 そうして、また枝を削り始めた。

「旦那さま」
「なんだ?」
「“しごと”ってなんですか?」

 クレイは心底不思議そうにそう尋ねた。
 思えば、自然界には役割こそあれ、仕事という概念は存在しない。

 無垢むくな問いかけに、フィンは一瞬手を止めて、少し考えこんだ。

「仕事っていうのは……。生きるためにすること、かな」
「生きるためならば、狩りをすればよいのではないでしょうか。旦那さまはその力を持っておいでです」
「そうだな……それもいいかもしれない。でも今の俺は冒険者なんだ」

 するとクレイは、もうひとつ疑問を口にした。

「“ぼうけんしゃ”……とは、なんですか?」
「誰かのために働く、便利屋ってところかな」
「なるほど……誰かのために」

 納屋の入り口から風が吹いて、クレイの銀色の髪がなびいた。
 ランプの明かりに照らされて、まるで星を散らしたようだ。

「旦那さま」

 クレイは、ルビー色の瞳をフィンに向けた。

「わたくしは旦那さまの“しごと・・・”を応援します!」

 その瞳は、サンティに向けたときとは、また違う色に燃えていた。
 素直に、フィンはその瞳を美しいと思った。

「ありがとう、心強いよ」

 フィンは削った枝に、矢羽根を刺しこみ、ツルで縛って固定した。
 そしてもういちど、鍛冶屋で買ってきた矢じりを手に取る。
 矢じりは、ぴったりと矢柄にはまった。

「“しょくにんげい”ですね! 旦那さま!」

 クレイはパチパチと手を叩いた。
 フィンは照れくさそうに答える。

「慣れてるだけだよ」

 そう言って、作業台に矢を置いた。


「夕飯ができたよおおおおおおッッッ!!」

 宿屋が震えるほどの大声が、耳を貫いた。
 フィンは、思わず笑ってしまう。

「……らしいぞ、行こうか」
「はいっ!」

 夕飯は、それはそれは豪勢だった。
 肉の串焼きがずらりと並び、蒸し肉にソーセージ。
 こってりと油が浮くほど煮込まれたシチューに、デザートは山盛りのパンケーキ。

 全体的に、非常にヘヴィーだ。

「こんなに食ったら、死んじゃいますよ……」
「なにを情けないことを言ってんだい! たくさん食べて、たくさん稼いできな!」
「い、いただきます……」

 フィンはすすめられるままに、小皿に食事を載せていく。
 今日こそは、腹が破裂するかもしれない。

「今日はあたしも、食事にまぜてもらおうかね」

 クレイとマーガレットは、抜群の食欲を見せた。

「旦那さま! これ美味しいです! 生より美味しいです!」

 そう言って、串焼きにかじりついている。

「のどに詰まらせるなよ」

 クレイとマーガレットの大活躍によって、どうにか完食ということになった。
 マーガレットの筋肉は、これからも膨らみ続けることだろう。

「ごちそうさまでした!」
「おかわりはいるかい?」
「勘弁してください、これ以上食ったら耳からパンケーキが出てきますよ」
「情けないねえ!」

 そんなことを言いながら、マーガレットは快活に笑う。
 自分を信じてくれる人がいるというのは、本当にありがたいことだ。

「クレイ」
「なんですか旦那さま」

 フィンはハンカチを取り出して、クレイのくちもとを拭った。

「ソースがついてたぞ」
「………………」

 クレイは真っ赤になって黙り込んでいる。
 意外な反応だ。

「どうした、大丈夫か?」
「はい……その……大丈夫です……」

 ルビー色の瞳が、上目遣いにフィンを見上げる。

「ありがとう……ございました……っ!」

 そう言って、ひとり走って納屋に戻ってしまった。

「なんか間違えたかなあ、俺」


 後ろ頭をかきながらフィンも納屋に戻ると、クレイは作業台の上でうつ伏せになっていた。

「すまん、何か悪いこと、しちゃったか?」
「とんでもないです……」

 腕の中に顔を隠したクレイは、くぐもった声で言った。

「嬉しくても、こうなっちゃうみたいです。私も不思議です……」
「……そういうもんか」

 フィンはイスに座ると、再び矢づくりに精を出す。
 20本ほど作り終えて、散らばった木くずを片付けた。

 気がつくと、クレイはすうすうと眠っていた。

「んむぅ……旦那さまぁ……」

 腕を枕にして、くちもとが緩んでいる。
 幸せな夢を見ているらしい。

 “白銀の凶鳳”魔王イビルデスクレインの、こんなあどけない姿を、誰が想像しただろうか。

「こりゃあ、部屋まで抱えて戻らないとかもな……」

 フィンはナイフを鞘に戻し、矢を矢筒にしまうと、ランプの灯を吹き消した。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【R18】幼馴染が変態だったのでセフレになってもらいました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:766pt お気に入り:39

性感マッサージに釣られて

恋愛 / 完結 24h.ポイント:681pt お気に入り:17

【R18】スライムにマッサージされて絶頂しまくる女の話

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:518pt お気に入り:3,979

処理中です...