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第二章「さらばリーンベイル」
第十九話「魔王ちゃんは冒険者になりたい」
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翌朝。
「おっはようございまーっす!」
ベッドからドサッと、クレイが転がり落ちてくる。
「旦那さま、朝ですよ! 朝のちゅーですよ!」
昨日のしおらしさはどこへやら。
寝ている場所が変わっていることにも、気づいていないらしい。
クレイは今日も、クレイ全開だった。
「ちゅーはなしだ、おはよう……」
フィンは床から起き上がって、絡みついてくるクレイをいなしながら、毛布を片付けた。
マーガレットによる、相変わらず大盛りの朝食をたいらげて、フィンとクレイは街に出た。
宿屋から冒険者ギルドまで、大した距離はない。
ギルドに到着すると、クエストを選ばず行列に並ぶ。
パーティーは事実上解散してしまったので、ひとりで仕事を受けるにはまず、ソロでの活動登録を済まさなければならない。
誤解は解けているはずだが、フィンは少し緊張した面持ちで自分の順番を待った。
順番が来ると、受付嬢から声をかけられる。
「お待たせいたしました。ご用件をどうぞ」
「パーティーの登録をしたいんだが……」
そういってフィンは、懐から取り出した大ぶりなメダル“冒険者の証”を見せる。
「職業:狩人、フィン・バーチボルトさんですね。少々お待ちください」
しばらく待っていると、受付の横の扉から別の案内係の男が出てきた。
「ギルド長がお呼びです。執務室にご案内いたします」
フィンの背筋に緊張が走る。
やはりまだ例の悪い噂が尾を引いているのだろうか。
あるいは別の、たとえば“ドブイタチ”がらみかもしれない。
クレイと並んでギルドの中を案内されているときも、フィンの心は落ち着かなかった。
職員たちが忙しそうなオフィスを抜けて、階段を上がったところに執務室がある。
案内係が分厚いドアを開けると、目つきの鋭いシャープな印象の女が現れた。
彼女がここ、リーンベイル冒険者ギルドの長だ。
「かけたまえ。噂は聞いたよ」
フィンとクレイは、深いソファに腰を下ろした。
「いや、正確には噂の変化、というところかな。“盗っ人のフィン”の汚名がすすがれてなによりだ。君には迷惑をかけた。ギルドを代表して謝罪させてほしい」
そう言って深く頭を下げる。
ギルド長は、フィンにひとりでクエストを受注させてやれなかったことを、悔やんでいるらしい。
「そんな、顔を上げてください。べつに噂はギルド長のせいじゃありませんし」
「冒険者にクエストを用意するのは、ギルドの義務。それを果たせなかったのは、我々の責任だ」
ギルド長はもう一度頭を下げ、何枚かの書類を持ってフィンたちの対面に腰掛けた。
ひとまず、フィンは胸をなでおろす。
しかしギルド長は暗い面持ちを浮かべる。
「本ギルドにおいては、私が君の潔白を証明する。だが、残念なことに」
ギルド長は、静かな声でいった。
「いちど傷ついた名誉を取り戻すことは容易なことではない。火が消えても、火傷は残る。それが、身に覚えのないものであったとしても」
そう説明するギルド長の顔は、本当に申し訳なさそうだった。
「もちろん、ギルドとして君のフォローはしていく。しかし今はマイナスがゼロに近づいただけだ。君自身が一番よくわかっていることだとは思うが」
「それは、自覚してるつもりです」
フィンは、テーブルの上で指を組む。
「俺が受けられるクエストは、ありそうですか?」
おそるおそる尋ねるフィンに、ギルド長はため息交じりにこたえた。
「ギルドとはいえ客商売だ。依頼主にも、冒険者を選ぶ権利があることは理解してほしい。それにここだけの話なんだが……」
ギルド長は声をひそめる。
「ビンツ男爵が、君には特別な注意が必要だと、依頼主に圧力をかけているようなんだ。腹立たしいことに」
フィンとギルド長は同時にため息を吐いた。
男爵はやはり、“ドブイタチ”を壊滅させたフィンを目の敵にしているようだ。
「となると、俺は廃業ですか」
「そうはさせん。あの豚の好きにさせてたまるか」
ギルド長は手にした書類を机の上に広げた。
「リーンベイルの外からの依頼ならば問題なく斡旋できる。私のほうでいくつか見繕っておいたから目を通してくれ」
ギルド長が用意した数枚の書類には、いくつかのクエストが並んでいた。
しかしどれも“おつかい”と呼ばれるようなものばかりだ。
「できる限りのことはしたつもりだ。あとは自分の手で、豚が足元にも及ばないような信用を勝ち取ってくれ、フィン・バーチボルト」
「……そのつもりです。お気遣いありがとうございます」
「“ドブイタチ”と“冒険者殺し”の件、感謝している。君はこんな小さな街に収まるような男ではない。期待しているぞ」
ギルド長に激励を受け、クエストの依頼書を受け取ると、フィンとクレイはエントランスに戻った。
「地道にやっていくしかないか」
ぼそりと呟いて、クエストに目を通す。
「せめて、狩人のクエストができればな」
「旦那さま、旦那さま!」
ずっと黙っていたクレイが、フィンの裾をつかんだ。
「わたくしも、“ぼうけんしゃ”になりたいです!」
「無茶言わないでくれ。手続きはけっこう大変なんだぞ」
冒険者ギルドは信用が命だ。
出生地から職歴まで、揃えなければならない書類は多い。
おまけにクレイの正体は“白銀の凶鳳”魔王イビルデスクレイン。
出自など知れたものではない。
「クエストを受けるときは、宿でお留守番だな」
「嫌です! わたくしは昨夜、旦那さまを応援すると宣言しました!」
クレイがそんな駄々をこねているうちに、行列の順番が回ってきた。
「さっさと用件を言ってください。まったくもう、こっちは忙しいんですから!」
なかなかに愛想の悪い受付嬢だ。
フィンは“冒険者の証”と、ギルド長から受け取った依頼書を見せた。
「ソロパーティーでの活動登録と、クエストの……」
そう言いかけた瞬間――。
「【ヒーーープノシーーーーース】ッッッ!!!」
クレイの元気な声がギルドのエントランスに響き渡った。
「おっはようございまーっす!」
ベッドからドサッと、クレイが転がり落ちてくる。
「旦那さま、朝ですよ! 朝のちゅーですよ!」
昨日のしおらしさはどこへやら。
寝ている場所が変わっていることにも、気づいていないらしい。
クレイは今日も、クレイ全開だった。
「ちゅーはなしだ、おはよう……」
フィンは床から起き上がって、絡みついてくるクレイをいなしながら、毛布を片付けた。
マーガレットによる、相変わらず大盛りの朝食をたいらげて、フィンとクレイは街に出た。
宿屋から冒険者ギルドまで、大した距離はない。
ギルドに到着すると、クエストを選ばず行列に並ぶ。
パーティーは事実上解散してしまったので、ひとりで仕事を受けるにはまず、ソロでの活動登録を済まさなければならない。
誤解は解けているはずだが、フィンは少し緊張した面持ちで自分の順番を待った。
順番が来ると、受付嬢から声をかけられる。
「お待たせいたしました。ご用件をどうぞ」
「パーティーの登録をしたいんだが……」
そういってフィンは、懐から取り出した大ぶりなメダル“冒険者の証”を見せる。
「職業:狩人、フィン・バーチボルトさんですね。少々お待ちください」
しばらく待っていると、受付の横の扉から別の案内係の男が出てきた。
「ギルド長がお呼びです。執務室にご案内いたします」
フィンの背筋に緊張が走る。
やはりまだ例の悪い噂が尾を引いているのだろうか。
あるいは別の、たとえば“ドブイタチ”がらみかもしれない。
クレイと並んでギルドの中を案内されているときも、フィンの心は落ち着かなかった。
職員たちが忙しそうなオフィスを抜けて、階段を上がったところに執務室がある。
案内係が分厚いドアを開けると、目つきの鋭いシャープな印象の女が現れた。
彼女がここ、リーンベイル冒険者ギルドの長だ。
「かけたまえ。噂は聞いたよ」
フィンとクレイは、深いソファに腰を下ろした。
「いや、正確には噂の変化、というところかな。“盗っ人のフィン”の汚名がすすがれてなによりだ。君には迷惑をかけた。ギルドを代表して謝罪させてほしい」
そう言って深く頭を下げる。
ギルド長は、フィンにひとりでクエストを受注させてやれなかったことを、悔やんでいるらしい。
「そんな、顔を上げてください。べつに噂はギルド長のせいじゃありませんし」
「冒険者にクエストを用意するのは、ギルドの義務。それを果たせなかったのは、我々の責任だ」
ギルド長はもう一度頭を下げ、何枚かの書類を持ってフィンたちの対面に腰掛けた。
ひとまず、フィンは胸をなでおろす。
しかしギルド長は暗い面持ちを浮かべる。
「本ギルドにおいては、私が君の潔白を証明する。だが、残念なことに」
ギルド長は、静かな声でいった。
「いちど傷ついた名誉を取り戻すことは容易なことではない。火が消えても、火傷は残る。それが、身に覚えのないものであったとしても」
そう説明するギルド長の顔は、本当に申し訳なさそうだった。
「もちろん、ギルドとして君のフォローはしていく。しかし今はマイナスがゼロに近づいただけだ。君自身が一番よくわかっていることだとは思うが」
「それは、自覚してるつもりです」
フィンは、テーブルの上で指を組む。
「俺が受けられるクエストは、ありそうですか?」
おそるおそる尋ねるフィンに、ギルド長はため息交じりにこたえた。
「ギルドとはいえ客商売だ。依頼主にも、冒険者を選ぶ権利があることは理解してほしい。それにここだけの話なんだが……」
ギルド長は声をひそめる。
「ビンツ男爵が、君には特別な注意が必要だと、依頼主に圧力をかけているようなんだ。腹立たしいことに」
フィンとギルド長は同時にため息を吐いた。
男爵はやはり、“ドブイタチ”を壊滅させたフィンを目の敵にしているようだ。
「となると、俺は廃業ですか」
「そうはさせん。あの豚の好きにさせてたまるか」
ギルド長は手にした書類を机の上に広げた。
「リーンベイルの外からの依頼ならば問題なく斡旋できる。私のほうでいくつか見繕っておいたから目を通してくれ」
ギルド長が用意した数枚の書類には、いくつかのクエストが並んでいた。
しかしどれも“おつかい”と呼ばれるようなものばかりだ。
「できる限りのことはしたつもりだ。あとは自分の手で、豚が足元にも及ばないような信用を勝ち取ってくれ、フィン・バーチボルト」
「……そのつもりです。お気遣いありがとうございます」
「“ドブイタチ”と“冒険者殺し”の件、感謝している。君はこんな小さな街に収まるような男ではない。期待しているぞ」
ギルド長に激励を受け、クエストの依頼書を受け取ると、フィンとクレイはエントランスに戻った。
「地道にやっていくしかないか」
ぼそりと呟いて、クエストに目を通す。
「せめて、狩人のクエストができればな」
「旦那さま、旦那さま!」
ずっと黙っていたクレイが、フィンの裾をつかんだ。
「わたくしも、“ぼうけんしゃ”になりたいです!」
「無茶言わないでくれ。手続きはけっこう大変なんだぞ」
冒険者ギルドは信用が命だ。
出生地から職歴まで、揃えなければならない書類は多い。
おまけにクレイの正体は“白銀の凶鳳”魔王イビルデスクレイン。
出自など知れたものではない。
「クエストを受けるときは、宿でお留守番だな」
「嫌です! わたくしは昨夜、旦那さまを応援すると宣言しました!」
クレイがそんな駄々をこねているうちに、行列の順番が回ってきた。
「さっさと用件を言ってください。まったくもう、こっちは忙しいんですから!」
なかなかに愛想の悪い受付嬢だ。
フィンは“冒険者の証”と、ギルド長から受け取った依頼書を見せた。
「ソロパーティーでの活動登録と、クエストの……」
そう言いかけた瞬間――。
「【ヒーーープノシーーーーース】ッッッ!!!」
クレイの元気な声がギルドのエントランスに響き渡った。
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