魔王ちゃんの恩返し~さきほど助けていただいた、あなたの妻です~

今井三太郎/マライヤ・ムー

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第二章「さらばリーンベイル」

第二十八話「リーンベイルの住人たち、集う」

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 男爵の庭を温泉施設に作り替えるという、途方もない作業のなか。
 庭師でもギルド職員でもない、憲兵・・たちが、シャベルを握っていた。

「つちおいしい、つちいっぱい」
「おい食べるなよ、掘ったらすぐに運んでくれ」
「憲兵隊の誇りにかけて、朝までに作業を終わらせるぞ!」

 十数人からなる憲兵たちは、シャベルで泥を台車に積み上げていく。

「あんたら、いったいどうして……」

 フィンの言葉に、強面こわもての憲兵隊長が答える。

「どうしてもこうしてもあるか。部下たちが勝手に始めたことだ。だからこうして俺も、勝手に始めさせてもらっている」

 憲兵隊長はそう言うと、大きな岩を転がす手を止め、真面目な顔でフィンと向かい合った。

「……というのは建前でな。その、なんだ。あんたに、なにかをしてやりたいのさ。なんの罪もない冒険者を“盗っ人”なんて呼んできたんだ。酷いこともたくさんした」
「……………………」

 その真剣な態度に、フィンも作業の手を止める。

「みんな怖れていたんだ。あんたが“ドブイタチ”を潰したからじゃない。なんというか、その。みんな、謝るのが怖かったんだ。許してもらえないんじゃないかって」

 憲兵隊長は、ふたたび大きな岩に手をかけた。

「だが今の、必死に頑張るあんたを見て思ったのさ。あんたが許す許さないにかかわらず、俺たちにはまず、やるべきことがあったんだってな」

 すこしの沈黙のあと、憲兵隊長は思い切った様子で言った。

「フィン・バーチボルト。今まで本当にすまなかった。謝るのが遅くなってすまない。今さらかもしれないが、俺に償いをさせてくれ……俺たちに、あんたを手伝わせてくれ」
「…………………」

 フィンは、すぐには答えることができなかった。
 これまでの仕打ちを悔いて、まっすぐに頭を下げる憲兵隊長をなじる言葉は、フィンの胸の内からは出てこない。

 わだかまりがないとは言えない。
 しかし、それは彼らに対する恨み・・ではなかった。


 そんな憲兵隊長とフィンの様子を見てか、遠巻きに眺めていた街の住人が声をかけてくる。

「フィン、俺にも……手伝わせてくれ」

 ベイブたちがいた頃は、フィンをバカにして、見下していた。
 “ドブイタチ”を壊滅させたあとは、ただ復讐を怖れていたリーンベイルの住人が。
 不器用ながらも、フィンに協力を申し出たのだ。

 まだ目を合わせるのは怖いらしい。
 だがその行動は、彼なりの贖罪なのだと、フィンは理解した。

 男を皮切りに、次々と街の人々が声を上げる。

「お、俺も手伝う!」
「私にもなにかさせてちょうだい!」

 気づけば、フィンのまわりには多くの人々が集まっていた。
 その誰もが、フィンの言葉を待っている。


「……ありがとう」


 長い沈黙のあと、フィンはようやくその一言を口にした。



 そうしてとうとう、街をあげての大仕事が始まった。
 温泉が、どんどんそれらしくなっていく。

「フィン・バーチボルト、俺たちは大工だ。できることはないか?」

 道具を肩に担いで、男たちが並んでいる。

「あんたら、街の修繕はいいのか?」
「仕事の途中で、あんたが縛り首になるって話を聞いてね。こうしちゃおれんと思って駆けつけたのさ」
「ありがたい……!」

 大工には、簡易な脱衣場を建ててもらうように頼んだ。
 彼らは早速作業を始める。

「これならいける……いけるぞ……!」

 作業のめどが見えてきた。

「もうしばらくしたら、昼飯だよ!」

 マーガレットは巨大なカゴを担いで、山ほどのパンとチーズを運んでくる。

「パン屋が大盤振る舞いしてくれたよ!」

 街中の力が、この温泉計画に集まってきていた。
 フィンはうるんでくる目元を、袖で拭った。

「旦那さま、目にゴミでも入りましたか?」
「ああ……そんなところだ」
「こっちはもうすぐ終わるぞ!」

 太陽がてっぺんを過ぎ、みんなでパンとチーズを分け合った。
 そうして再び、作業に精を出す。

 作業は夜を越え、そして翌朝まで続いた。
 交代で休みを取りながら、それでも確実に仕事は進んでいく。

 土砂が取り除かれ、温泉に岩の囲いができ、脱衣場が建ち――。

 朝日が、山の向こうから昇り始めた。


「完成だ……完成だーッッ!!」


 フィンが叫ぶと、うおおおおおっ、と街中の人が歓声を上げた。
 めちゃくちゃだった館の庭に、とうとう立派な大浴場ができあがったのだ。

「やりましたね、旦那さま!」
「ああ、君も手伝ってくれてありがとう……みんなありがとう!」


 もはや、フィンを怖れる者はいなかった。


 ――しかしその誰もが、もう体力の限界を通り越している。

「疲れた……もう動けねえや……」
「じっくり体を休めてえ……」
「なにか、疲れが取れるような……」

 街の人々が口々に言い合うその中心で、温泉がほこほこと湧き出ている。
 〈治癒の薬草〉の甘い香りは、その疲れを芯から癒すことを保証していた。


「………………」


 誰もが疲れ切った、その目の前に温泉がある。

 我慢ができようはずもなかった。



 ………………。

 …………。

 ……。


 ビンツ男爵とモルデン侯爵は、馬車に揺られながら、リーンベイルの領主の館へと向かっている。
 その途中で〈治癒の薬草〉をたっぷりと詰め込んだ行商隊の一団と出会った。


「これほどの量の〈治癒の薬草〉を用意してくれていたとは! リーンベイルは王都を救う泉だ!」
「その……はい……お褒めにあずかり……」

 悪徳商人ヂェルミと組んだ〈治癒の薬草〉買い占めも失敗に終わり、ビンツ男爵はへらへらと笑うしかない。
 ここで『私の手柄です!』とまで言い切る度胸はないのが、ビンツ男爵という小役人だった。

「それにビンツ男爵、貴殿の庭は美しいと評判だそうではないか。私はしっかりと手入れされた庭を見るのが好きでね。庭はまさに、良き治世を映す鏡だ」
「まことにそれは……素晴らしいご趣味で……モルデン侯爵のお目にかないますかどうか……」

 ビンツ男爵のでっぷりとした頬に冷や汗がつたう。
 あのフィン・バーチボルトは、庭を修復できたのだろうか。
 どうしても、花の咲き誇っていたあの光景を取り戻した、自分の館が想像できない。

「田舎の庭です……なにもたいしたことは……」
「そう謙遜するものではないぞ、ビンツ男爵。庭というものは、金をかければ良いというものではない。民をやすんじる心こそが、なによりも庭を美しくするものだ」
「は、はは……左様で……ございますな……」

 そうして馬車はリーンベイルの街へと入る。
 広場の向こうが領主の館――なのだが。

「あれが……貴殿の庭か?」


 眼前に広がっていたのは、大きな公衆浴場・・・・だった。



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