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4.アルコールとさくらんぼ
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最後の一口を煽った藍音を見る彼は、苛立たしげに今日一番の大きなため息をついた。
「こんな酔っ払った状態で? 天使様はここをどこだと思ってんの? あんたが思うよりずっと危ない場所だ。地上は天界と違う」
「平気よ、私それなりに強いもの。これでも長く生きてるんだから」
「長生きしてるのに世間知らずなんだな。いいから帰れ」
すっと細められた目は先ほどよりもっと冷たく突き放すようだ。しかもちっとも優しさを感じないのに、身を案じるようなセリフを言わないで欲しい。
「どうしてそんな言い方するの? 天使ってそんなに悪い? あなたが私を嫌いなのはよーくわかったけど、天使にだって心はあるのよ」
本気で彼と付き合いたいとか、そんな考えを持つほど馬鹿ではない。ただ一時でも寂しさを紛らわせたいだけ。
悔しさでぷうっと膨れた頬がふるふる震えて、じわじわ視界が滲み出した。
そもそも誰でもいいから優しくしてほしいなんて、安易な考えがいけなかったのかもしれない。
はじめから真剣に「あなたが良い」と言っていたなら彼は優しく接してくれただろうか。
そんなことを考えて、それは有り得ないとすぐに自分で気付く。
下げた視線の先には赤いチェリーがぽつんとグラスに残っていた。
最後に果実を口に含もうとピックを持ち上げた手が掴まれて、赤い目が近い距離に迫る。
悪魔は人に擬態するため、不自然に見えないよう瞳の色を変化させている。そんなこと藍音にとっては当たり前の知識。焦茶の瞳も擬態だと言うことは知っていた。
滴る血のような赤い瞳。きっとこれが本当の色。
魅入る藍音の視線も心も捉えたまま、形の良いくちびるがチェリーを咥える。
ふわりとおでこをくすぐったのは黒い前髪だった。身を引く間もなく、触れ合ったくちびるから甘いチェリーがころんと藍音の口内に滑り込む。
移された果実から広がるのは驚くほど強いアルコール。柔らかな赤い実を噛んだ途端、苦くて甘いリキュールが口内をじゅわっと満たす。
グラスから口に移した液体より更に濃厚で、思わず咽せそうになった藍音はこくりと果実を飲み込んだ。
手首を掴んだままでいる彼との距離は近い。耳元にかかる息が体を震わせる。ただでさえ喉を通り過ぎたアルコールが体を熱くするのに。間近で聞こえた声に思わずぴくんと肩が跳ねた。
「今日だけだから」
一瞬理解はできなかったが、変わらずにこりともしない彼は不機嫌な顔で確かにそう呟いた。
***
間接照明のやわらかな明かりだけが灯る夜の部屋。
わけもわからないまま繰り返される口づけで、藍音は小さく甘い声を上げ続けている。熱くて長い舌でとろとろに舐められる口内と同じく、蕩けた体は力が入らない。
キスだけで息も絶え絶えな藍音を薄く笑う青年が見下ろしている。楽しそうに歪んだ瞳はまさに悪魔の笑み。
「……食わず嫌いは良くないな。マジで癖になりそ」
荒々しく貪られた口元にはどちらのものかわからない銀糸が伝う。ただでさえ色気を感じさせる声は更に淫靡さを含み、彼が囁くたび藍音の背中を大きく震わせた。
ぼんやり膜の張る視界の先には禍々しいほど妖しく光る赤。
うっとりとくちびるが舌でなぞられる。藍音を見つめる青年は、妖艶に光る瞳をにまりと細めた。
「こんな酔っ払った状態で? 天使様はここをどこだと思ってんの? あんたが思うよりずっと危ない場所だ。地上は天界と違う」
「平気よ、私それなりに強いもの。これでも長く生きてるんだから」
「長生きしてるのに世間知らずなんだな。いいから帰れ」
すっと細められた目は先ほどよりもっと冷たく突き放すようだ。しかもちっとも優しさを感じないのに、身を案じるようなセリフを言わないで欲しい。
「どうしてそんな言い方するの? 天使ってそんなに悪い? あなたが私を嫌いなのはよーくわかったけど、天使にだって心はあるのよ」
本気で彼と付き合いたいとか、そんな考えを持つほど馬鹿ではない。ただ一時でも寂しさを紛らわせたいだけ。
悔しさでぷうっと膨れた頬がふるふる震えて、じわじわ視界が滲み出した。
そもそも誰でもいいから優しくしてほしいなんて、安易な考えがいけなかったのかもしれない。
はじめから真剣に「あなたが良い」と言っていたなら彼は優しく接してくれただろうか。
そんなことを考えて、それは有り得ないとすぐに自分で気付く。
下げた視線の先には赤いチェリーがぽつんとグラスに残っていた。
最後に果実を口に含もうとピックを持ち上げた手が掴まれて、赤い目が近い距離に迫る。
悪魔は人に擬態するため、不自然に見えないよう瞳の色を変化させている。そんなこと藍音にとっては当たり前の知識。焦茶の瞳も擬態だと言うことは知っていた。
滴る血のような赤い瞳。きっとこれが本当の色。
魅入る藍音の視線も心も捉えたまま、形の良いくちびるがチェリーを咥える。
ふわりとおでこをくすぐったのは黒い前髪だった。身を引く間もなく、触れ合ったくちびるから甘いチェリーがころんと藍音の口内に滑り込む。
移された果実から広がるのは驚くほど強いアルコール。柔らかな赤い実を噛んだ途端、苦くて甘いリキュールが口内をじゅわっと満たす。
グラスから口に移した液体より更に濃厚で、思わず咽せそうになった藍音はこくりと果実を飲み込んだ。
手首を掴んだままでいる彼との距離は近い。耳元にかかる息が体を震わせる。ただでさえ喉を通り過ぎたアルコールが体を熱くするのに。間近で聞こえた声に思わずぴくんと肩が跳ねた。
「今日だけだから」
一瞬理解はできなかったが、変わらずにこりともしない彼は不機嫌な顔で確かにそう呟いた。
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間接照明のやわらかな明かりだけが灯る夜の部屋。
わけもわからないまま繰り返される口づけで、藍音は小さく甘い声を上げ続けている。熱くて長い舌でとろとろに舐められる口内と同じく、蕩けた体は力が入らない。
キスだけで息も絶え絶えな藍音を薄く笑う青年が見下ろしている。楽しそうに歪んだ瞳はまさに悪魔の笑み。
「……食わず嫌いは良くないな。マジで癖になりそ」
荒々しく貪られた口元にはどちらのものかわからない銀糸が伝う。ただでさえ色気を感じさせる声は更に淫靡さを含み、彼が囁くたび藍音の背中を大きく震わせた。
ぼんやり膜の張る視界の先には禍々しいほど妖しく光る赤。
うっとりとくちびるが舌でなぞられる。藍音を見つめる青年は、妖艶に光る瞳をにまりと細めた。
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