【R18】魔族の姫は隣国の王子に溺愛されたい!

ドゴイエちまき

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3.見知らぬ青年

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「嘘でしょ……」

 爽やかな新緑の匂いが鼻をくすぐる、木々に囲まれた静かな場所。
 清らかな空気だって、揺れる美しい緑だっていつもと同じなのに、厄介なものを発見してしまった。

 透明な水のように甘く澄んだ高い声。
 小柄な体躯、頭の高い位置で二つに結った長い真紅の髪。
 十九歳になったジゼルは紅玉色の大きな目をぱちくりと瞬いた。

 幼い頃にルゥを追いかけてやって来た森は、近頃では馴染みの場所となっている。
 高い枝の隙間からこぼれる木漏れ日、さわさわと葉が揺れる音が心地よい。
 ここでルゥと過ごす時間が何よりの癒しとなっているからだ。

 小さな毛玉だったルゥはすっかり大きくなり、今ではジゼルを軽く背に乗せて駆けられるほど立派な成獣に成長した。
 ふわふわした白い毛は美しく輝き、優雅な長い耳は誰もが思わず触れたくなる。
 性格は相変わらず人懐っこく穏やかで、ジゼルの唯一無二の相棒だ。
 
 この場所には滅多に人が来ない、おかげでホッと息がつける。
 なのに定位置となっている大きな木の根元に座る、知らない男を見つけたのだ。しかもどこからどう見ても、満身創痍である。
 爽やかなはずの風が一瞬で台無しになったかのようだ。

「生き……てる? ちょっと、やだぁ……。なんなのこいつ」

 少し近付いて観察すると、青年は大木を背にそのまま崩れ落ちたように見えた。
 青い顔をした彼はぐったりとうなだれており、顔にも衣服にもおびただしい量の血液がこびりついている。

 僅かに揺れる柔らかそうな金の髪はイブリスでは見かけない色だった。
 長い前髪の隙間から覗く瞼は、苦しげに閉じられている。

 咄嗟に幼い頃の記憶が浮かび上がったが、あの少年より更に酷い負傷だ。
 ジゼルに身を寄せるルゥも心配そうに青年の様子を伺い、ひくひくと匂いを嗅いで、そっと彼の肩に擦り寄った。
 
 主人を見上げるルゥの曇りない目は、治癒を促すようだ。

「せっかくの長閑な景色が台無しよ。ここには怪我人が流れ着いてくるのかしら……」

 全くの見知らぬ青年だし、間違いなく自国の者ではない。
 それでもやはり癒しの術を持つ身としては、放っておけるわけはなかった。

 彼の側にしゃがみ込んだジゼルは破れた衣服から覗く脇腹に目をやり、思わず眉を顰める。
 鋭い爪でえぐられたような傷は深く大きい。

 血液は固まりはじめているが、目を背けたくなるほどの重症には違いなかった。
 一瞬ひやりと悪い想像が過ったけれど、首に触れると脈がある。

 ジゼルはイブリス一の治癒魔法の使い手だ。
 病は別だが、体の傷は生きていればどうにか出来る。

 静かに呼吸を繰り返す彼の胸に軽く両てのひらを押し当て、ゆっくり魔力を流し込む。
 シャツに滴る赤は生々しく、そっと触れたジゼルの手をじわりと赤く染めた。

 その感触は決して気持ちの良いものではない。
 だが父である魔王ジェイドの手合わせは荒々しく、負傷者を目にする機会は多い。
 しかもその度に傷を癒すのはジゼルの役目だ。よって血を見ることには慣れている。

 それでも誰かが痛い思いをするのは嫌だし、酷い怪我なんか一秒でも早く治してあげたい。
 その想いがより一層ジゼルの治癒魔法を上達させた。

 しかし癒しの魔法を彼の全身に巡らせようとした途端、ふと違和感を覚える。
 思うように魔力が通らない。まるで押し戻すような反発感など初めての経験だった。

(どういうこと……? まさか魔防術?)

 皆が魔力を持つイブリスにも、もちろん魔法防御の術は存在する。
 だが癒しの魔法を遮る術など誰も使用しない。そもそもユスシアは魔法が存在しない国のはずだ。

 目の前にいる彼がそんな魔法を使えるとは思えない。
 少しでも傷が癒えるように、体の奥から湧き上がる温かな魔力を手のひらに込める。

 微量ずつしか浸透しない力を青年の体に巡らせることだけに神経を集中させた。
 肌を掠める涼やかな風も、草花の揺れる心地よい音も、今のジゼルには何も感じられなかった。

 目を閉じ、傷のある場所を感覚で捉えては一心不乱に魔力を流し込む。
 寄り添うルゥは強い魔獣ではないけれど、温かな体温がジゼルに染みこんでくる。
 それだけで心強さが数倍増した。
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