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6.君の手は気持ちがいい
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それよりも真っ白の毛並みを撫でる手に付着している赤黒い色が気になる。
触ってもいいと言ったのは自分だけど、やはりあの血は早く落としてしまわなければならないものだ。
「待って。そんな手で触らないで。お前、自分が今どんな姿か……」
気付いてないでしょう。
眉を顰め、そう言おうとしたジゼルが彼の手を取ると、大袈裟なほど青年は肩をびくりと震わせる。
見開かれた青い目には、恐怖と絶望を思わせる色が浮かんでいた。
(そんなに怖い顔をしていたかしら……)
想像もしていなかった反応に驚き、きょとんと動きを止めたジゼルの手を彼は慌てて振りほどく。
そうして後ずさった彼との間に距離が出来てしまった。
「ごめ……っ」
震える声も、苦しそうに歪められた表情も、あまりにも思いつめて見えた。
焦ったジゼルは驚かさないよう、そっと近づく。
物理的な距離だけでなく、心の距離も開いた気がしたから。
「ごめんなさい、そんなに怖い顔をしていたかしら? 私、あの、少し、ほんの少し目が吊り上がっているでしょ」
つり上がり気味の目は父親譲りだ。
猫のような大きなアーモンドアイは自分では気に入っているのだが、もしかすると睨んでいるように見えたのかもしれない。
そう思わせるほど彼の怯えかたは異常だった。
「怒ったわけじゃないの。……少し、触ってもいい?」
今度はジゼルが彼に問う。
手を差し出せば、リュートはまじまじとジゼルの細い手を見つめる。
その目はまるで不可解なものを見るようだ。
「僕に?」
こくんと頷けば彼はおそるおそる、僅かに震える左手を伸ばした。
血で汚れた手はジゼルのものよりずっと大きく、骨ばった指も長い。
皮膚が固いのはやはり武器を振るう兵士だからだろうか。
ジゼルはちらりと彼の腰にある剣帯を眺めた。
両手でやんわり包み込むと彼は一瞬体を強張らせたが、振り解きはしなかった。
自分に施したものと同じ清めの魔法を発動すべく、両の手に僅かな魔力を込める。
思わず呑んだような息は彼の素直な驚きを伝えた。
青みを帯びた白い光がジゼルを通してリュートの手を包み込む。
数秒握った手を解放すると、さっきまで不穏に染めていた赤黒い血が綺麗さっぱり消えていて、じっと見つめる彼は目を丸くしている。
どうやら表面的な魔法はイブリスの者と同じ効果があるようだ。
「綺麗になってる……」
「浄化魔法よ。あのままだとルゥの毛が汚れちゃうでしょ」
続いて右の手、大きく避けた衣服。そして顔。
出会った状態が瀕死という特殊な状況だったので仕方がないとも思うけれど、改めて見ると酷い汚れである。
なかば呆れながら頬を包み込むとリュートはぎょっと身を強張らせた。
さっきの怯えた様子から、彼は人との接触が苦手なのかもしれない。
なるべく早く終わらせるよう浄化したジゼルだが、困ったように視線を彷徨わせるリュートの顔は赤く染まっていた。
先程とは明らかに違う彼の動揺っぷりに、思わず首を傾げる。
そんなジゼルの様子を見たリュートは眉根を下げて笑い、華奢な指にそっと自分の手を重ねた。
「君はやっぱり……、僕に触れても平気なんだね……」
「なんのこと?」
(まさか呪い持ち?)
一瞬そんな考えが頭を過ったが、彼から不穏なものなど感じられない。
怪訝な顔をするジゼルに、「なんでもない」とだけ呟いたリュートは心地よさそうに目を伏せた。
そうすると金色の長いまつげが柔らかな日差しに透ける。
(綺麗だわ……。ユスシアの人は皆こうなのかしら)
「人に触れられるのって気持ちいいね。それとも君の手だからなのかな」
「え……」
つい見とれてしまっていたジゼルは、言葉の意味が一瞬理解できなかった。
間の抜けた声を出すと彼は瞼を上げ、澄んだ青の右目が眩しそうに細められる。
それから照れるように笑ったリュートは、遠慮がちにジゼルの細い指を握った。
離したくないとでも言いたげな仕草は、とにかく身を清めようという一心だったジゼルの脳に今の状況を認識させた。
向かい合ったリュートとの距離は近く、彼の頬に当てた両手は大きな手に包まれていて、高い体温が伝わってくる。
うっとりジゼルを見つめる瞳は甘さと熱を含み、あまつさえ愛しさすら感じ取ってしまうほどだった。
触ってもいいと言ったのは自分だけど、やはりあの血は早く落としてしまわなければならないものだ。
「待って。そんな手で触らないで。お前、自分が今どんな姿か……」
気付いてないでしょう。
眉を顰め、そう言おうとしたジゼルが彼の手を取ると、大袈裟なほど青年は肩をびくりと震わせる。
見開かれた青い目には、恐怖と絶望を思わせる色が浮かんでいた。
(そんなに怖い顔をしていたかしら……)
想像もしていなかった反応に驚き、きょとんと動きを止めたジゼルの手を彼は慌てて振りほどく。
そうして後ずさった彼との間に距離が出来てしまった。
「ごめ……っ」
震える声も、苦しそうに歪められた表情も、あまりにも思いつめて見えた。
焦ったジゼルは驚かさないよう、そっと近づく。
物理的な距離だけでなく、心の距離も開いた気がしたから。
「ごめんなさい、そんなに怖い顔をしていたかしら? 私、あの、少し、ほんの少し目が吊り上がっているでしょ」
つり上がり気味の目は父親譲りだ。
猫のような大きなアーモンドアイは自分では気に入っているのだが、もしかすると睨んでいるように見えたのかもしれない。
そう思わせるほど彼の怯えかたは異常だった。
「怒ったわけじゃないの。……少し、触ってもいい?」
今度はジゼルが彼に問う。
手を差し出せば、リュートはまじまじとジゼルの細い手を見つめる。
その目はまるで不可解なものを見るようだ。
「僕に?」
こくんと頷けば彼はおそるおそる、僅かに震える左手を伸ばした。
血で汚れた手はジゼルのものよりずっと大きく、骨ばった指も長い。
皮膚が固いのはやはり武器を振るう兵士だからだろうか。
ジゼルはちらりと彼の腰にある剣帯を眺めた。
両手でやんわり包み込むと彼は一瞬体を強張らせたが、振り解きはしなかった。
自分に施したものと同じ清めの魔法を発動すべく、両の手に僅かな魔力を込める。
思わず呑んだような息は彼の素直な驚きを伝えた。
青みを帯びた白い光がジゼルを通してリュートの手を包み込む。
数秒握った手を解放すると、さっきまで不穏に染めていた赤黒い血が綺麗さっぱり消えていて、じっと見つめる彼は目を丸くしている。
どうやら表面的な魔法はイブリスの者と同じ効果があるようだ。
「綺麗になってる……」
「浄化魔法よ。あのままだとルゥの毛が汚れちゃうでしょ」
続いて右の手、大きく避けた衣服。そして顔。
出会った状態が瀕死という特殊な状況だったので仕方がないとも思うけれど、改めて見ると酷い汚れである。
なかば呆れながら頬を包み込むとリュートはぎょっと身を強張らせた。
さっきの怯えた様子から、彼は人との接触が苦手なのかもしれない。
なるべく早く終わらせるよう浄化したジゼルだが、困ったように視線を彷徨わせるリュートの顔は赤く染まっていた。
先程とは明らかに違う彼の動揺っぷりに、思わず首を傾げる。
そんなジゼルの様子を見たリュートは眉根を下げて笑い、華奢な指にそっと自分の手を重ねた。
「君はやっぱり……、僕に触れても平気なんだね……」
「なんのこと?」
(まさか呪い持ち?)
一瞬そんな考えが頭を過ったが、彼から不穏なものなど感じられない。
怪訝な顔をするジゼルに、「なんでもない」とだけ呟いたリュートは心地よさそうに目を伏せた。
そうすると金色の長いまつげが柔らかな日差しに透ける。
(綺麗だわ……。ユスシアの人は皆こうなのかしら)
「人に触れられるのって気持ちいいね。それとも君の手だからなのかな」
「え……」
つい見とれてしまっていたジゼルは、言葉の意味が一瞬理解できなかった。
間の抜けた声を出すと彼は瞼を上げ、澄んだ青の右目が眩しそうに細められる。
それから照れるように笑ったリュートは、遠慮がちにジゼルの細い指を握った。
離したくないとでも言いたげな仕草は、とにかく身を清めようという一心だったジゼルの脳に今の状況を認識させた。
向かい合ったリュートとの距離は近く、彼の頬に当てた両手は大きな手に包まれていて、高い体温が伝わってくる。
うっとりジゼルを見つめる瞳は甘さと熱を含み、あまつさえ愛しさすら感じ取ってしまうほどだった。
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