柑橘家若様の事件帖

鋼雅 暁

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◆第四記録◆ 記録者……柑橘家某家臣

其之壹

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 瀬戸内の小大名・柑橘家の主八朔は、今日も自室で干乾びていた。
 目の前に置かれた茶はとっくに冷め、好物である饅頭も干菓子も、手をつけられた形跡はない。先ほどから、家老や、家老の嫡男・酢橘(すだち)があれこれと話しかけているが、上の空である。
というのも三日前、嫡男である蜜柑を、城内に作られた蜜柑専用座敷牢にどうにか閉じ込めることに成功した。
「万歳! 暫くそこで反省いたせ」
と、喜んだものの、各国からの使者は相も変わらず続々とやってくる。その大半が、家宝や主の大事にしているものを返してくだされ、という哀愁を帯びた嘆願である。もちろん、それらを丁重にお返しして、平身低頭、蜜柑の所業を謝罪するのが八朔の仕事だ。
 すると、よくぞすんなり返して下されたと、相手方は欣喜雀躍して、黄金色の菓子だけにとどまらず金銀財宝美術品骨董品を置いて意気揚々と帰っていくのだ。
「八朔様、妙な話ではござりますが、蜜柑様のお陰で我が柑橘家の財政はすっかり立ち直り、今年も大黒字にございまする」
「な、なんじゃと!」
 財務担当の者が、帳面と算盤を八朔の方に押し出す。
「う、むぅ……」

 柑橘家は数年前に大飢饉と疫病に見舞われた。その時は已む無く方々に借金をして乗り越えた。その結果、収入の何倍もの借財が残っているはずなのだ。
「拙者、先達ても蜜柑様の各国放浪にお供致しましたが、まあどの国も、台所は火の車でして、財政建て直しに奔走しており申した」
 帳簿を横から眺めている酢橘が、ちょっと顔をあげて報告した。それを聞いて八朔は益々青褪める。
「財政が苦しいときに、蜜柑の馬鹿が出費を強いるような所業を次々と……ああ、これでは各国から恨まれもしよう……」
 ううう、と、八朔が頭を抱えたところで、いつものようにのんびりとした蜜柑の声がした。
「父上、こちらでござったか」
 ぎゃ、と、八朔が飛び上がった。
「そ、そなたーっ、どうやってあの牢を出たのじゃ! 自慢の牢が……」
「きちんと鍵を外して、扉を開けて、牢屋番に挨拶して、出て参った」
「そんな馬鹿な……」
 夢でも幻でもござりませぬ、と、蜜柑はにこにこしている。
「……恐れながら、八朔様」
「な、なんじゃ、酢橘」
「蜜柑様にかかればあのような牢など、無いも同然でございます」
 なんと、と、絶句する父を尻目に、蜜柑は平然と座した。相変わらず、奇抜な衣装だ。
「羽飾りが増えて……首飾りも光り輝いておるな……」
 もう、武家の嫡男とは言い難い格好である。
「はは、そんなことより。父上は丁重に金子を断っており、折につけて返金しておるのに、あちらが勝手に置いてゆくのです。あちらの好きにさせておけばよろしいのです」
 そんなもんかな、と、その場にいた全員が思った。
 
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