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変わった恋愛観をお持ちのようです。
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先ほどまでの賑やかさはどこへ行ったのか。レオは真剣な顔で何かを考えている。馬車は相変わらずの速度で疾走しているが、揺れにも速度にもすっかり慣れたらしい。
レディそっちのけで考え事など失礼だと怒るレディは多い。リズとて、これが他の貴公子であったなら怒って馬車から叩き出しただろう。
しかしレオにはそれを許さない凛とした何かがあった。このまま黙って待っているのがベストだとリズの勘が告げた。
ふいに馬車が、大きくカーブした。
その拍子に車内に掲げたランタンが大きく揺れるが、火は消えない。リズはぎくりとした。火が消えないことに疑問を持たれたら――。
――本来この国では、馬車の車内を明るくする習慣はない。
だが、暗い乗り物というものが嫌だったリズは、魔法でランタンを取り付けた。振動ですぐに火が消えるのも困ったので、魔法の火を使っている。
そのランタンをもう一つ増やし、さらに火を大きくしてくれたのは母だ。それもつい最近のこと。
今までこの馬車に乗るのはリズか母だけだった。二人とも、前世の明るい暮らしが忘れられなくて、つい、あちこち明るくしてしまうのだ。
馬車にお客さま、ましてや夜に誰かを乗せることは想定していなかった。
(不自然なランタンに気が付きませんように……!)
内心びくびくしながら、ランタンについて聞かれたらどうやって答えるか必死で考えるリズは真顔になっていたらしい。
「どうした?」
「は、はい?」
「熱っぽい眼で俺を見ているな、と思って。シュテファンからこのレオさまに乗り換える気になったのかな?」
「え!」
レオの手が伸びてきて、リズの顎を掬った。大きな手のひらがそっとリズの頬に触れる。品のいい香りがする。
「……え、あ、の……」
そのままレオの顔がゆっくり近づいてくる。
(ま、まさか、ここでせ、接吻!)
――気安く男にキスをさせてはならない、と、リズの脳みそは素早く答えをはじき出した。瞬間、リズは完璧な微笑を浮かべて見せた。
「……そうやっていつもレディを口説いていらっしゃるのね? おあいにく様。わたくしは、シュテファンさまが好きなのよ」
「んあ? それは知ってる」
普通の男ならこれでスッと引いてくれるのだが、レオは違った。何を思ったのか、リズの頬を固定したまま放そうとしない。鼻と鼻が触れ合いそうな位置で固定されてしまった。
(あら……ちょっと、困ったわね……)
キスくらいで騒ぐ気はないがーーじっと、レオが見つめてくるのには参ってしまう。
ランタンの炎が揺れるおかげで、レオの表情に複雑な影が落ちる。
「……とはいえ、きみの思いは純粋な恋じゃないだろう?」
え? と、リズは不意を突かれた。
「どういう……意味でしょう?」
「好きになったからシュテファンを追い回しているわけではないだろう? 自分に相応しい男たちの中で一番の好みだった――だから追い回している違うか?」
それのどこがいけないのだろう? リズは首をかしげる。
「恋愛というのはだな――前提が違う。相手のことが好きというのが前提にある。傍にいたい、相手を知りたい、相手に嫌われたらどうしよう……そういう感情の動きがあって……」
「失礼な、わたくしだって、シュテファンさまのことは好きで……」
「本当に? たんに、自分のものにしたいだけじゃないのか? 完璧令嬢たる自分に釣り合う男はシュテファンだと思ったから、追い回した――」
「ちが……」
声が震えてしまった。
違う、と言い切れるだろうか。言い切る自信が揺らぐ。
リズの胸中に迷いが生じた。まっすぐに見つめてくるレオの視線が痛い。
「……まぁ、いいさ。今は、シュテファンの相手を突き止めるんだろう? 俺も、それは気になるから付き合う」
ぱっと解放され、リズは知らず詰めていた息を吐きだした。
「……レオさま、そういうあなたの恋愛事情はどうなの?」
「ん……俺は理解者ならともかくーー特定の恋人は作らないつもりだよ。面倒なことになりかねないから」
不思議な言い回しだがリズはピンときた。
「ああ……親の決めた相手と結婚しなくちゃならないのね?」
お? 物わかりが良いな、とレオが眉毛を持ち上げれば、リズも「当然でしょ、このくらい」と肩を竦めて答える。
「恋愛観が変だとしょっちゅう言われるんだが……」
「あら、そんなもの。わたくしだって恋愛観はおかしいわよ。だって、このわたくしに釣り合う男性しか相手にしないんですもの。視野が狭いって言われますわ」
ふふ、と笑い飛ばすリズであるが、レオの「恋人はつくらないつもり」が真剣であることはわかっていた。
周囲が結婚相手を勝手に決めた時に、愛する女性がいたら一大事である。古今東西、恋人と親の用意した婚約者の狭間で苦悩する男は多い。
「――あなたが愛した人が、周囲も認めるレディであればいい……違う?」
しん、と馬車の中に沈黙が落ちた。必要な沈黙、そう判断したリズはじっとレオの言葉を待つ。
「もちろん、それが理想だな。だが、そんな女は滅多にいないんだ――残念なはなしなんだけれども」
「そうね、わたくしは、恋人を認めさせる努力を徹底的にしてから、それでもダメなら周りの用意した婚約者との結婚を考える、それでもいいと思うんだけれど……まぁ、人様のお家の事情はそれぞれですものね」
差し出口をお許しください、と、リズは微笑んだ。
当然リズは、一通り体験している。
恋人に突然婚約者が用意されたこともあれば、婚約者だと紹介された相手に恋人がいたこともある。別れる、別れない、愛人だなんだと、水面下で揉めに揉めた。その挙句に刺されて死んだことすらある。
だから恋愛は怖い。一方的に追い回してフラれるくらいがちょうどいい。
「どうであれ、惹かれあって一緒になるのが、一番自然な気がするわ……」
「……同感だよ、レディ・リズ」
レオはそのままじっと窓の外を見つめている。模範的な貴公子の枠から若干逸脱したレオは、こう見えて思いのほか重たいものを背負っているのかもしれない。
「案外わたくしたち、馬が合うのかもしれませんね――……」
リズの小さな呟きは馬の嘶きにかき消された。
レディそっちのけで考え事など失礼だと怒るレディは多い。リズとて、これが他の貴公子であったなら怒って馬車から叩き出しただろう。
しかしレオにはそれを許さない凛とした何かがあった。このまま黙って待っているのがベストだとリズの勘が告げた。
ふいに馬車が、大きくカーブした。
その拍子に車内に掲げたランタンが大きく揺れるが、火は消えない。リズはぎくりとした。火が消えないことに疑問を持たれたら――。
――本来この国では、馬車の車内を明るくする習慣はない。
だが、暗い乗り物というものが嫌だったリズは、魔法でランタンを取り付けた。振動ですぐに火が消えるのも困ったので、魔法の火を使っている。
そのランタンをもう一つ増やし、さらに火を大きくしてくれたのは母だ。それもつい最近のこと。
今までこの馬車に乗るのはリズか母だけだった。二人とも、前世の明るい暮らしが忘れられなくて、つい、あちこち明るくしてしまうのだ。
馬車にお客さま、ましてや夜に誰かを乗せることは想定していなかった。
(不自然なランタンに気が付きませんように……!)
内心びくびくしながら、ランタンについて聞かれたらどうやって答えるか必死で考えるリズは真顔になっていたらしい。
「どうした?」
「は、はい?」
「熱っぽい眼で俺を見ているな、と思って。シュテファンからこのレオさまに乗り換える気になったのかな?」
「え!」
レオの手が伸びてきて、リズの顎を掬った。大きな手のひらがそっとリズの頬に触れる。品のいい香りがする。
「……え、あ、の……」
そのままレオの顔がゆっくり近づいてくる。
(ま、まさか、ここでせ、接吻!)
――気安く男にキスをさせてはならない、と、リズの脳みそは素早く答えをはじき出した。瞬間、リズは完璧な微笑を浮かべて見せた。
「……そうやっていつもレディを口説いていらっしゃるのね? おあいにく様。わたくしは、シュテファンさまが好きなのよ」
「んあ? それは知ってる」
普通の男ならこれでスッと引いてくれるのだが、レオは違った。何を思ったのか、リズの頬を固定したまま放そうとしない。鼻と鼻が触れ合いそうな位置で固定されてしまった。
(あら……ちょっと、困ったわね……)
キスくらいで騒ぐ気はないがーーじっと、レオが見つめてくるのには参ってしまう。
ランタンの炎が揺れるおかげで、レオの表情に複雑な影が落ちる。
「……とはいえ、きみの思いは純粋な恋じゃないだろう?」
え? と、リズは不意を突かれた。
「どういう……意味でしょう?」
「好きになったからシュテファンを追い回しているわけではないだろう? 自分に相応しい男たちの中で一番の好みだった――だから追い回している違うか?」
それのどこがいけないのだろう? リズは首をかしげる。
「恋愛というのはだな――前提が違う。相手のことが好きというのが前提にある。傍にいたい、相手を知りたい、相手に嫌われたらどうしよう……そういう感情の動きがあって……」
「失礼な、わたくしだって、シュテファンさまのことは好きで……」
「本当に? たんに、自分のものにしたいだけじゃないのか? 完璧令嬢たる自分に釣り合う男はシュテファンだと思ったから、追い回した――」
「ちが……」
声が震えてしまった。
違う、と言い切れるだろうか。言い切る自信が揺らぐ。
リズの胸中に迷いが生じた。まっすぐに見つめてくるレオの視線が痛い。
「……まぁ、いいさ。今は、シュテファンの相手を突き止めるんだろう? 俺も、それは気になるから付き合う」
ぱっと解放され、リズは知らず詰めていた息を吐きだした。
「……レオさま、そういうあなたの恋愛事情はどうなの?」
「ん……俺は理解者ならともかくーー特定の恋人は作らないつもりだよ。面倒なことになりかねないから」
不思議な言い回しだがリズはピンときた。
「ああ……親の決めた相手と結婚しなくちゃならないのね?」
お? 物わかりが良いな、とレオが眉毛を持ち上げれば、リズも「当然でしょ、このくらい」と肩を竦めて答える。
「恋愛観が変だとしょっちゅう言われるんだが……」
「あら、そんなもの。わたくしだって恋愛観はおかしいわよ。だって、このわたくしに釣り合う男性しか相手にしないんですもの。視野が狭いって言われますわ」
ふふ、と笑い飛ばすリズであるが、レオの「恋人はつくらないつもり」が真剣であることはわかっていた。
周囲が結婚相手を勝手に決めた時に、愛する女性がいたら一大事である。古今東西、恋人と親の用意した婚約者の狭間で苦悩する男は多い。
「――あなたが愛した人が、周囲も認めるレディであればいい……違う?」
しん、と馬車の中に沈黙が落ちた。必要な沈黙、そう判断したリズはじっとレオの言葉を待つ。
「もちろん、それが理想だな。だが、そんな女は滅多にいないんだ――残念なはなしなんだけれども」
「そうね、わたくしは、恋人を認めさせる努力を徹底的にしてから、それでもダメなら周りの用意した婚約者との結婚を考える、それでもいいと思うんだけれど……まぁ、人様のお家の事情はそれぞれですものね」
差し出口をお許しください、と、リズは微笑んだ。
当然リズは、一通り体験している。
恋人に突然婚約者が用意されたこともあれば、婚約者だと紹介された相手に恋人がいたこともある。別れる、別れない、愛人だなんだと、水面下で揉めに揉めた。その挙句に刺されて死んだことすらある。
だから恋愛は怖い。一方的に追い回してフラれるくらいがちょうどいい。
「どうであれ、惹かれあって一緒になるのが、一番自然な気がするわ……」
「……同感だよ、レディ・リズ」
レオはそのままじっと窓の外を見つめている。模範的な貴公子の枠から若干逸脱したレオは、こう見えて思いのほか重たいものを背負っているのかもしれない。
「案外わたくしたち、馬が合うのかもしれませんね――……」
リズの小さな呟きは馬の嘶きにかき消された。
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