【完結】婚約者と仕事を失いましたが、すべて隣国でバージョンアップするようです。

鋼雅 暁

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第二話

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「殿下」
「なんだ?」
「婚約破棄を宣言するために、わたくしを、しつこくこの舞踏会に呼びつけたのですか?」
 王立学院を卒業して三年、社交界とは縁遠いところで過ごしてきたアリサにとって、王家の紋章のついた舞踏会への招待状は全くありがたくない代物だった。
 しかも、差出人の名前が書いていない不完全な招待状だったため、偽物に違いないとさえ、思った。
 今宵も断る気満々だったのだが、王家の紋章がついた馬車がアリサを毎日追い回し、ついに職場の玄関前に横付けされ、仰々しい装いの使者が招待状を恭しく差し出してきたため、断り切れなかった。
 そして渋々ながらもやってきたら、この事態だ。
「お前っ……ほかに何か言うことはないのか? 弁明するとか!」
「何についての弁明でしょうか? そもそも初対面の男性に、お前呼ばわりされる筋合いはございません」
「国の王子の顔を知らんのか! 痴れ者が! いや、そんなお前だからな……聖女の力は皆無なのに聖女と偽り我々を騙していた。大変な悪女ということについて、弁明をするんだ! 俺は優しいからな、聞いてやらんこともない」
 はぁ、としか反応のしようがないアリサに、王子は「血の巡りの悪い、愚鈍な女だ」と吐き捨てる。無作法な貴方様こそ本当に王子殿下ですか、と聞きそうになった
。そんなアリサにお構い無しで王子の演説は続く。
「そうだ、この際だから紹介しておく。あの柱の影にいる彼女が本物の聖女、ソフィア嬢だ。どうだ、美しく優しく、王族にふさわしい女性なのがひと目でわかるだろう?   俺は、危うく騙されて偽聖女と結婚するところだったのだ。いいかアリサ、お前との婚約を破棄して本物の聖女ソフィアと結婚をする! わかったか!」
 ざわざわ、とさすがに周囲がざわめいた。
 いくら王子とはいえ、婚約者との婚約を破棄した直後に、別の女性との結婚宣言とは非常識にも程がある。
 当事者であるアリサも、違う意味できょとんとしていた。
 まったく身に覚えのない、濡れ衣や汚名を着せられた気がするのだがそれを訂正すべきだろうか。
「だいたい、大神官の養女だというから優遇してきたが、お前の実の父は男爵、母に至っては貴族ですらない町娘だったとか。母からして、魔力だけが取り柄だったのだろうがその娘は魔力すら貧相だ。おおかた、魔力も身分も低いから、嘘偽りを重ねて王子の妃を望んだのだろう。あの出会いも、あの危機を救ったのも、すべて自作自演なんじゃないか?」
 アリサが思案しているのをいいことに、王子はペラペラと勝手に長演説をし、アリサをとんでもない悪女に仕立ててしまった。そしていつの間にかやってきていた見知らぬ令嬢が王子の腕に絡みついた。
 腰まで届くピンクの髪は豊かに波打ち、茶色い眼は大きく輝いている。そして、ドレスの胸元が苦しいであろうほどに豊満な体つき。
 銀色の真っ直ぐな髪とスレンダーな体つきのアリサとは対照的である。
 そのソフィアという令嬢はどうみても聖女には見えない。聖女や神官からは、魔力や神聖な力が感じられるものなのだが、ソフィア嬢からは魔力がまったく感じられない。
 だが、王子が聖女だというからには、聖女なのだろう。
「……わたくしが、偽聖女、ですか……」
「さっさと認めるがいいぞ! お前が偽物だと、このソフィアが見抜いたのだ! 本来なら国家反逆罪として投獄すべきところだが、ソフィアたっての願いで婚約破棄と聖女の地位剥奪に留めた。優しい彼女と寛大な俺に感謝しろ」
 アリサが、王子をまっすぐ見た。
「聖女の地位剥奪、でございますか?」
 アリサの胸が、どくん、と強く打った。想定外もここまでくれば或いは……という気持ちになる。
「そうだ! とっとと、王立大神殿、いや、王都から退去するのだな!」
「はい」
「それが嫌なら、泣いて許しを――え? はい、といったのか?」
 ありがとうございます、と言うのは胸の内だけに留め、アリサは多くを語らずにっこり微笑んだ。
「殿下、王都からの退去、聖女剥奪、婚約破棄、それはご命令ですね?」
 勅命である、と、踏ん反り返りながら王子は演説を続けた。その傍で、ソフィアが嬉しそうに微笑み、周囲は凍り付いて舞踏会の音楽も止まっている。
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