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第十二話
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そして――。
皇太子が、美しく、素直な気性で心優しく、しかも魔力の塊であるアリサを愛するようになるのに時間はかからなかった。
「我が国へお越しください、アリサ嬢」
「え? 研究対象として、でしょうか?」
わたくしは一人で中くらいの国をあっという間に滅ぼせるほどの魔力がありますからね、とアリサは冗談めかして言う。
「違いますよ、我が妃としてです。あなたに魔力がなくても、婚姻を申し込んだと思います」
御冗談を、とアリサは笑う。
「わたくしのことは、調べはついているのでしょう?」
「……はい、王子殿下に婚約破棄され、偽聖女の汚名を着せられて聖女の身分剥奪、王都から追い払われた薄幸の令嬢だと」
「そのとおりですわ。一夜にして、婚約者と仕事を失ったのです」
「御気の毒なことでした。お亡くなりになった父君は貴族であり、養父は王家に次ぐ名門家の大神官さまで今はアイズ殿下とともに国の復興に尽力されている。そして今のあなたは子爵であり、立派なこの土地の領主。俺の妃となることに、何か問題があるだろうか?」
皇太子は真剣な顔でアリサに迫った。だが、するりと皇太子をかわしたアリサはくすりと儚く笑った。
「大国の皇太子妃ともなれば、身分も能力もしっかりした方がなるものですわ。寝ぼけたことをおっしゃってないで、魔獣の種類わけを進めてしまいましょう?」
魔力の研究や、領民と交流し領地運営をするアリサは本当に楽しそうである。
この土地から、この生活から彼女を切り離すのは本当に良いことなのか、皇太子は悩んでしまう。
「……皇太子殿下、妃がだめなら、まずは……アーデルライト国大聖女兼王立魔法研究所の特任研究員としてお招きしては?」
と、部下の一人が皇太子に囁いた。
「なるほど、長らく空位の大聖女……彼女なら、ふさわしいな」
「それに、大聖女と皇族の結婚は珍しくありません」
「……ふむ……だが、彼女が統治している領地はどうする?」
「中立地帯とし、アリサさまがこのままここに住み続けたり統治を続けたりできるよう、両国に働きかけるのです。どうです、殿下の評価が揚がると思いません?」
「やってみるか……」
そんな思惑があるとは全く思っていないアリサは、単に世界有数の魔導師や研究員が集まるというアーデルライト国立魔法研究所に興味を持ち、研究員として所属することをあっさり承諾してくれた。
これには、アーデルライト側の思惑を見抜いた上で、アーデルライトへ行く方がアリサが幸せになれると判断した竜や妖精たちの援護射撃があってのことだがーーむろん、アリサはそんなこと気づいてはいない。
「どのタイミングで大聖女を打診するか、だな……」
「それは殿下がアリサさまと親しくなってから、で良いと思いますよ」
「そうだな。まずは彼女を我が国に招けることに感謝しよう……ふふふ……」
「お待たせいたしました。殿下、今日は楽しそうですね」
「ああ、もちろん。君を我が国に招待できるんだからね」
手の甲にキスを落とされて、アリサは赤くなった。
「可愛い。さ、出発だ!」
「はい!」
馬車を走らせた皇太子は、すぐにぎょっとした。
「ま、まて、竜や魔獣、妖精たちが、ゾロゾロ付いてきているぞ」
「いけませんか? 彼らは皆、わたくしの大切な仲間なので……館においていくなんて、出来ません」
アリサの訴えを補足するように、緋色の竜が炎を吐き、サラマンダーたちが馬車を揺らす。
「か、構わない! だが、我が国に入ったら、ちゃんと隠形か人型で顕現してくれ」
「ありがとうございます、皇太子殿下」
満面の笑みを向けられて、すっかりデレてしまった皇太子であった。
「殿下、どうしてわたくしを、お誘いくださったのですか?」
「きみに惚れたから」
「またまた、御冗談を」
「本気なんだけどな、まぁいいか。きみは、王子の惨い仕打ちにもめげることなく、誰を恨むこともなく、自分の力で領地を改革し、民を幸せにするために頑張っている。魔力や魔獣について詳しく学べば、もっと効率よく多くの人を幸せにできるんじゃないかな、と思ってね。聖女とはきみのような人のことを言うんだよね」
そんなふうに評価してもらえていたとは思ってもみなかったアリサは、目をまん丸にしたあと、ぽろりと涙をこぼした。
「美しい涙だなぁ……」
皇太子は、アリサの涙をそっと指先で拭う。アリサの頬が、赤くなる。
「お礼に、わたくしに出来る範囲で殿下と殿下のお国の皆様を幸せにいたしますね!」
「……お? 聖女にでもなってくれるのかい?」
「殿下のお国は大きいのでわたくしごときでは力が足らないでしょうけれど、わたくしでよろしいのでしたら、いつでもご命令ください」
やった、と皇太子は思わずアリサを抱きしめていた。思わぬ逞しい胸と腕に抱きすくめられ、
「で、で、殿下……」
あああ、と、アリサも真っ赤になった。
なぜか心臓がどきどきする。殿方とはこんなに逞しいのか、と、はじめて知った。
悪い気はしなかったが赤い顔を見られたくなくて、慌ててアリサは窓の外へ視線を投げた。
いつもの精霊たちがそれを見ていたならば、大喜びで騒いだだろう。
「アリサさま、それは恋ですよ!」
と。
アリサはまだ知らない。
アーデルライト皇国で即日皇王直々に大聖女を打診され、大事に大事に後宮で「大聖女兼皇太子妃候補さま」ともてなされ、次第に皇太子に絆されていく運命にあることを――。
皇太子はまだ知らない。
アリサが恋愛音痴であるため、皇太子妃になってほしいと口説き落とすことに大変難儀することを――。
皇太子が、美しく、素直な気性で心優しく、しかも魔力の塊であるアリサを愛するようになるのに時間はかからなかった。
「我が国へお越しください、アリサ嬢」
「え? 研究対象として、でしょうか?」
わたくしは一人で中くらいの国をあっという間に滅ぼせるほどの魔力がありますからね、とアリサは冗談めかして言う。
「違いますよ、我が妃としてです。あなたに魔力がなくても、婚姻を申し込んだと思います」
御冗談を、とアリサは笑う。
「わたくしのことは、調べはついているのでしょう?」
「……はい、王子殿下に婚約破棄され、偽聖女の汚名を着せられて聖女の身分剥奪、王都から追い払われた薄幸の令嬢だと」
「そのとおりですわ。一夜にして、婚約者と仕事を失ったのです」
「御気の毒なことでした。お亡くなりになった父君は貴族であり、養父は王家に次ぐ名門家の大神官さまで今はアイズ殿下とともに国の復興に尽力されている。そして今のあなたは子爵であり、立派なこの土地の領主。俺の妃となることに、何か問題があるだろうか?」
皇太子は真剣な顔でアリサに迫った。だが、するりと皇太子をかわしたアリサはくすりと儚く笑った。
「大国の皇太子妃ともなれば、身分も能力もしっかりした方がなるものですわ。寝ぼけたことをおっしゃってないで、魔獣の種類わけを進めてしまいましょう?」
魔力の研究や、領民と交流し領地運営をするアリサは本当に楽しそうである。
この土地から、この生活から彼女を切り離すのは本当に良いことなのか、皇太子は悩んでしまう。
「……皇太子殿下、妃がだめなら、まずは……アーデルライト国大聖女兼王立魔法研究所の特任研究員としてお招きしては?」
と、部下の一人が皇太子に囁いた。
「なるほど、長らく空位の大聖女……彼女なら、ふさわしいな」
「それに、大聖女と皇族の結婚は珍しくありません」
「……ふむ……だが、彼女が統治している領地はどうする?」
「中立地帯とし、アリサさまがこのままここに住み続けたり統治を続けたりできるよう、両国に働きかけるのです。どうです、殿下の評価が揚がると思いません?」
「やってみるか……」
そんな思惑があるとは全く思っていないアリサは、単に世界有数の魔導師や研究員が集まるというアーデルライト国立魔法研究所に興味を持ち、研究員として所属することをあっさり承諾してくれた。
これには、アーデルライト側の思惑を見抜いた上で、アーデルライトへ行く方がアリサが幸せになれると判断した竜や妖精たちの援護射撃があってのことだがーーむろん、アリサはそんなこと気づいてはいない。
「どのタイミングで大聖女を打診するか、だな……」
「それは殿下がアリサさまと親しくなってから、で良いと思いますよ」
「そうだな。まずは彼女を我が国に招けることに感謝しよう……ふふふ……」
「お待たせいたしました。殿下、今日は楽しそうですね」
「ああ、もちろん。君を我が国に招待できるんだからね」
手の甲にキスを落とされて、アリサは赤くなった。
「可愛い。さ、出発だ!」
「はい!」
馬車を走らせた皇太子は、すぐにぎょっとした。
「ま、まて、竜や魔獣、妖精たちが、ゾロゾロ付いてきているぞ」
「いけませんか? 彼らは皆、わたくしの大切な仲間なので……館においていくなんて、出来ません」
アリサの訴えを補足するように、緋色の竜が炎を吐き、サラマンダーたちが馬車を揺らす。
「か、構わない! だが、我が国に入ったら、ちゃんと隠形か人型で顕現してくれ」
「ありがとうございます、皇太子殿下」
満面の笑みを向けられて、すっかりデレてしまった皇太子であった。
「殿下、どうしてわたくしを、お誘いくださったのですか?」
「きみに惚れたから」
「またまた、御冗談を」
「本気なんだけどな、まぁいいか。きみは、王子の惨い仕打ちにもめげることなく、誰を恨むこともなく、自分の力で領地を改革し、民を幸せにするために頑張っている。魔力や魔獣について詳しく学べば、もっと効率よく多くの人を幸せにできるんじゃないかな、と思ってね。聖女とはきみのような人のことを言うんだよね」
そんなふうに評価してもらえていたとは思ってもみなかったアリサは、目をまん丸にしたあと、ぽろりと涙をこぼした。
「美しい涙だなぁ……」
皇太子は、アリサの涙をそっと指先で拭う。アリサの頬が、赤くなる。
「お礼に、わたくしに出来る範囲で殿下と殿下のお国の皆様を幸せにいたしますね!」
「……お? 聖女にでもなってくれるのかい?」
「殿下のお国は大きいのでわたくしごときでは力が足らないでしょうけれど、わたくしでよろしいのでしたら、いつでもご命令ください」
やった、と皇太子は思わずアリサを抱きしめていた。思わぬ逞しい胸と腕に抱きすくめられ、
「で、で、殿下……」
あああ、と、アリサも真っ赤になった。
なぜか心臓がどきどきする。殿方とはこんなに逞しいのか、と、はじめて知った。
悪い気はしなかったが赤い顔を見られたくなくて、慌ててアリサは窓の外へ視線を投げた。
いつもの精霊たちがそれを見ていたならば、大喜びで騒いだだろう。
「アリサさま、それは恋ですよ!」
と。
アリサはまだ知らない。
アーデルライト皇国で即日皇王直々に大聖女を打診され、大事に大事に後宮で「大聖女兼皇太子妃候補さま」ともてなされ、次第に皇太子に絆されていく運命にあることを――。
皇太子はまだ知らない。
アリサが恋愛音痴であるため、皇太子妃になってほしいと口説き落とすことに大変難儀することを――。
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