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第一章:環楽園の殺人
5/1、5/2「赤のカタストロフィ」
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5/1
目が覚めたとき、部屋の中は真暗だった。
頭のすぐ横で時計がけたたましいアラーム音を立てている。まだ意識がどこかぼんやりとしているけれど、とりあえずその五月蠅いアラームは止めた。
静寂が訪れる……。
もう夜になってしまったのだろうか。時計を見れば分かるけれど、しかしなんだか確認するのが億劫に思われて、僕はまだしばらくこのままでいることにした。
隣では舞游が……。
「…………舞游?」
いなかった。ベッドの上には、僕がいるだけだった。
「舞游っ!」
一瞬で意識が完全に覚醒した。身体を起こしてベッドから下りて手探りで照明のスイッチを見つけて電気を点けるが、部屋全体が明かりで満たされると途端に目が眩んだ。薄目を開けて見回すが、室内に舞游の姿はない。それで廊下の方に目を向けて、僕はゾクゾクゾクゾクッと電撃が爪先から頭の天辺まで駆け抜けたかのような感覚に打たれた。
部屋の扉が開いていた。
嘘だろ……嘘だろ嘘だろ嘘だろ嘘だろ……。
僕は譫言みたいに呟いた後、ハッとして駆け出した。だが馬鹿みたいに長い廊下に出たところで、たちまち身体が止まる。どこに行けばいい? 真っ先に向かうべき場所はどこだ? そう自問した直後、全身が震え出した。上の歯と下の歯がぶつかってガチガチガチガチと耳障りな音を立てる。
脳裏を駆け抜けたビジョンは赤色だった。死体は常に赤色の上に置かれる。赤色――リビングにある円卓のテーブルクロスは気味が悪いくらいに真っ赤だった。
走り出そうとして足がもつれ、転びかけるのをどうにか堪え、すぐ近くにあった階段を下った。ロビーまで下りきると今度は階段を迂回し、やっとリビングの扉の前まで辿り着く。
お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします――と頭の中で唱えながら、両開きの扉の取っ手に手を掛ける。
心臓が胸の中で暴れ狂っている。いまにも破裂しそうだ。心拍音があまりにもあまりにもあまりにも五月蠅い。ドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドク――――
扉を開け放った。
「――――――」
頭の中が真っ白になる。
豪奢なシャンデリアの灯りが煌々と照らす真っ赤な円卓の上で、舞游は死んでいた。
裸にされ、その脳天から縦に真っ直ぐ身体を切断され、流れ出る夥しい量の血液は円卓の上に花を咲かせるかのように広がっていた。
僕は、絶叫した。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
5/2
僕は昔から、取り立てて変わったところのない、平凡な人間だった。そんな自分を不満に思うこともなく、目的も意義も見当たらない空っぽの人生を生きていた。
なにかに積極的になるということもなかった。わざわざ苦労してまで成し得たいと思える事柄が見当たらなかった。だからとりあえずは波風立てないように、目立つことのないように、余計な労力を費やさなくてもいいようにとだけ考えて行動していた。ゆえに特別仲の良い人間というものもできなかったし、そもそもつくろうとしていなかった。
けれど時折、ふとした瞬間に寂しくなった。空っぽな自分が虚しくて、切なくなったのだ。だが夢中になれるようなこと、心から惹かれるようなものは見つけられなかった。
そんな僕が高校に入学し、馘杜舞游と出逢った。
彼女と友達になり、僕は段々と自分が空っぽでないと思えるようになった。夢中になれること、心から惹かれるものが、見つかった。こんな僕に目的と意義が生まれた。
僕は舞游のための僕であろうとした。そうしながら、僕もまた、彼女に救われていたのだ。
舞游と一緒に過ごす時間は幸せだった。
彼女のことが、好きだったのだ。
目が覚めたとき、部屋の中は真暗だった。
頭のすぐ横で時計がけたたましいアラーム音を立てている。まだ意識がどこかぼんやりとしているけれど、とりあえずその五月蠅いアラームは止めた。
静寂が訪れる……。
もう夜になってしまったのだろうか。時計を見れば分かるけれど、しかしなんだか確認するのが億劫に思われて、僕はまだしばらくこのままでいることにした。
隣では舞游が……。
「…………舞游?」
いなかった。ベッドの上には、僕がいるだけだった。
「舞游っ!」
一瞬で意識が完全に覚醒した。身体を起こしてベッドから下りて手探りで照明のスイッチを見つけて電気を点けるが、部屋全体が明かりで満たされると途端に目が眩んだ。薄目を開けて見回すが、室内に舞游の姿はない。それで廊下の方に目を向けて、僕はゾクゾクゾクゾクッと電撃が爪先から頭の天辺まで駆け抜けたかのような感覚に打たれた。
部屋の扉が開いていた。
嘘だろ……嘘だろ嘘だろ嘘だろ嘘だろ……。
僕は譫言みたいに呟いた後、ハッとして駆け出した。だが馬鹿みたいに長い廊下に出たところで、たちまち身体が止まる。どこに行けばいい? 真っ先に向かうべき場所はどこだ? そう自問した直後、全身が震え出した。上の歯と下の歯がぶつかってガチガチガチガチと耳障りな音を立てる。
脳裏を駆け抜けたビジョンは赤色だった。死体は常に赤色の上に置かれる。赤色――リビングにある円卓のテーブルクロスは気味が悪いくらいに真っ赤だった。
走り出そうとして足がもつれ、転びかけるのをどうにか堪え、すぐ近くにあった階段を下った。ロビーまで下りきると今度は階段を迂回し、やっとリビングの扉の前まで辿り着く。
お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします――と頭の中で唱えながら、両開きの扉の取っ手に手を掛ける。
心臓が胸の中で暴れ狂っている。いまにも破裂しそうだ。心拍音があまりにもあまりにもあまりにも五月蠅い。ドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドク――――
扉を開け放った。
「――――――」
頭の中が真っ白になる。
豪奢なシャンデリアの灯りが煌々と照らす真っ赤な円卓の上で、舞游は死んでいた。
裸にされ、その脳天から縦に真っ直ぐ身体を切断され、流れ出る夥しい量の血液は円卓の上に花を咲かせるかのように広がっていた。
僕は、絶叫した。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
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僕は昔から、取り立てて変わったところのない、平凡な人間だった。そんな自分を不満に思うこともなく、目的も意義も見当たらない空っぽの人生を生きていた。
なにかに積極的になるということもなかった。わざわざ苦労してまで成し得たいと思える事柄が見当たらなかった。だからとりあえずは波風立てないように、目立つことのないように、余計な労力を費やさなくてもいいようにとだけ考えて行動していた。ゆえに特別仲の良い人間というものもできなかったし、そもそもつくろうとしていなかった。
けれど時折、ふとした瞬間に寂しくなった。空っぽな自分が虚しくて、切なくなったのだ。だが夢中になれるようなこと、心から惹かれるようなものは見つけられなかった。
そんな僕が高校に入学し、馘杜舞游と出逢った。
彼女と友達になり、僕は段々と自分が空っぽでないと思えるようになった。夢中になれること、心から惹かれるものが、見つかった。こんな僕に目的と意義が生まれた。
僕は舞游のための僕であろうとした。そうしながら、僕もまた、彼女に救われていたのだ。
舞游と一緒に過ごす時間は幸せだった。
彼女のことが、好きだったのだ。
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