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【G章:紐づくもんぜるっぜ】
5、6「加藤、果糖か問うか等」
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5
翌日、十一時。俺と義吟は〈えんぜるはあぷ〉の斜向かいにある喫茶店に入り、窓際のカウンター席に陣取った。
「央くん、どうして未余子ちゃんのお兄さんが現れると思うのですか?」
「お兄さんじゃなくてホスト崩れ。未余子ちゃんは一人娘だって確認しただろ」
「どうしてホスト崩れさんが現れると思うのですか?」
「今日が土曜日だから。あとは未余子ちゃんが死んだからだよ。ホスト崩れはまた前と同じように、自分で〈もんぜるっぜ〉を買いに来るしかないんだ」
義吟はマカロンを口に放り込んでもぐもぐして、甘ったるそうなソースやクリームの乗ったキャラメルマキアートと一緒に飲み込むと「あ!」と手を打った。
「もしかして、未余子ちゃんはホスト崩れさんのパシリだったということですか?」
「うーん……続けてみて」
「自分で並ぶのが嫌だから、未余子ちゃんに〈もんぜるっぜ〉を買ってこさせていたのです。ホスト崩れさんと未余子ちゃんの分で二つだったのですよ」
「未余子ちゃんはどうして殺されたと思う?」
「決まってますよ。ホスト崩れさんが〈もんぜるっぜ〉を奪うために殺したのです」
「パシリなら殺さなくたって奪えるだろ」
「あ~……」
「それに一ヶ月以上はうまくいってたんだぞ」
「それはですね~……分かりました! 未余子ちゃんが殺された日は、ホスト崩れさんが急に二つとも食べたくなったのですよ。だけど未余子ちゃんも、せっかく並んだのにひとつも食べられないなんて嫌じゃないですか。それで喧嘩になって、惨劇が起こったのです」
得意そうな表情で胸を張っている。自信満々のようだ。
「義吟はいつも思い付きどまりなんだ。だから全体を見たときに、説明がつかなくなる」
「え~、どこが駄目なのですか?」
「義吟の話では、未余子ちゃんがパシられるようになってはじめて、〈もんぜるっぜ〉はホスト崩れと未余子ちゃんの分として二つ必要になった。だがそれ以前、ホスト崩れが買っていたときから二つだったじゃないか」
「云われてみれば……。ならパシリじゃなくて、当番だったのでしょうか。ホスト崩れさんも未余子ちゃんと二人の分を買っていたということで」
「二人が一緒に買いに来た日はホスト崩れが二つ、未余子ちゃんがひとつで合計三つだった」
「その日はホスト崩れさんが二つ食べたかったのですよ。そういう日だってあります」
「あるいは別の理由があるのかも知れない。考えるんだよ、義吟。どうして二人は決まって土曜に買いに来るんだと思う?」
「う~ん……」
キャラメルマキアートを太いストローでちゅーと吸う義吟。
「……そんなの分かりませんよ~」
頭に付けている狐の耳まで、でろんと垂れた。彼女のカチューシャは毎日変わる。パーカーの色も今日はパステルイエローだ。
その後、彼女は考えるのに飽きて、注目している地下アイドルの話を始めた。戴天京にいる間にライブに行きたいのだとか。聞いているうちに十五時を回り、俺は窓外に目的の人物を見とめる。
「あいつじゃないか? たぶん服装も同じだぜ」
ペイズリー柄のシャツの上にジャケットを羽織り、ダメージ加工の黒スキニー。茶色に染めてパーマをかけたロン毛。両手をポケットに突っ込み、仏頂面で列に並んでいる。
「生で見るとますますホスト崩れだな。それともポン引きか?」
「央くん、ああいう人に対する敵意がすごいですよね」
「当たり前だろ、あんな軽薄そうな奴。義吟は好きなの?」
「服装がフォーマルなのかパンクなのか分からなくて嫌ですかね~」
自分も変な格好なのに、他人のファッションに口を出すのか……。
それはともかく、男の年齢はやはり二十代前半に見える。宇久はそんな男の心当たりはないと云っていたけれど、未余子の死によってまた現れたところからも無関係ではない。
未余子が、宇久にも隠していた関係。警察の捜査でも浮かび上がらなかっただろう。消えた〈もんぜるっぜ〉だけが、こいつに紐づいていたのだ。
6
金ぴかの紙袋を手に店を出てきたホスト崩れを、俺達は尾行した。都会は人が多いので、相手を見失いさえしなければ、気取られる心配の方は少なくて済む。
ホスト崩れが電車に乗って移動した先は、都内の高級住宅街だった。駅から徒歩五分ほどのマンションに這入っていくのを見て、俺達は外から各階の通路へ注目した。彼は九階の通路に現れると、真ん中あたりの部屋に這入った。
「扉の横に、九〇七号室と書いてありますよ」
改造の賜物で視力も抜群に良い義吟が云う。
「分不相応に良いマンションだな」
「ご自宅ですかね?」
「義吟はここでホスト崩れの部屋を見張っていてくれ」
俺はエントランスに這入った。その先のドアはオートロックのようだが、用があるのは手前のポストルームだ。九〇七号室のポストはすぐに見つかる。住人の名前は書いていない。プッシュボタン錠がついているので、差入口から手を入れて郵便物を何通か抜き取る。
宛名にはどれも〈美濃田侑利〉と書かれてある。ガス会社や水道局、銀行からだ。
郵便物をポストの中に戻して表に出た。狐耳とパステルイエローのパーカーで悪目立ちしている義吟が、口をぽかーんと開けてマンションを見上げている。
少し考えてから、俺は携帯を取って犬屋に電話を掛けた。ペットショップではなく、そういう苗字だ。下の名前は知らないけれど、情報屋として優秀なことは知っている。
『へい。どうしたのー』
相変わらず低血圧気味の声だ。風を切る音がうるさいから、運転中らしい。
「美濃田侑利という人物について調べてほしい。住所と先月の水道代は分かる」
『美濃田侑利? 前に調べたから知ってる』
「有名人なのか? 検索しても変わったものはヒットしなかったが」
『その名前ではね。どうする、二万でいいけど』
「イチゴにして」
『イヤだ』
「一万八千ね、分かった。振り込んでおくよ」
『ずるいなー、その嵌め方。別にいいけど』
「それで、美濃田侑利はなんて名前で有名人なんだ」
『乃野矢リサ。人気漫画家だよ。三年前から『パノラマ』で『シュガーハイにつき失恋定期』を週刊連載中。同作は去年の夏にアニメ化されて、今度は実写映画化も決まってる』
「あー、嫌いな漫画だわ。読んだことはないけど」
『読もうよ。面白いよ』
「きみ、探偵小説しか読まないんじゃないのか」
自身が探偵小説オタクであるために、探偵の俺を贔屓してくれる彼女である。
『一番はそうだけど、漫画も読むよ。『シュガーハイ』は甘い物を食べると淫乱になっちゃう女の子が、周りの恋愛関係をこじらせて恨まれまくるの。結構エグい話なんだよね』
「うーっわ、絶対に読みたくない」
その後も犬屋は多くの情報を提供してくれた。
乃野矢リサは覆面作家で、素性は謎に包まれている。ゆえに以前、彼女について調べてほしいという依頼を受けたそうだ。ネット上に信憑性の高い情報はなかったが、昔に一度だけ同人活動をしていた痕跡から、すべて辿ることができたらしい。
女性、二十五歳、独身。その最大の特徴は、病的な引きこもりだということ。インタビューでも『部屋から出ずにお金が稼げるから漫画家になった』と述べていて、事実、部屋から出ることは一切なく、仕事で必要なやり取りもすべてオンラインで済ませている。
その他にも年収、出身、家族、生い立ち、人となり、特徴的なエピソードなど。写真は後からデータで送るが、四年前に撮影されたものとのことだ。
「こんなに分かれば充分だ。助かったよ」
『はいよ。そういえば彼女はできた?』
「できないよ。きみの返事待ち」
『またまたー。それじゃ、毎度あり』
通話を終えて、律儀に九〇七号室を見張り続けている義吟のもとに行く。
彼女は「犬屋さんと電話してたのですか?」と首を傾げた。
「ああ。ホスト崩れが這入っていった部屋には、引きこもり漫画家が住んでる。これで未余子が殺された現場から〈もんぜるっぜ〉が消えた理由は分かったな」
「ええ? 全然分からないですよ。引きこもり漫画家?」
さらに首を傾げて、もう少しで倒れそうになっている。
「ヒントをやると、〈もんぜるっぜ〉は未余子ちゃんの口には合わなかったようだぜ」
「もっと分からなくなりました……」
さて、あとは亜愛からの連絡待ちだと思って携帯を見たところ、犬屋と電話している間に着信があったみたいだ。折り返すと、ワンコール待たずして亜愛の声が告げた。
『誰に聞いても同じね。そんな子のことは知らないそうよ』
「ありがとう。それでいい」
必要な情報はすべて揃った。勿体ぶらずに解決編といこう。
翌日、十一時。俺と義吟は〈えんぜるはあぷ〉の斜向かいにある喫茶店に入り、窓際のカウンター席に陣取った。
「央くん、どうして未余子ちゃんのお兄さんが現れると思うのですか?」
「お兄さんじゃなくてホスト崩れ。未余子ちゃんは一人娘だって確認しただろ」
「どうしてホスト崩れさんが現れると思うのですか?」
「今日が土曜日だから。あとは未余子ちゃんが死んだからだよ。ホスト崩れはまた前と同じように、自分で〈もんぜるっぜ〉を買いに来るしかないんだ」
義吟はマカロンを口に放り込んでもぐもぐして、甘ったるそうなソースやクリームの乗ったキャラメルマキアートと一緒に飲み込むと「あ!」と手を打った。
「もしかして、未余子ちゃんはホスト崩れさんのパシリだったということですか?」
「うーん……続けてみて」
「自分で並ぶのが嫌だから、未余子ちゃんに〈もんぜるっぜ〉を買ってこさせていたのです。ホスト崩れさんと未余子ちゃんの分で二つだったのですよ」
「未余子ちゃんはどうして殺されたと思う?」
「決まってますよ。ホスト崩れさんが〈もんぜるっぜ〉を奪うために殺したのです」
「パシリなら殺さなくたって奪えるだろ」
「あ~……」
「それに一ヶ月以上はうまくいってたんだぞ」
「それはですね~……分かりました! 未余子ちゃんが殺された日は、ホスト崩れさんが急に二つとも食べたくなったのですよ。だけど未余子ちゃんも、せっかく並んだのにひとつも食べられないなんて嫌じゃないですか。それで喧嘩になって、惨劇が起こったのです」
得意そうな表情で胸を張っている。自信満々のようだ。
「義吟はいつも思い付きどまりなんだ。だから全体を見たときに、説明がつかなくなる」
「え~、どこが駄目なのですか?」
「義吟の話では、未余子ちゃんがパシられるようになってはじめて、〈もんぜるっぜ〉はホスト崩れと未余子ちゃんの分として二つ必要になった。だがそれ以前、ホスト崩れが買っていたときから二つだったじゃないか」
「云われてみれば……。ならパシリじゃなくて、当番だったのでしょうか。ホスト崩れさんも未余子ちゃんと二人の分を買っていたということで」
「二人が一緒に買いに来た日はホスト崩れが二つ、未余子ちゃんがひとつで合計三つだった」
「その日はホスト崩れさんが二つ食べたかったのですよ。そういう日だってあります」
「あるいは別の理由があるのかも知れない。考えるんだよ、義吟。どうして二人は決まって土曜に買いに来るんだと思う?」
「う~ん……」
キャラメルマキアートを太いストローでちゅーと吸う義吟。
「……そんなの分かりませんよ~」
頭に付けている狐の耳まで、でろんと垂れた。彼女のカチューシャは毎日変わる。パーカーの色も今日はパステルイエローだ。
その後、彼女は考えるのに飽きて、注目している地下アイドルの話を始めた。戴天京にいる間にライブに行きたいのだとか。聞いているうちに十五時を回り、俺は窓外に目的の人物を見とめる。
「あいつじゃないか? たぶん服装も同じだぜ」
ペイズリー柄のシャツの上にジャケットを羽織り、ダメージ加工の黒スキニー。茶色に染めてパーマをかけたロン毛。両手をポケットに突っ込み、仏頂面で列に並んでいる。
「生で見るとますますホスト崩れだな。それともポン引きか?」
「央くん、ああいう人に対する敵意がすごいですよね」
「当たり前だろ、あんな軽薄そうな奴。義吟は好きなの?」
「服装がフォーマルなのかパンクなのか分からなくて嫌ですかね~」
自分も変な格好なのに、他人のファッションに口を出すのか……。
それはともかく、男の年齢はやはり二十代前半に見える。宇久はそんな男の心当たりはないと云っていたけれど、未余子の死によってまた現れたところからも無関係ではない。
未余子が、宇久にも隠していた関係。警察の捜査でも浮かび上がらなかっただろう。消えた〈もんぜるっぜ〉だけが、こいつに紐づいていたのだ。
6
金ぴかの紙袋を手に店を出てきたホスト崩れを、俺達は尾行した。都会は人が多いので、相手を見失いさえしなければ、気取られる心配の方は少なくて済む。
ホスト崩れが電車に乗って移動した先は、都内の高級住宅街だった。駅から徒歩五分ほどのマンションに這入っていくのを見て、俺達は外から各階の通路へ注目した。彼は九階の通路に現れると、真ん中あたりの部屋に這入った。
「扉の横に、九〇七号室と書いてありますよ」
改造の賜物で視力も抜群に良い義吟が云う。
「分不相応に良いマンションだな」
「ご自宅ですかね?」
「義吟はここでホスト崩れの部屋を見張っていてくれ」
俺はエントランスに這入った。その先のドアはオートロックのようだが、用があるのは手前のポストルームだ。九〇七号室のポストはすぐに見つかる。住人の名前は書いていない。プッシュボタン錠がついているので、差入口から手を入れて郵便物を何通か抜き取る。
宛名にはどれも〈美濃田侑利〉と書かれてある。ガス会社や水道局、銀行からだ。
郵便物をポストの中に戻して表に出た。狐耳とパステルイエローのパーカーで悪目立ちしている義吟が、口をぽかーんと開けてマンションを見上げている。
少し考えてから、俺は携帯を取って犬屋に電話を掛けた。ペットショップではなく、そういう苗字だ。下の名前は知らないけれど、情報屋として優秀なことは知っている。
『へい。どうしたのー』
相変わらず低血圧気味の声だ。風を切る音がうるさいから、運転中らしい。
「美濃田侑利という人物について調べてほしい。住所と先月の水道代は分かる」
『美濃田侑利? 前に調べたから知ってる』
「有名人なのか? 検索しても変わったものはヒットしなかったが」
『その名前ではね。どうする、二万でいいけど』
「イチゴにして」
『イヤだ』
「一万八千ね、分かった。振り込んでおくよ」
『ずるいなー、その嵌め方。別にいいけど』
「それで、美濃田侑利はなんて名前で有名人なんだ」
『乃野矢リサ。人気漫画家だよ。三年前から『パノラマ』で『シュガーハイにつき失恋定期』を週刊連載中。同作は去年の夏にアニメ化されて、今度は実写映画化も決まってる』
「あー、嫌いな漫画だわ。読んだことはないけど」
『読もうよ。面白いよ』
「きみ、探偵小説しか読まないんじゃないのか」
自身が探偵小説オタクであるために、探偵の俺を贔屓してくれる彼女である。
『一番はそうだけど、漫画も読むよ。『シュガーハイ』は甘い物を食べると淫乱になっちゃう女の子が、周りの恋愛関係をこじらせて恨まれまくるの。結構エグい話なんだよね』
「うーっわ、絶対に読みたくない」
その後も犬屋は多くの情報を提供してくれた。
乃野矢リサは覆面作家で、素性は謎に包まれている。ゆえに以前、彼女について調べてほしいという依頼を受けたそうだ。ネット上に信憑性の高い情報はなかったが、昔に一度だけ同人活動をしていた痕跡から、すべて辿ることができたらしい。
女性、二十五歳、独身。その最大の特徴は、病的な引きこもりだということ。インタビューでも『部屋から出ずにお金が稼げるから漫画家になった』と述べていて、事実、部屋から出ることは一切なく、仕事で必要なやり取りもすべてオンラインで済ませている。
その他にも年収、出身、家族、生い立ち、人となり、特徴的なエピソードなど。写真は後からデータで送るが、四年前に撮影されたものとのことだ。
「こんなに分かれば充分だ。助かったよ」
『はいよ。そういえば彼女はできた?』
「できないよ。きみの返事待ち」
『またまたー。それじゃ、毎度あり』
通話を終えて、律儀に九〇七号室を見張り続けている義吟のもとに行く。
彼女は「犬屋さんと電話してたのですか?」と首を傾げた。
「ああ。ホスト崩れが這入っていった部屋には、引きこもり漫画家が住んでる。これで未余子が殺された現場から〈もんぜるっぜ〉が消えた理由は分かったな」
「ええ? 全然分からないですよ。引きこもり漫画家?」
さらに首を傾げて、もう少しで倒れそうになっている。
「ヒントをやると、〈もんぜるっぜ〉は未余子ちゃんの口には合わなかったようだぜ」
「もっと分からなくなりました……」
さて、あとは亜愛からの連絡待ちだと思って携帯を見たところ、犬屋と電話している間に着信があったみたいだ。折り返すと、ワンコール待たずして亜愛の声が告げた。
『誰に聞いても同じね。そんな子のことは知らないそうよ』
「ありがとう。それでいい」
必要な情報はすべて揃った。勿体ぶらずに解決編といこう。
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