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【A章:まいきゃん混ぜ混ぜ】
8、9「輝きは苦も身を舞う答え」
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8
俺はまいかと一緒に彼女の部屋に戻った。其処ではミヤがすっかり落ち着きを取り戻し、くつろいでいた。片耳にイヤホンをつけて、音楽でも聴いているみたいだ。
ところでまいかは、自分を脅しているユーナを除いては、基本的にサバトのメンバーが嫌いなわけではないらしい。特にミヤは気さくに話し掛けてくれるし、まいかの事情もよく理解しているようだ。だからと云ってサバトを辞めようとはしないのだが。
俺はミヤにも、サバトのことやユーナと巻乃木真月の取引などについて話を聞いた。しかし大した情報は得られなかった。彼女は単なる快楽主義者であり、一年前にネットで知り合ったユーナの誘いに乗って、月一回の乱交パーティに参加しているに過ぎなかった。
「俺達は巻乃木真月を調べてみるよ。ユーナさんの方は警察が動いてるけど、戸締りをしっかりして、不必要な外出は控えた方がいい」
「待って、荻尾さん」
部屋を出て行こうとしたところ、まいかに引き留められた。
「まいか、夕方からライブなの。リハもあるし、あと一時間くらいで出なくちゃ」
「休むわけにはいかないの?」
「いかないよー。まいかはアイドルだもん。それでお願いがあるんだけど……」
「もしかして送迎?」
「さすが気がつく探偵さんだー。電車で移動は不安だから、お願いー」
それは正当な頼みだと思ったので、俺は引き受けることにした。するとまいかは、せっかくだからライブも見てほしいと云った。関係者席なら空きがあって、無料でよいとのことだ。義吟が「是非是非是非!」と騒いだので、この誘いにも乗ることにした。
一方で俺は情報屋の犬屋に電話して、巻乃木真月のアイドル引退後の足取りを追ってもらうよう依頼した。『新規調査だし三万で』「ニコっと笑って二万五千」『ニヤっとはしたけど』「二万八千ね、分かった」『ずるいなー、その嵌め方』というやり取りで交渉成立。
9
会場の〈阿嘉巣OILCUBE〉は、キャパ1000人のライブハウスだ。今日は〈私、性格悪くてごめんなさい〉のワンマンライブで、〈しょーがないじゃん、イヤイヤ期だもんツアー〉のファイナルという位置づけらしい。
平日ではあるが、この規模の会場でワンマンができるのは地下アイドルとしては結構すごいことなんだと、義吟が熱をこめて語った。チケットもソールドアウトらしい。
十八時十五分に開場すると、客がぞろぞろと這入ってくる。開演は十九時なので、それまではラウンジで飲み物を飲んだり、顔馴染みらしい客同士「お疲れ様です」なんて挨拶して会話を楽しんだり、ひとりでずっとスマホを睨んでいたり、思い思いに過ごすようだ。
客層は若い男女とオッサン。仕事帰りでスーツ姿の人も目立つ。当然、亜愛はこんな人混みに来ようものなら発狂必至なので、キャンピングカーで留守番している。
「きゃ~、まさか生ライブが見られるなんて思いませんでしたよ~」
義吟は点灯していないペンライトを振り回して、早くも落ち着かない様子だ。
「実は人生初ライブなのです。しかしご心配なく! 予習は完璧です!」
「席が席なんだから、ハシャぎ過ぎないようにな」
フロアはスタンディングだが、俺達がいる後方の関係者席は一段高い位置に座席が並んでいる。他に座っているのは、メンバーの知人や音楽関係者と思われる。
待っている間、俺は改めて〈私、性格悪くてごめんなさい〉についてネットで調べた。二年前に結成した、四人組のアイドルグループ。緩くて可愛いルックスとは裏腹に、本格的なエレクトロコアを鳴らす楽曲と、身を削るようなパフォーマンスに定評がある。雑誌やウェブ配信のドラマでも活躍中。特にメランコリブルーの崩れ☆ちづはとアダルトピンクの乱れ☆まいかは人気が高く、若者の間でファッションアイコンとなっている。
「そういえば、央くんは可愛い女の子が好きじゃないですか。どうしてアイドルにはあまり興味がないのです?」
「なんか嫉妬するんだよね。俺って本当は女子に産まれてアイドルになりたかったから」
「え~? なんですか~それ」
「俺も分からん」
開演が近づくとラウンジにいた客もフロアに集まり、場内の期待感が増していくのが目に見えるようだった。そして十九時、出囃子と共に奇抜な衣装に身を包んだメンバーがステージに登場すると、盛り上がりは一気に爆発した。
挨拶も抜きに、強烈なイントロの一曲目が始まる。メンバーの激しいダンスとライトの明滅。それから急に、大勢の客が妙な掛け声を発した。「あうあー! あいあー!」みたいな感じでなにを云っているんだか不明だけれど、ぴたりと揃っている。隣の義吟も同じく叫んでいて、俺は結構困惑した。掛け声の終了と同時に、メンバーがAメロを歌い出した。
歌唱は順繰りだが、全力で踊りながらの生歌にも拘わらず完成度は高い。見事に一曲目を終えたところにサディズムレッドの壊れ☆みゆなが「お待たせ~! 今日は私の可愛いところたっくさん見せて、他の女に目移りできなくしてあげる~! 〈私、性格悪くてごめんなさい〉! お前ら、いつものデートとは違うぞ~!」との煽りを入れて、さらにアップテンポの二曲目に突入した。歓声が沸き上がり、再び客の「やいやー! あうやー!」みたいな掛け声。会場は既にひとつとなっていた。
それからアンコールも含めて一時間半、彼女達は見事にやりきった。こんなにもエネルギーに溢れるライブだとは想像していなかった。合間のMCは驚くほど緩くてグダグダだったが、楽曲ではどれもメンバー全員が全霊のパフォーマンスを見せた。
特にまいかは圧巻だった。ステージの端から端まで駆け回り、客を煽り、輝いていた。曲に合わせて突き抜けた笑顔から物憂げな表情まで振れる表現力は、プロのそれだった。
彼女は俺達に対しても、ユーナ達に対しても、乱れ☆まいかと名乗っている。つまり私生活でもアイドルとして振舞っている。それについては昨晩、「まいかは根っからのアイドルだからねー」と話していた。
さらにはネットで見つけたインタビュー記事で、彼女が語っていたこと。
『アイドルをしているときだけ、まいかは自分を見つけられるんです。彼ピーのみなさんがいての、まいかなんです。だからまいかも、みなさんのためならいくらでも頑張れます』
このライブを通じて、彼女の気持ちが本物だということを俺は知った。
俺はまいかと一緒に彼女の部屋に戻った。其処ではミヤがすっかり落ち着きを取り戻し、くつろいでいた。片耳にイヤホンをつけて、音楽でも聴いているみたいだ。
ところでまいかは、自分を脅しているユーナを除いては、基本的にサバトのメンバーが嫌いなわけではないらしい。特にミヤは気さくに話し掛けてくれるし、まいかの事情もよく理解しているようだ。だからと云ってサバトを辞めようとはしないのだが。
俺はミヤにも、サバトのことやユーナと巻乃木真月の取引などについて話を聞いた。しかし大した情報は得られなかった。彼女は単なる快楽主義者であり、一年前にネットで知り合ったユーナの誘いに乗って、月一回の乱交パーティに参加しているに過ぎなかった。
「俺達は巻乃木真月を調べてみるよ。ユーナさんの方は警察が動いてるけど、戸締りをしっかりして、不必要な外出は控えた方がいい」
「待って、荻尾さん」
部屋を出て行こうとしたところ、まいかに引き留められた。
「まいか、夕方からライブなの。リハもあるし、あと一時間くらいで出なくちゃ」
「休むわけにはいかないの?」
「いかないよー。まいかはアイドルだもん。それでお願いがあるんだけど……」
「もしかして送迎?」
「さすが気がつく探偵さんだー。電車で移動は不安だから、お願いー」
それは正当な頼みだと思ったので、俺は引き受けることにした。するとまいかは、せっかくだからライブも見てほしいと云った。関係者席なら空きがあって、無料でよいとのことだ。義吟が「是非是非是非!」と騒いだので、この誘いにも乗ることにした。
一方で俺は情報屋の犬屋に電話して、巻乃木真月のアイドル引退後の足取りを追ってもらうよう依頼した。『新規調査だし三万で』「ニコっと笑って二万五千」『ニヤっとはしたけど』「二万八千ね、分かった」『ずるいなー、その嵌め方』というやり取りで交渉成立。
9
会場の〈阿嘉巣OILCUBE〉は、キャパ1000人のライブハウスだ。今日は〈私、性格悪くてごめんなさい〉のワンマンライブで、〈しょーがないじゃん、イヤイヤ期だもんツアー〉のファイナルという位置づけらしい。
平日ではあるが、この規模の会場でワンマンができるのは地下アイドルとしては結構すごいことなんだと、義吟が熱をこめて語った。チケットもソールドアウトらしい。
十八時十五分に開場すると、客がぞろぞろと這入ってくる。開演は十九時なので、それまではラウンジで飲み物を飲んだり、顔馴染みらしい客同士「お疲れ様です」なんて挨拶して会話を楽しんだり、ひとりでずっとスマホを睨んでいたり、思い思いに過ごすようだ。
客層は若い男女とオッサン。仕事帰りでスーツ姿の人も目立つ。当然、亜愛はこんな人混みに来ようものなら発狂必至なので、キャンピングカーで留守番している。
「きゃ~、まさか生ライブが見られるなんて思いませんでしたよ~」
義吟は点灯していないペンライトを振り回して、早くも落ち着かない様子だ。
「実は人生初ライブなのです。しかしご心配なく! 予習は完璧です!」
「席が席なんだから、ハシャぎ過ぎないようにな」
フロアはスタンディングだが、俺達がいる後方の関係者席は一段高い位置に座席が並んでいる。他に座っているのは、メンバーの知人や音楽関係者と思われる。
待っている間、俺は改めて〈私、性格悪くてごめんなさい〉についてネットで調べた。二年前に結成した、四人組のアイドルグループ。緩くて可愛いルックスとは裏腹に、本格的なエレクトロコアを鳴らす楽曲と、身を削るようなパフォーマンスに定評がある。雑誌やウェブ配信のドラマでも活躍中。特にメランコリブルーの崩れ☆ちづはとアダルトピンクの乱れ☆まいかは人気が高く、若者の間でファッションアイコンとなっている。
「そういえば、央くんは可愛い女の子が好きじゃないですか。どうしてアイドルにはあまり興味がないのです?」
「なんか嫉妬するんだよね。俺って本当は女子に産まれてアイドルになりたかったから」
「え~? なんですか~それ」
「俺も分からん」
開演が近づくとラウンジにいた客もフロアに集まり、場内の期待感が増していくのが目に見えるようだった。そして十九時、出囃子と共に奇抜な衣装に身を包んだメンバーがステージに登場すると、盛り上がりは一気に爆発した。
挨拶も抜きに、強烈なイントロの一曲目が始まる。メンバーの激しいダンスとライトの明滅。それから急に、大勢の客が妙な掛け声を発した。「あうあー! あいあー!」みたいな感じでなにを云っているんだか不明だけれど、ぴたりと揃っている。隣の義吟も同じく叫んでいて、俺は結構困惑した。掛け声の終了と同時に、メンバーがAメロを歌い出した。
歌唱は順繰りだが、全力で踊りながらの生歌にも拘わらず完成度は高い。見事に一曲目を終えたところにサディズムレッドの壊れ☆みゆなが「お待たせ~! 今日は私の可愛いところたっくさん見せて、他の女に目移りできなくしてあげる~! 〈私、性格悪くてごめんなさい〉! お前ら、いつものデートとは違うぞ~!」との煽りを入れて、さらにアップテンポの二曲目に突入した。歓声が沸き上がり、再び客の「やいやー! あうやー!」みたいな掛け声。会場は既にひとつとなっていた。
それからアンコールも含めて一時間半、彼女達は見事にやりきった。こんなにもエネルギーに溢れるライブだとは想像していなかった。合間のMCは驚くほど緩くてグダグダだったが、楽曲ではどれもメンバー全員が全霊のパフォーマンスを見せた。
特にまいかは圧巻だった。ステージの端から端まで駆け回り、客を煽り、輝いていた。曲に合わせて突き抜けた笑顔から物憂げな表情まで振れる表現力は、プロのそれだった。
彼女は俺達に対しても、ユーナ達に対しても、乱れ☆まいかと名乗っている。つまり私生活でもアイドルとして振舞っている。それについては昨晩、「まいかは根っからのアイドルだからねー」と話していた。
さらにはネットで見つけたインタビュー記事で、彼女が語っていたこと。
『アイドルをしているときだけ、まいかは自分を見つけられるんです。彼ピーのみなさんがいての、まいかなんです。だからまいかも、みなさんのためならいくらでも頑張れます』
このライブを通じて、彼女の気持ちが本物だということを俺は知った。
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