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59 名枠有能王子は悪役令嬢に迫る。

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 痛みにしばらく意識が飛びかけていたらしいルイス王子だったが、一分ほどすると痛みが治ったのかなんとか起き上がった。

 彼の顔は、ひどいものだった。
 鼻血がものすごいことになっている。割と本気で心配になるレベルだ。

 だというのにそれを少しも心配する様子はなく、ルイス王子は明希とダニエラの会話に割り込んだ。

「……見破られてしまった以上は仕方ない。ずっとこのまま貴方たちを騙して過ごそうと思っていたが、どうやら浮かれ過ぎていたらしい。失敗を素直に認めよう。
 だが僕はこれしきのことで諦めたりしないさ。やっとダニエラ嬢を手に入れられるのだから。
 ――ダニエラ嬢、先ほど告げた気持ちは本物さ。この体から告白されるのは悪い気がしないだろう? どうか僕の気持ちを、受け取ってほしい」

 しかしルイス王子の再度の告白に、ダニエラは眉一つ動かさなかった。
 そして彼を無視して明希に言う。

「アキ様、このような自分勝手極まりない言い分をする殿方を、血縁上の兄であるあの男以外にワタクシ一人だけ存じておりますの」

「異世界人ってやばい人多いんだね。それで誰なの、ダニエラさんを狙うもう一人のヤンデレ男は」

「故郷メロンディック王国の第二王子、ルイス・クローニ・メロンディック殿下ですわ。兄であるグレゴリー殿下の婚約者たるワタクシに、何度も必要以上に接近してきたことがありますの」

 ダニエラは、ルイス王子について詳しく語り始めた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 長くなるので詳細は省くが、その話を聞くだけで――というかそもそも俺の体を乗っ取っている時点で明白だが――どれだけルイス王子が優秀なことを鼻にかけて好き放題やらかす馬鹿なのかがわかった。

 さらに、話の途中でルイス王子は自ら「兄さんの婚約破棄は僕が仕向けたんだ」と言い出した。
 なんでも、ダニエラと兄を別れさせて自分がくっつくつもりだったらしい。コニーとグレゴリー王子を出会わせたのすら彼の計略。そしてコニーをダニエラの手のものと偽って部下にいじめさせ、婚約破棄の口実となる冤罪を作ってグレゴリー王子に宣言させたという。
 なのに少し国を離れた間に勝手にダニエラが異界送りの刑に処されてしまい、なかなか会いに来れず、苦戦したのだとか。

「兄さんのせいで随分計画が狂ってしまった。当時は大層腹を立てたものだよ。でも僕はようやく見つけたのさ。セデカンテ令息がメロンディックに残した魔道具をね。
 異界渡りをするためのそれを解析するのはなかなか骨が折れた。だがおかげで派生系として異界の様子を覗く魔道具を生み出させることができたんだ。僕が命令さえすれば魔道具に詳しい研究者たちがみんな動いてくれたよ。
 それでしばらくこちらの世界を覗き続けながら、異界渡りの方法を解明した。おかげで渡れるようにはなったが、僕は考えたんだ。僕そのままの姿ではなく、ダニエラ嬢に親しい人物に憑依した方が効率的だとね。
 異界覗きの魔道具を作らせた際に憑依の魔道具もできたいたから、僕はそれを使って今朝こちらへ渡って来たというわけだよ」

 息継ぎもせず長台詞を一気に吐いてから、俺の顔をしたルイス王子は爽やかに笑う。

「今、この体に本当に宿る魂は異界とメロンディック……今はメロンディックの方が異界か。ともかく二つの世界のはざまを漂っていることだろうね」

「やっぱり憑依型だったんだね。
 ねえルイスさん、誠哉はどうやったら帰って来られるの。別にあなたがダニエラさんに何を思ってても文句は言わない。でも誠哉だけは、絶対に返して」

 静かな怒りを込めた明希の声に、しかしルイス王子は動じることはなかった。

「無理だ。ダニエラ嬢の心を掴むには、この体が必要なのだから」

「あらまあ、なんと情けないことですの? ご自身が自慢していらっしゃった美貌より、誠哉の平々凡々たる容姿でしかワタクシの気が引けないなんて。
 たとえ外見がそれでも、中身が伴っていなければワタクシ、何とも思いませんのよ。残念ながらルイス殿下の作戦は失敗ですわ」

「それは本当にそうかな? ――じゃあ」

 ルイス王子は制服の袖で鼻血を拭き、ダニエラの近くまで駆け寄る。
 そして何の躊躇いもなく彼女の体をギュッと抱きしめ、耳元に向かって囁いた。

「好きだ。ダニエラの全てを、奪ってしまいたい」

 ――いや、告白さえOKされていないのにそれはないだろ!?

 俺の心の叫びは届かず、ルイス王子はダニエラの耳に向かって愛おしげにキスをする。
 それだけでダニエラは茹蛸になってしまった。

「……わ、ワタクシが、そんな言葉に騙されるとでもっ」

 茹蛸になったまま、ダニエラは身を捩る。
 しかしルイス王子は離れない。離れないまま、言った。

「どうしようもなく、好きなんだ。……全て忘れて俺と一緒にいよう、ダニエラ」

 ――恥ずかしい。
 これは、恥ずかし過ぎる。

 今すぐ目を背けて逃げ出してしまいたい衝動に駆られた。この王子は馬鹿だ。なんならグレゴリー王子以上に馬鹿だ。馬鹿過ぎる。平凡という以外に言葉の見つからないその顔でそんなセリフを言って、格好いいとでも思っているのだろうか。
 俺には滑稽で哀れな男にしか見えない。それをやっているのは、たとえ異世界人が憑依していたとしても俺なのだ。羞恥心で死にたくなる。

「ダニエラさんっ!」

 明希が悲痛な声で叫んだ。
 彼女の身を心配しているというよりは、俺の体でダニエラにキスしたことに腹を立てたと見える。
 今は嫉妬している場合じゃないだろうと思ったが、明希にとっては大事なことに違いない。

 明希はすぐさま俺の体に飛びかかり、ダニエラから引き剥がそうとした。
 しかしそれはうまくいかず、ルイス王子はダニエラの体をがっちり掴んで離さない。

 一方で、当のダニエラは茹蛸になったまま言葉もなく立ち尽くしている。
 俺の体なんかに抱きつかれて、こんな状態になってしまうものだろうか。だってダニエラはせいぜい俺のことを友人程度にしか考えていないだろうし。しかし異性の友人に迫られれば、ドキドキするものなのかも知れない。
 ともかく今の彼女は役に立たない。

 ――お願いだから誰かここに来てくれ。

 俺が心からそう祈った、その時だった。
 都合よくその男が現れたのは。

「ダニエラの悲鳴を聞きつけてやってみたら、何だいこの騒ぎは。
 そこの男、私の愛しのダニエラに何をしようとしている? 私は手を繋ぐのを見るだけでも腑が煮え繰り返るのを我慢しているんだ。その上抱きついて愛の告白……随分お熱いことじゃないか。それは私への宣戦布告と受け取っていいのだろうか。
 私は何度も言っているはずだ。ダニエラが好きで好きで好きで好きで好きで好きで仕方がないと。それを承知の上でそのような行為をするということはつまり寝取るのと同義だ。もっとも私とダニエラはまだそのような関係には至っていないが。
 そこの少女も言っていたよ、兄妹愛は尊いのだと。そうさ、兄妹愛とは何よりも尊ばれるべきだ。なのに――」

 ルイス王子に負けない長ゼリフを終えて、その男――シスコン野郎ことイワン・セデカンテは何かの魔道具をルイス王子の頭上へと振りかざす。

「私の妹を奪おうとは一体どういうつもりなのだろうね?」

 そして直後、魔道具から電撃が迸った。
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