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第八話 使用人たちのくだらない嫌がらせ

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 結果から言えば、結婚披露宴は無事に終わった。
 第二皇子殿下との話があるからと別れたヒューパート様がなかなか戻って来なかったのでパーティー終了間際まで令嬢たちとの話に興じるしかなくなったり、なぜかそのせいで元凶であるヒューパート様が「私のことを忘れているのか」などと言って不機嫌になったりということはあったが、ともかく無事に終わったのだ。

 ヒューパート様が不機嫌を露骨に表したのは城へ帰った後なので、他の者には誰も気づかれていないはずだし。

 結婚披露宴という大きな仕事を果たしたわたくしは、しばらく次の公務などが特にないので、書類仕事に毎日を費やすことにした。

 一ヶ月くらいは、驚くほどに何もなかった。
 侍女のクロエに「働き過ぎです」と心配されるくらいなもので、他には何も。
 つまらない過ぎる毎日ではあったが、このまま平穏に過ぎるのならそれも悪くないかと思っていた。

 ――ただそれはあることをきっかけに変化することになる。

 城の中では特に、ヒューパート様との仲を取り繕っていなかった。
 ろくに言葉を交わす姿を見かけないわたくしたちを不思議に思ったのか、とある掃除メイドが夜中、こっそり夫婦の寝室の前で聞き耳を立てていたらしいのだ。
 当然、そういう行為に及んでいないわけだから部屋はずっと静か。

 そこから噂は……真実ではあるのだけれど、噂としか呼べないそれは生まれた。

 もしかして妃は皇太子殿下に愛されていないのではないか?

 気づいた時にはその話はすっかり広まってしまっていて、城の廊下で使用人とすれ違うと決まって冷めた目を向けられるようになったことを不思議に思ったわたくしが調べ、この情報を掴んだわけだった。

「……くだらない」

 けれど愛されない妃であることは事実。
 いちいち処遇を下すのも面倒くさいので、そのうち収まるだろうとわたくしは事態を静観することにした。

 しかしそうするうちに事態はエスカレートしていった。
 掃除メイドに始まり、男性使用人や中流、上流の侍女までもわたくしを避け、あげくの果て嫌がらせに至るという始末。

 と言っても、たいした嫌がらせではない。
 たとえば、風呂焚きのメイドが湯温をわざとぬるくしていたり。部屋の前に小蝿の死骸などをわざと落とし、悲鳴を上げさせようとしたりなどだ。

 まるで子供並みの幼稚さに、思わず笑ってしまう。
 おそらく使用人たちも、あまり大ごとにしたくはないのだろう。露呈すれば減給、最悪出勤停止は免れない。

 そんなことなら最初からやらなければいいのに、二、三ヶ月経っても噂は広まるばかりで、お飾りの妃なのだとわたくしを笑い者にする声が聞こえてくることが増えた。

 もちろんクロエはしっかりした侍女だからわたくしに誠心誠意仕えてくれたし、ヒューパート様に報告をしようともしていたが、それはわたくしが止めた。

「ヒューパート様に知られて余計な手間を増やさせるのは悪いですわ。これしきのこと、わたくしなんともありませんの」

「ですが」

「ヒューパート様を煩わせたくないのですわ」

 そう言えば、クロエは渋々ながら頷いてくれた。
 彼女の今の主人はわたくし。逆らうわけにはいかないというのもあるし、心情的に同情したのだと思う。

 ――もちろん実際は、ヒューパート様に知られて面倒ごとになるのが嫌だっただけなのだけれど。

 ヒューパート様がもしもこのことを知れば、「私の妃のくせに使用人ごときに侮られるとは情けない!」などと言い出すに違いない。
 確かに皇太子妃がこのような扱いを受けるのは望ましいことではなく、とても不名誉だ。だからと言って大ごとにすれば、白い結婚のことが露呈しかねないのも事実。
 わたくしに直接身の危険が及ぶならもちろん考えるが、今時点では何もないに等しいのだし、放置が一番だと判断したのだった。

「わかりました。でもいざとなったら皇太子殿下に助けを求めさせていただきますからね。絶対、無理だけはなさらないでください。ジェシカ様は未来の国母なのですから」

「もちろんですわ」

 国母になるつもりはさらさらないけれど、当たり前のような顔で返事をした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 これくらい、平気だ。
 陰口を叩かれていても心は痛んだりするほどやわではない。嫌がらせはどれも幼稚で取るに足りないものばかり。

 けれど、夜、もし聞き耳を立てられているのではないかと考えると、たまらなく不安になる。
 もし皇帝陛下に知られてしまえば、閨を共にすることを強制されるのではないか。慰謝料が発生するのではないか。――そんな風に考えてしまうことがあるのだった。

「ジェシカ、お前どうかしたか」

 ある晩、わたくしの方を眺めていたらしいヒューパート様からぶっきらぼうに問われた。
 こんなことを言われたのは初めてだったのでわたくしは目が冴えてしまい、思わずベッドから身を起こした。

「……ヒューパート様がわたくしをお気遣いくださるとは、失礼ながら驚きですわね。わたくしの振る舞いに何か妙な点がございまして?」

「いや、なんとなくだ。なんとなく」

 ヒューパート様は気まずげに目を逸らす。

「ただ妃が不調となれば私の評判が落ちるから、気になっただけに過ぎない。もし何か不具合があれば早々に言え」

 やはりそういうことですのね、とわたくしは思い、安堵する。
 もしもヒューパート様がわたくしを心配しての言葉を紡ぐなんてことがあるわけがない。好きでもなく、さらに好かれてもいない相手に気遣わせてしまうということが嫌だったのだ。

「ヒューパート様のご評判を落とすようなことはいたしませんわ」

 これは白い結婚。だけれど――いや、だからこそ、お互いの立場を考え、適切に行動すべきである。
 わたくしの行動は少しも間違っていないはずだ。ヒューパート様になるべく迷惑をかけず、適当に離縁までの毎日をこなし、慎ましく生きている。

 なのに再びこちらに向けられたヒューパート様の紅の瞳は、なんだか物言いたげに見えた。
 もちろん単なるわたくしの気のせいかも知れない。それとも、わたくしの言い分の何かが気に食わなかったのかも知れない。

 結局、長椅子に横たわって目を閉じ、眠ってしまったので、ヒューパート様が何を言いたかったのかはわからなかった。
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